カエルのツカイマと流れ星の魔女
星降り山の奥の奥。
てっぺんよりちょっとだけ下にある小さな家に、1匹のカエルが住んでいることを知っていますか?
カエルの名前はツカイマ。青空にも夕焼け空にも星空にもなる、空色の肌が自慢です。
ツカイマは、魔女を1人飼っていました。星降り山の流れ星の魔女です。
星薔薇色の髪に、星薔薇の実と同じつやつやの肌をした美しい魔女のことを、ツカイマはたいそう可愛がっています。
「ふふふ。カエルちゃん、出来立ての星百合キャンディあげる」
魔女は毎朝、星降り山に生えている星百合の朝露を集め、それを煮詰めたキャンディを作ります。
ほんの少ししか採れない朝露を分けてくれるとは、なんて飼い主を大事にしている魔女なんでしょう。
ツカイマは朝露のキャンディはあまり好きではありませんが、魔女がツカイマのために一生懸命やっていることなので、いらないなんて言いません。
遠い国にいるネコという生き物は、飼い主のために虫やネズミをとってくると言いますから、それよりはずっとマシです。
ツカイマが大きく口を開けると、魔女はキャンディをぽいっと放り投げました。
『毎日ありがとよ。けどさ、たまには肉がいいな。シカかウサギなら大歓迎』
「なあに、カエルちゃん。もう1個ほしいの? ダメだよ、これは商売道具なんだから」
魔女が用意してくれるキャンディは嬉しいけれど、美味しいのはシカやウサギの肉なのです。
ですが、ツカイマの言葉は魔女に通じませんでした。
仕方ありませんね。魔女はカエルの言葉などわからないのですから。
「さてと、それじゃ流れ星を集めに行くかね。カエルちゃんも一緒に行こうね」
『散歩か。いいぞ、付き合ってやる』
ツカイマは、ぴょんと大きくジャンプして、魔女の肩に飛び乗りました。
時々、魔女は星降り山のてっぺんに散歩に出かけます。
そこに落ちている流れ星を集めて遊ぶのが好きだからです。
だけど、どうやら1人で行くのは心細い様子。
散歩に行くときは、必ずツカイマに一緒に行こうと誘うのです。
飼い主によく懐いていて、可愛いじゃありませんか。
『1人で遊ぶのはつまんねえもんな。わかるぜぇ』
「家に置いといて、商売道具にいたずらでもされちゃかなわないからね」
そうして1匹と1人は出かけます。
これが星降り山の流れ星の魔女と、その飼い主であるカエルのツカイマの毎日です。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆彡
星降り山のてっぺんに着くと、さっそく魔女は流れ星を集めます。
たくさん落ちている流れ星の中でも、ぴかぴか光っている星が魔女のお気に入りのようです。
光っている星を見つけては、小さな籠にぽいぽいと放り込んでいきます。
魔女が星集めに夢中になっているのを微笑ましく思いながら、ツカイマは辺りを見回しました。
星降り山は、流れ星が落ちてくる場所です。
麓の町からずっと続く王国や、その隣の別の王国や、そのまた隣の別の王国や、ずっとずっと遠くの別の王国の流れ星が全部落ちてくるので、山のてっぺんは星だらけです。
ツカイマには、その辺の石ころと流れ星の違いがよくわかりません。
魔女が好きなぴかぴか光っているのは星だとわかりますが、光っていないのが石なのか星なのか。
けれど、石でも星でもツカイマにとってはどうでもいいことです。
だって石も星も食べられないのですから。
「カエルちゃーん、落ちてる星は食べるんじゃないよ! 流れ星はアタシの大事な飯のタネなんだからっ!」
魔女が遠くから何か言っています。
多分、ツカイマが星を食べないように牽制しているのでしょう。
『星は食えねえってわかったから、もうしねえって何度も言ってるのによ』
前にお気に入りの星を横取りされたことがあるので、魔女はいまだにツカイマを警戒しているのです。
あの時の、長い毛を逆立てて怒っていた魔女の姿を思い出して、ツカイマは苦笑いします。
ツカイマは寛容な飼い主なので、ちょっとくらい魔女が怒っても気にしません。
それどころか、必死になって自分の宝物を守ろうとしているところがまた可愛いらしい、と思うのです。
家に帰ると、魔女はすぐに拾ってきた流れ星の選別を始めました。
星降り山に落ちた流れ星は、透き通ったビー玉のよう。
片目を瞑った魔女は、星をひとつひとつ覗き込んではぶつくさと何か呟いています。
