俺の握力85キロ
俺はカミさんに代わってフライパンを受け取ると、頭と腰を激しく振り回してリズミカルにフライパンをも激しく振り回した。フライパンを振り回して、振り回わすことで、振り乱したならば、振り落とされまいと踏ん張る新米のあどけないお米たちが凛々しく悶え始めてきた。「あはん、遂に、わては立派なチャーハンになるんですよね? わて、チャーハンとしての命を宿すんですよねぇ? 新米のわてでも、米の一生を誇りに思いながらチャーハンとして食べつくされる最後を迎えられて光栄です! ステータスの高いチャーハンで良かったでぇ〜す! ではあの世へ米ります! あはははは。何つってね」と新米のお米が嬉し泣きをして嵐山源隰門に心の声をお届けするのだった。
皆、ゴメン。正直に言う。俺はさ、新米のお米とだけは話すことが出来るんだ。奇抜でスゴイ能力だろう? 他の食物からのコンタクトは芳しくないから全く話せない。一時期、梅干しと話せそうにはなったけれどもね。本当は犬と話せるようになりたかったが、よく分からないけど新米のお米とだけは話すことが出来るようになってた。自然な形でね。エモーショナルではあったけれどさ。昔からそうさ。子供の頃からそうさ。俺の実家、コメ農家、両親は米を作っているんだよ。幼い頃は病弱でね、米だけが俺の友達だったんだ。日本人は米さ。米って美味しいんだぞ。
「あんた、5人とも注文がチャーハンになっちゃってるよん。残りの5人は醤油ラーメンだから。あんた、腰は大丈夫かい?」
「問題なし。今晩、お前を寝かせないぞ」
「あらイヤだ。ウフフフフ」
「勘違いするなよ。一緒に徹夜で新作ラーメンのスープ作りだい!! ラーメンはスープが命だからだい。スープが美味いと息子の麺が喜ぶ!」
「ハイハイ、了解しましたよ。ウフフフフ」
「おい! この店はミヤマクワガタが出ますよー!!」
突然、『ラーメン 嵐山源隰門』の扉が開くとハゲ男が絶叫した。
「ミヤマクワガタ?」と10人の客が一斉に言うとハゲ男を見た。
「ミヤマクワガタの他にバッタも出る恐れあり!」とハゲ男は言うとポケットからバッタを5、6匹取り出して店内に投げた。
「バッタだぁー!」とお客さんが慌て出した。
「ふん、またオモチャだろう?」と俺は言うと厨房から出てバッタのオモチャを破壊しようとした。が、それはモノホンのバッタ、トノサマバッタだったのだ。ミヤマクワガタはオモチャでトノサマバッタはモノホン。一体、このハゲ男は何モンなんだ? と思った瞬間だった。ハゲ男の野郎め、オープン初日にモンスターペアレントみたいな事をしてきやがってよ。
俺は急いでトノサマバッタを捕まえると『ラーメン 嵐山源隰門』から出て店の前に立った。
「さあ、お帰り! ここは人間の住む世界だ。トノサマバッタはトノサマバッタの世界でしか生きられない。トノサマバッタがラーメン好きになるのは光栄だがラーメンはトノサマバッタの食べ物ではない! 君たちは箸を持てないだろう? ラーメンの旨味、濃くを理解する事ができるのかい? さあ、早く山や川がある自然の世界にお帰りよっ!」と俺は言ってトノサマバッタを天高く放り出した。トノサマバッタは東の空を駆け抜けていく。
店の中に戻ると10人のお客さんが床に倒れていた。
「こ、こ、これはどうした事だい?」俺は厨房を見た。
俺のカミさんがハゲ男にヘッドロックされていた。
「痛たたたたた、頭、痛たたたたた。あんた、お客さん、皆、このハゲにヘッドロックされて倒れたわ、助けてー! 痛たたたたた! ちょっと頭が痛いって! 何でこんなことをするのよ? 痛たたたたた!」とカミさんは叫んでいた。
俺は無我夢中で俺のカミさんをヘッドロックしているハゲ男のお尻を思いっ切り蹴った。
「痛いな!!」とハゲ男は言って崩れ落ちた。
俺はハゲ男のこめかみをアインクローした。
