【プロトタイプ版】ひとりぼっちの異世界放浪~一人でなんでも出来る俺は、何でも出来すぎるのでソロプレイを極めます~
「ユーリス。お前とは一緒に仕事はできない! 解雇だ!」
初めての加入したパーティで、初めての依頼を終えた直後だ。
冒険者と呼ばれる自由業に仕事斡旋する冒険者ギルド。
そこで手続きを終えた直後だ。
というのに、パーティリーダーのおっさんに俺はそう告げられた。
「はぁ……いきなりクビっすか」
「そうだ。その年で初めてパーティでの仕事をするとは聞いていたが」
おっさんは俺を一瞥し、舌打ちをした。
「協調性が無いにも程がある」
ギルドに登録して五年。
十五で町にやって来て今年で二十歳。
それまで俺はずっと何でも一人でやって来た。
「せっかく勇気出したんだけどなぁ」
同じ頃にギルドに登録したみんなはもう居ない。
とっくに自分の目指す方向性に会わせたパーティを見つけていた。
環境を変えようとこの町に移り住んでみたが何も変わらない。
そして誰かとパーティを組むことを諦めた。
なのにずっと一人で仕事をしている俺を不憫に思ったのだろう。
ギルドマスターから先週ベテランパーティへの一時加入を勧められたのだ。
もし俺と相手が気に入ったのならそのままパーティに加入しても良し。
会わなければまた別のパーティを紹介するといった話をされた。
正直俺はずっと一人でもかまわなかった。
だけどあまりにしつこく勧められ「一度だけ」という条件でその話を受けた。
「他の人と一緒に仕事をすると言うことをもう少し考えろ」
「なにぶん初めてだったんで」
おっさんは頭を掻きながら答える。
「それでもリーダーである俺の言うことを聞くくらいは出来たろうに」
「でもリーダーの指示は間違いが多くて――――」
「なんだと! 冒険者を始めてまだ五年程度のひよっこが何を言ってやがる」
しかし俺からすると彼の様々な指示はあまりに無駄が多く感じた。
だから最初は何度かその『間違い』を訂正する進言をしたのだけど。
「いいか。何度も言うぞ」
おっさんは俺を指さす。
「パーティで行動すると言うことは、一人が勝手に動くこととは違うんだぞ」
パーティを組まず今まで一人で何でもやって来た。
そんな俺の行動や進言は、集団行動の時には邪魔になるだけらしい。
今回の同行の間中、何度もそう怒られるた。
一番効率の良いやり方を教えてやっただけなのに。
「でもあのくらいの魔物なら俺一人でも――――」
「一人で突っ込んでいくお前をフォローする身にもなってみろ!」
小さい頃に両親を失った。
おかげで村人にも嫌われていた偏屈な祖父と共に幼少期を暮らす羽目になり。
村人と距離を置いていた祖父に、様々なことを学んで育った。
物心ついた頃にはその祖父も村人も流行病で全滅。
数年に一度やってくる行商人が村のことに気がつくまでずっと一人で生きていた。
そんな育ち方をしてきた俺は、集団行動をしろというのは無理な話だったのだ。
「ギルマスには悪いが、とにかく金輪際お前と組むのはごめんだからな」
「はぁ」
「面倒なことばかり押しつけやがって。俺たちも別の町に移る時期かもな」
おっさんが怒りながら去って行く。
その禿げた頭からは湯気が噴き出している様にすら見える。
さて、これで俺はまたひとりぼっちに逆戻りだ。
「さて、仕方ないからいつもの依頼を受けてから帰るとするか」
そう呟くと俺はギルドの受付に足を向けた。
この町のギルドには三つのカウンターがある。
それぞれのカウンターでは受付係が仕事をしていた。
特に誰が誰の担当というものは無い。
だけどたいていの冒険者はゲン担ぎも兼ねて決まった受付係のカウンターを利用するのだが。
「こんちわー」
一番右の小柄な女性の受付係のいるカウンターに向かって声を掛けた。
「はいこんにちはユーリスさん」
「今の話、聞いてました?」
「はい。まさか初日でベテランパーティから三行半を突きつけられるとは驚きでした」
