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ロゼスタリリア  作者: 檸檬水晶
第1章
4/10

料理

 ノックの主は先ほどの少女であった。食事の準備が出来たため、呼びに来てくれたらしい。


 二人が石の階段を下りると、部屋に漂う香りが胃を刺激した。

 食台には赤茄子(トマト)甘藍(キャベツ)馬鈴薯(バレイショ)などの野菜に加え鹿肉や白身魚がふんだんに使われたスープやソテーが豪勢に並んでいる。

「この宿、もしかしなくても食事は別勘定か?」

 青年がそう言葉にするのも無理は無かったが、しかし返答は違っていた。

「うちは実家が農場なの。贅沢な話、余ってしょうがないから、ここに泊まったお客さんに無償で出してんのよ」

 そう言いながら調理場から顔を出したのは少女と同じ髪の色をした中年女性だった。

「農場って、この星で?」

 食台に既に掛けていた二人の客のうちの一人が口を開く。

 二人とも髪の色は薄く、肌の色は浅黒い。

「いいえ。近くの星で」

「へえ、それはいい」

 母親と配膳をしている少女が、フォークとスプーンを持ってきてくれた。

 暖炉の火は暖かく、石造りの屋内をオレンジ色に照らした。

「水がねぇな」

 豪華な食卓に目を向けていた青年がふと呟いた。

「僕、とってくるよ」

 青年は先程から喉が渇いていた。

 携行していた水筒の中身はとうの昔に尽きていたのだ。

 鉦太郎も喉が渇いていたと見えて、宿屋の少女に声をかけてなみなみまで水の入ったコップを二つ携えて戻ってきた。

「お、わりぃな」

「いいよ。ところでたいちょう、だいあんは決まったでありますか?」

「まだ続いてたのかそれ……」

 青年はいつのまにか議長ではなく隊長になったらしい。


「やあ、戻ったよ」

 帳場の木戸が開き、少女の父親が帰ってきた。

「まあ丁度良かった。お客さんも揃ったことだし、頂きましょうか」

 母親が言った。

 民宿の一家三人と客人四人を囲んだ木のテーブルには蝋燭の明かりが灯る。

 食事をしながら少女の母親はよく喋り、よく笑った。客人達の他愛もない旅路の話で場は賑わった。好奇心旺盛な鉦太郎が時折それはどういうことなの、どういう意味なの、と臆面もなく口を挟む。はじめは大人しそうに見えた少女も気づけば楽しそうに会話に加わっていた。もしかしたら、少女は鉦太郎と同じくらいの年齢なのかもしれなかった。外見から青年はそのように想像した。父親はあまり会話に入ってくることは無かったが、客人達の話に頷いてはしばしば興味深そうに相槌を打っている。


「ナキリさんとイスズさんは、どうしてこの星に?」

 会話は鉦太郎に任せ自分は黙ってやり過ごそうとしていた青年だったが、不意に少女に話を振られてしまった。

「仲良さそうね。兄弟……ってわけじゃなさそうだけど、お友達?」

 母親も被せて尋ねてくる。

「ああ、こいつとは実は義理の兄弟で。たまには爺さんに顔見せなきゃってんで、二人で向かうところで」

 予め回答を用意しておいて良かったと青年は内心胸を撫で下ろす。今言ったことは全くの出鱈目である。

 不正出国・不正脱星してきた逃亡の身などと、とても言えたものではない。

(髪の色も目の色も、そもそも顔立ちが丸っきり違う二人なので、ただの「兄弟」で通すのを青年は早々に諦めていた。)

