表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇士刑事  作者: グラニュー糖*
9/46

シルバースワン編 1

奇士刑事最終回直前ということで、タブー編まで連続投稿させていただきます。


なお、イラストやオマケは省かせていただきます。

「黒池ちゃん。ちょっとできるだけベリー早く来てくれないかな?」


 突然先輩から電話が来た。彼は上原先輩。いつも開かずの扉の向こうでゲームばかりしている引きこもりだ。

 しかしアクティブなもので、僕が疑われたときは喜々として僕の部屋の鍵を複製して潜入したり、エジプトへの切符を入手したり、GPS機能がついた端末を作ったり、マリフといつの間にか仲良くなっていたり……と、気が抜けない。いつ僕の個人情報が掌握されるのか気が気でない。


 そんな意外にやり手な先輩が「ちょっとできるだけベリー早く」とかいうよくわからない言葉を口走るなんて……。


 なので僕は「では、水やりが終わったら行きます」と答えた。先輩より草の水やりである。


「本当だって!本当に早く来てよね!?」


 そう叫ばれて切れる通話。プーップーップーッ……と音を立てながら通話終了の4文字を表示する画面を見て、僕はポケットにスマホを入れた。


 ……先日のことである。

 また大変なことが起きた。それは今僕が水やりをしている理由でもある。


 魔界からムジナくんがやってきた。どうやら家出をしてきたそうだ。

 薬を忘れていたらしく、記憶を失ったままアメリカに舞い降りたそうだ。今ではタブー視されている『教会』で暮らしていたらイリアくんに偶然会ったらしい。ちなみにムジナくんを教会まで連れてきた二人を先輩が特定し、僕が挨拶とお礼をしに行った。一人は日本人だったのでスムーズに済んだ。


 僕は家で何者かに襲われ、気絶している間にムジナくんは魔界に帰り、一件落着した。しかしマリフと僕を襲った葛城一成という男性が、出所したら推攻課に入りたいと名乗り出ているそうだ。僕的には「えぇ……マジか」と思ったが、根っこは僕と同じく『相手をしてくれた警察官に憧れを持った』ということ。だから親近感は持っている。


 そして草の話だが……あのあと何度もマリフの元に行っていた。ある時「リストがいつでも魔法を使えるようにマジックアイテムを作った。でも条件付きでね……。黒池、キミが草に水をやるだけでいい。頼まれてくれるかな?」という旨の話を聞いたのだ。師匠があの大量のゴミを出さないようになるならと快諾し、草に水をやっている。


 マジックアイテムを作るようになったのはカリビアさんが最初なのではなく、マリフが弟子であるカリビアさんに伝授したらしい。伝授したのはいいものの、マリフ自身はある日パラレルワールドを見る能力で知った『光線銃』や『ロボット』など未来的な物に心を奪われ、そういうものばかり作るようになった。なので現在はカリビアさんだけが表立ってマジックアイテムを作っている。マリフはその時の技術で師匠のマジックアイテムを作り上げた。


 腕は落ちているため、完全なものではない。マジックアイテム自身が魔力を生み出すのではなく、元からある魔力を抽出、ろ過、増幅させて師匠が十分な出力で幻術を使えるようにと手をかけてくれたのだ。


 これまで確認できているマジックアイテムの例と言えば、カリビアさんの髪を括っているリボンやバンダナ。あれは体の奥底の力を引き出し、疲労知らず……というか、体を無理やり動かすものだそうだ。


 あとはムジナくんの兄であるヘッジ・ルクエトリーパー……現・死神王の首についている鉄の輪っかだ。僕の過去に直接関わりがあるリメルアという吸血鬼に噛まれ、半分吸血鬼となってしまった彼は、たまに発作のように血を欲するので、その時に首から発生する熱を冷やすために輪っかを作った。ただの冷やす道具ではなく、それは吸血鬼としての欲望を封じ込めるものらしい。メンテナンスが必要で、死神王の仕事は大変だが本人がダウンしてはいけないので何よりも優先されてメンテナンスしている……と、ヘッジさん本人から聞いた。


 死神王とはあまり聞かない言葉だが、要するに霊王と死神王2つ合わせて閻魔大王らしい。閻魔大王(ハーフ)……僕はそんなものと仲良く話していたのか。最近は僕が渡している日本酒が大好きなようで、うだうだと仕事しながら飲んでいるらしく、飲酒時の発熱と発作の発熱、どっちがどっちかわからなくなっているそうだ。できるだけ飲酒は控えてほしいものだ。


「……うん、家庭菜園でも良いって言ってたから、これなら楽しく続けられますね!」


 ジョウロの中の水が無くなった。

 僕は最後にパッパッと中の水を切り、ジョウロを台に置いてからベランダの扉を閉めた。


「師匠、マジックアイテムの調子はどうですか?こっちに来てあまり魔法を使っていなかったのですし、魔力も溜まってきたでしょう?」


 僕はエプロンを外し、ポニーテールをほどきながら、テレビを見て温かい緑茶を飲んでいる師匠に話しかけた。

 マジックアイテムは3日くらい前に受け取った。お試し分として一日中魔力を振りまくことができるほど入っていたのだが、試運転をしたあととりあえずということで僕が今草に水やりをしている。


 なぜ草と魔力が関係あるのかというと、『自然』と『神秘』は同じということだ。今の世界には『神秘』は存在せず、神も宇宙人もいないと言われている。なので教会なんかもタブーとされており、口には出してはいけないのだ。


 自然を刈り取りすぎて、もうこの地球には緑は無いだろうというレベルにまで達した。全てが人工物。海の上はさすがにまだ手を付けられていないが、いずれ海の上にまでもが人がそのまま歩くことができる足場ができるだろう。そうなってしまうと、人間が間違えて魔界への入り口に到着してしまって行方不明者が出てきてしまう。それだけは避けたいものだ。


 そんなわけで、世界から『神秘』が消えてしまった。しかし完全には消えていない。種はあるし、師匠も神秘の塊だし、ムジナくんという死神もいるし、ヘラというインキュバスまでいる。それに、僕たち特別能力推攻課も神秘の塊なのでよほどの事件でない限り、出動は許可されていない。僕は一番マシなのだろうが、上原先輩は人の心を読み取ることができるし、山野くんは爆発を起こせる。先日捕まった葛城一成も神秘の塊の師匠の存在を知った人間なので政府が黙っていないだろう。


 あと、極めつけは宇宙人の存在だ。科学的にはいないと証明されたが、本当はいた。しかも東京の街にドーン!と海賊船のような宇宙船を不時着させて、だ。中には海賊のキャプテンのような女の子が一人で乗っていた。彼女はムジナくんを探しているらしく、マリフの元に連れて行き、無事に魔界に届けたのだ。もうこうなれば隠しきれないだろう。ニュースにもなったし。


 ……セイレーンの件から3ヶ月ほど経ったのだが、マーメイドの能力もかなり神秘的なものだった。聞けばゲームオーバーだなんてハードにもほどがある。

 あれからはセイレーンも度々家に来るようになった。ムジナくんたちが来たときには来なかったが、もし出会っていたらどうなっていたのだろう?


