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第二話 イリス

ゴウトとバトは北の街に向かって歩いていた。


「なあ、バト、どうやらあの街、ルーエンじゃなさそうだな。」


「ああ、俺もそう思う。」


目指す街は明らかにルーエンとは異なる形をしていた。しかも城壁が高い。


「俺たち、どこに飛ばされたのかな。」


「着いてみたらわかるさ。ハハッ。」


バトの笑い方も少し元気がない。空元気だろうか。全く見知らぬ街に入ることに不安を感じているのだろう。山を下りると街道が現れたため、二人の歩く速度は格段に速くなった。道を歩く人々は人間だ。その中の一人の女性に道を尋ねた。


「あのお城は何て言うお城ですか?」城を指さしながらゴウトが尋ねた。


「えっ?あれはハインツ城だけど。」


「ハインツ城!間違いないですか?」


「ええ……。」


女性は怪訝そうに二人を見た。二人の服は血や泥で汚れ、相当みすぼらしい恰好をしている。しかもゴウトは洞窟で明かりを灯すために自らの服を破いていたため、肩や腹が露出している。


「すみません、ちょっとクマに襲われちゃって……。」


女性の視線に気がついてゴウトが言った。食用としてクマを襲ったのはむしろ自分だったのだが。二人は女性にお礼を言って別れ、ともかくハインツ城を目指して進むことにした。


「ハインツって言うと、ルーエンの北の国だな。」


「ああ、そうだ。ルーエンの北30kmというところか。」


「どうしてそんなところに飛ばされたんだろう。」


「扉をくぐると一瞬にしてルーエンを越えて、その北に飛ばされたってことだな。」


「ともかく、城に行こう。この恰好のままでいる訳にもいかないし。」


ルーエンに戻るにしても、まずは服や食料の調達などをしたかった。幸いハインツ王国でも同じ通貨が使えると聞いている。


二人は城門で呼び止められはしたが、何とか通り抜けることができた。門をくぐると、そこにはハインツ王国の城下町が広がっていた。近代的な家が立ち並び、そこには多くの人が行き交っていた。ハインツ王国もルーエンと同じように王制であり、都市国家であった。ルーエンと特に仲が良いという訳ではなかったが、これまで両国の間に争いが起こったことはない。ルーエンとハインツ王国の間に険しい山々やサリル峡谷という自然の障壁が立ち塞がっていることが原因だろう。道のない険しい山々を越えてやってくるゴウト達のような人間は稀だ。


ゴウト達はまず衣服を調達するため、街の中心部に向かった。街の中心部は人でごった返しており、活気があった。その中で、二人のみすぼらしさと異臭は異様であった。行き交う人々はゴウトとバトを見ては振り返っていた。異臭の原因は未だに袋に入れて持ち歩いているクマの生肉だろう。恐らく腐っている。街に入る前に捨てればよかったとゴウトは後悔した。