「こっちの星に込められた願いは、とってもキレイだねえ。こっちのは……あらまあ、願いが強くてもこんなに欲望まみれで濁ってるんじゃ、使いもんにならないよ」
どうやら魔女は、ぴかぴかの星の中でも、とりわけ透き通っている星を選んでいるようです。
何が楽しいのかツカイマには全くわかりませんが、魔女が楽しそうに遊んでいるのを見ていると、ツカイマも楽しい気分になってきます。
「よしよし、今回はこれにしようかな」
星降り山に落ちていたたくさんの流れ星の中で、いちばん光っていて、いちばん透き通っている、いちばん綺麗な星。
それを、魔女は夜色をした箱の中にぽいっと放り投げました。
『残った星は捨てるのか?』
「およし。そんな濁った星なんか食べたら、はらわたが腐っちまう」
選ばれなかった星たちは、全部まとめて鍋の中に放り込まれます。
それから、変な匂いのする薬と一緒に火にかけられました。
まるでスープを作るときと同じように。
でも、流れ星を鍋で煮ても食べられないことくらい、ツカイマだってわかっています。
『やれやれ、魔女は変な遊びが好きなんだなあ』
「食いしん坊のカエルちゃん、これは食べ物じゃないからね。強い願いの込められたクズ流れ星は、魔法の材料になるのさ。――おっと、もうそろそろいいかな」
魔女は鍋を数回かき混ぜると、火からおろしました。
ツカイマが覗き込むと、真っ白でとろりとした液体がぱちぱちと弾けて、鍋の中できらきらと踊っています。
まるで生まれたての流れ星のようだな、とツカイマは思いました。
「あとは冷めればできあがり。お次はこっちだね」
次に魔女は、呪文を唱えながら夜色の箱に触れました。
すると、箱の横側が鏡のように光って、どこかの風景のようなものが映し出されます。
それは魔女が厳選したいちばん綺麗な流れ星の中身。
魔女は熱心に眺めては、頷いたり唸ったりしています。
箱に映っていたのは、小さな人間の女の子。
女の子は落ち着かない様子で、ぐるぐると同じところを歩き回っています。
『こいつ何してんだぁ? 部屋の中なのに、道に迷ったのか?』
ツカイマは、首をひねります。
女の子は時折窓の外を眺めては、へにゃんと眉を下げて、またぐるぐるぐるぐる。
窓の外には、夜の闇に包まれた小さな家の灯りがぽつんと光っています。
微笑んでいる口元みたいな細い月が浮かんだ空では、たくさんの星たちがおしゃべりを楽しんでいるように、ちらちらと瞬いていました。
すると不意に、星のひとつがぴかりときらめきました。
周りの星たちよりもひときわ明るく輝く星は、一筋の光となって地面に落ちました。
流れ星の誕生です。
それを切っ掛けに、空の星たちは次々と流れ星になって、星降り山へと向かいます。
空一面の星たちが流れ星になる姿は、もちろん女の子も見ていました。
女の子は大急ぎで窓辺に寄って、しっかりと両手を組みました。
【ながれぼしさん、どうかおかあさんが、ぶじにあかちゃんをうめますように】
カエルに人間の言葉はわかりませんが、流れ星に込められた願いは聞こえます。
『ほー、産卵か。人間のオタマジャクシが生まれるんだな』
「流れ星に込められた強くて純粋な願いは、アタシの大好物さ。ふふ、流れ星の魔女に美しい魔力を与えた対価として、その願い叶えてあげようね」
魔女はツカイマを肩に乗せ、片手に鍋を、片手にいちばん綺麗な流れ星を持って、星降り山のてっぺんにもう一度やって来ました。
星ひとつない真っ暗な夜空が、星降り山に落ちたたくさんの流れ星で照らされています。
その中にぽっかりと浮かんだ月だけが、星降り山の魔女とカエルをじっと見つめていました。
魔女は、呪文を唱えながら、鍋にいちばん綺麗な流れ星をぽとんと落とします。
すると、鍋の中身は銀色に光り輝き、ぱちぱちと瞬くように慌ただしく弾けだしました。
「さあカエルちゃん、お手伝いの時間だよ。――我が“使い魔”よ、契約に従い我に代わりかの約束の地へ、我が魔法を届けたまえ!」
ツカイマはやれやれとばかりに肩を竦めると、ぽちゃんと鍋の中に飛び込みました。
魔女がツカイマの名を呼ぶときは、大抵なにかおねだりをするときだとわかっています。
本当はツカイマだって忙しい身ですが、魔女に名を呼ばれておねだりされると、少しくらい遊びに付き合ってやってもいいかなという気持ちになるのです。
だって、いつもは気まぐれな魔女が、可愛らしく飼い主におねだりをしてくるのですから。
ツカイマが飛び込んだ鍋の中は、ぱちぱちと弾けた銀色で、もう目も開けていられないくらい眩しく光っています。
