第五話 サメに襲われました
「おっじゃましまーす!」
とうとう来た週末。昼過ぎに鮫島がやってきた。残念ながら斎藤は家の用事で来られないということだ。全くもって想定外。
鮫島は髪をポニーテールにしているからか、いつも以上に活発な雰囲気を醸し出しており、Tシャツにデニムのオーバーオールといったファッションもよく似合っている。
「おば様は?」
「母さんなら昨日の会社の飲み会のおかげでまだ起きてきていないよ?父さんは単身赴任で居ないし、姉ちゃんも友達と旅行らしいから、気にしないで上がって?」
「はーい」
鮫島は玄関へ入るなり、あたりをキョロキョロ見渡した。放っておくと何処へでも入っていきかねないので、さっそく自分の部屋へと案内する。
「うひゃーーーー!!これが高柳の部屋?? 壁一面が本棚とか、まるで図書館みたいだな!!」
まるで財宝でも見つけたトレジャーハンターの様に目を輝かせる鮫島。想像以上のリアクションをされたので、ちょっぴり恥ずかしい。
「はぁ、ここでりっちゃんは毎日寝てるのかぁ」
そう言って今度は無断で俺のベットにダイブする鮫島。
――今なんて言った?
「さ、鮫島!今なんて?」
「え?ここでりっちゃんは毎日寝てるのかぁって言ったんだよ??」
――りっちゃんだと?!
「ごめん、その呼び方は流石に……」
「なんで?桜木さんにはいつも呼ばれてるよね??」
「そうなんだけど、穂香は幼馴染だから仕方なくというか……。改めて呼ばれると恥ずかしいというかなんというか……」
恥ずかしさのあまり、語尾があやふやになって、自分でも顔が赤くなっているのが分かった。
「でもさぁ、たかやなぎって呼びにくいんじゃん!いいでしょ?りっちゃん」
「却下!」
しばらくこんなやり取りが続いた後、100歩譲って名前呼びに治まった。
◇◇◇
「律ーこれの続刊無い??」
「その近くにないか?」
「ごめん、あったあった」
鮫島は初めて俺の部屋に来たにもかかわらず、かなり寛いでいる。俺のベットの上で胡坐かいて漫画読んでるし、鼻歌歌ってるし!
「鮫島ってさ……全然女子って感じしないな」
心の中で思ったつもりだったが、どうやら口に出てたようだ。失言だったかなとも思ったが、鮫島は腹を抱えて笑っていた。
「あんたデリカシーなさすぎ~」
「すまん」
――面白い奴。
しばらくして、母さんが部屋をノックして入ってきた。
「もう!友達来てるなら言いなさいっていつも言ってるでしょうが!」
怒りながらもお茶菓子を出してくれた。
「おじゃましてまーす」
「ごめんね?全然おもてなしできなくて」
「いえいえ、こちらこそせっかくのお休みなのに煩くしてすみません。律君には学校でお世話になってます」
柄にもなく丁寧なあいさつをする鮫島。母さんの心をつかんだのは言うまでもない。
「それにしても、あんたが穂香ちゃん以外の女の子を連れてくるなんて珍し~」
鮫島がいるにもかかわらず、平気でからかってくる母さんには、少し腹が立った。
「用が済んだんだったら出てってよ母さん!」
俺は半ば強引に母さんを部屋から追い出した。
「ごゆっくりー」
扉の向こうから上機嫌な母さんの声が聞こえる。
「桜木さんもよく来るんだね~」
振り返ると、誰に許可を得たでもなく、鮫島はすでにお茶菓子のクッキーに手を付けていた。俺のベットの上に食べかすがぽろぽろ落ちているのにもかかわらず全くもってお構いなしだ。
「あの子何考えてるかわかんないからちょっと苦手なんだよなー」
ためらいもなくそんなことを口にする鮫島。俺は同調することも否定することも出来なかったが、胸のあたりがモヤモヤした。
「あぁ、ごめん、幼馴染なんだっけ? 別に嫌いとかそういうんじゃ無いんだよ?人見知りっぽいし、話してるとき神経使うからさぁ。私からしたら女子全般がそうなんだけど」
なんとなく鮫島が男とばかり遊んでいる理由が分かったような気がした。
「律はさ、桜木さんが好きなの?」
「ぶはッ」
突拍子のないことを聞かれ、まさに今、口に含んだばかりのお茶を吹き出した。
「す、す、好きとかそう言うのはよくわからないけど、穂香は幼馴染みで、俺にとったら大切な妹みたいな存在だよ」
嘘は付いてない……はずだ。
鮫島は何故か少し切なげな表情を俺に向けた。
「お節介かもしれないけど、ああいう押しの弱そうな子は直ぐに誰かに取られちゃうから、気をつけたほうがいいよ?」
「だ、だから違うって言ってるだろ?」
いたずらに笑った鮫島は、先程までの調子に戻っていた。
「なぁ、律? あんた私のこと女の子に見えないって言ったけど、あんたも全然男っぽく見えないよね?色白だし、目もクリってしててかわいいしさ……」
気が付くと俺は鮫島に壁まで追い詰められていた。こ、これが女子が彼氏にされたいことランキングの上位の壁ドン?!
違う意味でドキドキする。
「て、俺男だぞ?!」
死に物狂いで吐いたセリフがこれだった。我ながら支離滅裂だと思う。
「じゃぁ、男かどうか確かめてやるー!」
そう言って鮫島は、今度は俺をベットに押し倒し、馬乗りになった。俺は無理矢理上着を脱がさらそうになる。流石に冗談じゃないと思い俺は必死で足掻いたのだが、スポーツ万能な彼女には力づくでも敵わず、俺の貧相な体が少しづつ露になっていく……。
「ぷッ……くくくく」
「鮫島?」
突然ケラケラと腹を抱えて笑い出した鮫島に、初めてからかわれていたことに気が付き安心した。と、同時に腹が立った。
「そこは力づくで阻止するところだろ?律ーあんた力なさすぎ!そんなんじゃ食べられちゃうよ?」
「な?!」
「まぁ食べてもそんなガリガリじゃぁ美味しくないか」
「い・い・か・げ・ん・に・し・ろ」
俺は鮫島の頭に拳骨を落としてやった。
◇◇◇
鮫島を家の近くまで送る道中、買い物帰りの穂香に会った。母親に頼まれたのか、たくさんの買い物袋を両手いっぱいに持っている。
「えっと」
俺と鮫島を交互に見ながら、なんと声をかけたらいいのかためらっている様子だ。
「私、ここでいいや!律ー、また月曜日にね?桜木さんも!」
鮫島なりに気を使ったのか、その空気に居たたまれなくなったのか、鮫島は俺と穂香に手を振って颯爽と駆けて行った。
イケメンだ――。
「一緒に遊んでたの?」
「あ、うん。鮫島がどうしても俺の家に来てみたいっていうから。ほ、本当は斎藤も来る予定だったんだけど家の事情で来れなくなって……」
「そ、そっか」
――あれ、なんで俺……穂香に言い訳みたいなことを言ってるんだろう。
『律はさ、桜木さんが好きなの?』
ふと、先程の鮫島の言葉が頭によぎったのだが、今は忘れることにした。
「家まで送るよ」
俺は、そう言って穂香から買い物袋を強引に半分受け取った。
――重ッ。
「りっちゃん大丈夫?」
「こ、これくらいどうって事ない!筋トレ筋トレ!」
先程、鮫島に散々バカにされたところなので俺はムキになってもう半分も穂香から奪ってやった。
次回もお楽しみに~