第十四話 エルナとゴウトの再会
ゴウト達は薄暗くなってからルーエンの冒険者ギルドに到着した。ゴウトとバトはこれまでに貯めたクリスタルを冒険者ギルドで換金するとともに、情報屋の場所も教えてもらった。
「ハインツからルーエンに移動するだけでも結構疲れるな。」ゴウトが言った。
「ああ、結構歩いたな。回り道をしないといけないのがな。」バトが答えた。
「今日のところは宿を取って休もう。それとも一回情報屋に顔を出しておくか?」
「ああ、それがいいんじゃないか?」
ゴウトとバトは情報屋に向かって行った。情報屋は中央広場近くの大通り沿いにある。二人は情報屋と書かれた看板を見つけた。
「ここだ、ここだ。」ゴウトが建物の中に入っていった。
「いらっしゃい。見ない顔だね。」カウンターから声がした。どうやら情報屋の主人のようだ。人が良さそうな顔をしてこちらを見ている。
「初めまして。どんな情報でも扱っているって聞いたんだけど。」ゴウトが切り出した。
「ああ、何でも情報は揃ってるよ。魔物の情報や個人の情報、話してはまずいような情報までな。」
「俺たちはルーエンについての情報に疎い。だから、ルーエンの情報を知りたいんだ。一般的な情報で構わない。」
「一般的ねえ。ふむ、具体的にはどんな情報が知りたいんで?」
「まずはカサンドラ王とその王子ガーランド、ラミリス大公、それから、騎士団長のザンジバルとバーン、あとは魔道士サリオン、この辺りかな。」ゴウトはイリスが書いてくれたメモを見ながら言った。
「一般的な話ですね?20ジルでどうでしょう?」
「ああ、それでいい。」ゴウトは20ジルを払いながら言った。
「まずはカサンドラ陛下だね。カサンドラ王が即位したのは今から8年前、院王暦1008年の事だ。それまでは兄のバーランドが王だった。8年前にバーランドが失脚して、処刑された。この時はえらいゴタゴタがあったんだけど、結局現国王のカサンドラが王に即位した。今でもこの時のことを良く思っていない王族や貴族がいるんだ。バーランド派と呼ばれている。」
「バーランド派とは?」
「バーランド派は正式にそれと名乗っているわけじゃないが、バーランド前王の側近だった者たちで、カサンドラの即位に反対していた人々だ。ただ、それから心変わりしている者もいるだろうし、本当のところは分からない。」
「具体的には?」
「バーランド王の直属の部下だった、盾騎士団の団長マクシミリアン、ワイス伯爵、グラン公爵あたりかな。あとはラミリス大公もそうかもな。」
「バーン騎士団長は?」
「バーンはグラン公爵と仲がいいらしいが、8年前はまだ騎士団にも入っていなかっただろうし、どうだろう。バーランド派かどうかまでは分からんな。」
「ありがとう、続けて。」
「それで、カサンドラ王が即位して8年が経つが、大きな反乱などは起こっていない。統治はこれまでの統治方法を踏襲したもので、特に改革は行っていないと思う。ただ、ゾルディアが台頭してきて、魔物も多くなってきているから、騎士団や冒険者の育成には力を入れていると聞く。それから、魔法学校にも力を入れていると聞くな。多くの優秀な魔道士を生み出しているそうだ。」
「なるほど。」
「次はその長男のガーランドだが、恐るべき魔法剣士だという噂だ。カサンドラ王もかつては剣豪だっと聞く。小さい頃から鍛えられたのか、剣の腕は相当なもので、魔法もサリオンに習ってメキメキと上達したという話だ。なぜかほとんど表に出てくることはない。次の王となる人物だから、国民の人気取りも必要だと思うんだがね。」
「なるほど。強いってどのくらい強いのかな?」
