山は動かずにいる。車内では動けずにいる。
前立腺山は赤ちゃんから老人まで楽しめる比較的簡単で登りやすい山だ。だが奇怪な現象が起こる山で昔から人々に恐れられている有名な山でもあった。
例えば時は1997年。前立腺山の麓に住んでいた三上サトシという青年が散歩をしていたら、大鎌を持った見知らぬ老婆に襲われて行方不明になった事件があった。それから6年後の2003年、その見知らぬ老婆と三上サトシはとある村で結婚していたことが発覚した。老婆は97歳、三上サトシが26歳だった。なんと年の差71歳のカップルである。発覚してから、しばらくは村で静かに過ごしていた二人だったが、発覚後から2週間が過ぎた頃、またしても事件が起こってしまう。年の差カップルの二人は何処かへと消え去ってしまったのだ。
両親が三上サトシの部屋を調べると開かれた黄色の表紙の学習帳ノートが机に置いてあったそうだ。読んでみると、そこには、こう書かれていた。
『伊東めかぶちゃんは97歳だけどもさ、僕から見たら、まだまだティーンエイジャーの思春期の女の子と一緒、同じ女子高生に見えるんだよなぁ〜。顔は皺クチャだし歯も無いけれどさ、僕の可愛い娘ちゃんなのさ。
僕の色に染めきった女に育て上げたからね、すぐ嫉妬するし、ヤキモチ焼きだし、甘えん坊さんでぇす。僕の好みに合わせて健気にもルーズなソックスを愛用していて黒カビみたいに顔中を真っ黒なメイクにしたりさ。『別にヤマンバメイクをしなくてもヤマンバに似ているからメイクはしなくてもいいんだよ』と言ってもね『ヤマンバがヤマンバメイクをしたら「ヤバいなぁ」という事を若いギャルたちに積極的に伝えていきたい』と言って利かない女なんだよね。そう、正直に言うよ。伊東めかぶは本家本物のヤマンバらしいんだ。本当かどうかは分からないよ。分からないけど長いこと山奥で密かに独りで生きてきたのは事実だし何らかの生き様が隠されているんだとは思う。97歳も本当の年齢かどうかも怪しいしさ。ヤマンバを愛した男が僕という訳なのさ。僕がヤマンバを愛しても良いんじゃないでしょうか。誰が誰を好きになっても良いんだ。それを分かってほしい。
とにかく、伊東めかぶちゃんは鮎釣りに憧れてスーパーで買った鮎を食べながら眉を描いたり、イチゴの香りがする香水を体中にブッ掛けすぎるしさ、まあね、香水は仕方ないかな。老人特有の匂いがキツイのは否めないからね。ノネナールを消すために大量に使用しているイチゴの香水なんだ。本当に色んな事があるけれど、伊東めかぶちゃんと僕の間に子供が欲しい今日この頃なんです。97歳でも赤ちゃんが出来るはずです。諦めたら負けです。女の体は神秘的ですからね。めかぶちゃんは過去に5人もチルドレンを産んでいるから慣れてはいるはずです。『勘さえ戻れば、あと2人は余裕で産める』と本人は自信タップリに言っています。だけどね、あ」と最後の文字は『あ』で終わっていた。
風の噂だと伊東めかぶさん97歳は、いつまで経っても自称ヤマンバ、97歳と言うばかりでしたが、ちゃんと確実に老いを重ねているようで、98歳でめでたく赤ちゃんを妊娠して、99歳で無事に出産をして、100歳でピラティスのインストラクターになり、101歳で離婚されたそうだ。子供の親権は、命のともし火が消えつつあると言われていながら生き延びている母親の伊東めかぶちゃんよりもだ、若い父親の三上サトシが持つことになったと聞く。だがね、2023年の現在。母親の伊東めかぶさんは今だに健在との事です。伊東めかぶさんはスキーが好きでスキーのインストラクターになった後に、自分は大食いだと気付いてしまって、大食いハンターとして北半球の何処かで活躍されているとのこと。ベルマーク集めと縦笛を鼻で吹くのが趣味だそうだ。
何はともあれ、いつだって女は強いという事だ。
これが比較的、新しい奇怪な話なんだかね、遥かに遡ること、1892年に起こった悲惨な事件、『美香ちゃん誘拐事件』こそが今も語り継がれている伝説的な恐怖と奇怪に満ちた話なのだ。いずれ、嫌でも話せばならぬ時が来るであろう。
「すいません」タクシーの運ちゃんが言った。
「なんだ?」物思いから我に返った俺は返事をした。
「急にお腹が痛くなっちゃって。コンビニに寄ってもいいですか? ちょっと、うんこしてきます」
「分かったよ」
タクシーの運ちゃんはよろめきながらコンビニのトイレに行った。