「そりゃあな。今なら分身の2つや3つ、余裕だ!」

「無理しないでくださいよ?」

「大丈夫大丈夫!」


 分身といえど、かなりの強度のものだ。

 まだ僕が師匠と出会っていないとき、僕の遠隔指示のもとにムジナくんやヘラ、魔王ライルさんが師匠の分身と戦った。意思を持った分身なので、強いのなんの……。僕の指示の電波もジャミングされた。無事に分身を撃退することができたのだが、その際につけた本部の名前が『対リスト本部』だった。それが師匠本体の目に映ってしまい、僕と出会ったあともしばらくは気を落としていた。


「本当ですか?……師匠、もう少ししたら出るので準備してください」


 僕はスリッパを脱ぎながら師匠の方を見た。


「外に出るのか?」


 師匠はソファーの背もたれの方に体をよじり、聞いた。


「はい。先輩が急いでくれと」

「急いでって……電話をしていたのはさっきだろ。急がなくていいのか?」

「どうせいつものようにくだらないことでしょう。イベントで1位になったから来てだの、グッズの発売時間が会議の時間だから代わりに買ってくれだの、マルチの人数が足りないから参加してくれだの、白黒兄弟が来るから代わってほしいだの……僕は便利屋じゃないんですからっ!!」

「はは、面白いじゃねぇか」

「面白くありませんッッッ!!!」

「お、おう」


 勢いよく踏み込んで詰め寄った僕にビビる師匠は、立ち上がって鞭を取りに行った。


「はぁ……。着替えてきます」


 僕は隣の部屋に向かい、ジーパンとシャツを脱いで、いつもの茶色いズボンと白いワイシャツ、薄紫のネクタイを身に着けた。

 今日はコートはお休みだ。5月なんだし、コートはさすがに暑いだろう……ということだ。

 僕は部屋を出て師匠に話しかけた。


「師匠、着物にマント……暑くないですか?」

「ん?よく見てみろ」

「へ?……わっ!」


 師匠の言うとおり、よく見てみると……着物が浴衣になっていた。浴衣にというか生地が浴衣になっているだけで、見た目は変わらない。そしてまだ5月だからということでマントで調整する……。なんてこった。機能性抜群とは。


「ふふーん、伊達に何百年も生きてないんだからな」

「そういえば師匠って何歳なんですか?」

「………………知りたいか?」

「……いえ。聞いてはいけない気がします」


 朝8時の光が僕たちを照らす。清々しいといえば清々しいだろう。しかしここの空気は重苦しいものだった。


「お前がそう言うならそうしておこう。お前には心配をかけさせたくない」

「師匠……。い、行きますよっ!『ちょっとできるだけベリー早く』なんて言われましたからっ」

「何だそれ、お前焦りすぎだぞ」

「それは先輩に言ってください!!!」


__________


_____


「先輩、遅くなりました!」

「うぃ〜っす」


 僕が勢いよく推攻課の扉を開け、後ろから頭の後ろで手を組んだ師匠がのんびり入ってくる。勢いよすぎたのかバウンドし、師匠に当たりそうになって……師匠は煩わしそうに足で蹴った。そのせいで土が付いた下駄の跡がくっきりと残った……。


「遅いよ、黒池ちゃん!ついに呼び出しが多くてブチ切れちゃったのかって心配しちゃったよ!だって今日は日曜日だしね!」


 先輩にしては珍しく部屋から出て、僕たちが話し合いをする大きなテーブルに座って待っていた。先輩は叫ぶと同時に立ち上がり、資料を叩きつけた。が、そこまで怒っていないようだ。だが、後半の言葉で申し訳なさが吹き飛んだ。


「すいません。先輩、今回は何のご用ですか?」

「見てもらったほうが早い!」


 棒読みの僕の言葉に、先輩は椅子に座るように促し、僕は山野くんの隣に座り、師匠は先輩の隣に座った。


「黒池先輩、遅かったですね」

「水やりをしていてね……」

「リストくんのやつですか?オレだったら絶対三日坊主ですよ」

「師匠の魔法はとても強いから、いざというときのためにいつでも使えるようにしておかないと」

「あの桜のやつですね!いつ見ても綺麗ですよね!いいなぁ、また見たいなぁ」

「また暇になったら見せてやる」

「やった!」


 先輩が資料を配り終え、僕たちは静かになった。それを見て先輩は話し始めた。


「君たちは『シルバースワン』という組織を知っているかい?」

「シルバースワンですか。もちろん知っています」

「指定組織ということくらいしか……」

「知らん」


 師匠は知らなくて当然だ。シルバースワンは足取りがなかなか掴めず、話題に上がらないからだ。確かにここ最近は全くと言っていいほど話題に上がらなかった。それが今になって……なぜ?


「どこかから突然『Alice』の情報が提供されてね。今まで調べてきた情報によると、『シルバースワン』は『Alice』から逃げ出した人たちが集まってできた組織だと言われている。何度かその二つの組織が争っているところも見られているからほぼ確実だ。優先度はシルバースワンの方が上だからそちらを先に捕まえてほしい」

「上原、Aliceってなんだ」


 師匠は腕組みをして先輩に質問をする。先輩は少し笑ってお茶を一口飲んだ。


「リストにはそこから話さないといけないか。じゃ、復習ついでに二人にも話しておこう。『Alice』の主な活動は、簡単に言うとオカルト教団みたいなものだ。勝手に妙な『神』を作り上げ、宗教活動を行っている。神という時点で政府の調査対象なんだけど、こちらもなかなか足取りが掴めなくて……。シルバースワンからの情報がなかったらこのまま捕まえられないところだったよ」


 この説明を聞いて、師匠は「ほーん」と答えた。どちらかと言えば師匠は傭兵みたいなものなので話を聞かなくても良いのだと思うが……。それは言わないでおこう。


「ですが、今回の事件とは何の関係があるのですか?居場所の情報はAliceの方ですよね?」

「それが……どこから嗅ぎつけてきたのか、Aliceからもシルバースワンの居場所が送られてきて……しかも手紙で。メルヘンな可愛い外国の萌え萌えな女の子が使うような手紙で」

「可愛いことはよくわかりました。話に聞いたとおり、本当に仲が悪いですね……」

「それで、優先度が高いシルバースワンってわけか。でもおかしいだろ、上原。なんで両方同時に行かない?まさかまた『神秘の隠蔽』がどうたらって話なのか?」


 師匠は届かない足をブラブラさせながら聞いた。なぜわかるかって、そりゃあ僕の足にぶつかっているからだ。


「そうだ。Aliceは神秘確定なのだが、シルバースワンも元Alice構成員ということで神秘としての適性がある。しかも武器火薬関連で企業との繋がりも考えられていてね。早くしないといけない。だからこそ普通の人間をぶつけることができない。だが、二人だけ実はこの警察署内に適性がある人がいるんだ。彼らに協力してもらうことになった。ほら、入ってきなさい」