「さあ、噂では親善試合で剣闘士のヒューゴに勝ったとか。ヒューゴはご存じで?」
「いや、知らない。」
「ヒューゴは筆頭剣闘士の一人で、現役最強と言われている人物だ。有名人だから知っておいて損はないと思うよ。」
「ああ。覚えておく。」
「それから――」情報屋が次の説明を行おうとしていたところで、ドアが勢いよく開いた。
「ただいまー!」エルナが元気よく入ってきた。
「あっ、お客さん?ごめんね。一応挨拶だけと思って。」
聞き覚えのある声に、ゴウトが振り返った。
「エルナ!」
「ゴウト?」
「びっくりした!エルナはここに住んでるの?」
「いや、住んでないよ。でもよく来るから。ジースさんとは友達。」ジースを見ながらエルナが言った。
「そうなんだ。エルナ、何か久しぶりだな。そう言えば、あの時は助けてくれてありがとう。」
「ううん。私もあの時は気が動転してて、ごめんね。後に残しちゃったのが気がかりでしょうがなかったんだ。」
「いや、助けてもらっただけで十分さ。今こうしていられるんだから、問題ないよ。」
「で、ゴウトはここで何してるの?」
「ああ、情報集めさ。この国のことを聞いてた。」ゴウトは適当にごまかした。
「ルーエンのことをね。色々彼に話していたところだ。エルナ、よく無事で帰って来れたな。ヴァレッタも心配してたんだ。」
「うん、これからヴァレッタさんにも帰ったって挨拶するつもり。どう、もう遅いし、みんなでご飯食べない?私もうお腹ペコペコ。」
「ああ、それはいいが、今ゴウト君と仕事の話をしていてね。」
「あ、今日のところはこれで十分だ。また明日残りを聞かせてほしい。俺達も腹が減ったし、食べに行こうか。」最後はバトに向かって言った。
ということで、皆でヴァレッタの【花の指輪亭】に向かうことにした。
一通りの挨拶を済ました後、ゴウトがエルナに聞いた。
「エルナ、そんなに心配されるって、どこに行っていたの?」
「ゾルディア。」エルナが短く答えた。
「えっ!ゾルディア?俺たちも先日行ってきたばかりだ。」
「そうなんだ!で、ゾルディアで何かあった?」
「あったよ!悪い奴らに絡まれて、それを倒したと思ったら、悪魔っぽい奴が現れて、俺たちを連れて行ったんだ。で、ドアを開けてその中に入ったら、洞窟だったんだ。」
「洞窟って、ゾルディアの洞窟?」
「いや、それが、ゾルディアじゃなくて、洞窟を出たらルーエンとハインツの中間地点だったんだよ。」
「どういうこと?」
「つまり、ドアを入ったら、ルーエンを越えてハインツの方まで飛ばされたってことさ。」
「そのドアに仕掛けがあったってこと?」
「ああ、そのドアは人や物を転送する装置なんだと思う。」
「そんなことがあったんだ。そのドアをくぐればまたゾルディアに戻れるの?」
「いや、自由には元に戻れないみたいだ。多分向こうから何か操作すると、転送する機能が失われるらしい。で、エルナは?」
「私たちは、ゾルディアに入ってすぐ、ドラゴンに会いに行ったの。光竜シャイニングスターよ。」
「ドラゴン!簡単に会えるものなの?」
「私たちが行ったときは、簡単だったわ。警備も何にもないんだもの。」
「ドラゴンとは何を話したの?」
「ドラゴンがゾルディアに閉じ込められているという話。どうやらドラゴンは悪魔王サタンに倒されて、ゾルディアに閉じ込められているらしいのよ。」
「何のために?」
「多分、ドラゴンを信奉するリザードマン達をゾルディアに留めておくためね。リザードマンって、よく働くし、商売人としてはとても優秀でしょ?だからリザードマンをゾルディアに留めるために、その神であるドラゴンをゾルディアに閉じ込めているのだと思うわ。」