「俺はそうなるんじゃ無いかって最初から思ってたけどね」
ギルドに併設されている酒場。
そこで仲間と酒を飲み出したおっさんを一瞥してからそう答える。
あのおっさんのパーティはこの町のギルドではかなりの古株で顔も利くらしい。
おっさんの名前は……忘れたけど。
なんせ他人のことには興味が無いからだ。
「それでは別の――――」
「もう良いよ」
「はい?」
「やっぱり俺には集団行動は向いてないってわかったからさ」
カウンターに片肘をついて、受付のお姉さんにそう告げた。
「これまで通り一人で受けられる仕事をするよ」
「しかし、一人でだと魔獣討伐も最近だとゴブリンくらいしか……」
「じゃあそれで」
ゴブリン討伐は、ソロの俺が受けられる討伐依頼の中で一番効率が良い。
なんせ単体だと力も弱く動きが単調で倒しやすい初心者向けだ。
ただし群れになるとなると話は別。
群れを見つけたら多人数を集めてから戦うようにと言われていた。
この『ひとりぼっち』の俺が多人数なんてどうやって集められるのか謎だが。
「ですが、パーティを組めばAランク魔獣の討伐依頼なども出ますし」
お姉さんはどうにかして俺にパーティを組ませたいらしい。
だが、お断りだ。
もう強面のおっさんどもに怒鳴られたくは無い。
「Aランク魔物の討伐なら報奨金もゴブリンの何百倍にもなるんですよ?」
「そんなこと言われてもな」
頭を掻きながら興味なく答える。
「俺にはそもそも人と一緒に何かをするってのは向かないんだよ」
それに顔の広いらしいおっさんがあれだけ怒る姿をギルドの中で見せたのだ。
もうすでにこのギルドの他パーティにも俺の悪評は広がってしまった。
いや、元々評判は良くないのは薄々感じているし。
その上今回の件だ。
もう俺と組んでくれるパーティはもうこの町には存在しないだろう。
「ですが、このギルドではソロの方にはソロ専用の依頼しか出せないのは知ってますよね?」
「ああ、もちろん」
小さく頷く。
「なんせ俺はもうこの町で三年も暮らしてるしね。だから早く依頼票出して」
「そうですか」
お姉さんは大きく溜息をつく。
そして机の下から一枚の書類を取り出してカウンターの上に置いた。
「それではゴブリン討伐はいつも通り成果報酬ですので、この依頼票と一緒に討伐証明部位を提出してください」
そうだ、このお姉さんの名前はシャーリィ。
あまり人の名前を覚えない俺だが、書類に書かれた担当のサインを見て思いだした。
「わかってるって。何度この仕事をやってるとおもってるんだい?」
「はぁ……頑張ってくださいね。」
「いつも通りきちんとやってくるよ」
それだけ告げるとギルドの建物を出る。
そして着替えのために一旦借りているボロ長屋へ向かう。
クビにはなったが、今日の仕事の分け前だけはおっさんから貰っている。
今夜はこの金で少し贅沢をするつもりだ。
部屋に荷物を置いたら、繁華街で酒でも飲んで今日のことは忘れる。
そしてまた明日からソロ生活を満喫するのだ。
「はー。やっぱ一人が一番気楽だな」
懐から取り出した報酬袋の中を覗き込む。
数日かけてダンジョンを数階潜ったがたいした金額にはならなかった。
「あれだけ怒られてこれぽっちなんだもんな」
そうぼやきながら長屋への道を、今日の出来事を吹っ切るように進むのだった。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「ユーリスは、やはりダメだったか」
「はい。新しいパーティも勧めたのですが、にべもなく断られまして」
「ふむ。まぁ一度だけという約束だったしな、それは仕方あるまい」
ユーリスがギルドを出た後。
この町のギルドを仕切るギルドマスターのグリンガルが、受付嬢からの報告を受けて溜息をつく。
「それでまたゴブリンの討伐の依頼を受けて帰ったのですが」
「またか。その程度の小物しかソロには選択肢が無いとは言え……」