 先輩がドアの方を見る。……が、いつまで経っても入ってくる様子はなかった。


「入れよ!!!!!」

「先輩、お言葉ですが……先程僕たちが入ってきたときには誰もいませんでしたよ?まさかまた透明人間だなんてことありませんよね?」


 僕は谷口くんのことを思い出しながら言った。谷口春也……またの名を、サニー・ラプル。快晴のように綺麗な青色の髪をしている。レインくんの弟で、彼もまた悪魔だ。使命を果たし、社会から一歩離れるということで、悪魔と関係を持つ人……つまり『怪奇討伐部』メンバー以外の全ての人間の記憶を消した。そのため、誰もサニーくんのことはわからない……。


「なわけ。ああもう、呼んでくるから!」


 そう言って急いで部屋を出ていった。

 戻ってきたのは5分後だった。


「本当に顔合わせするんですか?いつも会ってるじゃないですか」

「だいたいどうしてこんなサプライズみたいな感じに……」

「いいからいいから!」


 バン!と開く扉。入ってきたその姿に僕たちは絶句した。


「「「し、白黒兄弟!?」」」


 白黒兄弟だ。僕たちが大嫌いな白黒兄弟が先輩に連れられてやってきた。


「……うる……いえ。今回はよろしくお願いします、特別能力推攻課のみなさん」

「今うるさいって」

「シャラップ!!」

「は、はいっ」


 兄弟のどっちかが怒る。おそらく兄だ。

 兄はシャープにシャープを重ね、さらに上から研磨したような性格をしている。対して弟は、楽観的な性格だが嫌味を言うときは兄に似て嫌な性格をしている。兄弟の見分けは口を開けば比較的わかりやすいが、黙っていれば髪の白と黒の左右くらいしか見分ける部分がわからない。わからないが故、僕たちは二人まとめて『白黒兄弟』と呼んでいる。


「……今回はどうして白黒兄弟がこの話に関わってきているんですか?」

「いやぁ、『組織犯罪対策部』の人手が足りなくて……。ほら、『エデン』からの少年犯罪の対象の見直しで見る分が多くなったり、Aliceやシルバースワンの調べ物でてんやわんやで……。で、どう考えても血で血を洗……いや、体力勝負なこの件には、体力テストのときに我ら推攻課といい勝負をした白黒兄弟が選ばれたってワケ」

「上原……」


 師匠が先輩の脇腹をつついた。


「言わなくてもわかっているよ。エデンのことだね?」

「すまない」


 師匠はエデンも知らない。そりゃそうだ。僕が壊滅させたのとほぼ同じなのだから……。あの時は谷口くん改めサニーくんもいたんだっけ。でも師匠は魔界でサニーくんにボロ負けしたという嫌な思い出があるそうなので、サニーくんについては思い出させないようにしよう。


「簡単に言うと、『不良の集まりが進化したやつ』。以上」

「いや簡単にしすぎですって、先輩!大体合ってますけど!」

「合ってんのかよ」


 思わず師匠が呆れる。


「そういや先輩、エデンに銃持ってる奴いませんでしたか?その銃ってもしや……」

「おっ、勘がいいね、山野くん。エデンの名前を出したのは他でもない、エデンに武器提供をしていたのはシルバースワンだ。シルバースワンとAliceの抗争跡に残された弾痕と、エデンの銃を持っていた人から押収した銃の弾丸が一致した。どこから渡された銃なのかは不明だったが、それがわかったからエデンとシルバースワンは関係があったとはっきりわかったんだ。でもわかったのはそれだけで、居場所はまるっきりわからなかった。今までずっと捜査は後からついていく程度だったんだよ」

「そうですか……なら、確かにオカルトより実害のあるシルバースワンのが優先されますね」

「そうだ。シルバースワンを崩すことができれば、銃刀法違反も減るだろう」

「ですが先輩、作戦も無しに突撃するのですか?」


 僕は髪を耳にかけて先輩の方を見た。先輩はニヤ、と笑った。……嫌な予感がした。


「今回はね……大暴れする、それだけだ!!」

「って、バカじゃないですか!?」


 僕はスパーン!!と先輩の頭を叩いた。僕の体は震えている。何せ、怒りと「こんな人が先輩だなんて」という恥ずかしさとこのあと飛んでくるだろう白黒兄弟の冷たい視線が僕の体を動かしたからだ。何も間違っちゃいない。


「いっっったぁー!!暴力反対!」


 先輩は椅子を僕から遠ざけ、両手で頭を撫でながら涙目になってこっちを見る。僕はイライラしながらも先輩に詰め寄った。


「そんな銃弾がパンパン飛び交ってるところへ剣一本で飛び込んで行けとかバカなんですか!?」

「黒池ちゃん一人じゃないよぉ。今回はツーマンセルで行ってもらおうと思って」

「ツーマンセル……ですか?誰と?」

「次のページ見て」


 先輩がチョイチョイとさっき配られた資料を指差す。チラ、と師匠を見ると、資料で紙飛行機を作っていた。


「僕と白黒(弟)。師匠と先輩。山野くんと白黒(兄)……。見事に戦力を分けましたね」

「えー!?オレ、白黒兄弟の面倒な方とですか!?」

「面倒な方て」

「あとでお仕置きタイムですね」


 山野くんの言葉に兄弟二人ともが反応する。兄はどこか楽しそうだ……。


「い゛や゛あ゛ああああああ!!!!!」


 本気で叫ぶな、後輩よ。


「……うるさい……紙飛行機ぶつけんぞ」


 甘味が切れた師匠が怖い。ヤニ切れみたいな表現だが、本当にそんな感じに見える。

 というかどうやって折ったのだろうか、紙飛行機の先端が針のように鋭い。全員同じコピー用紙なのになぜそうなるのだろうか。


「とにかく俺とリストは、俺が会話で場を引っ掻き回してリストが桜か鞭で応戦する。黒池ちゃん、マリフの道具を渡してくれるかね?」

「あのウネウネしたアレですよね?」


 ウネウネしたアレとは、マリフが作ったマジックアイテムだ。マリフが作るもののほとんどは『なんかすごいけどどこで使うんだこんなもの』ってやつが多い。特に光線銃なんてものが世に普及されると、世界は大混乱に陥ってしまうだろう。まさに『悪魔の兵器』そのものだ。

 一方、カリビアさんのものは日常的に使えるものだが、いつか死ぬのではと思うようなものばかりだ。

 ということなので、マジックアイテムはこの世に広まってはならない代物だ。


「そ、俺の電話の内容を放置して水やりし続けていたアレのやつだよ」

「まだ根に持ってるんですか……。日頃の行いのせいですよ。……はい、これでいいですよね?」


 僕は師匠の懐からマジックアイテムを取り出し、白くてザラザラしている長机の上に置いた。ハンドボールくらいの大きさをしている。魔力の量によって大きさも変わるらしい。


 ちなみにウネウネとは、真ん中のスフィアみたいなものが絶えずウネウネしているからだ。周りには金色の丸っこい輪っかがウネウネを地に付けまいとその硬い体で全体を支えている。見る人が見ればオーパーツだ。


