第四話 ライラ
第四話 ライラ
「さて、そろそろ行くか。」マテウスはおもむろに立ち上がった。
「酔うってこんな感じなんだ。なんかふわふわするな。」ゴウトも立ち上がったが地面がぐらっと傾いたような感じがして、よろけた。
「おいおい、ビール初めてにしては飲みすぎじゃねえか?」バトがゴウトを支えながら言った。
ゴウトは初めての酒でかなり酔っていた。顔が赤い。イリスもバトもどのくらい飲めばどのくらい酔うかを知っているので、あまり無茶はしない。と言ってもイリスは相当な量を飲んだが、あまり変化はなかった。
「どうする、俺の仕事を手伝ってくれるって言うんだ。俺の仲間に会いに来るか?」
「仲間?ちょ、ちょっと挨拶していこうかな。」ゴウトはあまり呂律が回らない。
「俺も行っていいのかい?」バトがマテウスに尋ねた。
「ああ、バトも協力してくれるんだろう?もちろん会ってくれ。」マテウスがすぐに返答した。
三人は暗い中、マテウスに案内されて一軒の屋敷に到着した。ゴウトは夜風に当たって少し酔いが醒めてきた。てっきりマテウスが暮らしているのは宿屋だと思っていただけに、少し驚いた。
「ここは俺の協力者の屋敷だ。いや、正確に言うと、俺の相棒の協力者の屋敷だ。だから、この屋敷の主にはあまり失礼のないように頼むぜ。」
「分かった。」ゴウトとバトは請け負った。
かなり大きな屋敷だ。相当な有力者の家だろう。三人は門を開け、中に入っていった。マテウスが扉をノックすると、年老いてはいるが、背筋のピンとしたイブニングスーツ姿の男が出迎えた。恐らくこの屋敷の執事だろう。
「これはマテウス様。お戻りになられましたか。」
「ああ、ありがとう。友人二人を連れてきたんだが、ライラはいるか?」
「ええ、もう戻られて2階の部屋にいらっしゃいます。」
「そうか。旦那様は?」
「旦那様もいらっしゃいます。1階の書斎です。」
「ふむ。まずは旦那様だな。」マテウスはそう言うと、書斎に向かった。二人も付いていく。
マテウスは書斎のドアを軽くノックして部屋に入っていった。
「失礼します。バリン伯、私の友人をご紹介したいと思いまして。」
「友人?計略のことは話しているのか?」ドアの奥から声がする。バリン伯と呼ばれた人物の声らしい。
「はい。話してあります。ルーエンで密偵の役割を担ってもらう予定です。」
「分かった。会おう。」
マテウスがドアを開け、ゴウトとバトに部屋に入るよう促した。
「初めまして、ゴウトと言います。」ゴウトが部屋に入るとすぐにバリン伯に言った。
バリン伯は長いひげを蓄えた白髪の男だった。
「私はバリンと言う。この度は間諜の大役を担ってくれるそうだな。」バリン伯はそう言い終わる間もなく、ゴウトとバトに向けて両手に持ったボウガンのようなもので撃ってきた。
ゴウトはとっさに腰に付けていた短剣で矢を弾いた。バトは素早く横に身をかわした。バトの後ろで小さな爆発が起こった。
「はっはっは!驚いたか!しかし、これはなかなか使えるようだな。少しばかり腕試しさせてもらった。ゴウトと言ったか。」
「彼がゴウト、こちらがバトです。どちらも腕は立つと思います。」代わりにマテウスが答えた。
「いきなりですまなかった。信頼できるかどうかは力があるかどうかにもよるのでな。マテウスに聞いたかどうかは分からんが、報酬を出そう。大事な役目だ。よろしく頼む。」そう言って、5,000ジル金貨を取り出して2人に渡した。
「ひとまず、前金だ。成功報酬でこれの倍を出そう。」
ゴウトとバトはその金額に驚いた。報酬のことなどは考えていなかったが、報酬が出るのなら義務も発生する。しっかりやらなければならないと思った。
「ありがとうございます。」二人は先ほど攻撃されたことも忘れてお礼を言った。
「それから、私の名前はどこにも出さぬよう、よろしく頼む。」
三人はバリン伯の書斎から出て行った。
「マテウス、俺、完全に酔いが醒めたよ。」ゴウトがマテウスにつぶやいた。
「すまんな。あれがバリン伯のやり方でな。俺もやられた。」
「下手したら死ぬぜ、あのボウガン。必要ないのに爆発してたし。」
「ああ、死ぬな、多分。」マテウスもあっさり答えた。「次は俺の相棒だ。」マテウスは2階の部屋をノックした。
「どうぞ。」
マテウスはドアを開いた。そこには髪の長い一人の華奢な男が立っていた。しかし男とは思えないほど美しい顔だちをしていた。
「遅かったな。」男はマテウスに言った。そして後ろに見知らぬ男が二人いることに気付いた。
「お客さん?」
「ああ、友人だ。俺たちの仕事を手伝ってくれる。」
「よろしく、私はライラだ。」ライラは握手を求めた。近くで見て初めてゴウトはマテウスの相棒と呼ばれる人が女性であることに気付いた。
「よろしくお願いします。」ゴウトとバトはそれぞれライラと握手した。
「計画については知っているのか?」ライラはマテウスに聞いた。
「ああ、大体話した。」
「それじゃあ話が早い。私はライラ。ルーエンのバーランド前国王の娘であり、正統な王位継承者。憎きカサンドラに鉄槌を下すために立ち上がらんとする者だ!」
その姿は凛としていて神々しく、ゴウトは胸を打たれた。この人のためなら敵と戦って命を落としても惜しくない、そう思える人だった。
「どうだ、びっくりしたろう?」マテウスがゴウトに言った。
「初め男だと思わなかったか?」
「い、いや、それは、、、少し思ったけど。」ゴウトは少ししどろもどろになりながら答えた。
「いいんだよ。ライラは男に見えるよう変装してんだ。誰にもばれないようにな。」
「二人は結婚するの?」ゴウトはストレートに聞いた。
「ああ、来月結婚予定だ。しかし、ひっそりとな。式は関係者だけで行う。」
「そう、おめでとう。」
「ああ。ってことで、挨拶は済んだし、一応今後の大体の流れを話しておくか。」マテウスが言った。
「まず、ライラは自己紹介の通り、王位継承権を持つ王女だ。ライラの父のバーランド前国王は、現国王のカサンドラにはめられて処刑された。ライラは何とか生き延びてグラン公爵の四女としてひっそりと育てられた。」
マテウスは一息ついた。
「俺達はライラの叔父であるバリン伯を後ろ盾にしつつ、ルーエンのバーランド前国王一派と合流し、戦力を増やす。それと平行してカサンドラがバーランド前国王を無実の罪で処刑したことを暴き、正統な王位継承者がライラであることを宣言する。大雑把に言えば、こんな流れだ。」
「分かった。」ゴウトが短く答えた。
完全に巻き込まれた形になったが、当初イリスから聞いていた話よりも、ずっと正当性のある話だった。この計略はイリスが主役ではなく、ライラが主役なのだ。結果としてライラが王の座に付けば、その伴侶であるイリスも力を持つことになる。その動機が不純なのか、純粋にライラを応援するものなのかはゴウトには分からない。だが、ライラは応援したくなる人物なのは間違いない。初めはイリスのために間諜として情報を流そう、という程度であったが、今はライラを支援し、カサンドラ軍と戦っても良いとまで思った。
「分かったよ。マテウス、ライラ。俺は君たちの仲間となって支援する。やってほしいことがあれば、何でも言ってくれ。」