「へぇ、なるほどね。ただ最近物騒だから、子どもだけで旅をするのは少し心配だわ。此間も近くの星で魔物が出たって言うし。ここまで危ない目には遭わなかった?」

 青年は自らをもう子どもだとは思っていなかったが、なるほど歳の離れた者から見ればまだ子どもに見えるのだろう。

「いや、幸いにも特には」

「そう。財布は小分けにして持つのよ、掏られたらいけないから。あとしっかり食べて、」

「これお前」

 少女の父親が横から嗜める。

「まあ私ったら。お客さんに向かって」

 母親は顔を少し赤らめた。


「なんだか僕たちのママみたいだね。」

 そう青年に耳打ちした鉦太郎は心なしかわくわくした表情である。

「僕は自分のママって見たことがないけど、ああいう人だといいな」

「……そうかよ」

 青年は素っ気無く返事をして食事に戻る。

 青年は親と云うものに殆ど興味が無かった。


「さっき言ってた魔物って、どんな魔物?」

 会話に戻った鉦太郎が少女の母親に聞く。

「そりゃ、いろいろよ。例えばほら、獅子みたいで尾っぽから毒矢を出すって言う……、なんだったかしら」

食人獣(マンティコア)?」

 旅人の一人が言った。

「そうそう。それよ。」

「他にも魔物はいたる所にいる。俺達の居た星には(オーガ)がよく出たな」

「オーガって何?」

 鉦太郎が旅人に尋ねる。

(オーガ)ってのは昔から人間の住処の近くに棲む魔物さ。魔物は通常森や湖に多いけど、こいつは町にもよく出るし、最近は他の魔物も街で人を襲うって話をよく聞く」

「こわいね」

「怖いさ。だから極力皆、人里から出ないように旅をするし、町中でも用心するのさ」

 旅慣れた様子で浅い髪色の男は言った。

「そっかぁ、僕、こわいのは苦手だな」

「わたしも……」

 少女が鉦太郎に同意する。

「まあ仕方がないさ。この世界には太古の昔から人間だけじゃなく、さまざまな魔物や種族が暮らしているからな」

「しゅぞく?」

 鉦太郎が首を傾げる。

「種族ってのは、まあ分かりやすいところで言うと人魚や半人半獣、巨人の類だな。これらは魔物と違って人間と同じ知性を持ってるから、意思の疎通……、つまり、言葉でやりとりができる。ええと、」

「僕の名前はイスズだよ」

「ああ。イスズ君は、今までに会ったことないか?そういう人間でない者達には」

 旅人は尋ねた。

「会ったことないなぁ。その人たちは、どこにいるの?やっぱり魔物みたいに、森や湖にいるのかな?」

「種族にもよるかな。人魚なら海の深い場所、巨人は森の中に居ることが多い。ただ、見た目では人間と区別の付かない種族……例えば一部のエルフや吸血鬼なんかもいるし、そういった種族は人間に紛れて生活することもあるんだとか」

「なるほど。お兄さん物知りだね」

 鉦太郎は感心した様子で旅人の話に聞き入っている。その後も機嫌を良くした旅人相手に鉦太郎はさまざまなことを聞いていた。

 魔物に種族。前者は似たようなものであれば青年と少年は何度も見てきた。しかし、種族はよくわからない。地球にもそうした人間とは異なる者たちが居たのだろうかと青年は考える。地球は大きいから、自分たちは見たことがなくとも自分たちが行ったことのない国には居たかもしれない。

「魔物は何もわからず人を襲うけど、種族は話ができるんだね。だったら種族はこわくないな。友だちになれるかもしれないよね」

 一通り話を聞き終えた鉦太郎は、そう感想を述べた。

 旅人は可笑しそうに笑う。

「はは、そんなことを言うのは君がはじめてだよ。わからないぞ。彼らは人間とは違う。もしかしたら君を襲うかもしれないよ?」

 こんなふうに、と言いながら旅人は両手で獣が人間を襲うときの真似をしてみせた。

 きゃっきゃと笑って鉦太郎は楽しんでいる。少女は少し怯えた風に見えた。


 暖かい食事は久しぶりだった。

 料理はどれもこれも、非常に美味である。

 遠慮が要らないとわかってしまえば、青年と少年はその歳の男子らしく各々信じられないほどの量の皿を平らげた。それでも皿は尽きなかったから、実家に農場を持つというのはどうやら本当のようだ。

 青年は宿泊で減ってしまった手持ちの銅貨のことを考えると正直少し気が滅入っていた。しかし、それを差し引いても待遇の良い宿によくもまあ初日から巡り会えたものだと、己たちの幸運に驚いてもいた。

 地球を出て、やっと運のつきが巡って来たということだろうか。

 膨れた腹をさすりながら暖炉の火を眺め、青年がそんなことを考えていたときだった。


 パキ、という音がして不意に我に返る。

 暖炉の火が爆ぜた音かとも思ったが、どうやら違った。


 それはこの場にそぐわぬ、恐ろしい来客であった。

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