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一二章 心の輪郭(1)

 

 学園長への働きかけが実を結んだのは翌翌日、六月一日のことであった。無断欠席を理由に授業への参加を禁ぜられ、退部もさせられた野原が、授業参加と格闘部復帰、両方を認められたのである。組織の異動辞令のように掲示されてはおらず、以前のように格闘部・格闘科へ野原が顔を出していたのは復帰しやすいよう学園長の配慮が働いたのだろう。

 といえども、学園長の配慮とは別に、野原としてはこそこそ戻りたくなかったようで、朝練と授業を、それぞれ詫びの弁で始めた。

 ──お騒がせして申し訳ありませんでした。改めて、よろしくお願いします!

 心からの謝罪であることは表情から充分に伝わってきたが、稽古に取り組む姿勢からも気持の変化を感じ取ることができた。およそ一箇月のブランクで体がやや重そうだったが、組手を控え、筋トレと型の反復練習に重点を置いて体作りからやり直している様子は、上級生からも感心を集めた。

 音羅は、朝練の終りがけに野原に声を掛けた。「花さん」と、名前で呼んだら気安く呼ぶなと言われて、泣く泣く「野原さん」と呼び直すことにはなったが、

 ──まあ、一応、感謝はしてやるよ。

 そっけなくて、顔を向けてくれなくても、野原から聞けた感謝の言葉。大きな溝が埋まりつつあることの証拠であり、ひいては野原の有魔力への怨みの解消に前進しているのだと音羅は希望をいだいた。気に懸けてきたこと、やってきたこと、それらはいつか野原とのあいだに固い絆を生むとも確信できた。

 野原が復帰できてよかった、と、虎押や知泉と一緒に音羅は悦んだ。一方、

 ──まだ、これからだよ。

 と、素直に悦ぶことをしなかった蓮香の言葉が音羅の胸に残った。

 蓮香は、野原に対する懸念が観えていたようだった。蓮香の同級生で幼馴染でもある鷹押も同様であった。

 ──オレがいうのもなんだが、野原は言葉が足りないところがある。

 気持を言葉にして伝えるのが得意ではないから苦労する、と、いうことか。

 ただ、蓮香も、鷹押も、それから教諭陣も、野原の復帰を歓迎しているようだった。一度は退部させられた野原であるから歓迎会なんて浮ついたことはされなかったが、彼女を拒絶したり変に避けたりということは誰もしなかったのである。

 

 

 放課後、部活の時間。

 納月は此方翼とともに花壇に花を植えていた。花というのは野原花ではなく植物のほうであるのだが、植えているのがタンポポであるからどうしても野原花のことを思い出す。

 いつも無表情の此方翼が浮かない顔をしているように観える。踏み込んだことを言えないまま、納月は部活制限時刻まで過ごしてしまった。

 別館を出た納月は、北門へ向かう此方翼との別れ際になって、私語を挟む余地を得た。

「あのっ、此方しゃん、どうかしたんでしゅか」

「どうもしないわ」

 と、此方翼。ワタネが彼女の肩に載って「むぅむぅ」と言っているのは数日で見慣れたものだったが、此方翼の態度には納月の慣れない雰囲気があった。

「何かありましたか」

「……」

「いつもの此方しゃんなら、なんでもかんでも断言しゅるはずでしが」

「……」

 だんまり。

 互いに、脚が止まっていた。

 納月は北門へ向かって、此方翼の手を引いた。

「いつもの喫茶店(とこ)へ行きましょう」

「……」

 だんまり。

 喫茶店についてきたのは、此方翼が方向音痴だったからだろうか。それとも、話したいことがあるからだろうか。

 いつもの席についた。納月はミルクとコーヒを注文。店員も顔を覚えている。ミルクを納月に、コーヒを此方翼に届けた。

 各各一口飲んで、店内のポップミュージックを挟んだ。

「むぅむぅ……」

「今回わたしは何も解決しなかったわ」

 野原花のこと。

「お姉しゃまにいいとこ全部持ってかれちゃいましたからね」

「そうではないわ」

 両手でワタネを包んだ此方翼の目は、コーヒの光に揺れる。「園芸部の存在意義は、問題のある生徒に目を向け、抱えた問題を根本から取り除く、または解消することにある。わたしはそのために野原花さんと接してきた」

「野原しゃんにいい変化が確認できたから、学園長が復帰決定を下したんでしゅ。此方しゃんの努力が実ったのは間違いないと思うんでしゅが……」

 朝練の時間、園芸部に学園長が現れてそのように話し、此方翼は勿論のこと納月にも感謝していた。

 此方翼は納得していないようだ。

「此方しゃんは、野原しゃんの問題が解決してないって思ってるんでしゅか」

「症候群のようなものなのよ、貧困は」

「……はい、どういう意味でしゅか」

「貧困を原因としたさまざまな変化は目に見える形をしていることもあれば、見えない形で出現していることもある。野原花さんの変化は、退部などの出来事によって誰の目にも明らかとなったけれど表層的なもの。学園長曰く当人が紹介した仕事をすることで野原花さんの金銭的な問題が全てクリアされた。野原花さんの変化の原因が貧困とそれに基づく心にあると判っていたからには、最も効率のいい解決策だとは捉えているわ」

「じゃあ、何が問題なんでしゅか」

「原因を取り除いたところで、表層的な変化、水面下の変化、全てがいきなり消え去ることはないと考えているわ。点と線を用いて物事を捉えたとき、点から幾重にも分岐する線があり、新たな点が発生する。最初の点に近いほど上位とし、あとに増えた点ほど下位とする」

「ふむ……」

「その点を原因と症候にラベリングして説明すると、わたしとしては上位たる原因と下位たる症候全てを見極めて、原因と同時に症候を一つずつ確実に解消していく予定だった。学園長への直談判は原因を解消する一つの手で、それが全ての症候の治療法とは考えていなかった」

「う〜ん、持って回った言い方でよく解りましぇんが、わたし達が感じていた野原しゃんの変化謂わば症候の全てが貧困を原因としていたわけではない可能性があった。此方しゃん的な表現でゆうなら、最初の点が二つ以上あって、下位に続く線と点が折り重なっていた、と」

「あるいは、上位と下位を見誤っていた」

「原因は、貧困ではなく逆に心のほうってことでしゅか」

「ええ」

「つまり、此方しゃんは園芸部の役目がまだ終わっていないと思ってるわけでしゅね」

「一気に進むと景色が新鮮に見える。気持もクリアになる。でも、振り返れば通り抜けてきた景色が存在する」

 此方翼がいいたいのは、抱えた問題全てを解決せぬまま野原花がもとの学園生活に復帰したために、あとあと何かの問題が追いかけてくるということ。また同時に、園芸部のできることがなくなってしまったという無念。

