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【シリーズ】身売り寸前の私は皿洗いします。

身売り寸前の私は皿洗いします。

皿洗いをする可愛い女の子を書きたくて書きました。

読んでくれたら嬉しいです。

 大量の皿、次々運ばれてくる皿。

 私、なんでこんなに大量の皿を皿洗いしてるんだっけ??


 ----


 突然、成人まで後一年という15歳の時に剣と魔法の異世界に転生していると気づいた。


 多分、前世で私の死因って、これかなっていう最後の記憶は歩道にはみ出してきているトラックに轢かれた記憶だ。

 バイトに明け暮れていた私が、疲れてふらっとよろけたのも悪かったけど、歩道の範囲内だった。

 ウチの地元って車道も歩道も狭いんだけど、トラックが無理やり入ってくるんだよね。


 今世は異世界に転生していて、しかも男爵だけど貴族だった。

 名前はマリア・オランジェ。オランジェ男爵の長女だ。


 しかも、私だけは貴族の特性として風と水の魔法がそこそこ適性があった。

 更にピンクブロンドに濃い紫の目のなかなかの美人(自分で言ってしまう)。

 まあ、この国は下位貴族が雨後の筍のように多いのだけれども。


 貴族でラッキーと思ったのもつかの間、ウチは家族が浪費家で貧しい事に気づいた。


 色々と気づきが多い。


 どのくらい浪費家で貧しいかというと、お母様とお父様が、


「マリアが16歳になったら、お金を持っている貴族の後妻として売りましょうよ」

「そこそこ太らせて肉付き良くしとかないとな」

「あら、痩せてて華奢なのが好きなのもいるわよ。魔力もそこそこあるし、高く売れそう。早く新しいドレスが欲しいわ。アクセサリーも」


 という話をしているのを聞いてしまったぐらいには貧しい。

 もしかしたら、こういう会話を聞いたショックで前世を思い出したのかもしれない。


 ちなみに弟が跡継ぎとしているが、お父様とお母様にスムーズに同意していた。

 うーん、皆、浪費家で貧しく人でなし。


 私は焦った。


 このタイミングで前世を思い出したのは本格的に自分の身が危ないと思ったからだろうか。


 とにかく人売りみたいなのを一旦回避したい。

 そういう貴族子女が逃げ出す定番は神殿だ。

 しかし、神殿は一旦入るともう出てこれない。神の物になったという扱いだ。


 後は、ちょっとブラックな労働環境と噂があるけれど、本人の意思で出入り自由な王宮勤め。

 人材を確保するためなのか、その身柄は王家預かりとなる。

 給料も個人の資産として確保される。

 ブラックなのに、時々妙な所で配慮されている奇妙な職場だ。


 剣と魔法の世界ならダンジョンや魔物相手に無双したい所であるけれど、風と水魔法で微妙に攻撃力がない。


 後、調べた所、この私が住むイグニス王国にはダンジョンがないようだった。

 異世界と言ったら、『ダンジョンで無双して、お金を稼いで快適な家を建てて楽しく暮らしました』がセオリーなのに。

 他の国に行くにしても、活動資金や更なる下調べが必要だろう。



 だから私は、王宮の下働きに応募した。

 辞める人が多くて王宮にも関わらず、魔法の使えない平民を雇おうかとまで検討していたらしく、私はすぐに採用された。

 人事担当の人に、風と水の魔法を使えることを告げると、


「じゃ、皿洗い。明日から」


 とあっさり告げられた。

 どんだけ人材不足なんだという話だ。


 家族に何も言わずに荷物をまとめて家を出る。

『今までお世話になりました』との手紙と、アクセサリーや持っていたまとまった貯金(少ないものだけれど)は自分の部屋の机に置いておいた。


 その日から、王宮の下働きの寮(狭いけど個室)に入り、下級貴族の子たちに混じって働く日々が始まった。

 王宮の下働きだからなのか、16歳で成人してないものに対しては貴族としての一般教養を学ぶ時間もあるそうだ。

 勉強に皿洗いにと忙しい日々が続いた。


 風と水を操っての皿洗いは、水魔法だけ使えるミリア・ネフライト男爵令嬢先輩が洗う方法だけ教えてくれた。


 水魔法に適量の洗剤を混ぜて、そっと洗う。

 調子に乗って勢いよく洗うと表面に傷がついてしまう。

 布で擦るなど細かい傷が付くからもってのほかだった。


 洗ったらこれまた風魔法が使えるものが、フワッと乾かすのだ。布で拭くなど言語道断。

 乾かすのは誰も教えてくれなくて試行錯誤の日々だった。


 ああ、前世の食器洗い乾燥機が懐かしい。

 バイトでよくガッチャンガッチャン、セットしてたわ。


 最終的には皿洗いが上手くなってきたら、高い金属や水晶でできた皿や宝石が山ほどはまっているさかずきなどを洗う。

 一体、高い食器一つで幾らするやら。

 ……ああ、なるほどね。これは平民にはやらせられないな、確かに。

 そういう事?


