第十二話 死の竜との戦い②
レイナが呪文を唱え終えると、空中から大きな生き物が現れた。背丈は4mもあろうかという巨人で、手にはハンマーを持っている。その魔獣の名はトロールと言う。レイナはトロールに何か言うと、トロールは死の竜に向かって走り出した。トロールはハンマーを死の竜に向かって振り下ろした。死の竜の体が砕ける。そこに半魚人達の円環がさらに死の竜の体をえぐった。死の竜も負けじと口からガスを吐き出そうとしたが、トロルが死の竜の頭上からハンマーで殴ったため、口がふさがり、紫色のガスを吐き出すことに失敗した。死の竜は右腕を振るい、トロルに反撃した。死の竜の右手の爪がトロルの上半身に直撃し、トロルが吹き飛ばされる。
そこへ走りこんできたものがいた。エルナだ。エルナは「おぉぉぉぉ!」と叫びながら剣を振るった。剣が死の竜の首に大きくめり込む。二、三回剣を振るうと、死の竜の首が切断された。死の竜は首が切断されると、動かなくなった。
エルナがクリストファーの方を向くと、丁度クリストファーの放った剣技により、竜巻が起こり、リリムの体を包み込もうとしているところだった。リリムは必死でバリアのようなものを張ったが、クリストファーの剣技を防ぐことはできなかった。バリアは魔法には有効だが、クリストファーの剣技には効果が無かった。リリムは竜巻に飲み込まれ、体が切り刻まれていく。そして意識を失い、地上に落下した。リリムはすぐに拘束された。
リアとマリアの怪我は幸いそれほど大きくなかった。それよりもクリストファーの怪我の方が大きく、立っているのもやっとの状態だった。すぐにマリアがクリストファーの応急処置を行った。
エルナは倒れた半魚人達の方に向かった。倒れた半魚人達に息はあった。紫色のガスを吸って気を失っているだけだ。
「よかった。」エルナがつぶやいた。
トロールも起き上がり、レイナによって元の場所に戻された。
「レイナ!あれは何という魔獣なの?」エルナが聞いた。
「力持ちのトロールよ。ボスと名付けた。私の召喚獣。石を砕くには力が必要だと思って。役に立って良かったわ。」レイナが答えた。
「あんな巨人まで呼び出せるなんて。レイナってやっぱり奥が深いわ。」
「今日はもう、ヘトヘトだわ。飛ぶのもつらい。肩かしてくれない?」そう言うと、エルナの肩に座った。
「エルナは、今日どのくらいレベルアップしたの?何度もチャイムが鳴ってたようだけど。」
「分からない。4回くらいだったと思うわ。死の竜が倒れた時に2回上がったから。」エルナが答えた。
リリムの意識が戻ったようだ。エルナもリリムの元へ向かった。
「私の完敗ね。」リリムが言った。
「あなた、ゾルディアの悪魔だよね?」エルナが言った。
「そうよ。4人いる悪魔将軍の一人。」
「悪魔将軍!」レイナが突然大きな声を出した。
「悪魔将軍がなぜここにいるの?」
「あなた達、ゾルディアで光竜シャイニングスターと会ったんでしょう?見張りが付いているからすぐ分かったわ。」
「阻止しようとして、ここまで来たのね。」エルナが言った。
「そうよ。あなた達がこんなに強いと知ってたら、もう少し戦力を整えて来るんだった。」
「シャイニングスターの力を封じ込めたオーブは貰って帰るわ。ところで――」エルナは少し言いにくそうにした。
「ゾルディアがルーエンに戦いを仕掛けるって本当?」
「……。」
リリムは何も答えなかった。
「ここからはだんまりなのね。仕方ないわ。ゾルディアの幹部なんだし。」
「とりあえず、彼女どうしようか?ゾルディアに帰られて報告されても大変だし、このまま逃がすわけには行かないと思う。」エルナが今度は全員に聞いた。
「このままここに放置か、もしくは、連れて行って、どこかに隠すか……。でも連れて行くのも億劫だわ。」レイナが言った。
「そうよね。運ぶのも大変だし。あ、そうだ、トロールに運んでもらうのはどう?」
「えっ、さっき帰したばかりなのに?うーん、仕方ないかなあ?半魚人は山道苦手だし。ここに残しておくとすぐにゾルディアの仲間に見つかるかも知れないし。」レイナはしぶしぶだが、運ぶことに同意した。
「でもそんなに長くは難しいわよ。せめて下山してすぐにどこかに隠すくらいでお願い。」その案にエルナは同意した。
「まずは洞窟に入りましょうか。クリストファーは大丈夫?」エルナはクリストファーに向かって聞いた。
「ああ、俺は大丈夫。」クリストファーはマリアに傷を癒してもらって元気を取り戻したようだ。
「最後の剣技、凄かった。何て技?剣技って剣を極めた者だけが発動できるって聞いたけど。」
「いや、俺なんてまだまだ。師匠は竜巻を何個も同時に出せるからな。技はトルネードって言うんだ。」
「お師匠さん?何て言う名前?」エルナは興味本位で聞いた。
「師匠の名はイオ=ライン。昔は勇者と呼ばれたそうだ。ルーエンの有名な勇者とパーティを組んでたと言ってた。誰だったかな。」
