奇士刑事・序 完
奇士刑事最終回直前ということで、タブー編まで連続投稿させていただきます。
なお、イラストやオマケは省かせていただきます。
はじまりは些細なことだった。
ただ一緒に遊んでくれる人が欲しかった。
もし、あの人が選ばれていたなら十分に未来が変わる予感がしていた。条件は満ちていたから。
……誰かが手を加えるまでは。
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こっちを見て微笑んでくれる。もう一人は絵本を読んでくれている。良いように言えば「気持ちよく眠れるように」。悪いように言えば「寝落ちできるように」。
彼らは何も悪くない。悪くないからこそ守りたい。
自然豊かであれば、魔界と似てくる。
繁栄を目的にしている人間たちは自然を壊すから、魔界は魔界、人間界は人間界と分かれてしまった。
自然=魔界=悪魔。だから悪魔には純粋でいてもらって、そしてずっと笑いかけてほしかった。誰の手も加えられない純粋な悪魔。それが何よりの宝だ。
彼らに殺された。
彼は泣きわめいていた。
泣かないで。泣かないで。ここにいるから。肉体が爆ぜてもここにいるから。自分で死のスイッチを押したから。熱かったよ。これが地獄の炎というのなら疑わないほどに。
でも、あなたの炎よりかはマシかも。だってドラゴンの炎を受け継いでいるんでしょ?なら人間の炎なんてマッチみたいなものじゃん。
自殺だ。
そう言ったのはあの憎き霊王。はは、さっき首を絞めて殺したはずなのにまだ魂となって生きているなんて。さすが幽霊の王。しぶといね。
自殺だから霊界に残って人柱になってくれだって。これは死神王と相談して決まったことらしい。
馬鹿馬鹿しい。
これなら彼らがお見舞いにも来れないじゃないか。霊界は閉まっているんだから。
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「……ぅ……うぅ……」
嫌な夢を見た。可哀想な子供の夢。……僕ってば泣いてるんだ。
ティッシュ……ティッシュ、どこだっけ。体を動かそうとすると、違和感に気付いた。
体が。動かない。
「!?」
いや、そんな馬鹿な。もう麻酔は切れているはずだ。だから問題なく……動……。
『目が合った。』
「!!?!?!」
パニックとはこのことだろう。これは幻覚だ、そうに違いない。
金縛り。
一番嫌な予感が頭をよぎった。ま、まぁ病院だし……病院だし……うぅ。
『彼』は馬乗りになりながら顔を近づける。目が慣れてきたのか、彼の顔が見えた。
青い髪だった。どちらかというと青空のような綺麗な色。晴れ渡った空のような。
子供だ。なぜ子供がこんな時間に起きている?まぁそれは置いといて、綺麗な緑の瞳だ。気を抜いたら操られそうなほどに。
……しばらく経った。
僕は直感した。彼は人間ではないと。きっと、ヘラと同じ類いなのだと。
「……黒池さん。オレ……いや、僕です」
「?」
「谷口です。……これは偽名ですけどね」
えへへと笑う少年。頭が追いつかない。
えっと、いつもの透明人間が目の前にいると。そして名前は谷口というのは本名ではないと。うーん。
「こ……こんばんは」
「僕はサニー・ラプル。サニーと呼んでください」
「サニーくん……僕にだけ姿を見せなかったのは故意だったのですか?」
「すいません」
サニーくんは素直に謝った。
「ですがはじめましてではありませんよ。この前、黒池さんが歩道橋から落ちたときに傷を軽くしたのは僕です。そしてカウントダウンの紙を渡すように手配したのも僕です」
「傷を……あの時はありがとうございます」
「いえ。それでですね、積もる話もありますが、本題に入らせていただきます」
サニーくんは真剣な顔をした。窓から入る月の光でサニーくんの顔がよく見えた。頭に骨のヘアピンをつけている。本物か、偽物か。恐らく本物だろう。
「これまでよく生き延びてきましたね。カウントが0になったということは、僕が定めた試練(予選)に合格した……ということです。おめでとうございます」
「な、なんの試練なんです?」
「それは後ほど。あのカウントダウンの紙、開けるようになっていますので、そこに地図があります。傷は僕がさっき治しておきましたから、明日にでも退院できるでしょう。待っています。では」
僕の体の上から離れたサニーくんは、にこ、と笑った。
「待ってください。……もう警察署には戻らないのですか?」