グリンガルは手元の書類にサインをしながら受付嬢に問いかける。
「それでユーリスが今まで討伐したゴブリンの数はどれくらいだ?」
「932体です」
「改めて聞くととんでもない数だな」
「他にもブラッドバットが497体、ホーンラビットが314体、他に――」
「ああ、もういい。わかった」
グリンガルはそう言って受付嬢の言葉を遮ると引き出しの中から書類の束を二つ取り出す。
「これがユーリスが提出した雑魚魔物の報告書。それとこっちが苦情だ」
ユーリスがあまりに大量にこの町周辺の雑魚魔物と呼ばれるFランクの魔物を倒しすぎたため、この町のギルドでは若手の冒険者が狩る魔物がいなくなってしまった。
そのせいでこの町のギルドから若者はどんどん別の町に移ってしまっていた。
同じくして腕利きの冒険者も徐々に少なくなっている問題も増えた。
何故かと言えば、数年前まではこの町周辺はAランクはある強力な魔物の出没地帯として有名で、その魔物を狩るためにかなりの実力者たちがこの町を拠点にしていた。
なんせ強力な魔物は、倒して素材を売るだけでもかなりの儲けになるからだ。
なのにユーリスが大量に雑魚狩りを始めてから、そんな強力な魔物の出現情報や討伐依頼は目に見えて減っていった。
冒険者の間ではユーリスが雑魚魔物を狩りすぎたせいで、それを餌にするために寄ってきていた強力な魔物が別の餌場に移動したからだと、まことしやかに語られているほどである。
「雑魚狩りが本当に影響を与えてるのかはわからないがな」
「なんにせよ困った男だよ、奴は」
「ですね」
二人はしばしの沈黙の後、同時に大きな溜息をついたのだった。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「ん、んーん。頭痛い」
長屋の部屋。
窓の外から差し込む朝日に俺は目を覚ます。
「昨日はちょっと飲み過ぎたな」
思ったより精神的に疲れていたらしい。
昨夜は行きつけの酒場でかなり遅くまで酒を飲んでいた。
いつもなら店を出る前には『回復魔法』で酔いを覚ます。
だけど、昨日はぽわぽわした頭のままで暫く過ごしたくて。
結局、長屋のベッドに倒れ込み、酔い覚ましも忘れ眠ってしまったようだ。
完全な二日酔い状態で頭痛がガンガンして吐き気もする。
「ううっ……回復魔法」
自分自身に向けて回復魔法を掛ける。
一瞬にして頭痛も吐き気も収まった。
「回復魔法一発で酔いが覚めるのは勿体ないからって、そのまま寝るのはだめだな」
反省しながらベッドから立ち上がる。
そして机の上の時計魔道具に目を向けた。
「八時四十分か……思ったより寝過ぎた」
八時前には起きるつもりだったが。
どうやら目覚ましを掛けることも忘れていたようだ。
「今日の朝食は家じゃ無くいつもの所にするか」
一日は二十四分割されて一つ一時間。
さらに一時間は六十分割されて一枠は一分。
この数字は、遙か昔どこかの国にいた天才魔道具師がいて。
その彼がよくわからない計算で導き出した数字なのだそうだ。
「風呂屋にも寄ってる時間は無いな」
溜息をつきながら自分の体全体に『清浄魔法』を掛ける。
これで昨日の汚れは服ごと俺自身も含め綺麗になった。
便利な魔法だが、朝風呂の気持ちよさには敵わない。
今日は帰ったら公衆浴場に行くと心に誓う。
「荷物は収納魔道具に全部入れたままか」
収納魔道具の中には、必要な道具は全部入れてある。
外見は肩から掛けられるほどの鞄だ。
だが空間を歪める魔方陣が内側に描いてあり、かなりの量が入るようになっている。
「面倒くさいし時間も無いし、このまま行こう」
ベッドの脇に無造作に置いていた肩掛タイプの収納魔道具を手に取ると肩に掛ける。
もう少し小さいタイプのものが欲しいとは思う。
だが今の自分ではこの大きさに魔方陣を収めるのが精一杯。
いつか魔道具の研究が盛んだという王都近くの町に行きたい。