「野原しゃんのことは、瓦先生を通じて逐一学園長に報告されてるはじゅでしゅよね」

「その決りで園芸部は成り立っている。例の仕事については伏せたけれど、……だからこそ、少し、残念に思うのかも知れない」

 妄想癖であり己の妄想を一つの真実と信じて疑わない此方翼が、断言せず曖昧な表現を使ったことが、ショックの大きさを物語っているようだった。

「げ、元気出してくだしゃい。何も、野原しゃんとの関係がぷっつり切れるわけじゃないんでしゅから。今日のタンポポだって、しょうでしょう」

 花壇に植えたタンポポは此方翼が調達してきた。野原花と一緒に植えるつもりだったのだろう。

「此方しゃん曰く、病気、症候群でしゅよ。見えるものも、見えないものもある。それって悪いことだけじゃなくて、治療にも喩えられるんじゃないでしか、ほら、漢方薬みたいな、血行促進と体温上昇で全体的な免疫力の向上を促すとかそういう。一箇月間、野原しゃんとやってきた活動は、絶対無駄にはならないでしゅ」

 野原花復帰が音羅の直談判あってこそだとしても、そこへ漕ぎつけるための下地を作ったのは園芸部部長此方翼だと納月は思うのだ。

「わたしは自分の力不足を痛感したわ」

 納月の意見を受け入れないような言葉を発した此方翼だが、そのあとには、

「大丈夫よ」

 と、安心づける。「やることをまだまだ考えていた。予定が狂って気が立ったわ」

「そ、そうなんでしゅね。(無表情だからそうとは判らなかったでしゅが、)それなら、やっぱりこれからも此方しゃんは野原しゃんに関わっていく予定があるんでしゅね」

「園芸部としての仕事は中断。わたし個人は彼女の先輩として接していこうと考えているわ。送り迎えは最重要ね」

 そうであった。

「此方しゃんは、視線の件をまだ気にしてるんでしゅね」

「気が強くて武術ができても、野原花さんは女の子。何か異変を感じていたなら、最低限の警戒をしてしかるべき。警邏を行う警察組織も基本は事件発生後にしか対処できない」

「偶然不審者が捕まってればいいでしゅけどそう都合よくいかないでしょうからね、前に此方しゃんがいったように勘違いならそれで済むってことで念のため警戒でしゅね」

 万一のことがあってからでは遅い。テレビでは連日のように悲惨な事件が報道されている。野原花が被害者にならない保証はどこにもない。兆しを感じたならなおさらだ。

「野原しゃんが学園長の紹介で始める仕事は夜でしたね。そのときも送り迎えを」

「ええ。場所が判らないから野原花さんに訊いてみるわ」

「場所が判っても此方しゃんだけでは辿りつけないでしゅけどね」

「竹神納月さんもどう」

「両親に尋ねてみましゅ。ネットカフェ潜入は許してもらえましたが、毎日夜に外出となるとどうか判らないので」

 父はテキトーにOKしてくれそうだし、野原花と此方翼のためといえば母も許してくれそうではある。だから、お伺いは形だけになるだろう。

「恐らくOKが出ましゅから、一緒に行くことにしましょう」

「これで迷子にならない」

「ごっちゃんでしゅ」

 地図を持ってほしいとか携帯端末の地図アプリケーションを使ってほしいとか納月は言いたくなったが、地図に頼って果して此方翼が迷子にならずに済むかといえば一〇〇%迷子になる予感しかしないので奢られることにした。

 喫茶店でしばらく時間を潰して帰宅した納月は、両親や姉妹が集う夕食の時間に、野原花と此方翼の送り迎えについて切り出し、許可を求めた。ところが、当然OKをくれると踏んでいた父が反対した。

「納月は駄目ね。夜に出歩くと目立つ」

 箸を置いてまで言うのである。

 納月は意味が解らず、首を振った。

「納得いきましぇん。ゆっときましゅが変なとこに出入りしようとかゆうわけじゃないでしゅよ。あるいはなんでしゅか、此方しゃんの方向音痴っぷりを疑ってるんでしゅか。話を盛ったりしてましぇんよ。北を目指して南へ向かって、勘違いして木登りを始めて結局東西に向かうようなひとでしゅよ」

「何度も聞いとることを疑っとりゃせんわ。理由が聞けんほど耳が悪くなっとるん」

「……わたしが目立つって、どういう意味でしゅか」

 音羅や子欄に比べて地味だ。と、納月は自分を観ている。普段着ならともかく制服だと地味さが際立つような気も。

 納月に指摘をしたのは母である。

「状況が抜けていますね」

「状況って。夜に出歩くと、って、とこでしゅか」

 未だ意味が解らない納月に、母が困った顔である。

「外見のことをいいたくないのですが、残念ながら世の中外見一つで扱いが変わることもございます。納月ちゃんは体が立派に成長していますから、夜の街を歩けば男性の目を引きつけてしまうことが予想できます」

「そんなことでしゅか。わたしは子どもでしゅよ。子ども相手にホイホイ欲情しゅる男がどこにいるんでしゅか。いたとしてもマイノリティでしょうし、目的は野原しゃんの警戒でしゅから最初から多少の危険は予測済みで──」

 バンッ!

 納月の言葉を遮って、突然に、父がテーブルを叩いた。

 納月はもとより、母や姉妹もびくりとして、父を向き直った。思いのほか食器が喚いたせいもあったが、父がテーブルを叩くなんて、思いもよらぬことが起きたから驚いた。

 いつもと変わらないポーカーフェイス。息が詰まるような怒りを感ずるのはなぜだろう。音羅の横で食事を摂っていたプウが火の粉を散らして消えた。父の横にいた結師も光を散らして消えると、クムが花弁を散らして、糸主が埃を散らして、それぞれ怯えるようにして消えた。火の粉から埃まで、撒き散らされたものは本人と同じように消えてしまうので食卓が汚れることはないが、父の態度から始まって異様な雰囲気になっていた。

「お、おど、脅かしても、無駄でしゅよ。これは野原しゃんと此方しゃんのためでしゅ」

「やめとけ。碌なことにならん」

 父が立ち上がって、納月の横に回り込んで見下ろした。

「な、なんでしゅか……」

「……」

「お、父しゃ……、──」

「……」

 無言で見下ろして、そして、父が席に戻った。

 十数秒の沈黙に堪えかねて、納月は俯いていた。父の目が外れていることに気づくまで、息が、できなかった。父の席が動いてしばらくしてから、肺が爆発するようにして呼吸が回復した。

「今、どんな気持やった。俺に見下ろされて威圧感や恐怖を感じんかったか」

「か、感じないわけないでしゅよぅ」

「なら駄目。俺よりデカイ男なんかいくらでもおるんやぞ。そういう男が、お前さんを女として観て襲ってくることを想像してみろ。立ち止まって見下ろすなんて悠長なことはせん。不意に服を引き裂く。気絶を狙って顔をぶん殴る。そんくらいするぞ」

「っ……」

 不覚にも、納月は恐怖で脚が引き攣った。

「脚が動かんくなる」

「っ」

「歯を嚙み締める。肩が竦む。身が縮こまる。声を出せなくなる。無意識にだ。訓練しても多少はなる。恐怖は、簡単に意識を塗り潰す。たとえ相手が力で劣っとっても、精神的に圧されれば力でも圧される。納月、お前さんでは駄目だ」