「ありがと。所有者が誰であれ機能するよね?」

「するはずですよ。まず僕より先輩の方が水やりにおいて適任だと思っているので」

「緑は大事だもんね〜。んじゃま、よろしく、リスト」

「ういよぉ〜」


 師匠は紙飛行機を先輩の横腹に向けて飛ばした。


「いっっっでぇ!?何だこれ、針!?」

「それでですね、先輩。この中で動きやすい僕は誰が相手でもいいとして、山野くんの相手はなぜ兄の方なんですか?」


 僕は先輩の叫びを無視して質問をした。先輩は刺さった紙飛行機を左手に持って僕の方を見る。


「兄がヘイトを集めて山野くんに爆発してもらうため」

「僕じゃない理由は?」

「黒池ちゃん、一人ずつしかできないでしょ?確実にバレるじゃん。だから広範囲の山野くんに決定したんだよ」


 白黒兄弟は兄の方が相手の神経を逆撫でするのがうまい。なので一度にたくさんの相手を傷つけられる山野くんを合わせたのだという……。これが警察のやることなのだろうか。


「わかりました。物資、日付については書いていますか?」


 僕はペラペラと資料をめくる。先輩はこくんと頷いた。


「日付は表紙に。物資は8ページにあるよ」

「4日後ですか……。物資といえど、防弾チョッキや通信機器、拳銃、マガジンくらいなんですね」

「そ。他の部隊ならもっともっと必要なんだけど……ここはいろいろ隠さないといけない部署だから、必要最低限のものしか支給されないんだ」

「それは人員も含まれている……ってことなんですね」


 兄がため息まじりに呟いた。間違ってはいない。だが、特別能力推攻課だけでは正直不安なので、人が増えてくれた方が僕にとっては安心できるし嬉しかった。玲二先輩のように別の課の人とコミュニケーションを取って……『タブー』と言われていても僕たちは人間なんだって知られることが嬉しかった。


「物資と言えば聞こえが悪いと思うが、『人材』と呼ばれるほど、人はそれぞれ物資としての長所短所がある。でも人は人だ。聞こえが悪いように聞こえたのなら謝るよ。すまない」

「先輩……」


 僕は先輩の方を見る。先輩は申し訳なさそうに目を伏せていた。


「……。あくまで別の課の人なんですから。それに、年上に謝らせるほど腐ってはいません」


 兄は先輩にそう告げた。そして後半は僕を見ながら言っていた。一挙手一投足に嫌味が混じってる……。


「そーそー!先輩に謝らせるなんてねー!」


 先輩は兄の言葉に合わせて嬉しそうに言った。


「………………帰りますよ、師匠」

「もう帰るのか?」


 師匠は驚いて僕の方を見る。そして僕は先輩の方を見た。


「今日の話はここに載っているんですよね?」

「そうだよ」

「なら家で読みます。4日後……頑張りましょうね」


 __________


「……で?勢いに任せて飛び出してきたけど、どうすればいいのかわからなくてここまで来た……と。あのリストくんは下の階にいるのかい?」

「申し訳ありません……。そうです」


 冷たい冷たい鉄格子の向こう。

 ピロピロと音を立てている機械、無骨な工具、ところ狭しと数式が書かれたホワイトボード、棒付きキャンディーの器……。

 それらに囲まれながら僕の話を聞いてくれているのは、悪魔マリフだ。

 マリフは元々赤と黒を中心とした奇抜な服を着ていたが、今は囚人用の地味な服を着ている。しかし頭のゴーグルは残したままだ。


 ……間違ってもここはマリフのプライベートルームではない。牢屋だ。誰もが驚くだろう。


 僕の話は極秘中の極秘。ましてや牢屋に入れられているような罪人に漏らすなんてと思うが、マリフはどうやらたくさんの世界を見てきた人らしく、一人でループしているらしい。いつかの僕がうっかり漏らしたものを頭に残して聞いていると言っていたので、僕がわざわざ説明する必要もないのだが……。マリフいわく、「ちょっと変わってるかもしんないし〜聞いたほうが明確にどの世界線がわかるっしょ?」とのこと。何言っているかわからない。


「相手は拳銃をたくさん持っているヤバいところなんだろう?なら改造されている可能性が高い。防弾チョッキ、作ってやろうか?」


 マリフはあぐらをかきながら僕に向かって半笑いで持ちかけた。


「防弾チョッキは用意されているようです」

「ふーん、でもそれ、人間が作ったやつだろ〜?無理無理、そんなの効かないって!キミぃ、ボクのところに訪ねてきて正解だったね!そんな賢いキミには、マジックアイテムを進呈しよう」

「そんな貴重なもの、くださるのですか!?」

「あげるけどぉ、バランスブレイカーのボクのもと、あまり来ちゃいかんよ?」

「ば、バランスブレイカー?」


 メタそうなことをサラリと言う。まさに悪魔……。


「そ、バランスブレイカー。あのねぇ、普通じゃ悪魔と契約する警察官なんていないぞ?いつかこの世界に悪魔を呼び出す技術が生まれて、あの死神やインキュバスを呼び出すかもしれない。そんなことがこのなよなよしい人間界で起こりまくったらどうなると思う?世紀末よ?世紀末」


 おそらく『死神』と『インキュバス』は僕たちがよく知る『ムジナ』くんと『ヘラ』のことだろう。わざわざピンポイントで例えているのだもの。当然だ。


「キミ、入浴剤は入れたことあるかい?」

「あ……一度だけ……」


 右手で棒付きキャンディーをブンブンとこちらに向けて振りながら、左手を顎の下に乗せて話すマリフ。僕は少したじろいだ。


「あれ、指定された水量より少ない状態の湯船に入浴剤を入れたらどうなると思う?」

「……溶けずに残りますよね?」

「そうだ。人間に使い切れない力を持つと、力を持つ者は持て余す。溜まりに溜まった魔力はどうやって発散する?」

「それは……」

「大暴れするしかないだろう。それに危機感を感じた人間は魔界に強制送還する。魔界に戻されたストレスの溜まった悪魔は魔界で暴れる。それは一人や二人じゃないから戦乱の世になってしまうね」

「…………」

「それは人間も同じだ。持っているのに使わなければ損だと。人間は多すぎる。そんな人たちがそれを実行しようものなら人間も悪魔も変わらない存在となってしまうだろうね。それでもキミは……悪魔を召喚するかい?」

「……僕は……」


 僕は、違う。

 確かに悪魔には憧れている。僕もあとから追いかけるだけというポジションはどうかとは思っていた。でも……でも。マリフがわざわざこうやって忠告するのは何かあるからということだ。もしかするとそうやって滅びた世界線があったのかもしれない。