「さっきより、頭、痛ーい!」とハゲ男は言って呻いた。
俺は完全にブチ切れてハゲ男をアイアンクローしたまま店を飛び出すと左手を上げてタクシーを停めた。
「いらっしゃい、どちらまで?」タクシーの運ちゃんは愛想よく言った。
「嵐山源隰門枯葉拳総本山道場までだ」と俺は伝えた。
「お、お、お客さん、遠いですけど。40分は掛りますよ」タクシーの運ちゃんは戸惑っていた。
「かまわん。行ってくれ」
「そちらのお客さんは?」
「頭が割れるように痛いとみられる道場破りに近いモンスターペアレントのハゲ男だ」
「あ、あんたさ、ひょっとしてさ、嵐山源隰門さんじゃないのかい?」タクシーの運ちゃんの声は明るくなった。
「そうだ」
「わあ、嬉しいな。有名人を乗せたのは、これが2回目だよ。1回目は俳優の角川益次郎だった。ほら、覚えているかな〜、素っ裸になって女子高生の面前でドジョウ救いを披露して警察に捕まったバカな角川益次郎。アイツさ、事務所の力で示談になったけど、また素っ裸になって同じ女子高生の面前で四つん這いになってよ「肛門が痒いから、今すぐ掻いてぇ〜」と言ってお尻を振り回して、また警察に捕まったっけな、あっははー。角川益次郎なんか乗せなきゃ良かったよ。あっははー」
「分かったから、早くタクシーを出せよ」と俺は言った。
俺は右手の握力が85キロもあるんだ。ハゲ男は頭が相当痛いと思うがね、オープン初日に暴れるまくる迷惑な客には制裁しないといけない。
40分後。
嵐山源隰門枯葉拳総本山道場に到着した。
「あっ! これはこれは、お忙しい中、嵐山源隰門師匠! 突然に! ラーメン屋は大丈夫ですか?」と道場の門番、枯葉拳の黒帯の佐々木ホロシが合掌しながら頭を下げて言った。
佐々木ホロシは気が荒いところを見込まれて門番にしたのだ。枯葉拳の黒帯もスピードで習得した。枯葉パンチの使い手として順調に成長している有望な格闘家の一人だ。
「ホロシ、河野モンテスキューはいるか?」
「はい、河野先生は道場にいます。生徒50人の前で指導中です」
河野モンテスキュー。枯葉拳の使い手で格闘家だが本名は知らない。今から15年前に「すいません! 今、借金取りに追われています! 少しだけ匿ってくださいぃぃ!」と河野モンテスキューは言って顔面蒼白でここに飛び込んできたのだ。本名は知られたくないと言い張り、この道場に居着いてしまったのだ。今だに河野モンテスキューの本名は知らない。彼は枯葉拳・ブルー帯だ。
河野モンテスキューは生徒たちの前で枯葉キックの演舞を披露していた。
「いいか! 枯葉キックは素早く蹴るんだぞ! 落ち葉が予測不能な落ち方をするイメージで蹴るんだぞ! おい! 田中辰雄!」
「はいっ!」白帯の生徒、田中辰雄は背筋を伸ばして返事をした。
「皆の前で枯葉キックをやれ!」
「はいっ! いきます! 枯葉キック、枯葉キック、枯葉キック!」
「なんだその蹴りは? 枯葉キックをやれと言ったんだぞ!!」
「はい! すみません! 頑張ります! いきます! 枯葉キック、枯葉キック、枯葉キック、枯葉キック、枯葉キック!!」
「田中、ナメんな!! これが枯葉キックだ!!!!」
河野モンテスキューは田中辰雄に思いっ切り枯葉キックを御見舞した。
田中辰雄は後ろに吹っ飛んで仰向けに倒れてしまった。
「田中!! 枯葉キックが分かったか!! ナメんなよ!! 枯葉キックをナメてるから、こんな目に合うんだぞ!!」
「すみません!!」田中辰雄は起き上がると頭を下げた。
「田中、もう一度……、あっ! 嵐山源隰門師匠!!」と河野モンテスキューは言って絶句した。
50人の生徒たちも振り返って驚愕していた。
ざわめく道場内。
俺はアイアンクローを右手から左手に変えてハゲ男をアイアンクローしたまま、河野モンテスキューと固く握手をした。
つづく
ありがとうございます!