 最初は安い皿からだった。


 広い厨房の隣に位置するこれまた広い洗い場には、値段の高そうな皿や王宮で働く者たちが使う皿が混ざってどんどん運ばれてくる。


 それを洗い場担当の10人で仕分けしながら洗っていくのだ。

 皆が一列になって、水魔法で皿を洗う姿は圧感である。


 私は王宮で働く者達が使う皿をせっせと洗った。

 水蒸気と風魔法で蒸し暑いのが気になる。


「ネフライト先輩、この歪んでる皿って洗い辛いです。もうちょっと水の出力上げていいですか? 安い皿っぽいですし」

「だめよ、コツを覚えなさい。出力じゃなくて制御で洗うの。こうよ」


 ふむふむ。

 私はネフライト先輩のやり方を真似した。

 なるほどね。

 こう、汚れを包み込むように。汚れと皿の間に割り込ませるように。


「ネフライト先輩、大まかな汚れを入れる箱がいっぱいになりました。どうしたらいいですか?」

「後で色々な事に利用されるから、再利用の所に捨てるのよ。持って着いてきて」

「はい」


 ふむふむ。厨房の方のこの穴に入れる、と。


「ネフライト先輩、人数が足りなくないですか?」

「うるさい、黙って洗いなさい。あなたは風魔法を使って乾燥までできるんだからいいわよね」


 ネフライト先輩は親切で良い先輩だった。

 声を荒げながらも必ず私の相手をしてくれる。

 ネフライト先輩の家は火災や病気などが重なり、ネフライト先輩しか継ぐ人が居ない家だそうだ。

 こんな閉鎖的な国ではなく、隣国で平民となって暮らしたいという事で、お金を貯めているらしい。


「もう、貴族って感じでもないし。女一人でいるのも怖いし、職場環境的に安心な王宮で働いてるんだけれど、こんな大変な仕事とは思わなかったわ。水魔法こんなに使うなんて」


 と言っていた。


 ネフライト先輩が水魔法しか使えないのがもったいなかった。

 ビショビショになったら皿を、同じく風魔法しか使えない別の人が乾かすのだけれど、ラグがあって皿を重ねすぎると痛む。


 私は『王宮で働く者たちが使う皿』で大人しく練習を繰り返していた。


「はいっ、追加だよっ!」


 洗い場にがっしりした男が追加の皿を持ってくる。

 力に任せて重ねすぎだ。

 その皿の多さに私がびっくりしていると、洗い場の中で安い皿が崩れて高い皿にぶつかりそうになった。


「あーっ!!」


 思わず見ていた私は風魔法の出力を最大にして、面状に風の壁を作り押し返した。


「私もやる!」


 他の風魔法を使える人も手伝ってくれて、なんとかぐらぐらしていた安い皿のタワーは崩れずに済んだ。

 私たちの大声になんだなんだと人が集まってきて、廊下に居た通りかかった官吏たちも洗い場を覗きにきてしまった。

 上質な官服を着ているからすぐにわかる。

 後、貴族として大声を上げた私を咎めるような目で見ている。


 いや、私は皿を救ったのに?


 そんな中で一際豪華な服を着ている人が、こっちを心配そうな目で見ているのに気づいた。

 もちろん、心配をかけたならこちらも、


『皿も無事だし、ケガもないです』


 的な意味で軽く会釈をした。

 心配してくれる人はいるんだと安心した。


「マリア、もうドジなんだから。もちろんケガなんてしてないでしょうね?」


 ネフライト先輩も言葉とは裏腹に心配してくれる。

 ありがたい。

 王宮は意外と良いところかもしれない。


「はいっ、大丈夫です。皿の高さを低くするのを手伝ってください」

「分かったわ」


 そして皆で助かった皿を慌てて隙間に並べて、皿タワーの高さを低くした。

 皿を持ってきた男はもういなかった。


 多分、皿の運搬の仕事が間に合わないのだろう。

『ごめん』の一言ぐらいもあってもいいのになぁ。


 ---


 皿洗いの仕事を始めて1か月が経った。

 早速王宮図書館(出入り自由)で、ダンジョンの調べ物をした。

 隣国のアイステリア王国にダンジョンがあるみたいだ。

 魔法を使える人を外国人でも積極的に受け入れて、国民が魔法を活用して暮らしているそうだ。


 この間に風魔法を使って食器を乾かす専門の人が辞めた。

 ちょっと前の話では、風魔法をずっと使っていた結果、風魔法を使っていない時も耳鳴りが止まなくて、毎晩食器を乾かす夢を見ると言う話だった。

 子爵家の5男の人で、まだ若かったのに作業中にバターンと倒れ、医務室に運ばれてそれっきりになった。

 心配というより衝撃だった。


 どういう事? 大丈夫なの?


