幼馴染みの美織は情が深い
玲王目線です。
結構気持ち悪いです。
俺の初恋は日齢7日だった。
生まれて1週間後、8歳のお隣の田所さん家の1人娘、田所美織と出会った時だ。初めて美織の顔を見た瞬間、俺は嬉ションしたらしい。そんな本人からしたら面白くもなんともない笑い話を、事あるごとに話すのが俺の母親は好きだった。
けれど美織が俺の初恋の相手だというのは紛れもない事実で、それに関しては否定しない。両親が共働きで、俺は美織に子守をしてもらって育てられた。地味で真面目で頭が良いけれど、どこか抜けている。そんな美織の事が大好きだった。
俺が最初に美織を意識し始めたのは、幼稚園の卒園式の日だった。
卒園式が終わって家に帰った時、家の前で美織と会った。美織はその日珍しく化粧をしていて、そしてミニスカートを着ていた。俺と遊ぶ時はいつもシャツとデニムで、スカートを着ているのなんて制服以外見た事が無かった。
俺は美織が俺の卒園式の為にそんな格好をしているのだと思った。
「みお姉ちゃん、どうしたの?」
「みお姉ちゃん」
俺は当時美織の事をそう呼んでいた。
「玲王君、卒園おめでとう!4月からとうとう小学生やね!」
「うん!」
「今日は楽しかった?卒園式行けんくてごめんね。これお祝い」
「うわー、みお姉ちゃんありがとう!」
美織がくれたのは当時流行っていたカードゲームのカードだった。
俺は昔から捻くれているところがあって、クラスで流行っているカードゲームには特に興味はなかったけれど、美織が「これ流行ってるんでしょ?」と言いながらルールを勉強して俺と遊んでくれるのが好きだった。
「みお姉ちゃん、これから遊ぼ?」
「うーんと、ごめんね玲王君、これから用事があって・・・」
「用事?」
「美織、お待たせ」
目の前に現れたのは自転車に乗った男だった。坊主頭で、日に焼けている。美織と同級生に見えた。
「玲王君、ごめんね?ちょっと私友達と遊びに行くの」
「え?」
美織の後ろで男は軽く俺に会釈をした。
「この子、前美織が言ってたお隣さん?」
「そう、可愛いでしょ。今日卒園式だったの」
「うん、よろしくな」
男は顔に笑みを浮かべると俺の頭を撫でようと手を伸ばして来た。俺は咄嗟にその手を振り払った。
「え?」
「玲王君?」
俺は賭けに出た。美織がこの男と俺、どちらを取るのか。漠然と、俺は絶対にこの男に勝たなきゃいけない。そんな思いがあった。
「みお姉ちゃん、お腹痛い・・・」
「え?大丈夫?」
「お願い、みお姉ちゃん助けて・・・」
美織がそのまま俺を置いて男とどこかに出かけるのを考えたら簡単に涙が出てくる。俺は美織の手を両手で握って、上目遣いに見上げた。
その当時から、俺は自分の見た目が人より優れている事に気付いていた。幼稚園で友達と同じ過ちを犯しても、先生は俺には怒らない。それはこの見た目のおかげだ。俺は6歳にして、その見た目をいかに有効活用できるか知っていた。
「大丈夫?どこが痛いの?」
「おうちまで連れて行って・・・」
「お母さんは?今日も仕事?」
美織の言葉にコクリと頷く。実際母親は卒園式の後、夕飯の買い物に行っているだけだけど、そんなのどうとでもなる。
「美織、大丈夫か?俺も手伝う」
「あ、ありが・・・」
「知らない人怖い・・・」
もう1度上目遣いに美織を見上げる。美織は困った様に眉を下げた。
「ごめん、光輝。今日のデート、またでもいい?」
美織はとうとう男にそう声をかけた。
俺は「勝った」と思った。
「あぁ、仕方ないよな。またメールする」
「うん」
男はそのまま自転車に乗って去って行った。
「みお姉ちゃん、ごめんね?用事あったのに」
「ううん、体調悪いのは仕方ないもんね。ほらお家に帰ろ?」
俺は美織の腕にしがみついたままほくそ笑んだ。
俺はこの日から美織を意識する様になった。美織が俺以外の男に話しかけているのが気に食わない。けれど当時俺は小学生で美織は中学生、学校も違うし美織の行動を全て監視することなんて出来ない。
だから放課後は必ず美織の家に行った。宿題を教えてもらったり、遊んだり。美織は美織で放課後友達と遊びたい気持ちもあったろうけど、結局美織は俺に甘い。可愛い年下の幼馴染みの頼みを断りきれなかった。
美織が高校2年生になった時、俺は美織のスカートの中を覗いたことがある。いつもの様に放課後、美織の家で宿題をしていた時、美織がうたた寝をしてしまった。制服のスカートから見える太腿がやけに白く見えて、俺はドキドキしながら、美織のスカートの中を覗いた。