 箸を持った父が、「音羅、代りに行きぃ」

「わたしが。いいの」

 かねてより野原花のために動きたがっていた音羅としては、願ってもないことだろう。

「お前さんなら男の目も引きにくい。がたいのいい相手とも組手しとって物怖じもしにくい。いざとなればヘンタイを退治するくらいの心の余裕があるんやない」

「その場になってみないと判らないけれど、パパがいうならたぶんわたしは場に合っているんだよね」

 音羅がやる気だ。

 此方翼と約束した手前もあるので納月は自分で引き受けたかったのだが、恐怖心が湧いたら自分の危険だけでは済まない。

「お姉しゃま、お願いできましゅか」

「うん、勿論。任せておいて」

 今回は姉に任せるべきと判断した納月に、父が諭すように語る。

「なんでも突進で解決するなら問題はないが現実はそうじゃない。恐怖心を棄てるようなことはせんこった」

「……はい」

 ときには退くことが必要。それを心的負荷の少ない形で選択させてくれるのが恐怖という感情なのだと父がいったように思えて、納月はうなづいた。

 ……それに、適材適所ってことでしょうね。

 納月自身が地味と思っているか否かは関係がない。女として目立つ納月は野原花や此方翼の危険遭遇率を高めてしまう上、武術ができない。対する音羅は外見的に()っぽくはなく武術も魔法も使えて物怖じしにくくいざというときの対応力が高い、と、父は判断したのだ。

「まあ、気を落とすな。納月は頭を働かせるほうが得意やろ。そっちで役を見つけんね」

「しょう、でしゅね」

 考えてもみればまったくだ。送り迎えだけにこだわることはない。納月には納月なりの、野原花への関わり方があるはずだ。

「ところで、お前さんら授業の調子はどうなん」

 と、父が唐突に様子を窺う。「子欄はいいが、ここ最近音羅や納月からは野原花の話しか聞いとらん気がするんやけど」

「気になっているんだから仕方ないよ」

 と、音羅が反論すると、「言訳にならんわ」と、父が呆れた。

「一学期の終業式に成績表をもらうやろ。……、愉しみに待っとるわ」

 今の微妙な()はなんなのだ。先程とは異なる妙な威圧感を感じて、納月は引き攣った笑みを姉と合わせた。

 

 

 翌日の朝。納月に代わって送り迎えすることを音羅は野原と翼に伝えた。野原は相変らず煙たそうにしていたが、翼は得意の憶測で察したのか快諾であった。

 放課後の部活を終えると野原とともに別館前で翼を待つことになったので、

「無事に復帰できてよかったよ」

 と、音羅は話しかけた。復帰後二人きりで話すのは初めてで緊張しないでもなかった。

 野原はなんの気兼ねもない様子。

「いずれ復帰できる予定だった。それが思ったより早かっただけのことよ」

「野原さんの努力あってこそだね」

「そういうこと。見習うんだな、竹神」

「やっぱり音羅って呼んでほしいな」

「竹神で通じるだろ、妹もいねぇし」

「それもそうだね」

 音羅はなんとなく納得させられてしまった。

 野原が苦笑して、

「ホント、変わってんな、お前」

「そうかな」

「変わってるよ。有魔力ってのはもっと自分の意見をごり押ししてくるもんだからな。ってか、お前、まだ一歳にもなってないって噂だよな」

「うん、噂じゃなくて本当だよ」

「そのせいなのか……」

 じわっと近寄った野原がまじまじと音羅を見つめて、両手でほっぺたを挟んだり、耳を軽く引っ張ってみたり、髪を抓んでみたり。

「ピィ……」

 呆れたような目差のプウを、野原が凄まじい眼光で睨みつけている。

「普通に人間だよな」

「人間だね。でもそっちはプウちゃんだよ」

「不思議に思わねぇの、お前」

「え。何を」

「何をって」

 野原が顔を引いて音羅を見やる。「一歳に満たないくせにそんな成長してて、バブバブいうわけでもなくて、格闘もそれなりにできて、魔法も使えんだろ。いくら有魔力でもそんなヤツめったにいねぇんじゃねぇの。つまり少数派なわけ。少数派ってのは淘汰されんのが普通だ。それがなんで平気で生き残ってんだ、って、不思議に思わねぇの」

「う〜ん、よく解らないよ」

 生きること自体は、息をする・食べる・寝るという日常生活を送っているだけでできているわけである。野原がいいたいのはそういうことではないだろうが。

「まあ、馬鹿ではあるんだろうな。または鈍感」

「そうだね。自分のことは見えないから解らないよ」

「ふぅん、そう。あたしは見えなくても自分のことくらい見えるけどな」

「野原さんは賢いんじゃないかな。わたしは鏡を見ていても髪を結い間違えるよ」

「……張合い(はりあ  )のねぇヤツ」

「あれ、もしかしてわたし、野原さんに認めてもらえている」

「妙なとこ反応すんじゃねぇよ」

「だっ──」

「だってじゃねぇ、黙りやがれ」

「むぅ」

「ワタネかよ」

「むぅむぅ〜」

「真似すんな」

「ふふっ、つい、ね」

 一時は話すことすらできなかったことを思うと間違いなく認めてもらえている。嬉しくて気が緩む。

「ところでよ、なんでお前が送り迎えすることになってんだ。先輩だけでよ、くはねぇけど、竹神妹が来る予定じゃなかったんかい」

「パパから許可が下りなかったんだよ」

「なんでお前ならいいんだ」

「う〜ん、パパの考えはよく解らない。女っぽくないからとかなんとか」

「ああ〜」

 野原が納得したような顔である。

「野原さんは、パパのいった理由が解るの」

「だってお前、女だけどガキじゃん。妹は体つきがエロいからダメなんだろ」

「えろいって、例えばどんなふうに」

「男が好きそうな体って意味。ボインじゃん、あいつ。制服のミニスカから覗く太股もエロいし、なんかう──」

「なんかう」

「なんでもねぇ」

「そう。んにゅ、パパ、そういうことをいっていたのか。解りにくいなぁ」

「お前も女なんだし、男の趣味次第じゃエロいんだろうけどな」

「そうなの」

「方向性が真逆。お前のほうが犯罪性高いけどな」

「えぇっ、犯罪性っ」

 どういう意味か判らないまま、野原が話を進める。

「確率論的に狙われんのは美ボディだろうし、安全性の高いほうって意味でお前のほうが選びやすかったんだろ」

「びぼでぃ。パパはヘンタイを退治する心の余裕がわたしにはあるんじゃないか、って、いっていたね」

「その点も同意だな。妹は格闘できねぇんだろ」

「うん。銃があれば狙撃はできると思う。あ!」

「んっ、なんだよ」

「それがびぼでぃなんだね」

「全然違ぇ(ちげ  )