そして勉強して色々調べてから作り直したいと思っていた。
「なんせ魔道具作りも独学だからなぁ」
一人で生きてきた俺には、魔道具職人に弟子入りするなんてハードルが高すぎて無理だった。
なので、この町にもある図書館で色々調べて、店で売ってる魔道具を分解して一人で勉強して作るしかなかった。
「しかし収納魔道具がもう少し安く流通してれば、自分で作る必要も無かったのに」
一人で行動し、採取や討伐依頼をこなす俺にとって収納魔道具は必須アイテムの一つだ。
なんせせっかく狩った魔物の報酬部位や採取した薬草などを運ぶにも、一人では馬車を借りることも出来ないので困ってしまう。
しかし収納魔道具さえあればその心配は一気に解消されるのだ。
「一人で依頼をこなす冒険者には必須の魔道具だというのに高すぎるよ」
たしか収納量がリュック一個分と同じ程度の収納魔道具でも金貨百枚以上したはずだ。
普通の冒険者パーティが依頼をこなして手に入るお金が、大体一年でそれくらいになる。
それを金額の高い依頼を受けることが出来ないソロ冒険者がそんな大金を稼げるわけが無い。
だけど稼ぐためには収納魔道具は必要で。
「でもどうしてみんな自作しないんだろうな。少し勉強して魔法と魔方陣を合成するだけなのに」
現に俺は収納魔道具を作ろうと勉強を始めて一月ほどで試作品を作り上げた。
その試作品はかなり大きい箱型で、今はベッドの台座として使われている。
「さて、ゴブリン退治に行きますか」
俺は収納魔道具の中に、昨日酒場で買っておいた携帯食料を放り込むと部屋を出る。
昨日ギルドで討伐依頼の書類は既に貰ってあるので、一々ギルドに寄る必要は無い。
「朝は仕事を探しに来る人で一杯だから寄りたくないしな」
そしてそのまま町をぐるりと囲む壁に設置された門へ向かう。
今日の依頼であるゴブリンは、ちょうど北門から出て二時間ほど歩いた所にある山の麓に群れで現れたらしい。
その辺りには小さな農村があって、農作物に被害が出ているとか。
ゴブリンは繁殖力が高い人型の魔物で、常に群れで行動する。
知能は高くないし強くも無いが、なんせ数が多い。
そして増えすぎたゴブリンは人里まで降りてきて作物や家畜を食い荒らすのだ。
「おうユーリス。今日は一人か?」
「パーティはクビになったからね」
「もうかよ。せっかくお前も独り身から解放されたんだなって思ってたのによ。ちっ」
門番は俺の話を聞いて小さく舌打ちをした。
「これじゃフェリスの一人勝ちじゃねーか」
フェリスというのはこの門番が行き着けている食堂の看板娘だったはずだ。
何度も話を聞かされて名前を覚えてしまった。
「賭けでもしてたのか?」
「そうだよ。フェリスだけが『ユーリスのことだから初回でクビになるに違いない』って言ってたな」
フェリスは俺に何か恨みでもあるのだろうか。
でもまぁそれが正解だったから何も言えないわけだが。
「俺は初回の途中でクビに掛けたんだが、お前が思ったより粘ったせいでパーだよ。ちっ」
もっと酷い奴がいた。
その上舌打ちとは。
こいつとはこの門でしかほぼ話したことは無いし、名前も覚えちゃ居ないが長い付き合いだというのに。
「ご愁傷様。奥さんに存分に怒られてしまえ」
「うるせー。さっさと行け」
今日家に帰れば、賭け事に金を突っ込んだことを嫁に叱られるであろう門番に軽く手を振ると、門の脇にある人用の通用門を通り抜けた。
二重扉を抜けて外に出ると、目的の村まで蛇行しながら山の方へ続いている道に出る。
「珍しく長話をしてしまった」
実際は大して長い時間では無かったかもしれない。
だけど俺にとってギルドの受付係意外と数分以上話すことは希なのだ。
そして例のクビになったパーティでも、相手の話に適当に相づちを打っていただけだったことを思い出す。
「遅れた分を取り戻さなきゃな」
俺は門を出た所でしゃがみ込むと、自分の足に向けて加速魔法の魔法を掛ける。
これで大体移動速度は倍程度になった。