「……僕がこの姿に戻るときに、全ての人から僕の記憶が消える呪いをかけました。……ああ、僕の話はまだでしたね。それもその地図の場所で教えます。自分の運命を知りたければ、願いを叶えたければ……来てください。では、おやすみなさい」
彼が指をパチン!と鳴らすと、僕は意識を失った。
……目が覚めると、朝になっていた。
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今日は日曜日だ。僕はサニーくんの言うとおり全快し、主治医が「ありえない……」と呟きながらも退院させてもらった。
未だに深夜のことが信じられないが、玄関にかけているコートに手を突っ込んで紙を見てみると開けるようになっていたので、本当のことだったんだと驚いた。
場所はまさかの僕の家だった。正直、海を越えたらどうしようかと思っていた。
「おはようございます。そして退院おめでとうございます、黒池さん。……おかえりなさいのほうがよかったですか?」
「……い、いえ……なんでここなんですか」
いろいろツッコミどころがあるが、疲れ切っていたのでツッコむ元気がなかった。
「秘密の話をしようにも、東京は人が多いので……。さ、さて。さっそく本題に入りましょう」
サニーくんはメモとペンを借り、サラサラと書き始めた。
「僕はこういう者です」
「……『呪術師』。……呪術師!?あっ!呪いって言ってたのは!」
「はい。ですので効果は抜群です。なので僕のことは誰もわかりません」
「わ、わかりました」
「信じてくれるのですね。普通は疑うのに……」
「僕は悪魔を追い求めていますから……何が来ても驚きません」
「ふふ。そういえばそういう人でしたね、あなたは」
クスクスと笑うサニーくん。彼はどこまで知っているのだろうか。
「……最終試練はこちらです」
再びメモに書き出した。
『江戸時代の殺人鬼であり元人間の「リスト(本名・獅子ヶ鬼剣一)」について調べてください。』と書かれていた。
「リスト……」
「音楽家じゃありませんよ」
「わかってますよ」
殺人鬼かぁ……でも江戸時代って、さすがに情報残ってないよね……。
図書館に行くしかないかな。
「彼はきっと、あなたの良いパートナーになってくれると思います」
「……もう行くのですか?」
「はい。次に行かないといけないので」
「そうですか……お気をつけて」
サニーくんは微笑むと、フッ!と消えた。こんな感じで家に入ってきたのか。これじゃ防ぎようがないな。と僕は笑った。
とりあえず警察署に行ってデータを探さないと。行く場所は警察署と図書館かな。……いや、図書館の方が情報ありそう。昔の警察官はやっぱり新撰組やそこらだろうか。彼らはデータを残してくれているのだろうか……。そうとなったら行くしかない。長丁場になりそうだけど相手は悪魔なんだ。気を引き締めて、そして先輩たちには迷惑をかけないようにしよう。
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「……このあたりですか」
ドン、と4冊の本を置いた。「江戸時代の歴史」という分厚いのがほとんどだ。一冊だけ悪魔について持ってきた。
「こ、腰が……」
病み上がりにはキツい仕事だ。
僕は椅子に座り、ページをめくり始めた。
……さすがに図書館では声を出せない。なので、まとめたことを書き記そうと思う。
江戸時代には犯罪が多かった。
火事と喧嘩は江戸の華……とはよく言ったものだ。そうなるほどに江戸は繁栄しており、栄華の象徴であるということだろう。
喧嘩は現代ほど定まっていなかった法律のせいでほぼ無法地帯だったのだろう。
しかもこの時代はまだ銃なんて一人一人が持てるものではない。刀も侍くらいだ。だから大量殺戮をすることができず、自動的に殴り合い……つまり喧嘩になったのだと思われる。これはただの推測だけどね。
火事は……ああ、これもわかりやすい。今はコンクリートだが、昔は木製の家だったそうだ。だから燃えやすい。どこからでも火事の現場が見られるようにと物見台も設置されていた。これは有名な話だ。
江戸の火事になる原因は、消し忘れはもちろん、確執のための放火、そして粉塵爆発だ。
燃えやすさを無視し、寒さを紛らわすためなのか藁を置いたり、フローリングではなくサラサラの砂が足元にあるので宙に舞う。仕事が仕事なので土埃を部屋に持ち込んだり、花火屋、うどん屋などの火薬、粉を使う人が多い。そのため、粉塵爆発が……。うう、紙に書き写しててよくわからなくなってきた。やめよやめよ!