「違ぇのっ」

「違ぇよ、美ボディなんだと思ってんだ」

「えっとっ、解んないっ」

「元気にいうな」

「取り柄だもの!」

「ぅるせえっ!」

 びぼでぃが難しい。

「ともあれだ。狙撃は隠れてやるもんで目の前の敵にはほとんど無抵抗だっての。格闘専門のあたしらからいわせりゃカモの類じゃん。今回はアンタが適当だよ、ああ」

 野原が嫌と言わないなら音羅はいい。

「ところで、野原さんが学園長から受けた仕事ってどんなものなの。ご両親の助けが要らないくらいに稼げそうかな」

「気になんの。あんたもバイトしたいとか」

 野原が主旨から逸れた応答。

 音羅はまっさらな心で話すのみである。

「いずれは仕事をしてお金を稼がないと、独り立ちできないもの」

「ふぅん、有魔力の子どもでもそういうの考えてんだ」

「勿論。野原さんの仕事ってどんなことをするの」

「飲んで喋る」

「夢みたい!」

「もしかしなくても食い意地張ってるタイプだな、あんた」

「食べるのも飲むのも大好きなんだよ」

「そんだけ目ぇ輝かせてれば茶の間にも伝わるわ」

 食べ物も飲物も嫌いなものがない。音羅は自他ともに認める食いしん坊である。

「パパやママが節制しなさいっていうから我慢を覚えたけれどね。たぶん、一日に三日分は食べられるよ」

「いいご身分で。こっちは逆に一日分を三日以上に分けて食ってたわ」

「ん……、ごめんなさい……」

「……。謝んなっての。そんなこと貧民なら希しくもねぇし、あたしはそん中でもまだマシなほうに上昇してんだろうよ」

 学園長が紹介した仕事で、飲んで喋るだけで余裕のある稼ぎを得られるようになる野原だ。

「今は恵まれてる。公園の蛇口を探さなくても飲物があって、学食行けばまともな食い物もあんだからさ、水分求めて水溜りに顔を突っ込む必要もなければ、野良動物と争ったゴミ漁りの成果に一喜一憂する必要もない。腹痛覚悟でかびたパン食ったり、食の幅を増やそうと目新しい雑草に手を出す必要もないし、ミネラル目当に土食ったりする必要もない。そういうの全部こそこそやってたわけで、堂堂と手を伸ばしていいもんがあるってのは、ありがてぇ」

 なんの不幸自慢でもなく、それが野原のリアルだった。

 言葉に詰まった音羅を救うように、別館から翼とワタネが現れた。

「むぅむぅ〜」

「二人とも待たせたわね」

「迷子してたろ」

 と、野原が鋭くツッコんだ。ほかの部の生徒が帰っていって何分だろう。翼が遅れる理由は一つしかない。

「知らない道が増えていたのよ」

「増築も改築も封鎖もしてねぇよ」

「ペナルティはないから安心よ」

「問題の根本を掏り替えんじゃねぇ」

 二人の漫才が終わりそうにないので、音羅は翼に質問する。

「なっちゃんはどうしましたか。別館から出てきませんでした」

「竹神納月さんにはサクラジュ付近の雑草を抜くよう指示を出した。部室には戻らず帰途についてもいいと伝えておいたから、もう学園にはいないわね」

 学園内の案内は納月に任せたつもりだったので、翼が迷ったのは必然だった。

「なっちゃんといつも一緒に活動しているものと思っていましたが、そうではないんですね」

「野原花さんのような非正規部員を迎えた場合はね。園芸は分散したほうが効率的よ」

「学園は広いですものね」

 園芸部の正規部員は二人きりとのこと。雨の少ないダゼダダ中央県で花壇・プランタへの水やりは人間が管理するのが普通。学園の至るところに置かれた植物を生育・維持するには固まって動かないほうが効率的ということだ。

 翼の事情が解ると、野原の職場がある商店街へ向かうため北門を出た。

 翼が野原に質問する。

「ここ数日、視線を感じたことはあったかしら」

「格闘やってるときは集中してるから。日曜以降は全然だな」

「『全然』というのは、『視線を感じなかった』という意味。『視線を感じた』という意味」

「普通『感じない』のほうだろ。文脈から察しろよ」

「最近の若いひとは『全然』の使い方が真逆になっていることがあるから念のための確認よ」

「全然できるとか、全然あり得るとかの類か。確かに真逆だよな。あたしも使うし、まあ、そのうち正しい言葉になったりすんじゃねーの」

「そうね。正否の問題ではなく、視線を感じたか否かを正しく知りたかったのよ」

 翼が警戒心を強く働かせている。

「先輩、考えてくれてんのはありがたいけどさ、あんたのことでもないのになんでそんなに心配してんの。いっとくけどあたし、そこいらの男よか強いかんな」

「力や技能の問題ではないわ。予期せぬ出来事で心が乱れるといつもと同じ動きをすることはできなくなるものよ」

 翼の言っていることが、父の言っていたことに似ていると感じて、音羅は口を開く。

「野原さん。パパが無言でなっちゃんを上から見下ろしたんだ」

「あ。なんの話だ」

「そのとき、なっちゃんは萎縮して、恐怖心に駆られたようだった。それも心が乱れた状態なんだと思う」

「そういうことよ」

「……竹神、何がいいたい」

「高いところから見下ろされるだけならまだしも威圧されたりすると余計に恐怖心が湧きやすくなるってことだよ。すると、相手を退けようとしてもうまくいかない、逃げようとしても体がうまく動かないんだって」

「回り諄い言い方すんなって」

 野原が、改めて音羅と翼の懸念を一蹴した。「あたしは貧民だよ。あんたらの考えが及びもしない苦痛の毎日だ。デカイ男に突然威圧されたり襲われたりしても怯んでなんかやらねぇ。逆にぶっ潰してやるっての」

「説得力があるわね」

「ったりめぇだ。男なんかに舐められてたら生きてけねぇよ。有魔力や格差と戦ってかなきゃなんねぇんだ」

 生き抜く、と、いう強い意志。差別や偏見への反抗心とか有魔力への怨みとかでなく、野原を根底で支えているのはそれなのだ。だから多少の苦難に挫けて他人を頼ったりしない。

「野原さんは自立しているんだね」

「藪から棒に。んな当り前なこと、訊く必要あるか」

「わたしは生きていくってことをまだ全然解ってないのかも知れない。そう思うくらい、野原さんが先を歩いているように観えたんだ。だから、必要だよ」

「そりゃ、一歳に満たないんじゃ当然だろ。せいぜい勉強しろ」

「うん、頑張るよ」

 音羅が返事をしたところで、馬車が行き交う通りに出た。

 向いの歩道の西十数メートル先の店舗を野原が指差した。

「仕事場あそこだからここでいい」

「案外近かったわね。学園の、目と鼻の先だわ」

「だから送り迎えなんか要らねぇ。帰りも比較的人通りの多い商店街ん中を通ってく。寮までそんなに離れてもねぇ。先輩、心配しすぎなんだよ」

「何度もいうわ、万一を考えていると。防犯意識ね」

「方向音痴のくせに強情だな」

「野原花さん、退部してもあなたは園芸部の仲間よ」

「……そう」

 無愛想な応答だったが、野原が翼を突き放すことはなかった。

 馬車の往き来が絶えず、向いに渡れない野原が、時間潰しか音羅を向く。

「一つ訊きたいんだけど」

「うん、何かな」

「ガキのくせになんでそんなに頑張ってんの。零歳児ならさ、親に甘えてりゃいい時期じゃねぇの。つーか、普通、みんなそうしてる」

「そうかも知れないね」

 なぜ頑張るのか。父と母、大きな背中が二つもある。近くに見えているのに、あまりに遠い目的地。到達するには頑張るしかない。などと、長長説明するほど音羅は頭を使わない。だから端的な目標を述べるのである。

