第五話 剣闘士
エルナとレイナはいつもの【花の指輪亭】で朝食を取っていた。
「サイクロプスは中々丁度いい相手だったね。」パンをほおばりながらエルナが言った。
「よく言うわよ。あなた、いきなり現れたサイクロプスに驚いて、動けなくなってたじゃない。」パンの欠片を口に入れながらレイナが言った。
「そ、そんなことないよ。あのときはとっさに何をすればいいか分からなくて。」
「それがサイクロプスの作戦だと思うわ。突然出てきて、剣をガツンと冒険者に喰らわすの。」
「突然だと魔法も唱えられなくて、やっぱり剣の技術も必要だと分かったわ。」
「最近魔法ばかりで剣の技術鍛えてないもんね。」
「ははは。痛いところ付くよね。でもね、日々筋力は付いている気がするんだ。それで、今日はどうしよっか。」
「また冒険者ギルドに行くのも手だけど、隣で情報を聞くのも手だね。」
「そうだよね。ジースさんに何か手強い魔物がいないか、聞いてみようか。」
ということで、二人は隣の情報屋の扉を開けた。
「おはようございます!」
エルナは勢いよく情報屋の扉を開けた。
「やあ、お二人さん。今朝も元気だね。」カウンターからジースが言った。
「今日は中級以上の魔物の情報はありませんか?」
「うーん、特に入ってないねえ。」
「そうですか。」
「ちょっと危険かも知れないけど、腕に自信があるなら、闘技場で戦うっていうのはどうだい?」
「コロッセオ、ですか?」
「ああ、闘技場は毎日開いていて、参加者が互いに剣の腕を競い合うんだ。観客もいて、誰が勝つかを賭けている。トーナメントのこともあれば、全員が一斉に戦うこともある。闘技場で戦う人のことを剣闘士と呼ぶんだ。」
「剣闘士は聞いたことある。」
「まあ、危険だからお勧めはしないが。たまに相手が魔物ということもあるしね。」
「魔物なら面白そう。強い魔物も出るのかな?」
「強い魔物となると、それを捕まえるのにさらに強い冒険者が必要だから、なかなかね。中級以上の魔物が出ることはないんじゃないかな?」
「でも一回、どんなところか見に行ってもいいかも。出場するかどうかは別として。」
「あなた、絶対出場して、賞金稼ごうとしているでしょ?」レイナが会話に入ってきた。
「わ、私は別に……コロッセオが見たいだけだよ。」
そして二人は闘技場に向かった。闘技場は中央広場から北東に位置する巨大な円形の建物だ。入場料を払い、中に入った。闘技場の中には数百人の観客がいた。既に戦いは始まっているようで、自分の応援する剣闘士の名前を口々に叫んでいた。
眼下では二人の剣闘士が戦っていた。木刀ではなく、真剣を使っている。真剣の場合、下手をすると命に関わる。つまり、闘技場では相手を殺すこともあり得るということだ。とても野蛮だ。エルナはとっさにそう思った。眼下で戦う剣闘士は、一人が地面に倒された。もう一人の剣闘士は倒れた剣闘士の馬なりになり、もう一人の剣闘士の首目掛けて剣を突き刺そうとした。すんでのところで審判が試合を止めさせた。審判がいなければ、負けた剣闘士は命を落としていただろう。エルナは闘技場に来るまでは腕試し気分で出場しようかとも思っていたが、流石にこの命のやり取りの場に観光気分の自分が参加することはできないと感じた。
「帰ろう、レイナ。ここは私たちが来る場所じゃないよ。」
「そうね。ちょっと野蛮だね。」
レイナも同じことを感じていたようだ。
「下に剣闘士資料館があったからちょっと覗いてみない?」エルナは折角来たからとレイナを誘った。
剣闘士資料館の中に入ると、現役の筆頭剣闘士の肖像画がずらりと並んでいた。
「ご案内しましょうか?」突然資料館の説明員らしき男が声を掛けてきた。
「あ、はい、お願いします。」
「彼が現役最強と言われている筆頭剣闘士、ヒューゴです。」