「キミが正しい選択をすることを祈っているよ。……ボクはね、そういうことが起こらないようにとあのマジックアイテムを作った。必要な時だけ引き出せるもの。半分悪魔で半分人間のリストくんには、これからも頑張ってもらわないといけないからね……」

「僕は?」

「キミは彼らをサポートするだけでいい。だいたいねぇ、キミ!いつもいつも死にかけて!キミがいなくなったら、これからのスケジュールが崩れるんだよ?!」


 ヒートアップしていくマリフ。横に置いてあるスパナまで投げ飛ばしてきそうだ。


「は、はい……」

「聞いているのかい!?」

「はいぃっ!!」


 思わず敬礼してしまった。


「ふむ……。まぁいいや。ボクも何度も何度もループしてて、疲れが溜まっていたからね……。八つ当たりをして悪かったね」

「いえ。貴重な話、ありがとうございました」

「それで……明後日にはできるから、またおいでよ」

「はい。あの……報酬はどうしましょうか?」

「新しい味一択」

「ふふ、ではドーナツの味にしましょうかね」

「やった!」


 嬉しそうに笑うマリフ。やっぱり女の子なんだ。


「そういえばどうしてここに留まり続けるんですか?」

「ん?そりゃあここならいらないのに3食食べさせてくるし、早寝早起きを強要されて無駄に健康でいさせられるし、部品も揃うし!良いこと尽くめだからね!」

「あれ、一度も外に出ていないんですか?」

「上原がOK出したら出してくれる。看守クンも仲良くしてくれるし、結構楽しいぞ〜?なー?」


 マリフが僕の後ろに向かって手を振る。見てみると、ここのフロアを担当している若い看守が微妙な顔をして手を振り返した。


『悪魔』という事実で脅しているのではないのか……?


「それに、何度も言うけどボクはあのインキュバスのように爆発とかは引き起こせない。パラレルワールドを見られるということ以外は人間と何ら変わらない存在なんだよ」

「は、はぁ……」


 パラレルワールドを見られる時点で人間ではないのだが。


「さ、行った行った!作業の邪魔だけはしないでくれ!」

「は、はいっ!!」


 僕は半ば追い出されるような形で刑務所を去った。


 __________


 そしてキッチリ2日後。

 なぜか師匠が持っていたトランシーバーにマリフから連絡が入ったのだ。


 なんでも、僕が葛城くんに気絶させられ、上原先輩、師匠、イリアくん、そしてムジナくんの4人がマリフのもとに行ったときに使ったものらしい。


「今日は師匠もついてくるんですね」

「あぁ。来いって言われたからな」


 建物に着くと、先日の看守が待ってくれていた。


「黒池さん」


 彼は僕を見るなり敬礼した。


「お出迎えですか。ありがとうございます」

「いえいえ。それもあるんですが、実は渡したいものを見られたくないそうなので、追い出されたんです」

「あ……そういうことですか」


 マリフ自身も神秘を広げたくないと思っているのだろうか。この人はまだ純粋だ。師匠のことも「なんか着物着てる子供」程度にしか思っていないのだろう。それに、僕が所属するのは『タブー』なので、タブーの人ね、はいはいと思われているに違いない。そう思ってくれているのならばそれでいいのだが。……その……世界的に?


「ここで見ていますので、黒池さんたちは中へどうぞ」

「失礼します」

「お菓子いる?」

「あはは、あとでいただきます」


 なぜお菓子を食べる必要がなくなったのに持っているのか。それはただ単に余ったからだ。僕の部屋に残った大量のお菓子……見るだけで口を塞ぎたくなる。

 僕がお菓子を嫌いってわけじゃないが、量が量だし、師匠の好みは『和菓子』だ。故に、あんこの甘〜いにおいが部屋に染み付いている。僕が麦茶ではなく緑茶を飲み始めた理由もそこにある。和菓子には緑茶が合うからね。これを見るだけでご飯3杯はいけるとか聞くが、確かに緑茶を飲みたいという欲求はかなり高くなった……。


 年を跨いで置いていた和菓子の山。僕が緑茶から抜け出すには長くなりそうだ。


「受付から左に進んで、突き当たりの右を曲がって、階段を3階分下って、すぐに右に曲がる……」

「地下3階。やりすぎですよね」

「まぁ凶悪犯とかの階らしいし。マリフも凶悪犯……ってほどじゃないが……納得いかないよな」


 歩いていくと、地下3階とは思えないくらい明るい場所に出た。クリーム色と薄い緑の壁。ライトはガンガンだ。前は本当に『ザ・地下の独房』って感じだったらしいのだが、見かねたマリフがここまで改造した。さらにこの建物の監視システムなどの向上まで手伝っているのだから、文字通り「ヤバい人」なのである。もっとも、人ではなく悪魔なのだが。


「おっ、来たね!」

「こんにちは」

「よぅ」

「完成したよ、ほれ」


 マリフが袋を投げつける。鉄格子の間から飛んできたそれを慌ててキャッチし、マリフを見た。


「ん?」


 師匠が不思議そうに袋を見つめる。ちなみに僕の手を胸元で曲げたときの高さは師匠の頭の上あたりなので、師匠は首を上に曲げないといけない。


「中見ていいよ」

「ではお言葉に甘えて」


『OPEN』と書かれた、取っ手もボタンもない袋の開け口が目に入る。何だこれ。……でもどうせマリフのことだからこの袋もマジックアイテムなのかもしれない。とりあえず手をかざしてみよう。


 シュン!と袋の口が開いた。もうわけがわからない。


「よくわかったね」

「慣れって怖いですね……」

「今回のキミには期待できそうだ」

「あ、あはは……」


 袋の下をポンポンと叩くと、中でジャラジャラと音がした。覗いてみると、親指の爪くらいの大きさの白いチップがいくつか入っていた。

 よく見るとあみだくじのような細くて黒い筋が入っている。


「これが……」

「防弾チョッキよりコンパクトで、防弾チョッキより強いバリア。『絶対防御機構』とでも名付けようか」

「ホントに?『絶対』?」


 師匠が怪訝な顔をしてチップを見る。確かにマリフの技術はすごいけど、実演してみないとわからないかも。


「なら一つ試してごらんよ。リスト、魔力を当ててみな」

「でもあのマジックアイテムは今上原のところにあって……」

「なら魔界と繋げてやる。……どうだ?」


 ボタンを押したマリフの横に丸いゲートが出現する。ヘラが剣を出し入れするときに見るようなやつだ。あれは異界らしいが、これはゲートの先に木々が見えるので本当に魔界に繋がっているのだろう。


「おおっ、久しぶりの感覚だな!」

「黒池、よく見ておくんだ。このチップはポケットの中に入れておくだけで発動する。お前のように剣を持って突っ込んでいくような人間におあつらえ向きにしておいた」

「……褒めてるんですか?貶してるんですか?」

「ええー?しっかり褒めてるよ?そんなデカい剣を振り回せる人間なんて限られているからね」

「なぁ、始めていいか?」

「あ、どうぞ〜」


 マリフは立ち上がった。そして両手を広げる。その手にはチップがあり、マジシャンのように見せびらかしたあとポケットに入れた。


「いくぞ!」

「来い!」

「はああああっ!!『幻影桜花』!!」


 師匠が両手を前に出すと、おびただしい量の桜の花びらが鉄格子の向こうのマリフに向かって放たれた。この桜は幻なので掃除をする必要はないのだが、魔力の塊なので当たったら痛い。


「ほら、見て見て!」

「いや見えないですよ!」


 桜が多すぎて見えない。


「よーく!よーく見て!目を凝らして見て!」

「だから見えないですって!無茶言わないでくださいよ!」

「なら薄くしてやる」

「できるんですか?!」


 桜が半透明になる。なんというコントロール。


「見えるか?」

「み……見えます……!」


 手を広げるマリフの周りに何かがあるように、桜が避けている。これが『絶対防御機構』の力……!!


