第2話 残念な関西人
重そうなのに音も立てず、そっとした動作。凄い腕力。でも、話が噛み合わない。腕力とか凄くどうでもいい。
「場所が分からなくて……地図も使えないし」
「地図で判断出来んのは、街中だけや。自然界舐めとったらえらい目見るぞ」
もう見てます。けれど、そういうことではなくて。
「普通はどこにいるか、ほら携帯、スマホに表示出来るじゃないですか。あの、近くの街とかの名前教えてもらえますか?」
「あかん。経緯説明せえや。名前と生年月日。お国の名前。事情先に言えや」
……どう説明しろと。
彼は地面に腰掛け、巨大なリュックを背もたれに腕組みしている。
なんか、何かがおかしい。
三時間遭難して、せっかく人に会えて、残念な関西人ではあるけど、助かると思ったのに。
「説明したら、警察呼んでもらえますか?」
「おう。官憲でも騎士団でもギルドでも、教会でも商会でも、なんなら王族から貴族でも話つけたる」
木製のコップを取り出し、彼は水筒のような物から液体を注いでいる。
だけど違う、官憲は独特な呼び方でいいとして、他は完全に日本の話じゃない。せめてお寺か神社と言って欲しい。
躊躇いながら確認する。
「……市長とかいないんですか」
「おるぞ。こないだ選挙あったわ」
「ですよね! だったら警察がいいです! 学校とか!」
「学校ってお貴族の学び舎やないか。警察って官憲のことやろ。それはこっちで決める。さっさと事情話せや。飲み物いるか?」
……いるけど、なんか凄く嫌な予感がしてきた。
迷子とか遭難ではなく、なんだかとても聞き覚えのあるお話。
こんなこと確かめなくていいはずなんだ。普通に考えたら、わざわざ確認する話じゃない。けれどもう、確認しないと先に進めない。あと、水分も欲しい。だから訊く。
「ここ、日本ですよね」
「なんやそれ。どこや、やっぱり海外か。何しに来た」
「……関西の方ですよね」
「あ? なんやそれ。どういう意味や。どんな勘違いか知らんけど、余裕あんなお前」
「今、関西弁使われてますよね」
「あん? 方言にケチつける不逞の輩か。ほっとけや、お前も訛りはあるやろ」
中部方面のなら少しは。けどもう、大体標準語だ。
違う、話し方とかどうだっていいんだ。残念な関西人とか、僕の身の安全と関係ない。
だから声を張った。
「ここは日本でなくて、関西でもなくて、東海でもなくて、だったらどこだって言うんです!」
叫びとも取れるそれを受け取った彼は、
「知らんがな。先にそっちが話せや」
何も変わらず、木製コップの飲み物に口をつけた。
ーー僕は水分補給の為、あとよく分からない関西のノリについていく為、とりあえず言われた通りにすることにした。
果たして通じるか、とても怪しいけれど。
事情はひと通り話した。
僕が何者か、全部話した。喉が乾いていたし。
学校にいて、僕は気がついたらここにいた。何を言っているのか、自分ですら判断はつかないけれど話した。喉がかなり乾いていたし。
飲み物は水とお茶、たぶん麦茶だと思う。両方飲み干しながらひと通り話し終え、僕はある意味すっきりした。
受け取った彼は、僕を妙な物体でも見るかのようだった。
理由はもう、大体僕にも分かる。
彼は戸惑いながら口を開いた。
「タカハシカケル。タカハシ家のカケル君、君はさっきから何を言うとるんや」
事実だ。言えというから、ずっと説明していた。
年齢、誕生日、家族構成。父がいて母がいて、姉がいて自宅の住所まで話した。学校のこと、習いごと、友人についても軽く説明した。「それいらん」と言われたけれど、それでも軽く話した。
高橋が名字で、翔流が名前と説明もした。困惑は止まらないけれど、お互いに。
「君は学校に通っとったけど、ニホンいうとこでは何も珍しいことではない。ほう、なるほど。で、気がついたらここにいた。ほう、全然分からん」
「ですよね……僕が理解出来てないんだから」
「せやな。せやけどそれが事実やとしたら、なんか無理言うてたわけか。なんかすまんな」
彼はそうして片合掌している。とても日本人っぽい仕草なのに、でも関西人ですらない。恐らく。