「みんなを守りたいんだ」

「ピィッ!」

 プウが頭の上で元気よく鳴いた。音羅の意見への賛意だろう。

 対照的に、

「みんな……。それって、誰から誰までのことだよ」

 野原らしい現実的な質問。「関わった人間全員ってことならはっきりいって無理だろうな。体が持たねぇし、そもそも誰も彼もが守られてぇなんて思っちゃいねぇよ」

「それもそうだね」

 言われて気づいたことは否めない。だが、音羅は自分の考えが揺るがなかった。「自己満足だ。わたしが、そのひとを守りたいって思っているから、わたしの形で守れたら、それでいいって思っているんだ」

「ガキらしい浅はかさだな。そんなん、相手に取って不要だったら無意味ってことじゃん。つまりなんもしてねぇのと一緒」

「それも込みなんだよ。必要とされなかったとしても、不要だとしても、わたしは、わたしがやりたいことをしたいんだ」

「身勝手なヤツ」

「それも子どもだから、かな。でも、今わたしは、揺るぎなくそう思っているんだ」

「ふぅん……。じゃ、行くわ」

 遠くの赤信号で車列が一〇台分ほど途切れた隙に野原が向いに駆け抜け、古ぼけた看板の店に入っていった。

 手を振って野原を見送った音羅は、

「渡るのを忘れたわ」

 と、言う翼を向いた。

「翼さんは一旦寮に戻るんでしたね。寮は商店街の向こう側だから、ここを渡らないと」

「あそこに歩道橋があるし、あれを使ってもいいわね」

 商店街に最短で渡れる横断歩道がないので、第三田創の生徒は多くが歩道橋を利用する。竹神一家もサンプルテに引越し後からよく使っている。ちなみに、コの字型の歩道橋で、西から上って西に降りる構造である。

「今日は竹神音羅さんがいるから歩道橋を渡ったあとに道を間違えることもないでしょう」

 それだけで迷うのか。

「おかしいのよ」

「何がですか」

「歩道橋を上るときは背面に太陽があるわね」

「そう、ですね」

「なのに、歩道橋を下りたときには太陽が正面に来ているのよ。恐らくどこかで西を向いているわけね」

 ……恐らくではないです、翼さん。

 帰寮の時間は夕暮れどきだろう。太陽は西にあるので翼が西を向いて歩道橋を下りているのは確かである。歩道橋の構造上それ以外に下りようもないが。

「判っているのよ」

「判っているんですね」

「けれど、左を向いたら車道でしょう。くるくる回らないと商店街への道が見つからなくなるわ。そうしているうちに方角がどこかへ行ってしまうのよ。商店街の道もなくなっているわ」

「(なくなることはさすがにないはず。)な、なんといっていいのか」

「ピゥ……」

 筋金入りの方向音痴だ。

「普段、どのように帰寮しているんですか」

「警察官や巫女さんが助けてくれるわね」

 その手があった。

 ……って、毎日ですか、翼さん。

 この近辺に限らず、ダゼダダには広域警察の支部署・交番や八百万神社がたくさんある。とは言え翼の帰寮時間に警察官や巫女がたまたまこの辺りを出歩いているのではないだろう。野原が感じた視線とは別にして、翼は翼でずっと見られているに違いない。

 音羅は翼の少し前を歩いて寮まで先導した。そのあいだ警察官と巫女の姿を一人ずつ見かけた。会釈した音羅に向かって敬礼・会釈していたので、いつも翼を送っているのはきっと彼らだろう。

「助かった。また後程お願いするわ」

 そう言って寮に入っていった翼が、ガラス張りの出入口から見える位置で何度か往き来していたのを確認して、音羅は彼女の方向音痴ぶりを再認識した。

 ……翼さんが夜に迷ったらきっと危ない。しっかり送り迎えしよう。

 野原の送迎は当然のことだが、翼が迷わないように夜道を先導することも音羅の仕事だ。

 ……送り迎えの時間までどうしようかな。

 野原の仕事が終わる二一時に合わせて翼と迎えに行くので、一度家に帰宅してもいいが。

 どうせなので野原の周囲を見張ってみるか。視線の主を捕らえて事情を聞ければ送迎の必要がなくなる可能性がある。野原がいかに強くとも、翼が懸念するようなことが起こらないとは限らない。心配の芽は摘むに限る。

 音羅は、野原が働く店に戻った。

 店の前に陣取っていては野原を観ているであろう人物が姿を現さないかも知れないとは音羅も想像できたので、店の屋上に上がると室外機の陰に潜んで店の前や向いを見張った。

 馬の蹄が道を打つ。音のみ活気を感ずるものの、連なる軒はシャッタ街を成しており、カフェテリアが唯一の燈。徒歩で移動しているのは買物客だろう、商店街に向かう数本の小路を行くのみ。カフェテリア前の東西に伸びた道を行く者はほとんどおらず、カフェテリアをじっと観察しているような人物がいるなら判るだろう。

 ダゼダダで運営している多くの店は空調設備を一年中稼働させている。昼は冷房、夜は暖房を稼働させて、暖気と冷気を凌ぐ。音羅が潜んだ室外機は生暖かい風を排出しており暑く感じないでもなかったが、しばらくすると屋上は夜の寒気に染まって、排気がちょうどいい温度のようだった。

 時がどんどん過ぎてゆく。月が一五度も動けば野原の仕事が半分終わったということ。

 冷え込みが一層強まっている。小路を行くひとが随分と減って、カフェテリア前の通りからも馬車が減ってきた。澄んだ星空に反して、東の空が霞んでゆく。

 ……靄、いや、あれは。

 月明りに照らされた薄衣のような黄色い靄。正体は砂である。

 音羅はそれをテレビで観たことがある。

 ……あれが〈ダゼダダの(かぜ)〉なのかな。

 砂漠で乾燥した風が吹くと、大規模な砂嵐が起こることがある。ハブーブともいわれるその現象を、ダゼダダでは古くからダゼダダの風と呼んで恐れた。一メートル先の視界がゼロになることもあるそれが何日か続くことも。雨季の前兆として起こるとされているが、テレビで観たものより明らかに薄い。砂嵐ではなく、砂煙といったほうが正しいか。

 一〇分ほど経つと薄い砂で視界がやや霞んだ。月明りが遮られることもない現象にダゼダダ民は慣れっこのようで気にしている様子がなかったが、音羅は初めての大規模砂煙に興奮ぎみだった。

 時刻を告げるようにプウが頭の上で鳴いたので、音羅は翼を迎えに行き、店前に戻った。砂煙はすっかり消えており、店から出てきた野原を加えて三人で寮へと向かう。

「お迎えご苦労さん」

「野原さんもお仕事お疲れさまです。やっぱり仕事内容は飲んだり話したりなの」

「ああ、体はめっちゃ楽だな。気懸りがあるとすると、飲みすぎで体が駄目になることだな」

 仕事終りの数分前、音羅と翼は店の外から野原の様子を窺っていた。野原が言った通り飲んで喋るという仕事柄、体を動かすことはないようだった。

「なまってしまいそうね」

 と、翼が言った。「給金を考えると辞めるわけにはいかないからこのあとしっかり体を動かしておく必要がある」

「二時間ほぼ座りっぱなしでケツ痛ぇし、風呂前に多少動かねぇと体幹崩れそうだ。それに、っ〜、寒ぃしなぁ」

 言いつつ駆足の動作で体を温める野原は、くだんのロングコートを羽織っているものの、下は昼の気温に合わせた制服だ。気温差の激しい時間に店を出入りすることになるので自然とそのような恰好になってしまい、夜の気温対策が不十分で寒く感ずる。