 私もその人に涼しい風を送りながら医務室に付き添ったが、作業場に戻れと言われた。


 何か釈然としないものを感じながらも、皿洗いに戻る。


「マリアが風魔法を使えるから、気が抜けたのかしら……」


 ネフライト先輩と同じで水魔法しか使えない洗い場担当の仲間が、そう、ポツリと呟いた。


 ……心配だったが、そうも人の心配ばかりをしていられない。

 もしかしたら前の時も皆こんな気持ちだったのかもしれない。


 他の風魔法を使える人たちと力を合わせて、その人が受け持っていた食器を乾かすことになる。

 まあまあ分量は増えたけど、やってやれないことはない……多分。


 労災が起きたからなのか、官吏の人たちが視察に来て、何かメモをしていった。

 この前目が合った一際豪華な服を着た人も一緒に来ていて、やっぱり今回も目が合った。

 その人は心配そうな目をしていた。


 その視察の結果なのかなんなのか新しい人が来るまで休み時間が少し短くなった。

 その分給料は多く支払われるらしい。


 一か月、手紙だけで出てきた家からの連絡は全くない。

 給料を寄こせと言われる気がしたけれど、そこまで悪い人たちではなかったのだろうか。


 ー洗い場人員残り9人ー


 何か私は嫌な予感を感じて、ネフライト先輩に相談して王宮の総務部に掛け合い、大きくて軽い石の箱と魔石を貰ってきた。


 その日から寝る時間を削って、魔法の箱を作ることにする。


 まずは石の箱を仕切りで良い具合に仕切ります。

 上に窪みを作って魔石をくっつけます。

 水魔法で洗い終わった皿をたくさん入れます。

 上に置いてある魔石に風魔法を込めておくと、時間は人が直接魔法をかけるよりも少し時間はかかるけど、皿がパリッと乾く。

 風で飛んだ水分は下に空いた小さな穴から排水されるようにした。


 割と早く大まかな仕組みは完成した。

 だけれど、魔石からの魔法の出力の制御は難しくて、風が強すぎるとわずかに含まれる塵で皿に細かい傷がついてしまう。

 風が弱すぎると、乾くまでに時間がかかりすぎる。


 試行錯誤の日々が続いた。


 そんな日々の間に更に、洗い場の人員の水魔法を使える女性が一人辞めた。

 理由は寿退社だ(王宮だから会社じゃないけど)。

 実家から、延々と結婚しろと圧力をかけられて抵抗していたけど、何通も何通も届く手紙と涙と向こうの親の圧力に負けたと言っていた。


『男爵家の3女なんて、良い職場と給料よりも結婚した方が幸せなのよ。結婚して早く子供を見せてちょうだい』


 と号泣する老いたお母さんから言われたと言う。

 嫁ぎ先は、隣国のそこそこ裕福な商人の息子で、何回か会ったこともあるらしい。

 相手の息子さんはその女性が前から好きだったらしく、息子さんは、


「今の状態で結婚できないなら隣国の国籍と準男爵位でも買ってイグニス王国の王宮に勤める」


 とまで言って行動に移しかけていたらしい。

 商人の息子さんの親は半狂乱になって、女性の親に土下座しながら、


「最大限のお礼は致しますから、どうか勝手ながら嫁に来ていただけないでしょうか?」


 と大量のお金と宝石を置いていったという。


「私が仕事を辞めることで迷惑をかけてごめんなさい。ちょっと私が行かないと大変な事になりそうで」


 と辞める女性は言っていた。

 ネフライト先輩が、その女性に、


「幸せになれそうなの?」


 と確認して、女性が恥ずかしそうにコクンと頷くと、魔法クラッカーを鳴らして祝福していた。

 私もポケットに待機させていた魔法クラッカーを盛大に鳴らした。

 お高いクラッカーで、魔法の光が七色に光って可愛いヤツだ。


 今度は寿退職だからか官吏は、来なかった。

 その代わり、一際豪華な服を着た男の人が隅に来てこっちを見ていた。

 濃い金髪に緑の目の男前な人だ。

 皆は気づかないみたいだったが、私はまた目が合った。

 偉い人が認識阻害の魔法を自分にかけて視察に来てるのかもしれない。

 人員は色々な所で足りないらしいし。


 王宮は色々大事なものがあるから平民を雇えなくて、いっぱいいる下位貴族の子供たちを使ってるんだろうけど平民雇えばいいのに。

 監督を貴族とかにして。


 ー洗い場人員残り8人ー


 私は更に忙しい中で焦って、食器を乾燥させる魔道具であるところの『食器乾燥機』(もう名前はこれでいい)の開発を進めた。

 焦りすぎて買い取った皿を箱の中で粉々にしてしまった。

 風魔法の出力が強すぎたのだ。


 そんなある日、私の部屋のドアがコンコンと控えめに叩かれた。

 こんな時間に誰だろう?


「はーい」


 ドアを開けると、そこには誰も居なかった。

 パタパタと足音がして、そちらを見ると廊下の遠くに見覚えのある豪華な服が見えた。

 もしかして、時々見かけるあの人。


 見るとドアの前に、上等そうな大きな魔石が置いてある。

 魔石の下には、『魔石。タダです。使ってください。』とのメモが上等な紙に書かれて挟まっている。


 えっ、こわっ。


 私はしばらく考えて、メモを大事に机の中にしまい、魔石を使うことにした。

『不審さ』と『忙しさ』では忙しさを解消するのが優先だ。

 後、このもらったメモを取っておけば貰った証拠になる……だろう。


 そしてその夜、無事に風魔法の制御が上手くいって『食器乾燥機』が完成した。

 これなら朝に風魔法の魔力を込めるだけで一日食器を乾燥できる。


 次の日、『食器乾燥機』をネフライト先輩に見せると、その食器乾燥の仕上がりの美しさに手を叩いて喜んでくれた。


「すごいじゃないの。よくやったわね。褒めてあげるわ。ついでにお昼のデザートのプリンもあげちゃう」


 ネフライト先輩が人事にかけあって、魔法できなくてもいいからと騎士爵の男性二人を皿洗いに回してもらった。『食器乾燥機』への食器セットができる人員がいればいいからである。


「えへへっ、もっと褒めてくださいっ」


 ネフライト先輩にストレートに褒めてもらって素直に嬉しかった。

 眠い目を擦りながら魔道具を作った甲斐がある。


 -洗い場人員8人、『食器乾燥機』への食器セット人員2人-


 しばらくはそこそこゆとりのある仕事ができて嬉しかった。

 ネフライト先輩とも雑談をしながら楽しくお仕事ができた。


 他の洗い場人員にも感謝された。


 本当に幸せだった。


 実家の人たちとも関わらずにすむし、宝石がはまった綺麗なカップとかを水魔法でピカピカにする仕事だ。

 ずっと水魔法ばっかりやっていると、


『なんだかマリアの洗った食器は他の食器よりも輝いているように感じる』


 と言われた。

 やりがいがある。


 ちなみに私に魔石をくれた豪華な服を着ている男性は、ちょくちょく現れて私を見ていた。

 度々見ているので、隙をついてお花摘みに行ってくるといって、その人に声をかけた。

 多分偉い人なんだろう。下位貴族なんかと話していることが目立たないように配慮した。

 廊下の柱の陰に隠れて、少しお話ができた。

 金色のまつ毛が生え揃った緑の綺麗な目がこちらを見る。


「魔石、ありがとうございました。あの、私、マリア・オランジェと申します。お名前を教えてください」


 そう言うと、豪華な服を着ている人は少し驚いた顔をして、


「ジェイクだ。俺もお礼を言わせてくれ。ありがとう」


 ジェイクか。ありふれた名前だ。

 上は我がイグニス王国の王様から、下はスラムの子供まで名付けられる昔の英雄の名前。

 家名は訳合って教えられないのだろう。男爵令嬢に懐かれても困る身分なんだろうか。

 どうしよう、この国の宰相様とか騎士団長様とかだったら。


「えっ、そんなそんな。あの魔石は高かったのでしょう?」

「いや、俺の持ち物でタダだ。いくつもあって持て余してる」


 うん? あんな高い魔石いっぱい持って持て余してるって?


