礼儀をわきまえろ
タクシーは42分かけて無事に『ラーメン 嵐山源隰門』の前に無事に到着した。
俺は一旦降りてからハゲ男のみぞおちを殴って気絶させるとハゲ男をタクシーに乗せ直してから、タクシーの運ちゃんに「差笹中央警察署まで運べ。ラーメンの食い逃げ、店内の破壊、他のお客さんに対する暴行、俺の妻の殺人未遂だと警察に伝えてくれ。俺は嵐山源隰門だ。ここのラーメン屋の大将だ。本日オープンです」と言った。
「わかったわ。伝えとくぅ。なんか何処かでアンタを見たことがあるなぁって思っていたのよね。嵐山源隰門っぽいなとは思ってはいたのよん。そんな大きな事件に巻き込まれていたとはさ、とんだ災難ね。大変だったわね。わたしの兄貴がね、刑事なのよ。一応、兄貴にも伝えとくぅ。うちの兄貴はね、宇宙刑事ギャバンに憧れて刑事になったのよ」
「そうか分かった。それじゃよろしく頼むよ」
「任せて。また困ったことがあれば何でもかんでも私に任せてよね。人の役に立ちたいから。私、早乙女厳銀痔郎よ。兄貴はね、早乙女白眉芯よ。じゃあね、行ってくるぅ」
親切でありがたいタクシーの運ちゃん、早乙女厳銀痔郎さんはクラクションを鳴らすと走り去っていった。
俺は『ラーメン 嵐山源隰門』に入った。
「あ、あんたーっ!! 大丈夫なの?! どこさ、どこさ行ってたの? ねぇ、どこさ行ってた? 痛たたたたた」とおでこに湿布を貼ったカミさんが俺に抱きついて言ってきた。
「総本山の道場だ」
「なんでさ? なんでそんな遠い所に行ったのよ? あのハゲは? あのハゲ、食い逃げだよね! あのハゲをぶん殴りたい! あのハゲ、私の頭をヘッドロックしたのよ! 他のお客さんにもヘッドロックしてさ! あのハゲは許せないわよ!!」
「もう大丈夫だよ」
「何が大丈夫なのよん! あ、あ、あんた、まさか、あのハゲを殺った……の? 完全に仕留めたわよね? 確実に殺ったんでしょう? 殺ったのよね? でもさ、悔しいわよねぇ。やっとこさの夢が叶ってさ、オープンの日に廃業になるだなんて悪い夢よねぇ。あたし、あんたがお勤めする間、耐えるから。我慢するから。待ってるから。あんたを、あんたを愛しているからーんっ!! 愛しているわよ。愛しているぅ。グヘッ。うぇーん。うぇーん、うぇーん、うぇーん、グヘッ、グヘッ、グヘッ」
「待て待て、勝手に飛ばすな、早まるな。あのハゲは差笹中央警察署に送ったぜ」
「あらま。じゃあ大丈夫だわ」
「さて、ラーメンを作るぞ」
「あいよ〜」
俺は一瞬だけ外に出て昼過ぎの陽射しにウインクをした。
「太陽よ、いつも毎日、熱い中、燃え盛っていて、本当にご苦労さまです。お疲れ様です! 太陽よ、プロミネンスは元気ですか? 太陽よ、見ていてくださいね。必ずや日本一のラーメン屋になりますからね!」
俺は厨房に入るとラーメンを解す作業と足りなくなってきたネギを千切りした。
俺のカミさんは食器を洗っていた。
お客さんが入ってきた。
「すいませ〜ん。こんにつわ。テレビなんですけど取材してもいいですか? 今ですね、美味しいラーメン屋さんを探して歩く番組を作っていまして、たまたま見つけたので全国に紹介したくて来ましたぁ」とテレビで見たことがある有名で可愛らしい女子アナがやって来た。名前は出てこないがね。
「私、アナウンサーの松岡ひろみです」
「あらー、見たことあるわ」と俺のカミさんが嬉しそうに言うと女子アナと握手をした。
「ねぇねぇ、あんた、取材オッケーだよね」と俺のカミさんは、はしゃいだ声で言った。
「待て」と俺は言って入り口の人影を見た。どうやら俺が1番嫌いなお笑い芸人が中の様子を探るように見ているようだった。どうも何らかの企みや企ての匂いがする。俺は昔からあのお笑い芸人だけが大嫌いなんだ。バカみたいにくだらない事ばかりを言っているからな。ハッキリ言ってアイツは見る価値もないし時間の無駄だ。ペテン師と同じ部類の奴だ。
扉が開くと奴が愛想よく笑いながら入って来た。
「おっさん、取材オッケーしてよ。ねっ。僕の事を知っているでしょ? 僕の顔に免じて取材オッケーしてよ」とお笑い芸人のマス・オーシャン武田は言った。
「あらー、あなたも知ってるわよ。灼熱芸人グランプリで優勝したわよね」と俺のカミさんが嬉しそうに言うとマス・オーシャン武田の手を取り握手をしようとしたら、マス・オーシャン武田は俺のカミさんの手をはたき落とした。俺のカミさんの顔が苦悶に歪んだ。
「おっさん、頼むよ。ねっ、取材オッケーしてよ」とマス・オーシャン武田は甲高い声で言った。
「断る。出ていけ」と俺は言ってキャベツの千切りを続けた。
「あ、あんた……」と俺のカミさんが自分の手を擦りながら言った。
「大将、どうか宜しくお願い致します」と可愛らしい女子アナの松岡ひろみも頭を下げて交渉してきた。彼女だけならば取材オッケーをしていたよ。だがしかしだ、だがしかしだ!! 俺のカミさんを侮辱したクソ生意気なクソガキのマス・オーシャン武田だけは許せないので取材拒否をする。よくも、このクソガキは俺のカミさんの手をはたき落としやがったな。コイツを八つ裂きにしてやりたい所でもあるからな。ナメ腐りやがってよ。俺は指導的立場にある人間なので怒りをコントロール出来るが聖人ではない。まだまだガキのクセに偉そうな事を言うな。20年早いんだよ。大人をナメるな、クソガキめ!
「おっさん、頼むって。僕のサインをあげるからさ。僕のサインに免じて取材オッケーしてよ。有名人のサインは貴重だよ〜。ヒャッハハハハ」とマス・オーシャン武田はヘラヘラ笑いながら言うと、手に持っていた油性マジックペンで店内の壁に向かって『マス・オーシャン武田』と『頑固親父のマズいラーメン屋』と『クソ親父のクソマズいラーメン』とサインをしやがった。だから俺は有名人は嫌なんだよ。勘違いしている奴等ばかりだからな。
俺は、力一杯、マス・オーシャン武田の頭をヘッドロックしながら力の限り顔をアイアンクローをすると『ラーメン屋 嵐山源隰門』を飛び出して大声でタクシーを停めた。
タクシーのドアが開くと奥の席にマス・オーシャン武田を投げ捨てて俺は隣の席に乗り込んだ。
「いらっしゃい。お客さん、どちらまで行きますか?」と中年太りのタクシーの運ちゃんは言った。
「前立腺山の麓まで頼むよ」と俺は告げた。前立腺山は標高795メートルの小さな山だ。
「分かりました」と中年太りの運ちゃんは言うとタクシーを走らせた。
俺は引き続き素早くマス・オーシャン武田をヘッドロックしてからアイアンクローをした。
つづく
どうもありがとうございます!