 ワタネがワタボウだったときのようにぽふぽふ増えて布団のようになれたならそれで温まることもできるだろうが、ワタネは種のようで綿状にはならず、あれ以降は増殖もしていない。

 先日翼にしたように、音羅は魔法で空気を温めて野原を包んだ。

「野原さん、これでどう。寒くなくなったんじゃないかな」

「赤い靄みたいな……、魔法か」

「うん」

「じゃあ、要らねぇよ」

 と、野原がコートの前を両手できつく閉じて言った。「魔法に頼る気はねぇ」

「でも、寒いんだよね。風邪を引いたりしたら──」

「頼りたくねぇんだよ、魔法なんかに」

 野原が睨むでもなく、音羅を視た。「お前が悪いヤツだなんてもう思ってねぇし、魔法が悪いもんだともいわねぇ。便利だろうし、実際こうして感じるとありがたいもんだ。けど、それに頼ると体の持ってる耐久力が落ちてく感じがする。怠けてる感じがする。だから、要らねぇんだ」

 怨みや偏見でなく、まっさらな眼で観て判断を下したようだった。朝練洗濯係になった子欄の魔法を多くの部員が頼る中、野原は洗濯機を使っており、復帰してからも魔法を頼っていない。

 音羅は、野原を包む魔法を解いた。

「ごめんなさい。野原さんの気持を考えられていなかった……」

「……、謝ることでもねぇよ。自己満足でもアンタはやりたいことをやるんだろ」

「……うん」

 野原の気持を完全に無視して押しつけるつもりもなかったのである。

 ……ひとの気持を理解するのは、難しいんだな。

 野原と翼を寮まで送った音羅は、二人の背中が寮の中に消えるのを待って帰途を振り返る。二一時過ぎ。母はもとより父も心配しているだろう。

 家を目指そうとした音羅。茂みがかさりと葉音(はおと)を鳴らしたのでそちらに目をやった。先程の砂煙の名残か、土のにおいがした。

 ……風がちょっとだけ湿っている。雨が降るかも知れないな。

 そう予想したが対策はせず、サンプルテを目前にざあっと降られてしまった。プウを服の中に入れて庇った音羅はずぶ濡れであったが、出迎えた母と父は、音羅の状況より目的に目を向けていた。

「送迎は無事に終わったようですね」

「うん。特に変なこともなかったよ」

「何よりやな。相手が音羅達の目を嫌って離れた可能性もある。しばらく様子見やろうけど、一緒におることに意味がある」

「うん。野原さんの仕事が終わるまで、ずっと続けるよ」

「ん、気の済むようにしぃな」

「音羅ちゃん、お湯が沸いていますから入ってくるといいですよ」

「うんっ。ありがとう、ママ。パパも」

 気遣ってくれる両親に会釈して、音羅は雨と汗を洗い流した。以前雨降りにいなかったプウは水や雨が苦手ということはないようで、一緒にシャワを浴びてお風呂でお湯を掛け合って遊んだ。

「これからは雨降りも一緒に行こうね」

「ピィっ、ボォッ」

「ふにょっ」

 元気に炎を噴いたプウ。その木彫りっぽい体をにぎにぎと揉んで、湯に染まった温かい感触を確かめる。

「すごい、口から火を出せるんだ。って、火遊びは駄目だよ、危ないからね」

「ピィ〜……」

 いつかの自分を観るように注意して、しょんぼりするプウの頭を音羅は撫でてあげたのだった。

 

 野原が感じた視線はまるでなかったもののように、何事もなく一箇月半が過ぎた。父のいうように、視線の主が離れていったのならいいだろう。野原や翼と親睦を深めるために送迎を役立てればいい、と、音羅は半ば目的を掏り替えていた感があった。油断はならない。そう思いつつも、到頭何も変化を感じないまま、七月二六日、一学期の終業式を終えていた。

 一二時過ぎ。いよいよ夏の休校期間、と、浮かれた生徒が降園してゆく。

 音羅は納月と子欄を同伴し、別館前で野原、翼と合流した。この面子での集合はこれまでに何回かあり、野原や翼がツッコむことはなかった。

 野原と翼を寮に送るのが目的であるから、北門に向かう。

「あーあ、せっっっかく復帰しても夏休みなんかあったらダメじゃん」

 と、上昇志向旺盛な野原が零した。顔色が以前よりぐっとよくなったのは、学園長が紹介した仕事で水分を、学園で昼食を、寮で朝食・夜食を、しっかり摂るようになったからだ。

「野原花さんのことだから自主練をする。間違ってもなまることはないわね」

「先輩は稽古なんかやってねぇからいまいち想像つかないんだろうがよ、対人戦は勘を研ぎ澄ませる。自主練はいうまでもねぇけど、年上とやれる部活も大事なんだよ。竹神は解んだろ」

「型の反復練習一つを取ってもひとと向かい合ってやるだけで随分と感覚が違うものね」

「ってことだ、先輩。あたしは休んでた分を少しでも巻き返したいんだ」

 似たようなことを復帰してからずっと言っている野原である。将来の希望を摑むため必死であると同時に不安が付き纏っている。

「休校期間も部活やるけど自由参加ってことらしいし、部長や副部長はバイトを多めに入れて忙しいっていってたから、ひと、集まんなそう。どうすっかな……」

 腕組をして考え込む野原に、子欄が提案する。

「野原さん、音羅お姉様と一対一で稽古するのはいかがですか」

 音羅と野原は顔を見合わせた。

「わたしからもお願いしたいよ。どうかな、野原さん」

「それは……」

 送迎を通して音羅は野原の性格が随分と解ってきた。

 彼女は今、音羅が有魔力だから遠慮したのではない。上昇志向とともに自律心が強い野原は自分の考えならほとんどのことを躊躇いなく実行に移せる。反面、自分の発想でない場合、ときとして尻込みしてしまう。

 と、分析したわけではないが、野原には周りの後押しが効くこともあると感覚的に察していた音羅である。また、その感覚的洞察はみんなが共有している。

「お姉しゃまはそこいらの女子より頑丈でしゅから遠慮は要りましぇんよ。本気で稽古できていいんじゃないでしゅか」

「有魔力の身体強化ね」

 と、翼が補足した。「竹神音羅さんは体を鍛え始めて身体能力が底上げされている。稽古の相手として申し分ないわね」

「まあ、そうだけどさ」

 前向きになりつつある野原を、音羅は誘う。

「休校期間中も仕事があるんだよね。送迎のこともあるし、時間まで一緒に稽古しようよ」

「う、うん、まあ、それなら時間を有効活用できるし、いいか」

 野原がうなづいた。「じゃあ、どこでやる。さすがに別館借りらんないだろ。あたしらだけで畳傷ませるのも忍びねぇし」

「学費を払っているから大丈夫だよ。でも、どうしても気になるならパパかママに頼んで庭を借りよう。アパートのだけれど、畳一〇枚分の広さはあるよ」

「それなら各自で型の練習ができる。簡易試合もできるし、十分だな」

「決りだね」

 音羅と野原の稽古予定が決まったところで、ワタネをお手玉しながら翼がいつものように唐突なことを言う。

「お祭があるわね」

「お祭とはなんですか」

 と、子欄が窺うと、翼が少し考えてから答えた。

「毎年八月に田創駅周辺で催される〈列車祭(れっしゃまつり)〉。田創町は催し物の少ない土地だから規模は小さいけれど毎年盛況よ。ここのみんなと、ほかにも誘いたいひとがいるならそのひとも一緒にどうかしら」