 確かにイグニス王国はそこそこ魔石の生産は多い国だけれども、あの魔石の純度と大きさは高いって下っ端男爵令嬢の私でもわかる。

 やっぱり偉い人なんだろう。


「あの、何かお礼を。仕事が楽になって助かりました」

「礼には及ばない。俺も助かった」

「? でもそんなわけには……」

「じゃあ、時々こうして話をしてくれないか。なんでもない話がしたい」


 お疲れな職に就いているみたいだ。更にボッチと見た。

 私と同じで友達いないんだ。

 でも、私の方が上ね。ネフライト先輩という良い先輩は居るから。


 私はジェイクと友達になることにした。

 男前だもんね。



 その後忙しい日々の合間に柱の陰などでジェイクと雑談するようになって、ジェイクも隣国のアイステリア王国へ行きたいと思っていることが分かった。

 一気に親近感が湧く。


「私、家を出て隣国のダンジョンで冒険をしたいんです」

「奇遇だな。俺もだ。貴人専用のダンジョンがある」

「貴人専用?」

「ああ、貴族がいきなり冒険者を始めたいと言っても難しいけれど、貴族は有用な魔法やスキルを使えるあるいは使えるようになることが多いからな。身の回りの世話をしてくれる人がつく」

「へぇー、詳しいですね」


 ジェイクは色々な事を教えてくれたし、身分を保証する通行手形も用意できると言った。

 でも、ジェイクと一緒なら認識阻害で楽に国境を越えられるらしい。


「弟が俺の地位が欲しいらしい。だから俺はこの国の位はいらない」

「へぇ、そうなんですね」

「でも、俺としては譲ってもいいけれど、乱暴な弟だ。民がどうなるか気になる」


 領民を心配しているのか。

 優しい人だなぁ。


「でも領民はこっちの心情なんてまるっきり考えてくれないじゃないですか? 私が男爵家を貧しくしたわけじゃないのに、石投げられた事ありましたよ。親を罰しようにも役人や保安騎士とズブズブではぐらかされて、そもそも子供だから親に頼らないと生活できないし、なんだろう私って。しまいには私は売り飛ばされそうになってて、でも、領民って全然そんなの知らないし、でも貴族はちゃんと領を治めろって言われるんです。ウチも弟がなんとかやるんじゃないんですかね?」