タクシー車内はマス・オーシャン武田の荒い呼吸音が強く聞こえていた。
「ちょっと、もう手を離してくれ!」
「ダメだな」
「おっさん、何でこんな事をするんだよ?」
「自分の胸に聞け」
「痛いんだよ! 離せよ!」
「ダメだな」
「誘拐されたとマスコミに言うぞ!」
「勝手に言え」
「マズイラーメンだとも言ってやるからな! お前の店を潰してやるぞ!! 僕を怒らせたら、うちの事務所が絶対に黙っていないぞ!! 僕は有望株だからな!!」
「俺のラーメンを食いもしないでマズイとはなんだ!! 失礼な野郎だ」
「いいか? 僕は取材させてくれと言っただけじゃないかよ!!」
「断ったはずだ」
「断る理由は?」
「うるさいからだ」
「うるさい?!」
「そう、うるさいからだ」
「取材させてくれたら楽しくテンションを上げて、おたくのラーメン屋を全国ネットで宣伝するんだぞ。それの何がうるさいんだよ?」
「貴様は周りをよく見ていない野郎だな」
「なんだって?!」
「貴様は周りを見ていないから自分勝手なんだ」
「だから、おっさん、何がだよ?!」
「テメェで考えろ。何で、一々、ガキに話さなきゃならんのだ? ナメるなクソガキ! とりあえず、自分の行動に責任を持てということだけは言っておく」
「分からん。僕は有名人なんだぞ」
「有名人? だからなんだ?」
「有名人だと大体は許されるし断わられる理由が少ないからな」
「だからなんだ? 有名人がそんなに偉いのか? フッ、ナメんな」
「何がだよ!! 僕は灼熱地獄芸人グランプリや漫才コンクールで2年連続優勝をしているんだぞ!!」
「だからどうした? それが立派なことで凄いことなのか? 自惚れるな。俺もな、それなりに色々とたくさん優勝はしてきたよ。でもな、そんなものは何の役にも立たんし意味もないんだ」
「なんでだよ?!」
「自分で考えろ」
「おっさん、分からんから教えろよ!!」
「何でもかんでも直ぐに答えを求めるな。自分の頭で深く考え尽くしてから答えを自分で出してこんかい!! 色々とナメんな!!」
「全く分からん。有名人になれば何をしても許されるのが有名人の特権だろ? 有名人なら警察に捕まっても直ぐに釈放されるんだぞ。何をそんなに毛嫌いするんだ? 俺はおっさんと違って有名人なんだぞ! 金もサラリーマンより稼いでいるんだぞ! タワーマンションに住んでいるし高級車は2台ある。アイドルや女優とだって知り合えるんだぞ! 最高じゃないかよ!」
「くだらん!!」と俺は言ってアイアンクローを強めるとマス・オーシャン武田は白目を向いて鼻水を出した。
「おいガキ、くだらんことに目を向けすぎ」
「あ痛ててててて!」
「その程度の思考力で生きているのが信じられんね。まったく」
「あ痛ててててて!」
「お前の両親は?」と俺は言って握力を緩めた。
「僕は母子家庭だ。母親しかいない」
「今度からは稼いだ金を全部母親に渡せるか?」
「僕にだって生活があるんだよ。全ての金を渡せる訳がないだろうがよ!」
「ナメんな!」と俺は言って握力を強めた。
「あ痛ててててて!」
「まずは母親に、全部、金を渡せ。それから俺に文句を言ってこい」
「母親は母親でパートの仕事を3つも掛け持ちをして生活費を稼いでいるんだ。僕の母親はタフなんだよ! 大丈夫なんだよ!」
「ナメんな!」と俺は言って握力を強めた。
「あ痛いって! 痛ててててて!!」
「母親はいくつだ?」と俺は言って握力を緩めた。
「57か58かな」
「お前はいくつだ?」
「29」
「ナメんな!」と俺は言って握力を強くした。
「痛い! 痛いよ! 痛い痛い痛い痛い痛い」
「最初に母親に恩返しをするのが男というものだ」
「痛い痛い痛い痛い痛い! 顔が痛い!」
「うるさい! 男なら我慢しろ!」
「おっさん、おっさんも有名人になれば分かる。金が全てさ。金のためならなんだってするのが有名人なんだ。一般人は有名人に貢ぐようにして関わってくれたら、それでいいだけの話なんだ。おっさんよ、有名人は選ばれた人間なんだ! 僕の母親は一般人、僕は有名人。その違いが出ているんだよ! 親子の生きる世界が変わったんだよ! 母親は母親。僕は僕なんだ!」
「ナメんな!!」と俺は言ってヘッドロックとアイアンクローの力を強くした。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
つづく
ありがとうございます!




