第四話 カラメルのないプリン
新学期が始まって3ヶ月が経った。
新しいクラスの雰囲気にもなれ、俺も穂香も以前より、同性の友達と過ごすことが多くなっていた。教室で目は合うが、あまり二人っきりでは喋らない、学校へは一緒に行くが帰りはそれぞれ別々の友達と、そんな日々が続いていた。
あんなに悩んでいたクラブ活動は、穂香は日向と料理クラブ、俺は、男子の中では少ない、文芸クラブだ。サッカークラブに入った安達には散々、女々しいだのなんだのバカにされたっけ。
「穂香〜家庭科室行こう!」
休み時間があと10分程で終わるといった頃、日向がクラブ活動で使うであろうエプロンを持って1組の教室にやって来た。
「あ、うん!」
そう言って日向の元にかけていく穂香は、少し身長が伸びたからか、いつもと違う髪留めをしているからか、少し眩しく、大人っぽく見えた。
ふと、穂香と視線が合ったのだが、秒でそっぽを向かれた。少し耳が赤く見えたのは気のせいだろうか。
「高柳君、私達も図書室行こう?」
「あ、うん。今準備する」
◇◇◇
文芸クラブの活動場所は主に図書室。活動内容はひと月に一度、それぞれが書いたエッセイや小説、読書感想文を原稿に書いて先生に提出するといったものだ。そのノルマさえ守れるのなら、活動時間中の読書や勉強は基本自由だ。顧問の先生も、耳が遠いお爺ちゃんみたいな先生なので、基本的に小声なら会話をしても咎められることはない。
クラブメンバー12人の中で、男子は俺と話したこともない2組の|小森君だけだった。女子もほとんど面識のない生徒ばかりだったが、鮫島由依、斎藤真奈美とは同じ1組なので話す機会が以前より増えた。最近ではクラブ活動がある日は一緒に帰ることもしばしばある。
鮫島はサバサバした性格で、よくお昼休みに男子と一緒にサッカーやドッジボールをしている活発な少女だ。よく焼けた小麦色の肌を持ち、仕草が少しガサツで男っぽいのだがそこが親しみやすいところでもある。一方、斎藤はと言うと、とてもおしとやで、口調も流れるように丁寧だ。丸メガネとおさげの三編みがよく似合い、いつも丈が長めのスカートに黒いタイツを履いている。文学少女、そんな言葉がぴったり似合う。
「高柳が前に書いた小説面白かった!何か慣れてる感じだったけど、前から書いてたの?」
向かいの席に座っていた鮫島が、興味津々に身を乗り出してきた。
「いや、母さんが本をつくる仕事をしてて、家にいっぱい本があるから見様見真似で……」
俺は不意打ちに自分の書いた小説を絶賛され、しどろもどろになってしまった。若干鮫島の顔も近く、目のやり場に困ってしまう。
「ねね、今度、高柳の家、遊びに行っていい?漫画もいっぱいあるんでしょう?」
「え?」
「良いでしょう??真奈美ちゃんも行きたいよね??」
「行きたいです!」
鮫島の押しの強さに圧倒され、半ば強引に今週末の予定が決まってしまった。最近では穂香が家に遊びに来ることもめっきり減ってしまっていたので全くもって問題は無いのだが、俺はあまり乗り気ではなかった。
◇◇◇
今日は何時もより少し遅くクラブ活動が終わった。なので、鮫島と斎藤と教室に戻るとクラスの皆は既に帰宅した後だった。ただ一人、穂香を除いては……。
「まだ残ってんの?」
「あ、うん。先生のお手伝いで…」
そう言って穂香は、先週図工の授業で書いた絵に、台紙になる色画用紙を貼り付けていた。もちろんクラス全員分にだ。始業式の日にあんな事があったのだが、係になって先生と関わる機会が増えたおかげで、今では上手くやっているようだ。
――そう言えば。
ふと、居なければいけない人物が一人、居ないことに気が付いた。
「安達は?」
「ん、帰っちゃった」
――あいつ
「どしたの高柳?帰んないの??」
そうこうしているうちに鮫島と斎藤は帰る支度を終え、ランドセルを背負っていた。