「……ここにはない」
次は江戸時代の人斬り、殺人者が書いてある本。大体は有名どころばかりだが、何かの間違いで「獅子ヶ鬼剣一」の名があるかもしれない。
……………………そんなことはなかった。
目を皿のようにして探したが、無かった。最近の図書館はすごい。文章の一部を入力すれば、この文字が入った本を探してくれる。それでも無かったのだから、無いのだ。
「はぁ〜あ……」
首が岩のように凝り固まっている……回そうにも痛すぎて回らない。とりあえず残った悪魔についての本を開いた。
宗教的なものや、こういう悪魔や天使など不思議なものはタブーとされている。誰も触れたがらないのだ。だってわかりきったものなのだから。
神などいない。悪魔も、天使もいない。僕にはこじつけのように思える宣言なのだが、僕は本当に見たので信じている。
しかし世間がそう言うのだから、そのような本には黒塗りがされている。なので……ほぼ読めない!!
「…………」
『悪魔』の文字が書かれている本を読んでいることで、周りの目を集める。ヒソヒソ声が聞こえるが、関係ない。僕は少しでもヒントが欲しいんだ。
悪魔を倒すヒントを。
「これは」
魔人についてだ。この内容だけ伏せ字がない……なぜだろう。
『魔人』と『人魔』は違うが、『人魔』と『人間』は同じである。
……魔人とは、人であることを忘れ、悪魔になるべくしてなった、というものである。
例えば生き物はすべて『物』。だが、動いて生きることを大前提としているので『生物』。先に外枠を表すものを前に置くものだ。
では人魔はというと、人が前にいるのでまだ魔の者になりきっていない人間というものである。魔が差したというが、人間の道を外れた行動を取る者は人魔まであと一歩というところらしい。そう、僕が常日頃相手をしている『犯罪者』が一番わかりやすい例だ。殺人はもちろん、窃盗も入るらしい。
そして『人間』。人間と人魔は表裏一体だそうだ。いつでも誰でも犯罪を犯して人魔になれるという点だろうか?と思ったが、他にもあるらしい。
『人』という漢字は『ヒト』、『ジン』と読める。そして『間』は『アイダ』、『マ』だ。そう、察しの通り、『人間』も『人魔』も『ジンマ』と読める。つまりは同じなのだ。まだ魔が差していない知的生物。それが『人間』なのだそうだ。
……哲学的な話になっているが、僕は納得してしまった。ここまで綿密に書かれているならそうなのだろう。それに、どうしても人間から離れたい僕が、都合のいいように捉えたからだろう。
これを書いた人は僕と同じような思考の持ち主なのだとしたら、まだ神秘は完全に失われていないのだ。失われる前に出された本だとしても、神秘的なものや不思議なものは存在していないという説は筆者にも届いたはずだ。ということは、それを押しのけても文章を黒く塗られても出したいという人間が存在している。僕はそれだけでも誇りに思えた。
例え人間ではなくとも、『人魔』なら毎日接しているじゃないか。存在しているじゃないか。
存在している。その事実が僕を動かしている。
「…………」
次の目的地は警察署だ。そこに無ければ、インターネットに頼るしかない。
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とりあえず上原先輩には連絡をし、倉庫にある犯罪者の一覧や事件についていろいろ書かれたファイルを2冊取り出す。一番古いものだ。時期的には全く期待していないが、何かの間違いで……。
「無い」
無かった。
むしろ警察が始まったのは1800年代だそうで、江戸時代なんてもう程遠い。
「まぁ……そりゃそうだよね……江戸時代だもんね……」
深いため息をついてファイルを元の場所に戻す。すると、お腹が鳴った。思わず周りを見たが誰もいないし、まずこんなところに人がいればそれはサボりなので助かった。
「……まずは食事ですかね」
警察署で見るものがなくなったので、家に帰ってしまおう。ということで僕は警察署を出た。
……家の近くまで来た。お昼ご飯のうどんも買ったし(粉塵爆発の欄にうどんの文字があったので食べたくなった)、あとはパソコンを起動して食べるだけだ。
「……えっと、鍵は……」
「あっ!くろちーだ!おーい、くろちー!」