「おっとごめんよ!」ゴウトは後ろから体当たりされた。体当たりしてきた人間は前に走り去って行った。ゴウトはあまり気に留めなかったが、バトの行動は素早かった。


「おい、泥棒だぜ!」そう言って、バトは追いかけて行った。


ゴウトはそう言われて初めて、自分が何か盗まれたことに気付いた。体当たりして何かを盗んで去っていくのは盗人の常套手段だ。ゴウトもバトの後を追った。


自分に体当たりしてきた男は走るのをやめて、こちらを振り返った。バトはすぐにその腕を掴み、後ろ手に腕を捻り上げた。


「何か盗んだだろう!」バトが大声を出した。


「あいたたたた!ちょっと待て。痛てえよ!俺はお前じゃなくゴウトに用があるんだよ!」男は叫んだ。


「ん?ゴウトの知り合いか?」バトは少し力を緩めた。


「おいゴウト!こいつに何か言ってくれよ!」男が言った。


「もしかして……イリス?」ゴウトが近寄り、男の顔を覗き込んで言った。


「そうだよ、イリスだよ!だけど大声で俺の名を呼ぶんじゃねえ!」


「バト、離して大丈夫だ。俺の知り合いだから。」


そう言われて、バトはイリスの腕を離した。


「痛てえな。ゴウト、遂にお前にも仲間ができたのか?随分はしっこい仲間を見つけたもんだな。」


イリスが腕をさすりながら言った。


「ほらよ、お前の大事にしていた石だ。」イリスはポケットから緑色の石を出しながら言った。


「あっ、ない。」ゴウトは言われて初めて自分のポケットの中に宝石がないことに気付いた。ゴウトは石を受け取りながら言った。


「初めイリスって分からなかったよ。耳が……。」


「あまり俺の名前を呼んでくれるな。とりあえず、人通りの少ないところに行こうぜ。」イリスは人混みの中には居ずらいらしく、人気のない路地にゴウトを誘導した。


「さて、ゴウト、お前には聞いておきたいことがある。お前が裏切ったのか?」イリスは真顔でゴウトに聞いた。


以前、ゴウトがイリスの宿から去った直後、騎士団に捕らえられたことを言っているのだ。


「違うよ。俺は何も言ってない。中央広場に行くと、前日の事件の詳細が掲示板に出ていて、既に犯人の目星は付いている、というようなことが書かれていたんだ。慌ててイリスに知らせようとしたら、もう騎士団がイリスの宿まで来ていて。」


「そうか。分かった。俺もそうだとは思ったんだがな。流石にお前が出て行ってから騎士団が到着するまでの時間が短かったし、そもそも、お前は騎士団に垂れ込んだりするような奴じゃねえとは思っていた。」


「だけど、イリス。本当に貴族の屋敷で子供を殺したの?」


「バカ言えよ。俺がそんな奴に見えるか?兵士は殺しても、女子供まで殺すなんてあり得ねえ。でっち上げだよ、バーン騎士団長の。」


イリスはそう言ったが、ゴウトはイリスの言うことをそのまま信じることはできなかった。イリスなら目的のためなら何だってするだろう。


「そうなんだ。で、耳は?」


「ああ、もう二度と捕まりたくないからな。相棒に切ってもらったのさ。エルフの耳は特徴的で分かりやすいからな。エルフだとばれなきゃ、俺が俺だと気付く奴は少ない。」


「俺も初め見たときは一瞬イリスだと分からなかったよ。」


「で、元気にしているのかい、相棒。その後何かあったか?何でこんなハインツくんだりまで来ているんだ?」


「あれから――。」


ゴウトはその後、バーン騎士団長に捕まったこと、ゾルディアに潜入したらルーエンの北に飛ばされたことなどをかいつまんで話した。


「へえ、バーンに捕まったのか。で、バーンには何か話したのか?」


「ただ、イリスが来月結婚するらしいと話したら、バーンは青ざめていたよ。」


「ははははは。そいつはいい気味だ。」


「本当に結婚するの?」


「ああ、俺の耳を切ってくれた女とな。俺の相棒だ。」


「そうなんだ。それは、おめでとう。それから、イリスはこれからどうするの?」


「これからか?それは言えねえが、またルーエンに戻るつもりだ。」


「戻るの?騎士団には顔が割れていると思うけど。」


「そのための耳じゃねえか。耳さえ人間と同じならばれやしねえ、と思う。」最後は少し自信なさげだった。


「あとな、俺は今イリスじゃねえ。マテウスと呼んでくれ。」


「分かった、マテウス。」


「それはそうと、お前は?」マテウスはバトに名を尋ねた。


「俺はバト。盗賊だ。」


「へえ、やっぱりな。俺の足に付いてこれるなんて、盗賊ぐらいだろうしな。で、二人は仲間なのか?」


「ああ、一緒に旅している。大事な仲間だ。」ゴウトがバトの代わりに答えた。


「そうかい。俺の仲間にはならねえけど、こいつとは仲間になるんだな。」少し寂しそうにマテウスが言った。


「いや、マテウス、俺はあなたがこれから行おうとしていることを恐れたんだ。俺の目的とは違うと思って。」


「ああ、分かってる。もういいんだ。俺は俺の道を行く。」


「まだ諦めてないんだ……。」ゴウトはぼそっと言った。


「もちろん諦めてないさ。これからが本番だ。見てろよ、これから起こることを。ルーエンをひっくり返してやるぜ。」


「分かった。ところで、これから何か予定はあるの?」


「いや、暇してたところだ。どうだ、色々街を案内してやってもいいぜ。」


「それは助かるよ、マテウス!」


そして三人は街へと出て行った。

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