 私はジェイクに思いの丈をぶちまけた。


 領民なんて、貴族の事思い遣ってくれない。

 正しい政治、治安、土地は、上に居る人がちゃんとやってくれて当然だと思っている。


 辛くても恵まれてるんだから、その分ちゃんとやれって。

 もっと上位貴族になると違うんだろうか。


 でも、それだったら弟がやるだろう。

 弟ができなかったら、王家の直轄地にでもなればいいんだ。

 なんでよく思われてない人たちを思いやらないとならないんだ。


「誰だって生まれながらに自由で幸せになる権利はあると思います」

「幸せになる権利……」


 前世の、自由で不自由で結局はくたくたに疲れても自由だった日々を訴えた。

 ジェイクは私の言葉をおうむ返しする。

 そのジェイクの表情は、陰で隠れてよく分からなかった。


「……俺も連れてってくれ」

「もちろんです」


 ーーー


 その後、私の作った魔道具を官吏の人が見に来たけれど、王宮の魔道具課は私と同じものが作れなかった。

 同じように箱を作って魔石をセットしても、皿は綺麗にならなかったり粉々になったりした。

 私が箱を作り、私が魔石に魔力を込めないと皿はうまい具合に乾燥されない。

 どうも『食器乾燥機』という概念が王宮の魔道具課にはイメージできないようだ。

 魔道具課の人に『魔法にはイメージが重要だ』と言われた。

 私はどういう事か分からなかった。


 という事で、私が同じ箱と同じような高価な魔石をもらって『食器乾燥機』を後3つほど作った。

 コツさえつかめばあっという間に機械ーー魔道具はできた。


 私の他に風魔法ができる人達がホッとしたような、すまないような顔をして辞めた。

『次から次へと運ばれてくる食器が怖い』『前から辞めたかった。ごめんなさい。ありがとう』『政略結婚で』との事だ。

 ネフライト先輩が絶望的な顔をしていた。


 私は慌てて更に『食器乾燥機』を3つ作った。

 これ以上は、朝に風魔法の魔力を込める私の身が持たない。

 私は、これ以上風魔法の魔力を絞り出すと、水魔法ができなくなると告げた。


 王宮の官吏の人がまた視察に来た。

 私を複雑そうな目で見つめていった。

 ジェイクもその中に紛れていて、私を心配そうに見つめていた。


『食器乾燥機』への食器セットができる人員が更に3人プラスされて、洗い場に食器をせっせとセットする屈強な男性が5人になった。


 ただでさえ暑い洗い場が、更に暑苦しくなって、ちょっとネフライト先輩が屈強な男性を見ると不機嫌になった。


 私は水魔法がどんどん得意になり、魔力がどんどん増えていった。


 -洗い場人員5人、プラス『食器乾燥機』への食器セット人員5人-


 洗い場には私以外、水魔法だけができる人が残った。

 私は他の人に少しずつ水魔法を教えて、皿が重なっている状態でも汚れが取れて傷もつけない洗い方を伝授した。

 水魔法で汚れを包み込むように。汚れと皿の間に割り込ませるように。

 ネフライト先輩もこの位はできる。


 ただ……、


 ネフライト先輩は必死で貴重な宝石や魔石がはまっている杯や皿を洗っている。

 さすがにそれは私もまだできない。

 直接洗剤で洗ってはいけない宝石もあるし。

 水さえもかけていけない宝石もある。


 ネフライト先輩から時々回ってくる貴重な皿や杯にそっと風魔法をかけてクリーニングしたこともあった。


 とにかくブラックな職場環境で必死に私たちは頑張っていた。


 ーーー


 ある日、そんな風に一生懸命頑張っている私たちの所に、ちょうど官吏の人たちがまわってきた。

 今日はあの友達になったジェイクは一緒にいないようだ。

 監視なのだろうか。

 ちょっと酒臭い。

 酔っ払ってる? 信じられない。


「おー、頑張ってるねぇ。下っ端の貴族のやつ。綺麗にやれよ」

「熱いな、ここ。長居したくない」

「間違いなくこいつら貴族なんだろうな? 平民は洗ってないだろうな?」


「はい、間違いなく貴族でございます」


「結構結構。平民の洗った皿なんかでは汚くて食事できないからな」


 は?

 もしかして応援の人員来ないのってそんな理由?


「ちょ……」


 私が怒りでキレるよりも先に、ネフライト先輩が安い皿を割った。

 パーンって皿が洗い場に叩きつけられて割れた。


「そんな上位貴族のわがま……っ、モゴモゴォッ」


 ネフライト先輩が色々不平不満をぶちまけようとしたトコで飛びついて口を抑えた。

 ネフライト先輩は私の腕の中でもがいている。


 気持ちは分かるが、この酔っぱらっている人たちが上位貴族なら揉め事を起こすと大変な事になる。

 一気に牢屋入りか、実家に飛び火するか、あるいはそのどちらもだ。


「頑張るんだぞ、下位貴族ども。魔法使いを減らした分は俺らの小遣いになってるんだからな」


 他にも官吏たちは、備品の予算の何割かを懐に入れている事、私が洗った皿が特別に綺麗になっている事で特別予算を加算してる事、それも懐に入れている事をペラペラと喋ってから帰って行った。


 洗い場がシーンと静まり返る。

 厨房の人達も途中から聞いていて、誰しもが顔を強張らせていた。


 ---


「私と一緒に行きませんか? そこでこげ茶色の屋根の家とクリーム色の壁の何の変哲もない家を建てて暮らすんです。今ならダンジョンでも食器乾燥機でも無双できそうです」

「えっ……」


 夜中の寮で、真っ先にネフライト先輩をスカウトした。

 怒りで私は何でもできそうだった。


 ブラックな労働環境のお陰で、水魔法も風魔法もレベルが上がったし、『食器乾燥機』の魔道具もこちらの世界の人がイメージできないなら高く売れるだろう。

 アイステリア王国で金を稼いで家を建てたい。


 ジェイクが国境を越える手形融通できるって言ってたし。

 まずは、このブラックな職場からお気に入りのネフライト先輩をテイクアウト(お持ち帰り)だ。


「女二人だと危ないから、用心棒代わりの男も当たりを付けてあるんです。あっ、ジェイクっていうんですけど、通行手形も用意できるって。本で調べたら、通行手形がないと結構お金出さないとダメみたいなんですけど。国境も認識阻害でごまかせるらしいです。向こうに行ってからの当面の資金もまあまあ溜まりましたし。結構食事抜いたけど」