やがてその光はツカイマを包み込み、ひとかたまりになって夜空に飛んでいきました。
「それじゃカエルちゃーん、よろしくねー!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ミ
シスは、落ち着かずに暴れて飛び出しそうな気持ちをどうにか抑えながら、どうしていいかわからずに部屋の中をぐるぐる歩き回っていました。
預けられた隣のおばさんの家の窓から、自分の家の灯りがぽつんと見えています。
「なあに、お産は時間がかかるもんさ、こどもはもう寝ちまいな。ここまで順調だし、なんにも心配することはないからね」
隣のおばさんはそう言うけれど、絶対に嘘だとシスは思いました。
だって、お母さんがとっても苦しんで、汗をいっぱいかきながら呻いていたのを、シスは見てしまったのですから。
村では、女たちがたくさんシスの家に集まってるし、男たちは布を集めたり水を汲みに川に行ったり、みんなばたばたと慌ただしく動き回っています。
これで順調だなんて、そんなわけがありません。
「お産てのはそういうものだからねえ。シスだって、そうやって生まれてきたのよ」
村のお姉さんはそう言って笑っていましたが、シスはとてもとても信じられませんでした。
心配で眠ることもできず、ただぐるぐると部屋の中を歩き回っていたシスは、また窓の外を眺めます。
見えるのは、自分の家の灯りと、細いお月さまと、たくさんのお星さまと、――ひときわ明るく輝くひとつのお星さま。
そのお星さまはぴかっと一等大きく輝くと、シスの見ている目の前で、なんとシスの足元にどすんと落っこちてきたのです!
シスは、ぽかんと口を開けました。
足元のお星さまは、なんだかカエルみたいな形をしています。
だけどこんな、夜の空に星を散りばめたような美しいカエルなんて、見たことがありません。
だからこれはきっと、カエルではなくてお星さまなのでしょう。
カエルの形をしたお星さまは、けろけろけろけろ……と、カエルみたいな声で鳴きだしました。
それはまるで歌うような。
空の星と大合唱をしているような。
でも多分、気のせいではありません。
カエルみたいなお星さまの背中で、小さな光が歌に合わせてざわめきます。
同じように、空のお星さまたちもざわめいて。
そして、次々と流れ星になって、きらきらした尾をひきながら、遥か彼方へと飛んで行ったのです。
ぽかんと口を開けていたシスは、今度は大きく目を見開きました。
急いで窓辺へ寄ってぎゅっと両手を組むと、流れ星に向かって祈りを捧げます。
「ながれぼしさん、どうかおかあさんが、ぶじにあかちゃんをうめますように」
何度も何度も、シスは懸命に祈ります。
部屋の外から聞こえる、ばたばたとした慌ただしい音も耳に入らないくらいに。
「シス! って、おや、まだ起きてたのかい?」
ようやく、隣のおばさんの声でシスは我に返りました。
両手を組んだまま首だけ振り返ると、隣のおばさんはにっこりと笑います。
「生まれたよ。元気な弟だ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆彡
女の子が走って部屋を飛び出したのを見送って、ツカイマは目を閉じました。
ここから遠く、星降り山のてっぺんで、魔女がツカイマを呼んでいます。
目を開けると、そこは星降り山のてっぺんよりちょっと下にある、自分の家の中でした。
「おつかれ、カエルちゃん」
『楽しかったか? また一緒に遊んでやるからな』
遊びを終えた魔女は、満足そうにしています。
その顔を見ると、ツカイマもほっこりとした気持ちになるのです。
「頑張ったご褒美に、カエルちゃんの大好物の焼きトカゲをあげようね!」
魔女が黒いものをぽいっと投げたので、ツカイマはぱくりと口で受け止めます。
途端、口の中に広がる絶妙な苦味に顔をしかめながらも、吐き出すことはしません。
ただちょっと、口の端からトカゲの尻尾がはみ出してはいますが。
『魔女や人間にとっては好物かもしれんけどなあ。カエルはトカゲなんざ食わねえんだぞ』
ぶつくさと言いながらも、ツカイマはなんとかトカゲを飲み込みました。
何故そこまでするのかって?
だって、ツカイマは魔女のことが大好きで、可愛くて仕方がないのです。
だから飼い主として、魔女がやりたがることはなんでもやらせてあげたい。
そんなふうに思っているだけなのです。