「なんか裏を感じましゅ。此方しゃん、もしかしてお父しゃまを連れてきてほしいんじゃないでしゅか」

「この顔ぶれで遊びたいのよ。外で顔を合わせて何かすることはなかったでしょう」

「いわれてみれば。でも、やっぱり変でしゅね」

 納月の疑問符が消えない。「此方しゃんにしては感傷的すぎる気が」

 さまざまなことに無関心な翼を観てきたからこそ、納月はそう言えたのだろう。

 音羅は、翼の表情にいつもはないものを感じていた。音羅自身は体験のないことだが、何かにつけて迫る季節を感ずることはあるのではないか。音羅が将来的に感じそうなことといえば学園を去るときのこと──。

「一学期の終業式を終えて、卒業式を連想したのでは。それで、ここのみんなで遊びたいと思ったのではありませんか」

「今年度が始まってから思っていたことではあるけれどね。わたしはこの学園に来年度はいない。どうあってもこの顔ぶれの中にはいられないと最近は思うようになった」

「らしくねぇな」

 と、野原が言うも、「いいんじゃね」と、翼の提案を率先して受け入れた。

「問題児を矯正する毎日じゃつまんねーし、たまには羽伸ばしてもいいんじゃね、思い出作りにさ」

「共感されてしまったわ」

「っんだよ、嫌か」

「いいえ」

 翼が微笑した。「矯正する毎日かどうか、それがつまらないかどうかはさておき、思い出作りであることは認める。わたしはわたしの未来のため、あなた達と今年の祭を過ごしたいわ」

「翼さんは未来、どんなことをしている予定なんですか」

「その枠に当て嵌まるか不明だけれど、教師やカウンセラの()()()ものね」

「曖昧なんですね」

「ええ。今の園芸部のようなことが世の中でもできればいいと思っているわ。だから曖昧よ」

「園芸部か」

 野原が苦笑ぎみに。「あんなお節介な部、確かにねぇもんな。けど、世の中にゃあって損はねぇんじゃねーかな。あたしも、なんだかんだいって世話になったし、よ」

「野原しゃんがデレました!」

「だ、誰がデレたってんだコノヤロー」

「現在進行形でデレてますね」

「なっ、竹神末妹まで。テメーら覚えとけ」

「全く恐くない脅しですね。丸くなったものです」

 子欄がふふふと笑うので、野原が悔しげに拳を握る。

「その辺りで、ね」

 と、音羅は子欄と野原のあいだに入り、翼を向き直った。

「列車祭、でしたか。正確には、八月何日の、何時頃なんですか」

「第一週の土日よ。今年は、そう、六日、七日の二日なのね」

 と、どこか感慨深そうに翼が言った。「時間は九時から二二時。野原花さんを仕事に送るから夕方までね」

「野原さん、予定は大丈夫かな」

「ああ、構わねぇよ。けど、あたしは金ねぇかんな」

「その辺りはわたしが持つわ」

「先輩、太っ腹だな。いいのかよ、容赦なく食うぜ」

「いい思い出になると思うわ」

「そういわれると逆に遠慮しちまうって。ま、冗談だから本気にしなくていいけど」

「それであなたが愉しいならいい。みんなで愉しむのが一番の目的よ」

 翼が三姉妹に目を配る。「あなた達の予定は大丈夫かしら。念のために両親の許可をもらうことを奨めるわ」

「そうでしゅね。思わぬ却下を食うかも知れましぇんし、早めに訊いてみましゅ」

 と、納月が応じた。

 野原と翼を寮に送った三姉妹は帰宅。今日もテレビを観ているだけのグータラな父の側頭部に帰宅の挨拶をして、列車祭の件を切り出した。

「──と、いうことなんだけれど、いいかな。翼さんの思い出作りを手伝いたいんだ」

 事情を聞き届けた父が顔を向けた。無表情の半眼はいつもと変わらなかったが、

「いいんやない」

 と、簡単に了承が下りた。「夜まで出歩くわけやないんやろ」

「野原しゃんの仕事の関係で夕方までということになってましゅ」

「なるほど。じゃ、反対する理由はない。行ってきぃ」

「ありがとうございます」

 と、子欄が会釈する横で、音羅は父の気を忖度した。

「パパはいいの。田創町ではお祭は希しいらしいし、一緒に行かない」

「俺が好き好んで外出したがると思うん」

 せっかくの祭。音羅は家族とも愉しみたいのだが、引籠りの父を説得するのは難しいか。

「パパさえよければママと一緒にどうかな。勿論わたし達も一緒に」

 「達」の中には、テーブルで今もプウにじゃれつかれている糸主や、蜜柑に座ったクム、そのクムの髪で遊び倒している結師も含まれている。

 父が蜜柑を一つ取って糸主と掏り替え、プウの頭を撫でて宥める。

「それってみんなと一緒に行ったあと夜にってことやろ。納月や子欄は留守番、納月達を独りで留守番させるのも不安やから俺も留守番」

「あはは……、やっぱりそうなっちゃうんだ」

「そうなっちゃう」

 父が糸主をもふってテレビを向き直った。「あるいは土日のどっちかにみんなと行って、もう一方の日に家族で行くって手もあるんやろうけど、メンドーやから俺は行かん」

「もう。いつもそういって枯れ木と見紛うような恰好でいるんですから。たまには椅子から立ち上がってください」

 子欄が仁王立ちで叱ったが、父が動くはずもない。

()〜だねっ。誰が動くか、メンドくさい。俺は誰の指図も受けんも〜ん」

 まるで駄駄っ子だ。空っぽな音羅の頭では父をどう説得していいか判らないし、納月や子欄が匙を投げている。母が仕事でいないので説得が進みそうもない。

「お姉しゃま。お父しゃまのことは諦めて、とりあえず此方しゃん達との予定を決めることにしましょう」

「土日のどちらに行くかは決まってませんでしたね。音羅お姉様、どうしますか」

「う〜ん、わたし達で決められることじゃないね。送迎のとき翼さん達に訊いてみるよ」

 姉妹と軽く相談し終えた音羅は、夕方の送迎中、野原と翼に予定を相談。日曜は昼にもバイトがあるという野原の意見を取り入れ、土曜日の八月六日に祭へ行くことが決定した。

 野原を仕事先のカフェテリアに送った帰り、翼がどこか浮かない顔で沈黙していた。

「どうかしましたか」

 と、尋ねてみたが、

「きっとどうしようもないことよ」

 と、謎の呟きがあったきり反応がなかった。

 仕事が終わった野原を送迎するときには、翼はいつもの様子に戻っており、心配することはないようだった。

 帰宅した音羅は、納月と子欄に列車祭へ行く日を伝えた。野原と翼を寮に送り届けたあとであるから一人で夜食を摂り始めたときのこと。夜食の準備をしてくれた母が列車祭に関心を示した。