 ネフライト先輩を説得できる色々な事を話す。

 実は食事休憩とかを犠牲にして、結構他の部署の細々したことを片付けて王宮内でお金を稼いでいた。

 貧乏男爵家の女の意地をみせてやったぜ。

 お腹が時々減るのは慣れてる。


「……ありがとう。私も隣国に行きたいとは思っていたけれど、なかなかふんぎりがつかなくて」


 ネフライト先輩はハンカチで目元を抑えた。


「私と同じ境遇のフローラっていう経理に勤めてる子も誘っていいかしら?」

「もちろん。ジェイクに話してみますね」


 ----


「……というわけなんです。どうですか?」


 私はジェイクに会った時に、ネフライト先輩の事、経理のフローラさんの事を話した。

 ジェイクはネフライト先輩やフローラさんの事を知っていたらしくあっさりとOKした。


「という事は隣国に行くのは全部で4人だな。大丈夫だ。通行手形はすぐにできる。資金は俺も個人的な仕事で貯めたものがある」

「ありがとうございます。もちろん、私もお金を出しますし。人気が出そうな魔道具のあてもあります」

「あれだろう? 食器を乾かす魔道具だな。話は聞いているし。俺も魔石を大量に持っていく」

「いや、そこまでお世話になるのは」

「いや、俺はオランジェ男爵令嬢が言ってくれなければ、国を出る踏ん切りはつかなかった。お礼のようなものだ」


 そう言ってジェイクは笑った。


 その後、職場の他の皆に辞める事を告げると、皆もやめて隣国へ行くなり、平民になるなり、結婚して今の籍を抜けるなりで辞めるとの事だった。


 上位貴族の奴らは、皿ぐらい自分たちで洗うなり平民に洗わせるなりすればいい。

 平民だって同じ人間なんだから。


 ふと、気になって捨ててきた家族たちはどうなったのか調べたら、私を手放したくない官吏が家からの連絡を全部ブロックしていたとの事だった。

 それはありがたい。このまま行こう。


 ---


「この人がジェイクです」

「ジェイクだ」

「私がフローラよ」

「ミリアよ。マリアはネフライト先輩って呼んでるけど。もうこの国から出てネフライト家は捨てるもの。ミリアって呼んでちょうだい」

「マリアです」


 この国を出ていく夜(国境は夜も通れるので、ジェイクが夜が良いと言った)、薄暗がりで魔法の光のランタンを持ちながら自己紹介をした。

 初めて会うフローラさんは茶色の髪に茶色の目の穏やかな顔をしている人だった。

 簡単すぎる自己紹介が皆の覚悟を物語っているようである。



 4人もいるので、隣国へ行く馬車(前世から考えると驚きだが、馬は魔法生物だ。前世のつもりでいると速さやスタミナが段違いで驚く)を貸し切って、隣国へ向かう。


 馬車乗り場では、


「良いタイミングだね。なんだか隣国へ向かう人が多くて、お安くしているよ。乗ってきな。皆で向かうなら治安もグッと上がるさね」


 と女性の御者がウインクする。


 馬車を貸し切ったにしては意外と安くて、皆で出し合って貸切れた。


 もちろん、ジェイクが通行手形とか認識阻害の魔法とか活躍してくれているので、ジェイクの分は私が出した……と言いたいところだが、ジェイクが頑なにお金を受け取らないので平等に割り勘になった。


 隣国へ行く道すがら色々な話をした。


 特にジェイクの話が興味深くて皆で聞き入った。


 ジェイクはやっぱり私が思った通り相当上の地位の人だったらしい。

 ジェイクは常に軽い認識阻害を自分にかけていて、いまいち顔の細部が分からないのだけれど、なんか見覚えがあるような気もする。

 宰相様とか騎士団長様とかだったのかもしれない。もしかしたら……王様?


「王宮で出てくる食事は結構毒が入っているものが多くて、まあ、俺はそこそこ毒耐性のスキルがあるから平気なんだがいい気はしないし、それで父上は若く死んでしまった」


 ジェイクがぽつぽつと馬車に揺られながら話す。


「毒を入れたものは処罰されないのかしら?」


 ネフライト先輩改めミリア先輩がもっともな事を言う。


「トカゲの尻尾切りだな。王宮で働く下位貴族が適当に処刑されて終わる。うやむやになって終わる。指摘すれば指摘した分だけ可哀そうな下位貴族が増える。もっと上位貴族を操って、うまい事動かせばいいのだろうが。俺はそういうのに向いていなかった。スキルも魔法も持っているのに」


「うーん」


 私は首を傾げる。

 確かにどうすればいいのか見当もつかない。


「そのうちに俺がなかなか死なないことに焦れた上位貴族が暗殺者を雇って俺を殺そうとする。が、俺は魔法もスキルも豊富に持っているから死なない。ま、幸い俺の地位は弟が欲しいらしいし、譲ることにした。マリアの言葉で踏ん切りもついたよ」


「なんだろう。ジェイクさんのお話は何かを思い出せそうな気がするな」


 フローラさんも首を傾げる。


「着くまでの暇つぶしに話を聞いてくれてありがとうな。俺は本当に向いていなかった。その地位に座る才能がなかったんだ。まあ、ぼちぼちマリアと冒険者でもやるよ。な? パーティーに入れてくれるだろ? 俺は魔法もスキルもいっぱい持ってるんだ。自分で言うのもなんだが役に立つと思う」