本当はもっと速度を上げることも可能だが、あまりに早いと体の制御するのに精神と体力を無駄に使ってしまう。
なので移動だけを考えるなら倍程度が一番楽なのだ。
「さて、それじゃあいつもの所で朝食だ」
おれは独り言を口にすると、その場で少し軽く足首を回してから歩き出す。
一見普通に歩いている様に見えるが、足の動きだけはさっさかさっさかとしていて、多分他の人がその姿を見るとかなり気持ち悪く見えるのだろう。
一度すれ違った商隊の馬車に乗っていた若い娘に「何あの人、気持ち悪い」と指さされたことがある。
それがトラウマになって、今はなるべく人が見てない所でしかこの魔法は使わないことにしている。
サカサカサカサカ
サカサカサカサカ
サカサカサカサカ
運良く道中にすれ違う人もなく、そのまま森の中の一本道を進む。
ここら辺は森と行っても低い木が多く、大きな町も近いため危険な魔物はほとんど住んでいない。
「誰も見てないな」
しばらく進んだ所で俺は立ち止まり周りを確認する。
道の脇に少し大きな石が置かれているが、それは俺が置いたものだ。
なぜ置いたかと言うと、この岩の裏辺りからまっすぐ中に入ったところに数年前休むのに丁度いい場所を見つけたので、その目印にするためだ。
「よっと」
周りに誰も居ないことを確認した俺は、岩を軽く飛び越えると、そのまま森の中へ向かう。
何度も通っているために獣道ならぬ俺道が出来ている。
森の中に入り数分で、突然目の前がひらけた場所に出た。
大雑把に直径三メートルくらいの芝の広場がそこにはあった。
「さてと。早速準備するか」
俺は収納魔道具を一旦肩から下ろす。
そして中からまず小さめのテーブルと折りたたみ椅子を取り出し地面に並べる。
次にいくつかの調理器具や皿をテーブルの上に取り出す。
「まな板とフライパン、コンロ。後は調理用ナイフがあればいいか。今日は煮物は止めておこう」
今日はパンに目玉焼きとベーコン、そして山菜を挟み込んだサンドパンを作ることにする。
なのでテーブルの上に卵とベーコンブロックを準備した。
他にもバターと塩コショウなどの調味料。
これらもすべて収納魔道具にいつも入れている。
俺は討伐報酬のほとんどを食材や器具を買うために使っていた。
常に一人で行動してきた俺にとって、食べ物は唯一の楽しみとも言えるものだからだ。
「まずはベーコンを薄く二枚ほど切り出してっと」
ナイフでまな板の上に置いたベーコンブロックを切り、二枚のベーコンを一旦皿の上に置く。
ベーコンブロックを収納魔道具に仕舞ってから変わりに山菜を取り出す。
山菜は昨日までのパーティ行動の合間に集めたものだ。
「パーティ行動唯一の利点だったな。みんな役割分担するから自由時間も増えて、それだけは良かった」
生で食べても美味しいベレタという葉食物と、イコンという同じく生でも食べられる根菜を今日は使う。
イコンは少し苦味はあるが、胃腸の消化を助けてくれる食材として人気だ。
収納魔道具に収納している食材には、既に清浄魔法を掛けてある。
なのであとはナイフで細かく千切りにするだけでいい。
サク。
サクサク。
サクサクサク。
リズムよく必要な分だけ用意すると、収納魔道具に残りを仕舞って、今度は少し大きめのお椀を取り出し、切った野菜を入れる。
そして塩コショウと、最近手に入れたマヨソースという卵を主材料としたソースを入れて混ぜる。
王都のマヨ料理店の店主であるマヨ・ネイズという人物が考案した調味料で、最近爆発的に人気を拡大させているらしい。
「野菜の方はこれでいいな。次は――」
テーブルの上に置いたコンロに、俺は魔力を流し込む。
このコンロも俺が手作りした魔道具で、魔力を炎へと変えて使用する調理器具だ。
ボッという軽い音と共に火がついたのを確認してから、俺はフライパンをその火に掛けた。
ある程度暖まったらバターを一欠片入れて、フライパンを揺らし溶けたバターを全面に広げる。