「じゃ、次。スパナ投げてみて」

「えっ、魔法は?」

「止めていいよ」

「うーん、なんだかなー」


 師匠が微妙な顔をして魔法を止める。そしてマリフからスパナを受け取った。


「当たりどころが悪かったら絶対骨折しそうだけど」

「大丈夫大丈夫!腰狙って、腰」

「半分悪魔の師匠の腕力だと粉砕しそうなので、ここは僕がやります」

「誰でもいいけど……」

「いきますよ!」


 師匠からスパナを受け取り、鉄格子の間に腕を入れて構える。マリフは不敵な笑みを浮かべながら棒立ちしている。


 こうやってマリフと戦うのは魔界ぶりだ。あのときはカリビアさんの家の窓ガラスを割ってしまったっけ。


 この絶対防御機構はマリフの光線銃の威力とヘラたちとの戦いをもとにして作られたようだ。なぜわかるかって?そりゃあヘラみたいな凶暴な悪魔がいつどこに現れるかわからないから、そんな相手に攻撃されても生き残れないといけない。もし持ち主が死んでしまった場合、責任は防御壁を作った人間に向けられる。だから『安全』『安心』などと銘打って売り出している。……まぁマリフに関しては趣味だと思うのだが。


「それっ!」


 ガキィィイイイン!!


「うわああああっ!?」

「いいいっ!?」


 金属の擦れる音?

 それともバリアの音?

 何がなんだかわからない。爆音すぎて僕と師匠は叫びながら耳を塞いだ。違うところからも悲鳴が上がっているあたり、このフロア全体にこの音が響いているのだろう。あとで謝りに行かなきゃ……。


 マリフは耳を塞いだまま、スパナが当たったであろう場所に手を置いていないところを見るに、実験は大成功のもよう。マリフは満足そうに頷いた。


「うんうん!音はしょうがないとして、これで『絶対防御機構』の機能が証明された!これ、国にでも売りつけるか?」

「やめてください!国のパワーバランスがそれこそ崩れちゃいますよ!」

「冗談だって!イレギュラーにはイレギュラーをぶつける!それに、それは一度しか機能しないんだ」

「なら幻影桜花で量産できるんじゃねぇの?」


 師匠がダメもとで聞いてみる。が、マリフはやはり首を横に振った。


「ダメだ。これはマジックアイテムだ。幻影桜花に割り当てられた魔力は、その形を保つことしかできない。『絶対防御機構』を起動させるには、『絶対防御機構』に当てはめられた魔力を別で用意していかないといけない。これは多量の魔力が必要になる。もしリスト、キミの魔力でこれを動かそうとするのであれば、動く前にキミがブッ倒れるだろうね」

「ゔ……そこまで言うかよ……」


 師匠はガックリと肩を落とした。


「言うよ。キミたちはやりかねないからね。あと、多分これはキミの魔力と種類が違うからやろうにも出来ないはずだよ。どちらかというと……そう、ボクの大事な弟子であるカリビアに弟子入りしようとしたレインの魔力の種類と似ているかもね」


『レイン』の言葉の一つで師匠はガバッ!とマリフの方を見た。


「レインの魔力!?」

「正確には『呪い(瞬間的魔力と同じ。瞬間的魔力の中の『呪い』)』だ。他にも『瞬間的魔力(結界、ヘラの炎)』や『持続的魔力(封印、ムジナの永遠の力)』、『循環魔力(ドレイン系魔法)』とかがある。キミたちの中には循環魔力持ちはいないようだけどね」

「ではこれは『マジックアイテム』ではなく、『呪いのアイテム』……なんですか?」

「『呪いのアイテム』!はは、面白いこと言うね!ボクが作ったものを『呪いのアイテム』だなんて言うのかい?」


 マリフは再び座って言い放つ。笑っていながらも目つきは氷のように冷たかった。


 命の危機。


 それをこの瞬間感じた。


「そ、そんな!滅相もありませんっ」


 僕は慌てて後退る。師匠は不思議そうな顔をしていた。


「あはは、でもあながち間違っちゃあいない。ボクがいる限り、マジックアイテムを押し付けて『お前はこの戦いから逃れられないんだ』と呪いをかけて終わりに向かわせようとしているからね。リスト、キミのムチを貸してくれないか」

「いいぜ」


 師匠は鉄格子の間にムチを放り投げた。


「あんがと。……で、これを付けてっと」

「シール?」

「いんや。強化アイテムさ。これで防げないものがあれば、それを使った奴とか物は相当ヤバいやつなんだろうね」

「ありがとな」


 師匠がムチを回収する。僕もそれを見たが、何も変わっていないように見えた。しかし、何か白い御札みたいなものを付けていた。それが強化アイテムなのだろう。


「……?本当に付いてるのか?」


 師匠も気になったのか、質問を投げかけた。


「付いてるさ。浸透してる……って言ったほうがいいかも?」

「うげ」

「いや汚いモンじゃないって」


 嫌そうな顔をした師匠にマリフは笑いかける。師匠はムチを懐にしまい、和菓子を出した。


「……悪かったよ。これ、やるから許してくれ」

「前くれたものの新しいサンプルかい?」

「どうしてそうなる!?普通に食べてくんない!?」


 いつかの報酬で、マリフに和菓子を渡した。なんでも、和菓子味の飴を作るそうだ。……で、完成した。試しに師匠が食べ、例のごとく満腹にはなったが、魔力になる分は食べた質量のみなので結局余ったものは全部僕が食べた。もし師匠が食べる量がこの棒付き飴一つで十分となったらいろんなところが得するのに……残念だ。もっとも、今はマジックアイテムのおかげで食べる必要はなくなり、師匠の食生活も健康そのものになったのでそれはそれでいいのだが。


「冗談だよ。これは前に見た『おまんじゅう』だ」

「緑茶ならこの建物じゃなくても、日本国内なんだしどこにでもあるだろう。看守にでも頼んでおきな」

「緑茶味の飴……」


 緑茶、と聞いてマリフの目が光る。これは研究者の目、それとも獣の目か……。


「おい」

「存在しますよ」

「するのか!?マジか!現代すげぇな!」


 僕の指摘に師匠が驚く。日本なんだからあるに決まっている。それとも本気で無いと思っていたのだろうか……?