その瞬間、俺は身体中に血が昇るような感覚がした。絶対にいつかあのパンツの中を見てやる。そう思った。そしてその日以来、美織がうたた寝をする度にその秘密の習慣は続いた。
それでも、俺がどんなに美織を好きでも美織は8歳も年上で。美織と離れ離れになる日がやって来た。
美織が地元を離れる日、俺は見送りの駅で泣いて泣いて抵抗した。
「み、みお姉ぢゃんん、しょ、将来、俺のお嫁さんになっでぇぇえ!」
美織が電車に乗り込む直前、俺が叫んだ言葉に美織が笑顔で頷いたのを覚えている。
美織は子供の戯れと思っているんだろう。けれど頷いたのは事実だ。美織は俺の婚約者になったのだ。
中学生になってどこか出かけるにも自由になった俺は、すぐに美織の通う大学へ行った。
美織は節約からか中々帰省しない。美織の顔見たさに俺はお小遣いを貯めて遠出した。
大学は広くて病院と併設されていて、案の定大人しかいない。俺はドギマギしながら正門で美織が出てくるのを待った。
「直哉、今日の講義ちゃんと理解できた?」
俺が美織の声を聞き間違えるはずがない。振り返るとそこには見違えるほど綺麗になった美織がいた。そして隣には知らない男も。
俺は咄嗟に2人から見られない様に隠れた。
「難しかったな。まぁでもテストはなんとかなるだろ」
「そうだね。あ、今日さこの前できたパンケーキ屋さん行かない?」
「えー、俺甘いもの苦手じゃん」
「ほら、一個頼んで分けようよ。お願い!」
美織と男は楽しそうに話しながら歩いていく。美織は俺が見たことも無いような満面の笑みを浮かべていた。
俺は圧倒的にその男より「負け」ていた。
俺は美織の後を付けて一人暮らしのアパートを突き止めた。そして彼氏の家も。
彼氏の名前は花房直哉。美織と同じ医学部に通っていて大学一年生の時から付き合っている。
SNSを駆使して花房の個人情報を突き止めた。
中高生時代からバドミントンに打ち込んでいて、大学では怪我をした事からサークルに入った。美織とは付き合ってからも大きな喧嘩はなく、このまま行けば結婚する。
SNSには臆面もなく2人が旅行に行った様子などが載せられていた。
今の自分の状態のままで美織に会っても花房直哉には足元にも及ばない。美織に自分の方を振り向いてもらうにはまず花房と同じか、それ以上の人間になる必要がある。
俺はまず美織と同じ大学の医学部に入学する事を決めた。
勉強は苦手ではないけれど、別に好きでもない。出来ることなら勉強せずに生きていたい。
けれど国立大学の医学部に行くならそうはいかないだろう。俺は今までの生活とは一変して勉強する様になった。
「玲王〜、どうしたの?急に真面目に勉強始めちゃって」
「・・・うるさい」
仲のいい女友達の、伊織が話しかけて来た。
伊織、名前の響きが美織と似ている。だから嫌いじゃない。
「ねぇ玲王、今日親が帰ってこないんだけど、家に来ない?」
「・・・」
美織は処女じゃない。大人になって美織と出会ったとして、その時彼女を満足させられない男でいいのか?
俺はそんな風に思った。
「なぁ伊織お前、俺の事好きって言ってたよな?」
「え?うん・・・」
「好きならヤらせろ」
伊織の部屋でそう言った俺に、伊織はびっくりした顔をした。
我ながら最低だ。けれど俺にとって美織以外、どんな人間もどうでもいい。
伊織は顔を赤らめながら頷いた。
伊織は、顔は良いけれど頭は悪い。こんな最低な事を言う人間の言うことすら聞く。
歪んでる。伊織も俺も。
した事はない。けどやり方は聞いたことがある。
キスすらせずに伊織の制服をまくり上げる。胸を揉んで、パンツを脱がして、そこまで来て俺は自身に全く変化が無いことに気付いた。
「・・・・」
「玲王?」
伊織は初めてだからか目を瞑っていて俺の動揺に気付いてない。
「・・・やっぱ萎えた。帰るわ」
「え?玲王?」
俺はそっとチャックを上げると逃げるように伊織の部屋を後にした。
家に帰って俺はすぐ様ネットでAVを漁った。けれどどんな動画を観ても全く興奮しない。
美織の事を考えるとすぐに反応するのに・・・。
「・・・まじか」
俺は絶望した。俺は美織以外とは一生セックス出来ない。
これは美織の呪いだ。この呪いは絶対に美織に解いてもらう。
嘘みたいな話だけど、俺はそう誓った。
♢
「玲王?大丈夫?」
「ん?・・・あぁ、大丈夫だよ」
昔の事を思い出してぼーっとしていた。
今俺は美織と付き合って初めて実家に帰省する新幹線に乗っていた。
花房が研修医になって看護師と浮気したのは、俺の人生で1番のラッキーだった。
美織は真面目で潔癖だ。浮気した奴を許すわけがない。
医学部入学が決まって、美織の家を訪れた。
美織は案の定俺に甘くて、強引ではあるけど付き合う事になった。