「なるほど。それで竜族と悪魔が手を組んでいる理由が分かった。」
「でね、シャイニングスターは力を奪われていて、その力がオーブに封印されているんだって。だから、私たち、そのオーブを探しにシャルワ山まで行ってきたの。」
「シャルワ山まで?」話に入ってきたのはジースだ。
「シャルワ山と言えば、ゾルディアよりも遥か南だろう?そんな遠くまで行って、よくこの時間に戻ってこられたな。」
「それはね、また別の話があるんだけど、また後でね。で、シャルワ山に行ったんだけど、オーブは死の竜に守られてて、しかも悪魔将軍まで出てきて、大変だったの。」
「ちょっと待って、エルナ。悪魔将軍って、ゾルディアに四人いる悪魔将軍?戦ったの?」
「悪魔将軍は一人だけね。リリムって言うんだけど、とても強くって、しかも死の竜って石でできてるドラゴンだったのね。硬くって仕方なかったわ。」
「ということは倒したの?」
「うん。私たち、私とレイナだけじゃないけどね。他に冒険者が三人、合計五人で倒したのよ。」
「おお、悪魔将軍を倒したって?それは凄い情報だな。」そう言ったのはジースだった。
「正確には私たち、私とレイナは死の竜を倒して、悪魔将軍を倒したのは他の三人ね。」
「それでも凄い。死の竜というのは聞いたことないが、ドラゴンなんだろう?」ジースが聞いた。
「ドラゴンとは違うと思う。ドラゴンの形をした石に命を吹き込んだ魔法生物らしい。」
「それからどうなったの?」ゴウトが聞いた。
「敵を倒した後オーブを見つけた。光竜シャイニングスターと黒竜ブラックウイングの力の封印されたオーブ、これね。」そう言いながら、エルナは鞄の中から、明るく光るオーブと黒光りするオーブを取り出した。
「おおっ!これは凄い。この中にドラゴンの力が……。」
「うん、そうみたい。」そう言いながらオーブを鞄にしまった。
「これからドラゴンに返さなくちゃならないから、他の人に知られたくなくて、あまり見せられないの。」
「エルナさんがドラゴンのオーブを持ってるなんて、何だか凄いわねえ。感慨深いわ」料理を運びながら話に入ってきたのはヴァレッタだ。
「私もそんな人とお友達なんて鼻が高いわ。」
「うん。それにしても、そのオーブは凄く大事なものだな。ゾルディアのドラゴンの力を蘇らせる力を持つんだろう?ゾルディアの悪魔王サタンはそれを何としても取り戻したいだろうし、ルーエンにとっては切り札になるものだ。」ジースが言った。
「ジースさん、このことは絶対内緒ね。」エルナがジースに釘を刺した。
「分かってるよ。エルナを危険な目に遭わせられないからな。闘技場にエルナを行かしたときはヴァレッタにコテンパンに怒られて参ったからな。」
皆から笑い声が漏れる。
「しかし、エルナ、君は随分強くなったようだな。」ゴウトが言った。
「ゴウトは?強くなってないの?」エルナが答えた。
「ああ、強くなった。強くなったが、エルナの話を聞いていると、ちょっとレベルが違うかなって思うよ。」
「あ、そうだ、ゴウトは剣技出せる?」
「剣技知ってるの?ああ、最近出せるようになった。」
「私も今日出せるようになったの!あとで見せてあげるね。ゴウトはどんなの?」
「俺は炎。」
「私は水!」
「何だか嬉しそうだな。」
「うん、水がシュパって飛んでいくの。飛んでいる敵の攻撃手段がなかったから、これから重宝すると思うわ。」
「剣技は誰に習ったの?」
「んー、特にない。何かマナを手に溜めて剣に移すようにしたら出たの。」
「それは凄いな。俺は何度も練習したんだけどな。」
「でも炎ってかっこいいね。レイナと一緒だ。」