「もちろん! 一緒にやりましょ!」


 もちろん、ジェイクの事は勝手に用心棒兼仲間として決定していた。

 ジェイクは私の言葉に安心したようにニッコリと笑う。

 その子供みたいな笑顔が印象的に感じられて少しドギマギした。


「盗賊だーーー!!!!」

「えっ?!」


 遠くから男の叫ぶ声が聞こえた。

 ややあってから、剣を打ち合わせる音、魔法を撃つ音が聞こえる。


 私たち4人は急いで馬車から飛び出た。

 こういう時は加勢できるものは加勢するのがルールだ。


 見ると、周りには見たことのある下位貴族の人たちが結構いた。

 大きな剣を振り回す盗賊たちを相手に剣や魔法で応戦している。


「弟の差し向けた追手か?」


 ジェイクが呟いて、敵を切り裂く風魔法を放った。

 私も実際に剣を向けられるのは怖かったが、風魔法で応戦する。

 火魔法や水魔法は火魔法は破壊力が強すぎるし、水魔法はよほど勢いの収束率を上げないと攻撃には向いていない。

 実際、風魔法や土魔法を撃っている人たちが多かった。


 一瞬、敵の頭を包むように水魔法を放てばいいと思ったが、動き回る敵を相手にそこまで水魔法をコントロールできない。

 もうちょっと皿洗いで水魔法を頑張っておけばよかった。


「何これ? 国境の警備部隊はどうなってるのかしら?!」


 と、思っていたらミリア先輩が首を傾げながら水魔法を敵にお見舞いしていた。

 遠い敵には収束率をあげたウオーターカッター、近くの敵には頭を包み込むように水の玉を操っている。

 ミリア先輩、さすがだ。


「周りに下位貴族が結構居るからそもそもやめたのかもしれないわね」


 フローラさんが毒霧を魔法で呼び出して、同じく盗賊に応戦している。

 おおう、えげつない魔法。


 辺りを見回すと、盗賊は結構な数が居て、一様に下卑た笑いを浮かべていた。

 盗賊にしては大きな上等そうな剣を持っている。

 確かにジェイクの言う通り上位貴族の差し金かもしれない、と思った。


「貴族の奴隷!!」

「金目の物いっぱい!!!」

「魔法を使えない男は金とって殺せ!!!!」


 等、単純な悪意をぶつけてくる。

 それを何故か、私たちと同じように馬車に乗って隣国に向かっていた下位貴族達が、どんどん盗賊の数を減らしていった。

 よく見ると、下位貴族の騎士団員も居て、味方側の方はむしろ過剰戦力というぐらいに盗賊に対して圧勝状態であった。


 やがて、盗賊たちはあらかた地面に倒れた状態になった。

 そこかしこから盗賊たちの呻きが聞こえる。


 誰かが盗賊の一人を締め上げて目的を聞き出した。


「知らねぇ、王や下位貴族達が大量に隣国へ逃げるから好きにしていいって言われた」


 と、盗賊は簡単に喋ったあと、切り殺されていた。

 特に可哀そうとは感じない。

 だって、私たちを殺そうと向かってきたんだから。


「王も……」


 ミリア先輩がそう呟いて、俯いた。


「王様も国を捨てるなんて、やっぱりこの国はもうだいぶ前からイカレテたのかな」


 他の下位貴族の男が呟いた。


「弟が後を継いで王をやるらしいからいいんじゃないのか?」


 ジェイクがその男を慰めるように言う。


「ま、俺たちも捨てる国だ。知らないな、すまん」


 私たちは盗賊が倒れたその向こうに見える自分たちの国を眺めた。

 特に私の目にもイグニス王国は変わったところは見えない。

 遠くから見ると、なんだか問題もなく自然な国に見えるのが不思議だった。


 ……誰方ともなく、また馬車に乗り国境へ向かう。


 幸い、私たちには軽傷の者はいたが特にこれといったダメージもなかった。


 国境へ着くと、自分たちの国イグニス王国側にはいい加減な警備兵しかいなかった。

 隣国のアイステリア王国側はきちんとしていて、通行手形を一人一人きちんと見て、身分を確認し、犯罪歴があったら光るという珍しい魔道具に手を翳させられたりした。


 アイステリア王国の警備兵は、


「能力のある者の入国を歓迎する」


 と言って屈託なく笑った。


 ---


 アイステリア王国は、イグニス王国と違って不思議な国だった。


 貴族の数がイグニス王国より圧倒的に少なく、平民の中でも魔法を使えるものが多かった。

 この周辺国家は同じ言語を喋り、同じような容姿をしているものが多いからか、外国人でも3か月の審査の後にアイステリア王国の平民の国籍を取得できた。

 それもこれもアイステリア王国は国を挙げて開発した魔道具で、国境で犯罪歴があって問題のある人物を弾いているからだ。

 外国人を短い審査期間で受け入れても問題が発生しづらいらしい。


 私たちは元貴族の貴人用ダンジョンと貴人用冒険者ギルドに入った。

 私はダンジョンで無双してお金を稼いで頭金を貯めて、アイステリア王国の国籍証明書を担保にお金を借りて、無事にミリア先輩に約束した家を買った。

 こげ茶色の屋根の家とクリーム色の壁の何の変哲もない家を建てた。


 それから私は『食器乾燥機』をなんとか私が魔力を入れなくても、最初に繊細なシステムで動くように魔石を改良すれば、それからはどんな魔力を誰が入れても動作するように改良した。

 その『食器乾燥機』は主に裕福な平民層に売れて、家の借金を返すのに多大に貢献できた。


 しばらく皆で建てた家に、私とミリア先輩とフローラさんとジェイクで暮らした。


 その家で暮らしていると、まずミリア先輩が根っからのアイステリア王国民の豊かな商人に見初められて(ミリア先輩は美人で面倒見がいい)結婚して家を出ていった。

 と言っても、ちょくちょく皆の家には戻ってくる。

「実家のようなものよ。何か文句ある?」と、言っていて非常に可愛い。


 フローラさんが最近、別の国からアイステリアに来た錬金術師の彼と同棲するといって出ていった。

 もちろん、フローラさんもちょくちょく戻ってくるし、最近はもしかして子供ができたかもと言って、錬金術師の彼と籍を入れると言っていた。


 家には、私とジェイクが残されて、特に男女の関係にはならずに二人で仲良く暮らしていた。


 その間にイグニス王国は王政が崩壊し、アイステリア王国に統合された。

 イグニス王国の崩壊の原因は下位貴族の大量流出と、平民の反乱との事だった。

 イグニス王国の上位貴族と王はその混乱に収拾を付けることができなかったらしい、とアイステリア王国の新聞には書いてあった。


 そこでジェイクが何かの区切りを感じたのか、


「実は俺はイグニス王国の王だったんだ」


 と盛大なネタバレをした。

 夜、一緒に暖炉の前でホットワインを飲んでいる時だった。


「だろうね」


 と私は薄々気づいていたことを告げた。

 いくら鈍感な私でも気づく。

 私は驚かなかった。


「あと、俺は『神眼』のスキルを持っていて、マリアが異世界からの転生者という事も知っていたし、マリアが乙女ゲームという遊戯の『恋に仕事に大忙し~キラドキラブ~モテすぎて困っちゃう☆』に出てくるヒロインだという事も知っていた。黙っていてすまなかった」

「ブッッッ!! な、なにそれ~!」


 驚いて口からホットワインをスプラッシュした。

 慌ててシミにならないように床を拭く。


 え、どういう事。

 そんなゲーム前世でも聞いたことない。

 何その可及的最大限に頭悪そうな題名、私が困っちゃうよ。


「え、ちょ、ちょっと? ジェイク」

「ミリア先輩はサポートキャラだ」

「えええ」


 ちょ、ミリア先輩。

 通りで良い人だと思った。

 え、じゃあミリア先輩が親切だったのってサポートキャラだから……?


