第七話 あっくんを追跡してみました②
「ひぁー危なかったわね。春海さんたら敦君が帰ってくるまで待っててなんて言うんだもん」
「もうちょっとで安達に尾行のことがバレルところだったな」
俺たちは夕暮れ時の商店街をとぼとぼと歩いていた。
「何だかとても懐かしいわね」
「ああ」
「そ、だね」
そして俺は、朝見た夢のことを思い出した。
「そう言えばこの辺に、昔よく遊んだ公園、あったよな?」
俺がそういうと穂香と日向が目をキラキラ輝かせた。
「「「行ってみよう」」」
◇◇◇
商店街の外れにある細い小道を通った先に、長い階段がある。その階段は誰が名付けたのかは分からないが、天国への階段と呼ばれ、そこを上ると、俺たちが住む森の宮町が一望できる公園、森の宮公園がある。
俺たちが息を切らしながらその階段を上りきると――。
「あっくん?」
穂香が言った。
俺と日向は穂香の手を引き、急いで近くの茂みに隠れるのだった。幸い、周辺に人気は無く、俺たちのことを怪しむ人物は誰もいなかった。
「こんなところにいるなんて想定外だわ」
日向は茂みに身を潜めながら、悪役令嬢という名がピッタリ合うような笑みを浮かべた。そして、改めて安達の様子をうかがうのだった。
「本当は連れて帰ってやりたいんだけど、きっと父さんに怒られる。春海さんのお腹にも赤ちゃんがいるんだ」
そう言って安達は、何やらボロボロの段ボール箱に話しかけていた。俺は日向が持っていた双眼鏡を借り中を覗いた。段ボール箱の中にいたのは真っ黒な塊。それは弱弱しくにゃ~と鳴いた。近くにはさっき安達がコンビニで買った袋とミルク皿、猫缶。きっと、ここ数日、安達が毎日通っていたのだろう。
「いいとこあるじゃん」
日向が言った。
――そうだ。
あっくんは今も昔も変わらない。俺たちはその背中をいつまでも見つめていた。
◇◇◇
「どうしよっか」
安達がわざわざ茂みの中に隠していった子猫の入った段ボール箱を、俺たちはもう一度引っ張り出し眺めていた。子猫は少し衰弱しており、出来れば早めに病院にも連れて行った方がいいだろう。
「にゃ~」
「私の家は商売してるし、おばあちゃんが黒猫嫌いなのよ。不吉だってね」
日向が言った。
「むー」
恐らく穂香の家もアパートだから無理だろうな。
「俺、母さんに頼んでみるよ……」
「大丈夫なの?」
「ん、昔ハムスター飼ってたことあるから、ペットがダメってことは無いはずだし……」
俺は子猫を抱いた。よく見ると耳の先っぽと、左右の前足、左後ろ脚の先端だけ白い。
「お前……どっかに靴下忘れてきたんじゃないのか」
そう言って子猫の喉元を撫でてやるとゴロゴロと気持ちよさそうに鳴いた。
突然子猫がいなくなって安達が心配すると可愛そうなので、俺は段ボール箱の中に書置きを残しておくことにした。
『大切に育てます』
その日、母さんには相談もせず子猫を拾ってきたことに激怒された。だが、幸い飼うことは許してもらえたのだった。
それから、俺は子猫をアンジュと名付けた。
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文字数に余裕があったので―後日談―を掲載しました↓↓
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後日――
「ようし、アンジュ!今日こそはお風呂に入るぞ」
「シャー」
病院での治療のおかげですっかり元気になったアンジュはなかなか一筋縄ではいかないと言うことがわかった。
眠っているときに引っ掻かれる。遊び相手になってやると噛み付かれる。そんなことのは日常茶飯事だった。母さん曰く本来子猫は親や兄弟との遊びの中で力加減を覚えるのだそうだ。こいつは生まれてすぐ捨てられたのでまだそれも分からないのだとか。
――安達のあの絆創膏と包帯はこれだったのか。
「うう”」
「あんたねぇ女の扱いがなってないのよ!」
俺が子猫相手に手を煩わせていると、珍しく家に帰ってきていた姉、高柳 凛に後ろから野次を入れられた。凜は俺よりも9つ年の離れた姉だ。お酒とタバコとコスプレと漫画が大好きで、年に数回開かれる薄い本が沢山売られる祭典というものに出展したりもしている所謂オタクという奴だ。大学では日本の漫画を研究していて、将来は大学院も考えているのだとか。因みに美人である。
「なんで猫の入浴とそれが関係あるんだよ」
俺は一層むきになり、子猫を無理やり洗面器に張ったお湯に入れようとしたのだが、逆に暴れられ顔をひっかかれた。
「痛って!」
「律ーそう慌てるな!ほれ、この子は女の子だ」
そう言って凜は子猫の両脇を持ち上げそこを露にした。もちろん何もついていない。
「そ、そんなこと言われなくても分かってるよ!」
俺は赤面した。
「お前がやってることは嫌がる女の子の服を無理やり脱がせようとしている変態と同じだ!」
「な?!」
俺はあまりにも飛躍された比喩に驚いた。そして脳裏にいかがわしい映像が浮かびかけたので慌ててかき消す。
「まずは泡だ!お湯の表面を泡で覆う。そうすればお湯で濡れても服は透けないだろう?」
そう言って凜はお湯を泡で覆い、泡風呂を作った。俺はそんなバカな事があるわけがないと心の中で凜を馬鹿にしたのだが――。
「ほら見ろー、お嬢様はご満悦だぞ!」
見るとアンジュは凜が言うように何とも言えない気持ちよさそうな顔をしてお風呂に浸かっているのだった。喉もゴロゴロ鳴らしている。
「そんなぁ」
俺は改めてこの日、実の姉の偉大さ思い知るのだった。
「にゃ~」