「音羅ちゃん達、翼さん、それから花さんの五人で行くのですか」

「知泉さんと虎押さんも誘うおうかと思う。それから蓮香さんや鷹押さんもね。アキラさんやショウタさん、コウスケさんにリンさんにアズキさん──、部や専攻のみんなを誘いたいけれど、翼さんと無関係のひとが多すぎるかな」

 と、音羅が誘う予定の人物を挙げると、同席した子欄が口を開いた。

「そうですね。菱餅さんや雛菊兄弟(けいてい)まででしょう。断られるとは思いますが。たしはお世話になっている星川さんを誘いましょう」

「弓道部の先輩でしゅね、学園長の曾孫っていう」

 星川衛。学園長の曾孫にして弓道部部長。

「三大新入生たる姿勢をかねがね教えてもらっていましたし、それで随分と助けられました」

「弓道部の部長も三大新入生だったんだっけ」

 音羅はお茶を飲んで。「そういえば、蓮香さんも三大新入生に選ばれたって話を聞いたな」

「しょうなんでしゅか。じゃあ、此方しゃんや星川しゃんと合わせて三大揃い(ぞろ  )じゃないでしゅか」

 今年の三大新入生は音羅達三姉妹。菱餅蓮香、此方翼、星川衛は二年前に選ばれていた。

 テーブル席にくっついているのか、と、いうくらい動かない父が言う。

「類は友を呼ぶってことかね」

「いいことの表現として間違ってます」

 と、子欄が指摘した。音羅達は過去の三大新入生と知り合ったことで多くを得た。これがいい出逢いといわずなんというのか。

「パパ、いいことまで悪いふうに捉えていたら疲れちゃうよ。蓮香さんはひたむきで誰からも尊敬されるすごいひとだもの。いい出逢いに決まっているよ」

「しょうでしゅよ。此方しゃんも少し変なとこがありましゅがまともな人間でしゅ。教わることがまだまだあると思いましゅよ」

「星川さんも同様。彼の実直な姿勢は学ぶべきところが多いです。学園長の曾孫という肩書に押し潰されない心の強さも学ぶべきところと考えてます」

 三姉妹の意見に、

「こりゃ駄目やな」

 と、答えた以降、何も言わなかった父。その横顔には、稀に見る優しい目差があった。

 母が列車祭の話に戻す。

「皆さんを誘って六日の列車祭に行くということですね。愉しみですね」

「ママは行かない」

 と、音羅は誘ったが、

「私はオト様と家にとどまります」

 と、母が即答。「皆さんが応じてくれるとよいですね」

「そうだね。パパやママも一緒だったらよかったな」

「今回は学友との親睦を深めてください。列車祭は来年もあるでしょう」

 次の機会には家族みんなで。

 三姉妹はめいめいうなづいた。

 

 

 娘が眠ると、ララナは夫オトの背中に寄り添った。

「理解してもらえないのは、つらいですね」

「娘だろうが変わらんよ。感度の悪いアンテナに何を発信しても無駄」

 オトが娘を扱き下ろした(こ お   )理由は、意見を公平に聞けていなかった。

「オト様は音羅ちゃん達と先輩の出あいに良否をつけていらっしゃらない。子欄ちゃんは言葉の響きからオト様が『悪いものと断じた』と受け取り、音羅ちゃんや納月ちゃんはこれに同調しました。残念なことです」

「解っとるなら学のあるお前さんから注意したるべきやったな。まあ、それはそれで、継承記憶による知識が失われた証拠として観ることもできるから上上かも知れん」

「オト様は正しく理解してほしかったのではござりませんか」

「三馬鹿は理解せんかったやろうけど」

 オトには学歴がない。それどころか初等部も中等部も不登園で現在は引籠りだ。父として説得力がない、と、オトは自分を評価しているのだろう。

「オト様の仰ることなら音羅ちゃん達はちゃんと聞きます。ゆっくり話せば、ですが」

()だ、メンドー。馬鹿は馬鹿らしく痛い目を見ればいい。俺への信頼度がゼロ未満になったんなら歓迎する」

 オトはもとから手厳しくネガティブでもあるが、彼の態度としては少しオーバ。ララナは理由を想像した。

「誕生日は、家族で一緒にいたいですね」

「なんのこと」

「八月六日です」

「俺のか」

 忘れたふりもお手の物だ。彼も、損な性格をしている。

「音羅ちゃん達を引き留めましょうか」

「家族は毒も同じだ。適量なら薬になるが過剰摂取は心身に悪い」

「友人も同じです」

「血の責任は薄いやろ」

 理屈で反論できてしまう。本当に損な性格だ。

「私だけでもと存じますが、私はやはり家族全員でお祝いしたいのです」

「俺は娘に祝われる必要を感じんよ。世に貢献せん廃品には見向きの必要もないもん」

「ちょいとよいかのぉ」

 糸主がオトの枕許で、「オトや、──聞捨てならんのぅ」

「……」

「ふぉぅぉぉぉ〜」

 オトが糸主を高速でもふもふ。苛めているのでもないようで糸主がまったりしている。

 聞捨てならない、は、ララナも同じだ。

「オト様」

「ん」

「オト様がいらっしゃらなければ音羅ちゃん達は生まれませんでした。祝うべきです」

「頑固やな。そんで、馬鹿やな」

 糸主を放してオトが溜息。「お前さんには、今一度教育の必要があるな」

「なんのことでしょう」

「お前さんも公平さが足りんってこと。ヒントをやっただけマシと思え」

 ……どういう意味でしょう。

 オトの言葉を捉え損なった、とは、解ったものの、どの言葉を捉え損なったかはすぐに判らなかった。

「お邪魔したのぅ」

 糸主がテーブルにぴょんと戻ると、ララナはオトの背に頰を摺り寄せた。温かい。家族と過ごして充分にほぐれていた心が、なおのこと、ほどけてゆくようだ。

「……あ」

「ん」

「あの、いいえ、その……」

 ララナは、鈍感だった。「申し訳ございません。私が祝えばよいということをオトさ──」

「口にすんな」

「勉強になります」

 元来の彼は怒りっぽいがそのさまをほとんど見せようとしない。裏を返せば、怒りを顕にしている事実が、彼の素直さの痕跡である。その痕跡を、これほど身近で発見できることが、ララナは嬉しい。

 振り向いたオトにそっと抱き竦められ、ふと覗いた慈悲の眼にララナは気づかされた。

 ……音羅ちゃん達が公平でなくとも、笑っていらっしゃった。

 その理由は何か。

 ……継承記憶が薄れ半ば消えている中での、親への、的外れの反抗だとしますと──。

 音羅達は親に依存した価値観の中から脱して別の価値観に触れて間違いを選びながら自分達なりに成長し始めたということ。

「オト様、本当はお怒りでは──」

 布団の中、掌をなぞられて、ララナはどきりとした。

「俺はこういうお返ししかできんから、いつも通りに過ごせばいい」

「畏まりました。(何を作りましょうか)」

 甘えてくれるのも、ゆとりがあればこそ。

 太陽のような腕の中。ララナは彼の誕生日に作るもののことを考え始めた。

 

 

 

──一二章 終──

 

 

 

 

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