僕は建物の前あたりで鍵を探す派だ。そうして探していると元気な声が聞こえた。お隣の魅鴾ちゃんだ。魅鷺ちゃんの姿もある。今日は二人で遊びに出かけていたのだろう。
「おや、魅鴾ちゃんに魅鷺ちゃん。お出かけですか?」
「うん、ちょっとね。知り合いのところに行っていたの」
「そうですか。…………」
「くろちー、何か悩み事?警察のお仕事で詰まったの?」
「あ、いえ……。最近の社会の授業で江戸時代のことをどんな内容で教えているのかなって思いまして」
「ぷっ、何それ!そんなのが必要なの!?」
「わ、笑わないでくださいっ!真剣なんですよっ!」
爆笑する魅鴾ちゃんを、姉の魅鷺ちゃんは「やれやれ」という顔で見ていた。
「わかったわかった、ちょっと教科書取りに行ってくるから!くろちーはここから離れちゃダメだよ?」
「は、はいっ!」
さすが現役JK。疲れを微塵も見せない階段の駆け上りっぷり。体育会系の部活なので足腰が鍛えられているのだろう。僕も負けていられない。大人になって耐久性がアップしたとはいえ、足腰は年々弱体化している。鍛えなければ、いつかいつものように無茶していたらやらかしそうだ。
「……ねぇ、黒池さん」
「どうしましたか?魅鷺ちゃん」
待っている間、魅鷺ちゃんが話しかけてきた。魅鷺ちゃんは大学生で、栄養管理士を目指している。課題のうちの一つでよく弁当や料理を作ることがあり、ダイエットもする姉妹では食べ切れないので僕に回ってくる。いつも走り回って疲労して、傷だらけで頑張る僕にとってはとても嬉しいことで、絶対に平らげるので大学での女子グループでは有名だそうだ。味はもちろん、栄養バランスも最高なので、将来は絶対にいいお嫁さんになる。
最近はよくその女子グループに住所を特定され……というかお隣なのでわからない方がおかしいが、いつも冷蔵庫が色とりどりになる。ありがたい話だ。
ちなみに長期の休みではみんなが休みなので僕が作る。元々男飯だったが、彼女たちを見習って色とりどりにしている。
上原先輩に目撃されて説明をしたら「ハーレムじゃないか!」と言われたが、決してそんなことはない。
「ぶっちゃけ聞くけど……」
「うん」
「上原のおじさんと、どんな関係なの?」
「う……うん!?」
どんな関係ってそりゃ先輩後輩なのだが。それ以外あるか?
「な、なんでそんなことを聞くの?」
「だって最近よく黒池さんの部屋に入ってるとこ見るし……」
先輩が突撃してくる時間帯と、魅鷺ちゃんが帰ってくる時間が被っているのか。
「うーん……。どんな関係かと言われましてもただの先輩後輩という関係ですし、なぜ部屋に来るのかは全く理解できないんですよね」
「ええ……でも、嫌なら追い返すのにそうしないのは、黒池さん、実は上原のおじさんのこと……」
「え゛!?そそそそんなわけないじゃないですか!あの先輩に限って、そんなこと……」
「まだ何も言ってませんけど」
「………………えー………………」
微妙な顔をしていると、魅鴾ちゃんが戻ってきた。3冊だ。教科書と問題集、ノートだろう。
「ん?何してたの?」
「何でもありませんっ」
「まぁ大体予想はつくけど。お姉ちゃんの悪い癖だよ。はい、これ。見終わったらいつもみたいに机に置いといて」
「ありがとうございます!」
いつもみたいに、というのは僕が合鍵を持っているからである。
そして二人はそのまま再び出かけてしまった。遅くなる前に帰ってきなさいと言ったあと、僕は部屋に戻った。
汚さないように先にうどんを食べ終わってから教科書を開く。
江戸時代、江戸時代……。真ん中のほうかな。社会の教科書なんて久しぶりだ。いろんな資料があって楽しいからついつい他のページも……ダメだダメだ!今日は江戸時代を見るんだ!
「……あれ?」
手記の資料がある。村の人から村の人への手紙だろう。下には、『注意喚起のために送られた手紙』と書かれていた。ひらがなが使われているため、女性が書いたものだろう。
『村の周りを嗅ぎまわる人殺しがまたこのあたりをうろついています。獅子ヶ鬼剣一は人をなんの躊躇いもなく斬るので注意してください』
と、画像の下に訳があった。
……って、獅子ヶ鬼剣一!?こんなところで彼の情報が見つかるなんて!GJ、魅鴾ちゃん!!ありがとう!!
あとはどの村の手紙なのかを調べて、そこで情報収集だ。……って、よく考えれば江戸周辺なのでは?東京でしょ?近くない?
