一章
「とっても素敵よ!さぁいってらっしゃい!」
馬車が出発し、養母に見送られる。
マゼンタと白のグラデーションドレスを纏ったリナリア。
今宵は皇太子の16歳の誕生日パーティー。
リナリアは旅団から指令が渡されていた。
『毒入りワインを作った張本人を炙り出す事』
過去に毒入りワイン騒動が起き、被害が出て大事になったそうだ。
会場も食事を食べる人はいるもののグラスのワインに手を伸ばす人はいない。
だが、皇太子が出てきたらそうはいかない。乾杯をするにはワインが配られるからだ。
皇太子が出る前に見つけられないと。
会場の真ん中で1人ワイングラスを取り煽る男がいる。
「ワインに毒が盛られた事があるからと言ってワインに触れず、食事には手を出す。食事に毒が盛られていたら同じだろうに。」
男がこちらに歩いてくる。
「そう思わないか?」
目立たない様にしようと思っていたのに。
挑戦的な視線をリナリアに向けると周囲の人達も同様にリナリアに視線が集まる。
「お、おっしゃる通りですね。」
苦笑いをしながらテーブルにあるグラスを持ち上げ一口煽る。
「美味しい。丁度良い酸味と芳醇な香り。」
「レディーでも飲みやすいと。」
「ええ、まぁ」
「このワインのボトルを」
そそくさとボトルをウェイターが持ってくる。
「ウィリウム産だ。道理で飲みやすい訳だ。」
その言葉を聞くと皆こぞってウェイターに声をかける。
人目を避けるためその場を立ち去ろうとするが、ガシッと腕を掴まれてしまった。
「一芝居に付き合って頂き感謝する。カムルだ。お嬢さんは?」
カムル。その言葉を聞いてぞくりとする。
「リナリア•ディマイン•レスタントです。」
「あのレスタント伯爵のご令嬢か」
今興味を持たれるのは仕事に支障が出るかもしれない。
「ええ、ご挨拶する所があるのでそれでは」
「まだ話がある。」
「ちょっとっ。何を!」
腕を引かれてバルコニーに連れて行かれる。
「やっぱりな。ワインを飲みたそうにしていたからてっきりワイン好きか主防犯だと思っていた。腕を引かれても強く咎めない。つまりは目立たない様に動きたいと言う事だ。違うか?」
ワインを見ていたから飲みたそうと思われても無理はない。だが、確信には触れない話方。
冷たい視線からフッと笑みをみせる。
「どちらかと言えば味方か」
ぱっと腕を離される。
「貴方は」
「言った通り毒入りワイン事件の主防犯を追っている。もしかして依頼した旅団の1人か?」
「何の事だか。失礼するわ。」
カツカツとヒールが音を立てて仕事に戻る。
毒入りワインを飲んだ方は1人しかいない。
それってワインボトルに毒が入れられたのではなくてグラスの方なんじゃないかしら?
狙われたのはレイチェル•サムス•スターティン。
家柄も家族仲も良好な彼女がなぜ殺害されてしまったのか?いや、あるいは自殺?
目的の人物に声をかける。
「はじめてまして。リナリア•ディマイン•レスタントです。」
「おや、はじめてまして。若いご令嬢が私に何用かな?」
「レイチェルさんの事を知りたくて。学校の先輩で同じ園芸部だったので。」
「そうかい、そうかい。長話になりそうだ。こちらへ。」
「ありがとうございます。」
ふくよかで気前の良さそうな男性の後を追う。この人はレイチェルの叔父にあたる。
「本当に残念です。レイチェル先輩、あんなにお元気だったのに。」
「全くだ。悪い男に捕まるからこんな悲劇が生まれる。」
「悪い男ですか?」
「ああ。亡くなる2月前くらいに家に招待すると言ってパーティーを開いたんだが連れて来た男が素行が悪くてね。家から追い出したんだ。そここらだよ、あの男から陰湿ないじめを受けるようになったのは。」
「そうだったのですね。」
「でも良かった。レイチェルの事を思ってくれる良心的な子がいたのに感謝だ。」
「いえいえ。私は一方的に憧れていたんです。先輩の様に慎ましやかな女性になりたいと。」
「ああ、レイチェルは本当に良い子だった。」
「ちょっと待っておくれ。」
男性が席を外す。
今の話だとパーティーの時に家から追い出した男性が犯人に思えるけど。
追い出された彼は別の女性と付き合っていると言うし、彼が逆恨みしたとは考えにくい。
そして、裏の顔を知っていれば尚更あの男性は怪しいのだ。
「待たせたね。さあ、乾杯しよう。」
カチャン。