「何か不安そうな事を考えてそうだが、『神眼』で見た限り、ミリア先輩がゲームキャラだからマリアの事を好きという事はない。それがきっかけであるが、マリアにはベタぼれの状態だ」

「そ、そこまで見えるの? 神眼って」

「ああ……」


 ジェイクは神妙な顔で頷いた。


「あと、俺もマリアが大好きだ。だが、この感情もヒロインが王様ルートに入ったからではない」

「え……」


 ジェイクが話のついでというようにサラッと私に告げた。

 暖炉の火に照らされた顔が、火の光のせいというだけではなく確かに赤い。

 緑の真剣な目がこちらを見る。

 いつも自分にかけている認識阻害は解いているのか、確かにイグニス王国の若い王様だった人で、迫力の美貌だった。

 王様……こんな顔だった……ような?


「最初は仕事を一生懸命頑張る姿が印象的だった。俺が認識阻害を自分にかけていても、まっすぐな目でこちらを見てくるのに心を打たれた。多分、俺の認識阻害がマリアにあまり効かないのはマリアは乙女ゲームの主人公で、俺がその攻略対象の一人だからだろう」

「なるほど」

「そのうちマリアと時々話すようになって、徐々に心が軽くなっていくのを感じていた。俺は王に不向きでいつも暗殺の危険があって、気分は晴れなかったけれど、マリアに会うと確かに心が救われた」

「そんな……」

「それとな、マリアが皿洗いした皿には俺の食器もあったが、マリアの洗った皿は『浄化』の魔法がかかっていて、盛られている毒も浄化されて、安心して美味しく食べられたんだ。いくら毒に耐性があっても毒が盛られている状態で毒を口にするのは本当にいい気がしなかったからな。そんな中で、王には不向きであろう俺に、血統だけで政治をしっかりやれと周りがせっつく。でも、周りも俺の命令を好き勝手言ってなかなか聞かない。弟はそんな王の身分が欲しくて暗殺者を仕向けてくる。毎日が嫌で隙を見て、自分に認識阻害の魔法をかけて王宮をさまよっていた」

「だから時々王宮の中で見かけたんだね」

「そうだ、王は嫌だったが、じゃあどうすればいいと思うと、周りは生まれながらに恵まれているんだから責任をとって良い政治を民に施せと言う。譲位したいと思っても、弟は俺が居る限り地位が脅かされると思うのか許さない」

「うーん、八方ふさがり」

「そんなとき、マリアに人間は生まれながらに自由で幸せになる権利があると教わった」

「ああ、そんな」


 私の声かけは所詮自分の考えではなく前世に生きていた『日本』という楽園のような国の受け売りなのに。


「俺はもう好きになっていたマリアと隣国へ逃げようと思った。全てを捨てて隣国で平民になってやり直そうと思った」


 ジェイクが今までの無口さを打ち消すように思いのたけを次々に喋っていく。

 私は真剣に耳を傾けた。


「マリアと一緒に生きようと思った。好きだ。どうか恋人になってくれ」

「いいよ。もう私、年も年だし。ジェイクは親切だし。なんか私の事、女としてみていないのかなって思ってたけど」


 今のを聞いていると、前世もそうだったけど乙女ゲームの登場人物って『ママに悩みを解決してもらって好きになった』みたいなそういう感じを感じるけど。

 私にはジェイク以外にめぼしい男はいないし、美形だし。

 ジェイクの笑った顔が可愛いしね。


「もちろん区切りができるまで抑えていたんだ。マリアの事はずっと好きだった。信じてくれ」

「うーん、これからのジェイク次第だね。もちろん私も、ジェイクの事、恋人って思えるように関わり方を変えていこうと思うよ」

「よし、頑張る」


 ジェイクがそう言って両手で握りこぶしを作った。

 その真面目で真剣そうな顔がまたかわいく思えて、私はジェイクとちゃんと結ばれる日も遠くないなと思うのだった。




【ミリア先輩との後日談】


「ようやっとジェイクとくっつく事にしたのね。あ、これお土産」


 ミリア先輩が皆の家に戻ってきて、暖炉の前に腰を下ろした。

 最近、アイステリアで流行っているチーズタルトを渡してくれる。

 このお店のは高くてすぐ売り切れると評判なのに手に入れられるなんて、さすがはミリア先輩だ。


 今日は、ジェイクも出かけているし、ミリア先輩と私の二人きり。

 ちょっと嬉しかった。


「それで、心配な事なんですけど。ミリア先輩は私と運命の強制みたいなのを感じて一緒に居たり……?」


 この前のジェイクのサポートキャラの話を聞いて、私は不安になっていた事をミリア先輩に聞いた。

 ミリア先輩は、私の言葉を聞いて目をぱちくりと瞬かせた。


「どういう事? 私の、私のマリアへの気持ちを疑ってるって事?」

「い、いえ……そういうわけじゃ……でも、ちょっと不安っていうか」

「恥ずかしいから一年に一回しか言わないかもしれないからよく聞きなさい。私はマリアの事が好きよ。家族みたいに思ってる。素直になれない私を受け入れてくれて、私の分かりづらい指導もよく聞いて頑張ってくれて、嬉しかった。マリアとならどこへ行っても大丈夫と思った。一緒に頑張っていけるって、そう思った。大好きよ」


 真っ赤になりながらミリア先輩が私に語ってくれた。

 私はミリア先輩に言わせてしまった自分を恥じるとともに、そんな風に思ってくれて嬉しいと思う。


「ミリア先輩、私も好き」


 そう言って、ミリア先輩に抱き着いた。


「もう、マリアったら……」


 そんな私をミリア先輩は抱きしめ返してくれた。



※どこに入れたらいいか分からなかったので、ここに書きます。主人公が前世を思い出したのは乙女ゲーム開始の年齢になったからです。天然ヒロインぽい主人公は異世界の神様に何も知らされずにゲームの世界へ異世界転生しました。


読んで下さってありがとうございました。

もし良かったら評価やいいねやブクマをよろしくお願いします。

また、私の他の小説も読んでいただけたら嬉しいです。

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↓代表作です。良かったら読んでくださると嬉しいです。

「大好きだった花売りのNPCを利用する事にした」

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