「レイナも炎を?」
「うん。炎と光の魔法が中心。召喚魔法も得意なの。」前にレイナに召喚魔法中心と言って怒られたので、魔法中心に変えた。
「バトは?さっき魔法が使えるって言ったよね?」エルナがバトに向かって言った。
「お、俺か?俺は闇の魔法だ。だが、直接攻撃魔法は得意じゃない。支援魔法だな、ハハッ。」いきなり話を振られたので、話を聞くだけだったバトは若干しどろもどろになって言った。
「そうなんだ、闇。そう言えば、あの魔法は闇なのかな?エルグレミアラスランドマスカナリア!」
そう言ってエルナが魔法を唱えると、皆の目の前が真っ暗になった。
「おいおい、エルナ、何の呪文だよ!目の前が真っ暗だよ!」ゴウトが叫んだ。
「うわわわわ、まさか、魔法が発動するなんて聞いてないよ!これまではからっきしだったんだよ?」エルナが慌てて言った。
「大丈夫よ、数十秒で治るから。」冷静にレイナが言った。レイナには耐性があるのか、目は見えているようだ。
「ああ、これはブラインドの魔法だ。俺も使えるから分かる。」そうバトが言ったが、バトも何も見えていないようだ。
「これは戦闘に使えるな。目が見えないと攻撃できないよ。」目をこすりながらゴウトが言った。
「そうね。有利に戦闘を進められそう。私もびっくりしたわ。」エルナが言った。
「それで、そのオーブはどうするの?」ゴウトがエルナに聞いた。
「オーブはもちろんドラゴンに返そうと思うわ。でも今はドラゴンはサタンに守られていて手出しできないから、どうしようかと思って。」素直にエルナが答えた。
「そうか、流石にドラゴンを倒したという悪魔王に立ち向かうのはエルナでも難しいかもな。」
「そうだ、ドラゴンにオーブを返すとき、ゴウト達も協力してくれない?」
「いや、俺は別の仕事があって、今はちょっと難しいんだ。それに俺たちが協力しても、まだ悪魔王に立ち向かうのは難しいんじゃないかな。」
「そう、残念ね。じゃあ、私たちで何とか手立てを考えるわ。」残念そうにエルナが言った。
「そう言えばエルナ、どうやって何とか山からルーエンまで戻ってきたんだ?途中でゾルディアに寄らなかったのか?」ゴウトが聞いた。
「ゾルディアには寄ってないよ。実はね、倒した悪魔将軍のリリムを味方にしたんだ。」
「ええっ!」皆が声を揃えて驚いた。
「悪魔将軍を?」
「そう、私が召喚したら出てくるんだよ。今呼び出してみよっか?」
「いやいや、いいよ、今は呼び出さなくて。こんなところで悪魔将軍が見つかったら大変だ。」ジースが言った。
「それで、私たちはリリムに乗ってルーエンまで送ってもらったの。」
「悪魔将軍に乗ってルーエンまで?」ヴァレッタが驚いて言った。
「色々エルナさんには驚かされるけど、今のが一番驚いたわ。」
「エルナは召喚魔法までできるの?というより、悪魔将軍を呼び出せるって最強じゃないか?」ゴウトが聞いた。
「それが、そうでもないのよ。リリムは我儘でなかなか言うことを聞かないし、サタンとは戦えないって言うし。」
「何か、エルナには驚かされっぱなしだなあ。」ゴウトは素直な感想を口にした。
「あ、そうだ、エルナ、今どこに泊ってるの?」
「この近くの宿屋だけど。」
「俺たち、まだ宿決めてないんだ。良かったらそこを紹介してくれないか?」
「うん。満室じゃなかったら入れるんじゃないかな。案内するよ。」
そう言って、四人はヴァレッタの【花の指輪亭】を出て行った。
「ヴァレッタ、今日は凄い話を聞いちまったな。」突然静かになった店内でジースは呟いた。
「そうね、ジース。エルナは凄い子だわ。」ヴァレッタも同じように呟いた。