美織が寝ている間、美織のスマホを指紋でロック解除する。ついでに自分の指紋も登録しておく。
最近は無料アプリで相手の居場所が分かるものがあるから、それをインストールする。そしていつも仕事に持っていく鞄に盗聴器を仕込んだ。
別に美織を信用してないわけじゃない。ただ美織は無防備で男にモテる。いつ俺が知らないところで何か心配な事があるか分からない。
けどそのおかげで美織が花房に再度口説かれていたのも分かったし、帰る時間が分かるからいつでも出来立ての料理を美織に食べてもらえる。我ながら名案だ。
「ねぇ、本当におじさんとおばさんびっくりしないかな?」
「どうして?」
「だってこの2人が付き合うなんて、変な感じ。それに玲王は未成年だし、私と付き合うなんて申し訳ない・・・」
「そんな事まだ気にしてるの?俺が美織のこと好きなんだし、俺こそ美織と付き合えて嬉しいのに」
美織と付き合ってから半年経った。あれからずっと美織の家で同棲している。
大学に通いながら、美織のためにご飯を作ったり、洗濯したり。美織の好みや趣味は熟知している。美織が俺のした事で喜んでくれる。俺は今、人生で1番幸せだ。
「ねぇ美織」
「うん?」
「俺と、結婚してくれる、よね?」
「・・・」
俺のこの口癖に、美織がまだ頷くことはない。けれど最近その反応が変わって来た。最初はそっと目を逸らしていたのを、今はじっと考え込む仕草に。
それを見て俺はほくそ笑む。
あと少し。あと少しで美織はこの質問に頷く。
それまで焦ることはない。今日は一緒に帰省してお互いの両親に2人の関係を明かす。それだけで大きな収穫だ。
互いの家への挨拶はスムーズに進んだ。お互いに昔から知っている仲だ。今更どうこういうことも無い。
そして俺はその晩、美織の部屋に泊まった。
美織の部屋の小さなシングルベッドで美織を後ろから抱きしめて共に寝る。
「・・・ねぇ玲王」
「ん?」
「・・・今日、鞄から見つけたの」
「・・・何を?」
美織は真剣な声色だった。
そして美織の言葉から大体予想がついている。美織が見つけたのはきっと・・・
「あれ、盗聴器?」
「・・・どうしてそう思うの?」
「そう言うってことは、やっぱり玲王なんだね?」
「・・・美織、嫌になった?俺のこと、嫌いになった?」
美織はそっとこちらへ振り返った。
暗闇の中、美織がどんな表情をしているかまでは分からない。
心臓がドクドクと脈打つ。美織に拒絶されたら、俺はおかしくなってしまう。そうなったら、何をしてしまうか分からない。
「・・・玲王は不安なんだね?」
「え?」
「だからそういう事したんでしょ?私がどっか行かないか不安なんでしょ?」
「・・・」
美織は聖母の様に微笑んで俺を抱きしめた。
「大丈夫。私はどこにも行かない」
そうして耳元で美織が囁く。
「ほんと?」
「本当よ。だって今まで私が可愛い玲王君をないがしろにした事あった?」
美織はそう言うと冗談っぽくクスクスと笑った。
「・・・ない」
美織は昔から、何があっても俺を優先してくれた。それこそ中学生の時、デートの日にも彼氏より俺を優先してくれた。
そして今も、美織はそう思ってくれているの?
「美織、良いの?こんな俺と一緒にいて」
「どうして?2人でいるの、楽しいでしょ?」
美織の身体を抱きしめる。美織の体温は高くて、その温かさにホッとする。
あぁ、やっぱり美織は甘い。
きっと俺はこれからも、この温かさに溺れて生きていく。
♢
「あちゃー、本当に玲王が美織ちゃんと付き合うなんて、本当にごめんなさい」
「え?なんで?
美織もずーっと結婚する気が無さそうだったし、本当にありがたいわよ」
「でも、玲王って変わってるのよね〜」
「え、どこらへんが?」
「だってさっき美織ちゃんから聞いたんだけど、玲王ったらあっちへ行った初日から美織ちゃんの家まで押しかけて、しかも位置情報がバレるアプリを勝手に入れられてたみたいなのよ!」
「えぇ?そうなの?」
「そうそう、それでね家族みんなそういう事するのが普通な家なのかって聞かれちゃった」
「えー!?それでどう答えたの?」
「まぁ、そうね・・・やっぱり我が息子が振られるのは可哀想だから、それが普通の家って言っちゃったわ。ごめんなさい」
「いいのよ、美織は最近全然男っ気なかったし、玲王君に拾ってもらえるなら本望だわ〜!それに美織って玲王君みたいに尽くしてくれるタイプが合ってると思うのよね〜。
これで私たちも親戚ね〜!嬉しい!」
「本当よね!うふふ!」
玲王と美織が部屋で寝静まる頃、こんな会話が階下で繰り広げられているとは、知る由もない。