「悪い、先帰ってくれる?」
「あーうん……わかった」
そう言って鮫島は、何を思ったのか、俺と穂香を交互に見やり帰って行った。
「一緒に帰らなくて良かったの?」
穂香は怪訝そうに俺の顔を上目遣いで覗き込んできた。
「は、早く終わらせて帰るぞ」
俺は半ば強引に、まだ穂香が手を付けていない絵を半分、自分の傍に引き寄せ、前の席に座った。
「ぁ、ありがとう」
何だか学校で話すの久々だな。そんな事を考えながら、俺は黙々と作業に取り掛かった。
夕暮れ時の陽の光が教室の中に差し込んでいたからか、穂香の頬が少し赤く染まっているように見えた。
◇◇◇
「ごめんなさい、桜木さん、高柳君も……。こちらの手が離せなくて、全部任せきりになってしまいました」
台紙を貼り終えた絵を職員室まで持っていくと、坂口先生が申し訳無さそうに謝罪した。
「今度、安達君にはこってりお説教しておきますね。これ、本当は駄目なんですけど……」
坂口先生は職員室を見渡し、誰も見ていないことを確認すると、棒付きのキャンディを俺と穂香にくれた。
「さ、もう遅いから気をつけて帰りなさい」
そう言って先生に、頭をポンポンと優しく撫でられた穂香は、飼い主に褒められた子犬のように上機嫌だった。
人見知りの、ましてや男嫌いのの穂香が先生に懐き始めたのは大きな一歩だと思う。ただ長年幼馴染みとして、兄のように頼られてきた俺からしたら少しだけつまらないと思ってしまった。
◇◇◇
俺と穂香が学校を出た頃には17時半を回っていた。辺りは大分と薄暗くなり始めている。
「坂口先生、いい先生で良かったな」
貰ったキャンディを上機嫌に舐めながら歩く穂香
に俺は言った。目がどうしても穂香の口元を追ってしまう。すると穂香は口をモゴモゴして恥ずかしそうに――
「坂口先生って、優しくて、温かくて、お父さんみたいな人だね」
と呟いた。
「俺の家もずっと単身赴任だからわかんないけど、そうなのかもしれないな」
俺は、曖昧にしか答えられなかった。いや、答えたくない気分だったが正解かな。
少しの間、沈黙が流れた。
◇◇◇
「そう言えば、料理クラブはどうなんだ?」
話題を変えてみることにした。
「た、楽しいよ!ひなちゃんも一緒だし、それにクリスマスにはケーキも作るの……」
「へぇ、穂香は手先が器用だし、きっと上手く出来るな」
「そ、そんなことないよ……。今日は、プリンのカラメルソース焦がしちゃったし、おかげてカラメル無しプリンになっちゃった……」
「カラメルの無いプリンも俺は好きだぞ……ぷぷッ」
穂香を励ますつもりで言った言葉ではあったのだが、ふと、あわあわしてる穂香の顔が浮かんで笑ってしまった。
「りっちゃんは知らないでしょう?!お砂糖を煮立たせて焦げる直前で水を入れるとジュ――ッて、すごい音するんだから!」
ぷくーっとまるで餅のように頬をふくらませる穂香。
「知ってるよそれくらい……ぷぷッ」
「りっちゃんなんてもう知らない!」
尚も笑っている俺に穂香は等々不貞腐れてしまった。
◇◇◇
「りっちゃん、あの……」
俺の笑いが治まった頃、先程まで怒っていたのにも関わらず、穂香は急にそわそわと恥ずかしそうに話し始めた。
「??」
俺は、黙って聞く態勢を取る。
「ケッ、ケーキ……作ったら食べてくれますか?失敗するかもしれないけど……」
それだけ言うと穂香はまた目をそらしてしまう。
耳まで真っ赤だ。
「穂香が作ったものなら、失敗作でも食べるよ」
今度は嬉しくて、心の底から笑った。穂香もホッとしたのか笑っている。
「クリスマスが楽しみだな!」
「う、うん!」
――楽しみが一つ増えた。
「今度りっちゃんの小説も読ませてね?」
「うーん……それは考えとく!」
「りっちゃんの意地悪〜」
いつも通りの俺たちに戻った瞬間だった。
次回もお楽しみに!