■序章『地獄の在り方と人ならざる存在』
この世界とは別の場所―――そこにもまた、『地獄』という場所が存在していた。
そこは今、『第二地獄』と呼ばれていて、幽霊が働き、鬼が酒を酌み交わし、神が息抜きに訪れる。浮世でいうレトロな街並みには牛車が行き交い、洋風なドアを開ければ茶屋が出迎え、円形の町の奥に聳えるは閻魔の役所―――おや、「想定と違う」と言いたげな顔をしているね?
なになに、「地獄は文字通り、拷問ばかりで苦痛にまみれた恐ろしい場所のハズだ」とな? ははぁ、その考えも尤もだかねぇ。今は違うというか、昔はそうだった。
全て話すと長くなるから、出来る限り手短に。
この第二地獄なる地獄は、出来上がって暫くは、人間の魂に拷問を繰り返すような場所だった。血が流れない日は無く、絶叫がもはや耳鳴りのよう。……よく聞く光景だろう?
それが気に障った仏の一人、「降閻魔尊」は閻魔―――今は「焔摩」と書く―――を目の敵にしてね。曰く、「罪人がもがき苦しみ続けるのを、限りなく短く。何兆年単位だなんて冗談じゃないか?」と。焔摩は見向きもしなかった。それが地獄のあるべき姿であり、鬼畜な場所ほど行きたくはなくなる。つまりは地獄をきちんと、「畏怖の象徴」と信じ込んでいたからさ。
……その結果として、降閻魔尊は焔摩を襲撃。殺害の後に、輪廻転生を司る輪へと「自らの力」で「乗せた」のさ。
焔摩が浮世へと転生している最中、降閻魔尊は次々と、無条件に罪人たちを転生させていく。やがて地獄へと戻った焔摩の手によって降閻魔尊が倒れた時には、地獄の罪人はもぬけの殻。残るは地獄に住み着く妖だとか、獄卒の鬼ばかりであった。
「……全く、とんでもないことをしでかしてくれた。ここからどうしたものか―――」
その時、焔摩の持っていた真実を暴く宝物―――『浄瑠璃鏡』が輝いた。驚いた焔摩が鏡を覗き込むと、そこには罪人犇めく全く別の地獄が映っていた。真実を暴く鏡が、焔摩の背後に無い空想の地獄を映すハズがない。ダメでもともと、焔摩は鏡の向こう側にいるもう一人の自分に呼びかけた。
―――そうして焔摩と、鏡の向こう側の『閻魔』との計画が組み上げられ、焔摩の地獄は『第二地獄』と名を改めることとなる。その頃には地獄の機能停止により、人々の魂や恐怖の象徴から「地獄の存在そのもの」が抜け落ちようとしていた。地獄という概念を保つためにも、焔摩は閻魔に「罪の程度の軽い罪人を貸してほしい」と打診した。浄瑠璃鏡の向こう側から第二地獄へとやってきた要望通りの罪人どもは、拷問以外の事をできるだけで浮足立ち、第二地獄の再建は何事もなく進んでいく。それから徐々に魂の受け入れも始まって、第二地獄という場所は「罪の軽い罪人や妖、神の居場所」として定着することになった。
これが、第二地獄の成り立ちさ。実際、地獄の存在が浮世に定着した今でも、焔摩は罪の重い罪人を代価に、罪の軽い罪人を交換している。このやり方は功を奏し、人々は閻魔の地獄―――「本地獄」に行かぬよう、善行を心得るようになる。鬼は拷問の代わりに地獄の治安や経済を司り、今まで以上にアットホームな職場に満足している。そして神はこの第二地獄を「魂の修行の場」と捉えるようにもなって、地獄という存在は浮世から無くなる、なんていう危惧していた事態から逃れられた。
しかしそんな第二地獄でも、罪人ではないが故にたったひとつ、排他された存在があった。
……それは、この物語において猛威を振るう、強き欲望や悪しき感情、発露したトラウマの化身。それは『妖魔』と呼ばれ、万物を救済する『蜘蛛の糸』に触れた魂に取り憑いて、衝動のままに欲望を満たす。最近になって、妖魔はかの『便利屋』によってか、少しずつ消滅はしている……ハズ、なのだが。
「……まだ、詰めが甘いようだねぇ。この程度の妖魔を取り逃がすとは……」
私の目の前にいる妖魔は、うねり苦しんで、辺りを暴れ回る。私は妖魔が叩き付けた前足からサッと逃れ、手の甲へと釘を打ち込んだ。妖魔が吠え、こちらをキッと睨む。すぐに体制を立て直し、今度は左足、更には後ろ足に釘を放ち、四足の妖魔の動きを封じる。
こうなれば王手―――私は妖魔をそっと撫でて落ち着かせた後、優しく語りかけた。
「彼は――――――だろう、大丈夫さ」
痛めつけられ、しかし肯定された妖魔は、納得したように涙を流して消えていく。
便利屋も所詮はもとより人の子。ある程度目の届かない点はある、だが人間でないのならば、幾らでも成長することはできるだろう。私のような『記憶界』の住人はこうして、第二地獄から、浮世からあぶれた妖魔を悔いなく供養することしか、手助けはしてやれないのだ。
「さて―――彼らが人ならざる存在に対峙した時、目をそらさずに居られるだろうか、ねぇ?」
―――これより始まるは、便利屋二人の縁の始まり。よってらっしゃい、見てらっしゃい。お代は不要、聞いてくれるだけでいいのさ。
便利屋二人の活躍、最初の一歩の物語。どう思うかは、勝手にどうぞ―――。
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