「これくらいでいいか。じゃあベーコンを軽く両面焼いてから卵だな」
ベーコンの焼けるいい匂いが鼻をくすぐる。
俺は片手で卵を握ると、フライパンの角に一度ぶつけて殻にヒビを入れ、黄身を割らないようにベーコンにかぶせるように卵を焼き始める。
じゅーっという心躍る音を聞きながら、収納魔道具からフライパン用の蓋を取り出す。
そして水魔法を使い少しだけフライパンの中に水を入れると、油が飛ぶ前に素早く蓋をした。
「後は少し待てばベーコン目玉焼きは完成だ。待つ間にパンの上に野菜を並べて」
収納魔道具から次に親指の太さほどの厚さに切った大きめ食パンを二枚取り出す。
そしてそのうちの一枚の上に先ほど鉢の中で混ぜ合わせた野菜を敷いていく。
「ふんふんふーん。良い香りぃ」
野菜とパンの準備が終わった所で俺はコンロの火を消す。
そして一分ほど待ってからフライパンの蓋を開けた。
「良い感じに焼けてるな。完璧だ」
もわっと水蒸気が吹き上がった後に残ってるのは、ベーコンの上でちょうど良く半熟まで焼き蒸しされた目玉焼きだ。
卵は本来なら確実に火を通さないと危険らしいが、俺の清浄魔法で危険な雑菌などは既に除菌されているので生でも食べられる。
「これをパンの上に乗せて、もう一つのパンで挟んで……そいやっ」
二枚のパンで挟んだサンドパンをナイフで真ん中から真っ二つに切る。
そして直ぐにその断面を上にするように皿の上に移動させた。
すると、切った断面から半熟卵の黄身がじんわりと溶け出し、パンにゆっくりと吸い込まれていく。
「ほい、ユーリス製半熟卵サンドパン完成っと」
俺は皿を持ち上げて、料理の出来を確認する。
ベーコンの良い香りと、ゆっくりと垂れる卵の黄身が食欲をそそる完璧な出来だ。
「さて、そろそろアイツを呼ぶか。まだ生きていれば良いが」
俺は一旦テーブルの上に皿を戻すと、親指と人差し指を口に突っ込んで一つ口笛を吹く。
そして椅子に座ると、さっそく出来たてのサンドパンを食べ始めた。
少し食べにくくて、野菜を皿に落としたりしながら片側を食べきった頃だ。
突然広場の一角から『ゴシュジンッ! 待たせたナッ!』という声と共に一匹の犬が姿を現した。
いや、そいつは真っ白な犬の様に見えるが二足歩行で歩く姿からわかるが魔物――コボルトであった。
「あんまり遅いから全部喰っちゃうところだったぞ」
『そんナ。コルを呼んでおいテ、酷いぞゴシュジン』
このコボルトの名はコルと言う。
名付けたのは俺だ。
コボルトだからコルという単純な理由で付けたが、本人はかなり気に入ってくれたのでよしとする。
コルと出会ったのは半年ほど前だろうか。
コボルトという種族は、犬が魔物化したものだと言われている。
凶暴なゴブリン同様集団で生活をするが、ゴブリンと違って滅多に人を襲うことは無く、人からすると安全な魔物の一種であった。
俺がこの場所を偶然見つけて料理をしていたら、ゴブリンの群れに追われてボロボロなこいつが姿を現したのだ。
『ガルルアアアアアア』
『ガボガガガゴガア』
ゴブリンの棍棒がコボルトに振り下ろされる直前。
せっかく美味しい料理が出来た所だというのに、悪臭を放つゴブリンどものせいで食事を台無しにされた俺は、ゴブリンどもを一瞬で消滅させてしまった。
討伐部位である耳も取ることが出来ず、皿にせっかくの料理まで地面に落としてしまい呆然としていた俺の足下で、このコボルトは何故か落とした料理を食べ始めたのである。
そして地面に落ちた全てを食べ終え、顔を上げたこいつはこう言ったのだ。
『ゴシュジン。こんな美味しいご飯食べたの始めてダ。もっと食いたい』
それなりに魔物を狩ってきた俺だが、人語を話すコボルトに出会ったのは初めてだった。
しかもそいつはさっきまでゴブリンに追われていたと言うのに既にそのことも忘れ俺の料理に夢中になっている。
そして何故か突然俺のことを『ご主人』と呼び始めたのだ。
