餃子の無人販売所から垣間見える低成長社会の実相
突然だが皆さんも既に実感しているところだろう。
「ある時期を境に餃子の無人販売所が急増した」
この事実について、である。
日常の行動範囲が限られている私のような出不精ですら、この一、二年で少なくとも新たに三店舗もの餃子無人販売所がオープンしたことを知っている。身近な出来事として、餃子無人販売所の急増を実感しているのである。
やはりというべきか、あるネット記事によれば餃子の無人販売に携わる某社は二年そこそこで店舗数を約二〇倍も増やしたという。つまり餃子無人販売所が急増したというのは、私個人の単なる思い込みや偶然ではなく、数字の上でも証明された事実ということになる。
利用経験がある人にとってはいまさらだろうがその販売形態を説明しておくと、店舗内に置かれた巨大な冷凍庫にはパックの冷凍餃子がこれでもかというほどすし詰めにされている。これはただの冷凍庫であり自動販売機などではなく、鍵がかけられているわけでもないから、客はこの冷凍庫の扉を自由に開け閉めして、ほしいだけの餃子を自分で取り出すことが可能になっている。
タレとラー油は別売りである。
店舗内には賽銭箱のような料金箱が設置されており、そこに代金を投入すれば支払いは完了する。店員がいないから、釣り銭や足らずが出ないようにきっちり支払わなければならない点には注意が必要だ。
商品や料金箱の盗難被害が心配されるところだが、監視カメラは設置されている。なによりこの業態が拡大を続けている事実から察するに、売上額は窃盗被害額を上回っているのだろう。利益が出ている証拠である。
急成長をもたらしたこの業態は現在注目の的となっている。
「店舗管理、商品管理に要する人件費の大幅カットを可能とし、事業を拡大させた」
と概ね好意的に評価されている。
諸経費のうちでもっとも経営を圧迫するのが人件費で、餃子無人販売所はその部分の大幅削減を可能とする新たな業態を拓いたという評価である。
ところで話は変わるのだが、我が国が抱える企業の大半が中小法人であるというのは広く知られた事実だ。
中小企業基本法では、小売業の場合
「資本金五〇〇〇万円以上、従業員五〇人以上」
この両方を満たした企業を大企業と定義づけている。
他に製造、建設、運輸、卸売、サービス業等の業種によって線引きがそれぞれ異なっているのだが、小売業のそれがいずれの業種においても大企業と定義づけられる最低条件となっている。そして四〇〇万社以上がひしめく我が国において、中小企業基本法により大企業と定義づけられる会社は全体から見ればわずか〇・三パーセントにすぎない。残りの九九・七パーセントは中小法人であるから、日本の労働者はそのほとんどが中小法人の被雇用者ということになるのである。
いうまでもなく中小法人には税制上の優遇措置がとられている。経営基盤が脆弱なこれら企業を倒産から守ることが、より多くの人々の雇用維持に資すると考えられているからである。
ここで改めて餃子の無人販売所に立ち戻りたい。
具体的な社名を挙げることはここでは避けるが、数ある餃子無人販売業者のうちで大企業に分類される法人は管見の限り皆無である。要するに餃子無人販売所の経営者は、そのほとんど(全部かもしれない)が中小法人なのである。
無人販売所だから人件費がまったくかかっていないという極端な議論をするつもりはない。商品の輸送、最低限の店舗管理、商品管理のための人員はやはり必要だし、カメラを介しているとはいえ監視業務に従事する従業員も当然存在していることだろう。
しかしこの業態が、被雇用者の裾野を狭めてまでも利益追求に振り切ったビジネスモデルを世の中に提示してしまったことは紛れもない事実だ。従来は甘受すべきものと見做されていた人件費を大幅にカットしたことが、店舗数の爆発的増加を可能たらしめたことが一目瞭然だからである。
今後、この業態があらゆる販売業に波及することは不可避と思われる。
餃子の無人販売所を経営する会社が法定の優遇措置をどれほど得ているのかは知らない。しかし、被雇用者の裾野を狭めておきながら、中小法人に分類されているがゆえに、被雇用者を失業から守る理念で立法されたはずの税制上の優遇措置を受けられる立場にある矛盾は改めて指摘しておかねばなるまい。
我が国では横ばいの低成長期が長く続いている。曰く産業構造の改革が進まないためだとか、業務の効率化や省力化が進まないためだとか、原因を巡ってはなにかと喧しい。その議論は極めて専門的であり、一書を以てしても語り尽くすことなど到底出来ないだろう。
しかし行きすぎた効率化、省力化こそが実は低迷の主要因であるとする議論は驚くほど少ないように見える。
冒頭、餃子の無人販売所が身近に三店舗も出現したという話をした。
そのうちの一店舗はもともと、ガラス張りで常時四、五人の立ち働く姿が外部からも見透せる携帯電話会社のショップだった。急速に進展するネット社会にあって、携帯電話のショップも不要論が唱えられて久しく、その煽りを受けたものかどうかは知らないが、ショップが撤退して代わりに進出してきたのは餃子の無人販売所であった。
少なくとも四、五人が働いていたショップがなくなって、代わりに進出してきた店舗が無人販売所だったのだから、単純に被雇用者が減った計算になる。雇用が失われたのに、会社は相変わらず税制上の優遇措置を受けているのだから、社会の貧困化は必然である。
企業とはなにか。
経営者や株主の金儲けの道具と答える人もいるかもしれない。一方で雇用を創出し、または維持することによって人々に利益を還元する社会の公器という側面もある。私自身被雇用者であるから、他人の金儲けのために働かされているというのではやはりやり切れない。後者であることを切に願っている。法も後者の理念に則っているからこそ、圧倒的大多数の中小法人に税制上の優遇措置を与えているのである。
この理念が蔑ろにされてしまっては、無人販売であっても盗難被害を上回って利潤をたたき出し得る「治安の良い日本社会」という根幹が揺らぎかねない。
収入の高低と犯罪発生率との間には明らかな相関関係が認められている。無人販売を可能とするほどの豊かな社会を維持するためにも、過度の効率化、省力化は避けた方が賢明と思われるのだが皆さんはどうお考えだろうか。
(おわり)