「……人殺し……か」
改めて思う。
サニーくんはパートナーになると言ったが、普通に人殺しが警察の手伝いをするとは考えにくい。
教科書を開いたまま、ノートを開く。社会の授業は大体先生のうんちくが入るのでページが足りない。だからこの手紙を授業で扱ったときに何かの話をしてくれていたら嬉しいのだが……。
僕だって魅鴾ちゃんが通う蔦高の先生とは仲がいいが、社会の先生には会っていない。国語や体育の先生とは仲がいいが、社会の先生は見たことすらない。だから僕には突撃する勇気がないのだ。
ペラペラとページをめくる。
ふと、僕が学生の頃を思い出した。
僕には両親がいない。捨てられたというか捨てたというか。僕が銃で殺しました。喧嘩ばかりしていたのでうっとおしかったのでしょう。あまりの環境の悪さに僕は不問となりました。今思えば両親が入っていた組織の上層部に情報操作されたのではないかと思います。
なので、授業参観も三者面談も来ませんでした。
いえ、担任の先生が僕の親代わりになってくれました。だから僕はあの人を見つけ出してお礼を言いたいのです。ある日、突然忽然と消えてしまったあの人を。
ヘラと先生。どちらが優先順位が高いかと言われればヘラなのだが、どちらも大事だ。
「……」
トラウマは脳が忘れよう、忘れようと記憶を消すそうだ。だから僕には両親についての記憶は微塵もない。そのぶん先生の存在が大きい。
「……あった」
ノートの線より外側に走り書きした箇所がある。そこには獅子ヶ鬼剣一の文字があった。
彼の遺物や情報はとある病院から見つかったそうだ。その病院には、当時あるはずのないいわゆる『オーパーツ』と呼べるものがあったそうで、一部研究者からは注目を集めていたそうだ。よくオカルト話で『タイムスリップした人の写真』や『技術がないはずの時代に電気を利用する機械があったという証拠』、『カメラがあるはずない時代で撮った写真』などがあるが、それと同じものだろう。その論文などがあったりしたらそれが決め手となるだろう。
なので、僕はパソコンを開いてそれを検索した。
あった。
研究者たちはその病院跡地をくまなく調べたところ、病院の先生とは思えない人物の衣類……端切れや繊維が見つかったり、確実に入院していない人物の私物が見つかったりした。恐らくそれが獅子ヶ鬼剣一のものなのだろう。
もちろんカルテも残っていた。第二次世界大戦の空襲でほぼ無くなっていたが、数えられるほど残っていた中に『獅子ヶ鬼剣一』の名前が残っていた……らしい。そこには信じがたい記録が残されていた。
『獅子ヶ鬼剣一 焼死』
信じられない。いや、江戸時代の人間だから死んでて当然か。なら、なぜサニーくんはあたかも今現在生きているといったような言い方をしたのだろうか。なぜ今まで獅子ヶ鬼剣一が生きている前提で資料を調べていたのだろうか。
だが、論文を読み進めていた僕に衝撃が走った。
焼死と書かれたカルテの『あとの日付』のカルテが残っていたらしい。そこには腹痛や切り傷など今では大したことのない症例が書かれていたが、注目すべきはそこではない。
死んだはずなのに生きている、という点だ。
それに研究者たちが不可解に思ったのはそれだけではないらしい。薬は跡形もなくなっており、ギリギリ焼けながらも残っていたのが『カルテ』と『服の端切れ』、『片眼鏡』、『白衣』だった。ちなみになぜ白衣が注目されたかというと、獅子ヶ鬼剣一がいた、つまり病院の先生が生きていた時期に日本には白衣が輸入されていないからである。
1549年、フランシスコ・ザビエルが来日。その際、眼鏡を伝えた。ただの両方の眼鏡だと不可解なことはないのだが、病院に残っていたのは『片眼鏡』。しかもそれが流行りだしたのは明治時代だったそうだ。流行する前に手に入れたのなら何も言わないが、わざわざ片眼鏡だけを入手するだろうか?