正直言えば訳がわからなかった。
「そんなに美味かったか?」
『トテツモなク』
「じゃあ少し待ってろ」
それ以来俺は、時々この場所に来ては料理をして、このコボルトと一緒に食べるということを続けていた。
人相手だと上手く出来ない俺が、何故かこのおかしなコボルトとだけは普通に付き合っていられる。
いや、そもそもコボルトと共に料理を食べることは普通では無いのだろうけど。
あの日からもう半年も経つ。
俺は駆け寄ってきたコルに、残っていたサンドパンを渡してやる。。
犬の前足の様にしか見えない手で、コルは器用にサンドパンを受け取ると、大きな口を開けて半分一気に食いちぎった。
「せっかく料理したのに、もう少し味わって食え」
『ゴスジン! 美味いゾ』
もしゃもしゃと咀嚼しながら、残りも一気に食べ終えるとコルはその両手を俺に差し出した。
「ゆっくり食えと言ったのに。清浄魔法」
俺はマヨでべたついた前足だけで無く、コルの前身に清浄魔法を掛けてやる。
『ゴシュジンの美味い飯、ゆっくり食べてなんていられないゾ。お代わりクレくださイ』
嬉しい事を言ってくれる。
俺は椅子から立ち上がると、もう一度同じような手順でサンドパンを作っていく。
そうして今日も俺はコルのために飯を作り、しばしの食休みを取ってから片付けを始める。
その間、犬のように座って待っていたコルが、片付けが終わった頃を見計らって口を開いた。
『ゴシュジン! 今日はコル手伝わなくていいのカ?』
「そうだな。出来れば手伝ってくれると助かる」
『わかった。コル、ご飯のお礼絶対すル。働ク』
コルの鼻は強力で、ゴブリンや魔物だけでなく人捜しやモノ探しにも絶大な威力を発揮する。
なので、今回のようなゴブリン退治の依頼の場合は時々手伝って貰うことも少なくない。
「目的地はこの先の村だ。村の外の畑の柵を破ってゴブリンが荒らしたらしくてな」
『最近この辺りに山超えてやって来た群レ。居ル。きっとそいつラ。コル、ゴブリン嫌イ』
「襲われてたもんな。まぁこの辺りのゴブリンはほとんど俺が全部倒したけど、あいつらどこからでも沸いてくるよな」
収納魔道具を肩に掛けた俺は、コルに「行くぞ」と告げて村に向かった俺は、コルの先導でゴブリンの群れを見つけ出した。
しかし――
「ゴブリン以外にも居るな」
『あレ。フェンリル。ゴブリンどもに貢がさせてル。山向こうから一緒に来タ』
コルの言うとおり、フェンリルの周りには三十体以上ものゴブリンが居て、フェンリルの目の前に食料らしきモノを積み上げている。
そしてゴブリンはそのフェンリルのために村の畑を襲ったようだった。
「ゴブリン以外も居るなら教えておいてくれよ」
『あのフェンリル。ゴブリンを飼うなんて犬族の面汚シ』
色々コルの発言に突っ込みたい気持ちはあった。
だが、それは目の前の奴らを討伐してからだ。
「加速魔法、気配消し魔法、筋力強化、風魔法」
俺は自分自身に補助魔法を掛けると「コルはここに居ろ」と言い残してゴブリンとフェンリルの死角の草むらに回り込む。
そして、一瞬で間合いを詰めると呪文を放った。
「切り裂く暴風!?」
一瞬だ。
俺の放った魔法が猛烈な風の刃となって、突然飛び出した俺に戸惑っている魔物たちに襲いかかった。
そして、俺の一番近くに居たゴブリンから順番に粉微塵になっていく。
そんな中、唯一フェンリルだけが俺の魔法に向けて咆哮を放ち相殺を試みる。
どうやら逃げるのは無理と判断したようだ。
しかし本来なら嵐を吹き飛ばすはずのその咆哮は、俺の魔法には一切効果を示さない。
なぜなら。
「沈黙魔法!!」
咆哮を放つ直前に、俺のもう一つの魔法がそれを封じ込めたからである。
加速に加え、肉体強化を行った俺の体は、フェンリルの動きを見逃さなかった。
『ギャアアアアアアアアアアアアォォォォォウウウウウゥゥ』
断末魔が森に響き渡る。