「……で?用はないみたいだし……そろそろ帰るのか?」

「そうですね。今回もいろいろとありがとうございました」

「サンキュ」


 僕と師匠は頭を下げる。マリフは師匠に貰った風呂敷いっぱいのまんじゅうを抱えて笑った。


「はは、今度からは同じ種類のものばっかりはやめてくれよ!」


 ……建物から出て、ふと考える。

 ごく普通の、当たり前の疑問。刑事だからとか相手が悪魔だからだとか、作戦前だからとかそういうことではない。本当にちょっと頭によぎった疑問だ。


「……あんこを口に含んだまま飴を食べる気だったんですか……?」


 それは、マリフのみぞ知る。


 __________


 2日後。午前10時。

 僕たちは警察署の前で待ち合わせした。というものの、上原先輩が車を用意している間は僕、師匠、山野くん、白黒兄弟が一緒に話し合いをしていたので元から集合していたのだが。しかも平日で、普通に集まっただけだ。


「……で、なんでその子がいるの?」


 白黒兄弟の弟が素朴な疑問をぶつける。山野くんを見ると、頷いていた。みんながわからない問題である。


「オレに聞かれても」

「師匠は大切な戦闘要員です。仲間は一人でも多いほうがいいからです」

「いや、それはそうだけど……。せめてスーツ着ない?スーツ。着物じゃさすがに……」

「それは……僕も思っていますが……。どうしてなんですか?」


 僕を含め、皆の視線が師匠に集まる。師匠は困り顔でたじろいだ。


「こ……この方が動きやすいからだよっ!お前だって、そんな肩パッドの入ったガチガチのやつで動きにくくねーのかよ!?」


 肩パッドの入ったガチガチのやつとは、スーツのことである。


「師匠ってば、この着物しかなくて……」


 着替えているところを見たことがない。試しに僕の服を着せてみたが、あまりにもぶかぶかだったので脱がせたのだ。


 師匠は興味津々に見る皆を見て、ため息をついた。


「……思い出の着物なんだよ、これは」

「え!?リストくんの思い出の品!?どんな思い出なの?聞きたい!」


 ノリノリで詰め寄る山野くん。師匠は心底嫌そうな顔をした。


「い、いいだろっ!何でもっ」

「良くないっ!同じ職場の、ましてやほぼ知らないリストくんのことを少しでも知りたいんだ!」

「知らなくてもいいからっ!」

「よくない!」


 僕や白黒兄弟の周りをグルグルと追いかけっこする2人。僕は半笑いだが、白黒兄弟はため息をついていた。2倍なので心に来る。


「よー、車の準備ができ……うわっ、何やってんの?」


 駐車場の方から上原先輩がのんきに右手を上げながら歩いてきた。そして追いかけっこする2人を見て驚く。


「実は獅子ヶ鬼くんの秘密を暴こうと……」

「おい、また余計なことを言うな」

「あっ」


 弟が口を滑らせ、兄が突っ込む。前から思っていたが、弟は少し抜けているところがあるようだ。その代わり、抜けた部分は全て兄に吸収されたようで、兄の鋭さに磨きがかかっている。


「リストの秘密かぁ……。知っていいような悪いような」

「悪いわ!!」


 息を切らした師匠が叫ぶ。後ろでは口元までムチでグルグル巻きになった山野くんが転がっており、ビチビチと跳ねていた。


「んー!んー!」

「あーもう、やりすぎだよ、リスト」

「フン」


 ムチを解きに行くついでに注意する先輩。師匠は顔を誰もいない方向へと背けた。


 ……ここだけの話なんだけど。僕は師匠の秘密を知っている。


『獅子ヶ鬼剣一の焼死』の時に着ていたものだ。江戸時代からずっとずっと着続けている着物。遺品やオーパーツがたくさん出てきた『あの病院』に同じような服があったことを僕は知っている。


 果たして本当に師匠は焼死したのか。していないのだからここにいるんじゃないかという考えはあるが、本当は『死んだことにされている』のではないかと思う。誰が?何のために?師匠……『獅子ヶ鬼剣一』という男がいたら何か不都合なことがあるから?


 わからない。僕にはわからない。


 僕は生み出す者じゃない。想像できないのが『今の人間』だ。だから、元からある事実から考えなければならない。警察だからこそ『捏造』はいけない。

 下手なことに首を突っ込めば、その首は吹き飛ぶだろう。比喩ではなく、物理的に。


 いつかわかるその時まで。

 僕はやはり後を追うことしかできないんだ。

 ヘラたち悪魔を追おうとしたときだって。『怪奇討伐部』の存在の真意を知ったときだって。マリフを逮捕しようとした時だって。いつだって僕は先回りすることができない。そして今、師匠のことだって。


 みんなのサポートをしようと決めたのに、事前情報の一つもわからないなんて馬鹿らしい。


「……黒池ちゃん」

「先輩……」


 先輩は手をパンパンと払いながらこっちに近づいてきた。後ろでは師匠がムチを懐に片付けている。


「悪いけど聞かせてもらった。黒池ちゃん……さっきのことは本当かい?」

「…………はい」


 上原先輩は人の心を読むことができる。それを逆手に取り、一方的に先輩に言葉を投げかけることができるが、当然僕が言葉を飛ばすだけで読むことはできない。


「……そうか。……この件が終わったら、レポートにまとめるように。もちろん……」


 先輩はちら、と師匠を見る。


「彼に見られないように」

「…………先輩。社会の教科書を見れば一発です」

「めんどくさい」

「……………………はぁ」

「はぁって、黒池ちゃん!?」


 僕は首を横に振りながら車の方に向かった。

 後ろから白黒兄弟、山野くん、師匠とついてきた。


「…………焼死、か。リストはゾンビか幽霊か、はたまた……」


 最後に暗い顔をした先輩がついてきた。


 __________


 車内では僕と師匠が得物の整備をしていた。

 僕は魔力の溢れる剣を。師匠はムチを。

 ……他は資料を見返したり、さっき僕が渡した『絶対防御機構』を見たりしている。ちなみに運転は捜査一課の影中響さんだ。車は潜入がバレないようにごく普通の乗用車にしている。人数が多いので、そこそこ大きいが。


「あー……、推攻課の皆さん。俺は外で待ってるんで」

「ありがとうございます。急な申し出で……」

「いえ。日高のヤツと同じ部屋にいることは耐えられませんでしたからね。連れ出してくれてありがとうと言いたいところですよ」


 彼は同じ捜査一課である日高照夫さんとは仲が悪い。明るく、オレこそが太陽だ!とばかりに輝いているのが日高さんで、夜の静かな闇が影中さんだ。二人は本当に対照的だ。しかし、学生の頃からよく一緒のクラスで、切ろうにも切れない関係らしい。