「イオライン様ね。覚えておく。私も剣技習いに行こうかな。」
「ああ。いつでも来るといい。エルナならすぐに覚えるさ。何ならもう出せるんじゃないか?」
「えっ、出せるかなあ?」そう言いながら物は試しとエルナは崖に向かって剣を振った。すると鋭い三日月状の水が剣から発せられ、そのまま洞窟の上の崖に当たった。崖はもろくも崩れ、洞窟の半分が埋まった。
「ちょっと、何してんのよ!洞窟が埋まっちゃうじゃない!」レイナが叫んだ。
「ごめんごめん。まさか出るとは思わなかったから。」慌ててエルナは謝った。
「いや、驚いたよ。まさかこんなに簡単に出せるとは。俺だってずっと練習してきて、出せるようになったのは最近だってのに。」
「あははは。何だかなー。私最近魔法使うようになって、マナの操り方が分かってきたというか。」
「そうか、エルナは魔法剣士だったな。あの無数の半魚人には驚いたぜ。気持ち悪くってな!」最後は冗談めかしてクリストファーが言った。
「半魚人だってかわいいんだよ?」エルナが真顔で反論した。
「話は後よ、崩れる前に洞窟に入りましょう。」レイナが促した。
「あ、俺たちは洞窟の前で待っているよ。もし崖が崩れて洞窟が塞がれても助け出せるように。あと、リリムも見張っておかないとな。」
「分かった。ありがとう。」そう言って、エルナとレイナは召喚した魔獣達を帰した後に洞窟の中に入っていった。
洞窟は暗かったが、レイナの魔法により、明るく照らされた。洞窟はそれほど長くなく、奥には広い空洞があった。いつもはここに死の竜がいるのだろう。洞窟の隅には数多くの頭蓋骨が並んでいた。恐らくこの洞窟に挑んでは死んでいった戦士たちの亡骸だろう。広間の奥には祭壇のようなものが設置されていた。エルナとレイナが近づくと、金色に光るオーブと黒光りするオーブの2つが台の上に並べて置かれていた。
「これね。」エルナは金色に光るオーブを持ち上げた。それほど重くない。
「さて、問題はこっちね。」
光竜シャイニングスターは黒いオーブは捨てていいと言っていた。しかしこれは間違いなく黒竜ブラックウイングの力が封印されたオーブだろう。
「ま、持って帰るしかないわよね。」レイナがエルナに言った。エルナはそうよね、と言いながら黒いオーブも持ち帰ることにした。
洞窟の入口は幸いにも崩れてはいなかった。エルナたちが出るとクリストファー達は帰りの準備をしていた。
「ほら、こんなにあったぜ。」クリストファーは集めたクリスタルをエルナに見せた。
「凄いわね!これ、いくらになるんだろう。」
「俺たちはクリスタルはいらないから、全部持っていくといい。」あっさりクリストファーが言った。
「いいの?だってみんな命を賭けて戦ったんだよ?」エルナが驚いて言った。
「いいんだ。俺たちはお金が目的じゃないから。」
「そう言えば、名誉が欲しいと言っていたわね。それじゃあ、これなんかどう?」エルナは一番大きなクリスタルをクリストファーに差し出した。
「死の竜のクリスタル。これを持ち帰ったら、死の竜を倒した証明になるんじゃない?」
「いや、死の竜を倒したのはエルナたちだから。それは受け取れない。」クリストファーがきっぱりと言った。
「じゃあ、どうする?いっそここで悪魔将軍さんに死んでもらう?」エルナが物騒なことを言った。リリムが怯えたようにエルナを見上げる。
「流石に無抵抗な敵を斬るのは気が引ける。」クリストファーが拒んだ。
「うーん、どうしたらいいんだろう。悪魔将軍を倒したことは事実だから、それは言っていいんじゃない?証拠はないかも知れないけど。それか、悪魔将軍を連れて帰る?」
「悪魔将軍を連れて帰ると、それはそれで外交問題に発展するだろうから難しいな。今度ハイランドにエルナが来た時に証人になってくれればいいさ。そうだ、招待状を出すよ!」名案がひらめいたとばかりにクリストファーの声が明るくなった。
「私はいくらでも証言するけど。それでいいの?誰に対して倒したことを証明したいの?」
「国王さ!もう隠す必要はない。俺はハイランドの第三王子のクリストファーだ。次期王位に就きたいと考えている。ハイランドは昔から、強いものを王としてきた。だから王も強いまま引退する。引退は王が55歳を迎えた日、つまり約1年後に俺の父は王を引退する。そして、王は最も強い王子または王女に引き継がれる。兄たちよりも強いことが証明されれば、俺が王だ。」最後はきっぱりと言い切った。
うすうすそんな気がしていた。リアもマリアもクリス様と呼んでいたので、貴族だろうとは思っていた。
「分かったわ。あなたが悪魔将軍を倒したことを証言します。あなたは私がこれまでに見た誰よりも勇敢で強い剣士だわ。」
五人と悪魔将軍、それから悪魔将軍を担いだトロールが下山していった。悪魔将軍と死の竜との死闘はここに幕を閉じた。