と、同時に俺の目の前で暴風の刃がフェンリルの灰色の毛をズタズタに切り裂き、真っ赤な血の渦を作り出す。
すでに周囲のゴブリンたちは全てバラバラになって息絶え、屍を晒している。
そしてその屍の中にズタズタに毛皮を切り裂かれたフェンリルが加わるのに、そう時間は掛からなかった。
『やったナ、ゴシュジン!』
隠れていた草むらから、コルが駆け寄ってきた。
俺はそんなコルの頭を撫でながら「今度はなるべく早めに目標以外が居る時は教えてくれよ」と言ったが、多分尻尾を猛烈に振っている姿を見る限り、話を聞いてはいないだろう。
「はぁ。それじゃあいつものように討伐部位の右耳を集めるのを手伝ってくれるか?」
『わかっタ。でももう少しいつも探しやすいようにして欲しイってコルは思ってル』
確かに肉片だらけの中から右耳だけ探すのは骨が折れそうだ。
少しやり過ぎたかなと反省しながら、コルと共に耳を探す作業を始めた。
「フェンリルはどうすル?」
『討伐依頼に入ってない魔物は倒しても意味ないからなぁ。別に要らないかな』
「そうカ。わかっタ」
そしてある拾えるだけの右耳を回収し終えた俺は、魔物の死体を火魔法で燃やし尽くすと帰路につく。
魔物の肉は臭くて、一部の魔物を除くと大体は煮ても焼いても美味しくないので誰も必要としないと思う。
なので毎回狩りが終わった後は全てを焼いて森に還すことにしていた。
今回のゴブリンの討伐数は43体。
思ったより少なくて、一つの目標である千体討伐にはまだ足りない。
「最近はゴブリンも少なくなってきたな」
『ゴシュジンが倒しまくってるからだろウ?』
「ゴブリンなら無限に湧き続けるって本には書いてあったのに」
溜息をつく俺を見上げながらコルが口を開く。
『そんなことよリ。ゴシュジン』
「なんだ?」
『働いたカラ、腹減っタゾ』
どうやらこいつは俺にまた食い物を作れと言っているらしい。
朝のサンドパンは美味しかったが、確かに量は少ない。
言われて俺も少し腹が空いていることに気がついた。
「仕方ねぇな清浄魔法」
周囲と俺自身、そしてコルの体を綺麗にする。
そうしてからマジックバックから調理器具を取り出す。
腕に巻いた小型時計魔道具の針はいつの間にか昼を指していた。
「それじゃあ今日の昼飯は、昨日釣った川魚を使ったムニエルにするか」
『ムニエール! ムニエール! って何?』
「食えばわかる」
コルにそう笑いかけると、俺は収納魔道具から材料を取り出して準備をするのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この時俺はまだ知らなかった。
冒険者たちが最近の大型魔物出現の少なさを嘆いていたことを。
そしてその原因の筆頭に俺の名が上がっていて。
全員でギルマスに俺をこの町から追放するようにと詰め寄っていたことを。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『美味そうナ匂いして来たゾ、ゴシュジン』
「慌てるな! それよりも涎を拭け!」
こんなこの地での生活がもうすぐ終わって、世界を放浪することになるなんて思いもせず。
俺はコルとの楽しい食事に心を躍らせていたのだった。
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ですので『続きが読みたい』『面白かった』『連載化はよ』とわずかでも思っていただけましたらブックマークや下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にするだけで簡単にできる評価ボタンで応援していただけますととても嬉しく思います。
連載版はじめました。
短編をそのまま使うのではなく、一から構成しなおしておりますので読み応えがあると思います。
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