 信号が青になる。影中さんはアクセルを踏んだ。


「その……黒池さん。剣、パトロールのときにあまり振り回さないようにと言われていますが……」


 バックミラーに影中さんの殺気が刺さる目が映る。


「……これは僕の唯一の武器なのです。どうしても銃ではなくこの剣がいいんです」

「ん……確かに言われてみれば黒池さんが銃を持っているところは見たことありませんね」

「これから先も、僕は銃を持たないと思います」

「……そうですか」


 その会話を上原先輩は険しい顔で聞いていた。


 ……………………僕が銃を持っているところを見た唯一の人間。それが上原先輩だからである。


 僕が犯した最大の罪。両親の射殺。

 まだ幼稚園にすら入っていないくらいの僕が、反社会的勢力であった両親が毎日のように見ていた映画のせいで銃の扱い方を頭に入れていた。毎日毎日毎日毎日喧嘩ばかりで嫌になった僕は、そのほぼマスターした銃の使い方をその手で再現し、両親を撃った。未だに夢に出ることがある。


 その事件のときに対応してくれたのが上原さんだった。上原さんは優しかった。僕は泣きつきそうになったが、堪えた。


『大人は忙しいんだ。僕なんかの相手をしている暇なんてない。泣いたりしたら殴られる。声を上げたら殴られる。笑っても声を出したら殴られる。だから僕は置物のようにしていなくちゃ』


 そんな考えしか頭になかった。僕は自分を消すことしかできなかった。


 当然、泣きそうになったりグッと堪えたりする僕を見て上原さんは「またか……」と呟き、僕を抱きしめてくれた。大きくて、温かくて。その時感じた全てが優しかった。僕は堪えきれずに、初めてこの『生まれた家』で嬉しくて泣いたんだ。


 上原さんは僕を牢屋になんか入れず、孤児院に入れた。そこからも地獄だったんだけど……まぁ今思い出すことじゃない。

 僕は上原さんに憧れ、『こんな誰にでも分け隔てなく優しく接することができる警察官になりたい!』と思ったと同時に、将来の夢になった。


「それに、黒池ちゃんが剣じゃなくて銃に持ち替えたら『特別能力推攻課』である必要がなくなっちゃうもんね!」

「ハハ、それもそうですね」


 僕の気持ちも知らずに、上原先輩ってばのんきなものだ。僕は先輩の後を追って『特別能力推攻課』に入ったのに……。


「……皆さんはこれから『シルバースワン』の元に行くんですよね?本当に機動部隊を呼ばなくてよかったんですか?多勢に無勢な感じがしますけど」

「山野くんの能力は広範囲だからね、味方まで吹き飛ばしてしまう可能性がある。だからだよ」

「かたじけないです……」

「なるほど。そうだったのですね」


 車は右に曲がり、少し寂しい地域へと進んだ。……東京を出て、一時間ほどが経った。山を越えたので、田んぼなどが目に入る。確かにこういうところでなら活動しやすそうだ……。


「ここから街なかに向かいます。なので東京とあまり変わらなさそうですね」

「あ、そうなんですね」

「あと少しで到着します。……気をつけてください、みなさん」


 __________


「姫、サツが来るそうッスよ」

「……おおかた、Aliceがチクったんでしょ」

「『城』に入る前に爆弾でも置いとこうか?」

「………………ついに彼が……」


 ここが日本とは思えないほどのきらびやかな事務所のような部屋。そこにある革製の紅いソファーに偉そうに座っている金髪の女性に向けて、同じ部屋に集まったスーツ姿の人たちが声をかける。彼らの服装には、一人残らず『S』を象ったものが見える。


「静かにしな!」


 バン!と銃声が響く。ソファーの女性の手にはピストルが握られていた。そのピストルの口からは煙が出ている。つまり、撃ったのだ。だが、向けられたのは誰もいない場所。集まっていた四人の間を通り抜け、ドアの横に鉛玉がめり込んだ。


「今日もゴキゲンだね」


 彼女は満足そうに銃を見ながら言ったが、周りの人たちは冷や汗をかいていた。そりゃそうだろう。怒るたびにこれでは、命がいくつあっても足りやしない。


「ひ、姫。来るのはやっぱり『特別能力推攻課』ですかね?」


 4人のうち、最初に声を上げたのは彼女と同じ金髪で、色黒の男だ。目立つ青いスーツに金色の豪華なアクセサリー、そしてどうしても目が行く大きなトゲトゲしいグラサン。誰もがたじろぐような風貌だが、先程の銃撃のせいで少し腰が引けていた。……まぁ誰でもそうなるだろう。


「だろうね。アタシもそこにいる一人に言いたいことがあるし、遥……アンタもそいつを倒すためにここにいるんでしょ?」

「…………」


 遥と呼ばれた仮面の女性は少しだけ頷いた。ちなみに遥は部屋の隅っこで壁にもたれている。一番銃弾に近い人間だ。……少しもビビっていないが。


「遥、本当に日本刀でもなく鉄パイプでいいのかい?」

「この太さのほうが竹刀に似てる。刀は使い勝手が違うと思うから。私は殺すために戦うんじゃない。『試合に勝つため』にここにいる」

「そう。なら止めはしないわ」

「……ねぇ、あなたが狙ってる彼って、あなたと同じ剣道部ってホントなの?」


 ソファーの人物に背を向け、遥の方を見たのはカチューシャの女性。黒いスーツには女の子らしいフリルが付いている。


「本当。だから試合のあとに当たったら、大変かもね」

「大変かもねって、他人事みたいに!」


 素っ気なく言い放った遥にカチューシャの女性がキレる。それを止めようと口を開いたのは、紫のスーツの男だ。黒髪だが、紫の編み込みがある。


「まぁまぁ、オデットさんの前だ。二人とも、パパの顔に免じて、喧嘩をやめてね。ね?」

「ぅ…………次は無いから」

「…………」

「うん、二人とも、上出来だ」


 紫のスーツの男はにこ、と笑った。


「さぁ、みんな。持ち場について、『特別能力推攻課』を待ち受けなさい!奴らに地獄を見せてやるわ!」


 ソファーに座っていた『姫』は立ち上がり、右手を勢いよく前に向けた。


「姫〜一緒にここに……」


 周りがぞろぞろとドアに向かっていくなか、青いスーツの男が『姫』の前に残ったまますり寄った。


「行きなさい」

「え〜」

「行、き、な、さ、い」

「うぅ……ちぇ〜」


 ……が、渋々一人で向かっていった。


「……」


 残ったのは赤いスーツの『姫』のみ。彼女はソファーに深く座り、足を組んだ。


「遥のライバル……『黒池皇希』。アンタにはまだ『あの人』の元へ行く権利は無いわ……」


 ふー……と息を吐いて天井を見る。無骨な灰色の天井。『姫』はフフ、と笑った。


「警察官なら、なおさら……ね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