澄んだ音が響く。
匂いを嗅ぎリナリアは疑う事なくグラスを煽る。
それをみた男性は満足気に微笑んだ。
「席を外します。」
リナリアが席を立つとふらつき、男性が支える。
「大丈夫ですか?おっといけない。今すぐ医者を」
「その必要はない。」
低くドスの効いた声があたりに響く。
「こちらの令嬢は私が引き受ける。」
「なっ!」
「大方医者とぐるになってその令嬢を攫うつもりだったんだろう。」
「どう言う事?あの伯爵様が?」
「レイチェルさんの叔父よね?前の事件と何か関係が?」
周りのガヤが増え男性は逃げられなくなる。
「詳しくは別室で話す。」
警備隊が男性を連行し、連れて行く。
キョロキョロと辺りを見回してみるがリナリアの姿が見えない。
「ちっ。逃げられたか。」
だが名前を知れた。これからも会う事ができるだろう。そう心の中で呟き舞踏会を後にする。
あの男性の裏の顔は人体収集家だ。女性の髪を集めるコレクターとして闇オークションに出入りしている。レイチェルは貴重と言われるストロベリーブロンドの髪をしている。
事の発端は彼女が恋人を連れて来た事で叔父である男性が激怒し、その恋人を追い出す。
恋人が陰湿なイジメをしているかに見せかけ殺人者にさせる算段だった。
しかし、次の恋人を作り彼の動機やアリバイがなくなってしまい殺人者不明のまま今に至った。
「かはぁっ。」
口にあるワインを草むらに吐き出す。
毒入りのワインには独特な匂いがしたからすぐに匂いを嗅いだだけで違う事はわかったけど。おそらく睡眠薬。あまりにも拘束時間が長かったせいか飲みそうになっちゃったわ。
「まぁ、これで犯人は特定出来たし。用済みね。」
皇太子殿下にはお会いできなかったけれど、馬車の手配をしてこのまま帰ろうとしたら。
「送る」
呼んでいた馬車は家に帰ってしまった。
「あの、皇太子殿下の誕生日に出席しなくて良かったのですか?」
「祝う年でもないだろうに。本人が望むなら後日でもいいだろ。」
ぶっきらぼうに答える彼から冷たい視線を感じる。
「失礼な態度をとってしまった事を根に持っているのですか?」
「違う。」
そのまま手を伸ばされる。エスコートされるなら乗り込むしかない。
意を決して馬車の中に入る。
「それで、旅団の1人なのか?」
「•••依頼頂きありがとうございました。改めて旅団のリナリアです。」
「伯爵令嬢の裏の顔が旅団だったとはな」
「契約をお忘れですか?」
「もちろん。覚えている。」
契約では旅団の事を詮索しない。もし知ってしまったとしても言及してはいけない。
「なら、これ以上は」
「気に入った」
「はい?!」
「お前に好意を持ったから詮索したまでだ。」
この人は何を言っているの?
「ですが契約は」
「俺は旅団には興味がない。お前の事しか興味がないのだからな。」
「屁理屈ですわ。」
「どうとでも言え。」
今までも興味を持たれる事はあったがこのタイプは振り切れる自信がない。
「カムル様。なぜ挨拶の時に爵位を名乗らなかったんですか?」
「名乗った所でハエが増えるだけだからな。」
この人淑女をハエだと思っているんだ。
『世界中の女性から嫌われてしまえ』は心の中だけで留めておく。
「社交界の場である事には変わりありません。私以外にも挨拶の時に名乗らないのですね。」
カムル•ギディー•スターゼン
社交界にもほとんど顔を出さず謎の多い彼。
依頼主でもある彼だが本当の顔を知っているのはごく僅かだ。
皇太子の従兄弟に当たる彼だが素性を話さない様にしているらしい。
「なぜ、旅団に依頼したのですか?」
「•••傭兵よりも善悪の判断があると思った。傭兵は金を払えば何でもする。だが、アンタらは違うだろ。」
旅団が掲げるものは平等な平和。どちらの国に加担するという傭兵の様な事はしない。慈善活動も行うし、汚れ仕事だってする。2局で悩むときはそう、より平和になる為にはどちらの方が良いかだ。
「ありがとうございます」
ポカンとした顔でこちらを見ている。
「ふふっ。私達をきちんと評価して頂けているようでしたから。」
「着いたぞ」
「え!もう?!送って頂いてありがとうございました。」
そそくさと馬車から降りて一礼する。
「おやすみなさい」
「ああ」
ああって何?と思いながらも馬車を見送る。
家に着いた途端養母に問い詰められたのは言うまでもない。