流石に現役最強と言われるだけあって、精悍な顔つきと引き締まった体をしていた。
「ここ数年の試合は全て勝っていて、50連勝が目前に迫っています。そしてこちらがヒューゴと双璧をなす剣闘士、ガイルです。」
ガイルは右目に眼帯をしている。片目だろうか?こちらも良い体つきだ。
「剣闘士は筆頭剣闘士から第八剣闘士までランク付けされていて、勝てばランクが上がる仕組みです。強い剣闘士になると、王族や貴族が自分の部下として雇っていくことも多く、剣闘士から抜けていく人も多いです。最近ではラミリス大公が強い剣闘士を見つけては私設の傭兵騎士団に引き入れているようですね。次の部屋は過去の伝説の剣闘士達の肖像画が飾ってあります。」
そう言いながら、説明員は次の部屋への移動を促した。部屋に入ると正面に見覚えのある肖像画が飾られてあった。
「あれはもしかして……。」
「あ、どうかされました?正面の剣闘士が、伝説の剣闘士、ボークです。ボークは無敗のまま引退した伝説の剣闘士と呼ばれています。」
「お父さん!」エルナは心の中で叫んだ。これまで父親の情報は何も入ってこなかった。祖父祖母ともに、実の娘のアミルダのことはよく話してくれたが、その夫のボークについては冒険者というだけで、何も話はしてくれなかった。まさか筆頭剣闘士だったとは。
「ボークはなぜ引退したんですか?」エルナは恐る恐る聞いた。
「彼は突然消えました。筆頭剣闘士として絶頂期にあった頃、もう15年も前になりますか、その頃に突然消えてしまい、試合に出なくなりました。今どこにいるのかは誰も知りません。」
15年前と言えば、自分が生まれるかどうかの頃だ。自分が生まれたことと、父親の引退は何か関係があるのだろうか?
エルナとレイナは説明員にお礼を言って、資料館を後にした。
「ねえ、エルナ。ボークってやっぱりエルナの父親なの?」
「うん。そうみたい。剣闘士だったって初めて知ったよ。」
「野蛮とか言ってごめんね。」
「ううん。いいんだよ。私もそう思ったから。」
そう話している間に、多くの騎士に守られた馬車が闘技場に入ってきた。5大騎士団ならば、その胸に騎士団のシンボルである大剣、弓、斧、短剣、盾が描かれているが、彼らの胸には大鷲が描かれていた。恐らくラミリス大公の傭兵騎士団だ。馬車は闘技場の入口近くで停車し、馬車から髭を生やした50歳くらいの男が下りてきた。男はお供を連れ、足早に闘技場内に入っていった。
「あれが噂のラミリス大公ね。」レイナが言った。
「よう、レイナ。こんなところで会うとはな。」騎士の一人がレイナに声を掛けてきた。顔は完全に兜で覆われて見えない。だがレイナに声を掛ける傭兵騎士団は一人しかいなかった。
「ライナー?」レイナが言った。
「ああ、久しぶり、と言うほど時間は経ってないが。まだ俺の皮膚はお前にやられた雷で痛むからな。」
ライナーは以前クエストに行ったときに出会った剣士だ。ライナーは魔物を倒したのはいいが、その時一緒にレイナが召喚した炎の犬ガルムも倒してしまった。それで怒ったレイナがライナーを雷で攻撃したのだ。
「えっと、あの時はごめんなさい。てっきり自分のペットが死んだものと思って。」
「炎の犬の事だな。実体がないことは知っていた。」
「私は知らなかったのよ。そう言えば、あの時放った技って、もしかして剣技だったの?」
「ああ、マナを剣に乗せて飛ばす技だ。じゃあ、時間がないので、またな。エルナもまた。」
そう言ってライナーは闘技場に入っていった。
「ライナーって凄い剣士だったんだ。」エルナが言った。
「剣技を使えるってことは、相当な腕の剣士であることは間違いないわね。」
「そのライナーをコテンパンにしちゃうレイナって凄い!」エルナが笑いながら言った。
「あの時は怒り心頭だったからね。」レイナも笑いながら言った。