そして本題の白衣だが、白衣は江戸時代の200年後に生まれたそうだ。そう、その時代にあったこと自体がおかしいのだ。
だが僕にとってどうやって入手したのかが問題ではない。いろんな事象がおかしくなるその江戸時代という『昔』のレッテルが貼られたことが僕を興奮させた。
死んだと思ったら生きていたり、あるはずのないものが存在したりするのももちろん面白いし、もっと調べたくなる。一部研究者が熱中するのもわかる。
しかし僕は『天使』や『悪魔』、『神』が信じられていた時代だということに着目した。
神が信じられていなかったらザビエルは来なかったわけだし。
それに、江戸時代といえば怪談話だ。人々が恐怖したからこそ存在したと言い張れる。幽霊でも人魂でも呪いでも何でもいい。そこにあったのだから。
ここからは僕の推測だが、何度も言っているように自然と魔界は深く結びついていると思う。
人間が手を加えたことにより『人工物』が増え、胸を張って「人間界です!!」と言えるようになった。
世界には『自然界』という言葉がある。その自然界の自然を壊せばそこは人が手を加えたこととなり、人間界となる。今、消費するものが底をつきようとして宇宙進出を考えている地球だが、自然界と人間界、この世界をどっちと捉える?と聞けば必ず「人間界でしょ」と返ってくるはずだ。人間は答えがわかっていても見ない。自然界はこの地球から消え去ってしまった。そこにあるのはコンクリートジャングルだけだ。
僕は人間界と魔界は元は同じものだと考えている。誰が言ったか『人間界』。誰が言ったか『悪魔の住む世界』。ただ自然に手を出しただけじゃないか。これならどっちが悪魔かわからない。
……同じものと認めない人に問いたい。完全に別のものだったら、干渉できないじゃないか、と。僕があの吸血鬼に誘拐されたのは、こちらに手を出すことができたからだ。当然、こちらからも手を出すことができるだろう。それを認めないと、アメリカなどの悪魔崇拝で召喚した話とかエクソシストの存在を否定することになる。まず僕は本当に見たんだ。翼の生えた人間……いや、悪魔を。
江戸時代の話に戻るが、人間は手を加えていないものに恐怖を覚える。水だってダムを作って制御している。草木だって切ったりして整えたり、家具に使ったりしている。
まだ重機が無かった時代だから大きなものは整備できなかっただろう。あちこちの自然が手つかずの状態のはずだ。だから『伝説』が生まれる。土蜘蛛や河童、人魚や土着神……人々が恐れて手が付けられなかったもの。昔はただのイカやタコ、トラやライオンまで恐れられていたし、さらには草木までもが幽霊に見えたのだからどんなものでも『未知』のものになり得た。だから、今こそ『未知』を見せつけるべきだ。この前進しない世界に……底が知れた世界に。
「……疲れたぁ……」
パソコンに表示された時計を見ると、もう夕方だった。うどんを食べたのはもう昼を過ぎていたし、当然だろう。
僕は3冊をまとめ、隣の灰澤姉妹の部屋に教科書などを届けた。ありがとうございますと書いたメモと、魅鴾ちゃんと約束した防災のプリントを添えて……。
__________
部屋に戻ってくると、サニーくんが正座して待っていた。
「お邪魔しています」
「サニーくん……正座を崩していただいてもいいのに」
「いえ。すぐに帰るのでこのままで」
「少しお待ちください。飲み物を入れますから」
「あっ……でしたら、前回のメモ用紙とペンを貸してください」
「そこにありますよ」
冷たいお茶を入れ、戻るとサニーくんは外を見て待っていた。
「サニーくん」
「……すいません。少し疲れていたみたいで……」
「ゆっくりしていってください。それで……」
「はい。最終試練、達成です。お疲れ様でした」
にこ、と笑うサニーくん。一体どこから見ていたのかはわからないが、サニーくんのことだから呪術でも調べられそうだ。
「ありがとうございます」
「それでですね……少し心配事もあるのです」
「心配事ですか?」
「はい。あなたは魔界に行く勇気はありますか?」
「魔界!?まさか……」
「そのまさかです。魔界に行く人を選抜するための試練でした。嫌ならいいのです」
「行きます」
「即答ですね。さすが黒池さん。……当然あなたが恨む悪魔もいます。自分を完全に見失わず、行くことはできますか?」
……ヘラを前に僕は平静を保っていられないだろう。それは火を見るよりも明らかだ。
だが……魔界に行くことを目標としていたのだ。もしヘラに負けたとしたら潔く諦めよう。
「できます」
「……わかりました。日時と場所はメモに残しましたから。……お茶、ありがとうございました。当日楽しみにしています」
空になったコップを机に置いてサニーくんは立ち上がった。
そして前回同様フッと消えた。
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「やっぱり東京でしたね……」
都内のとある研究所。大きな公園の中にある研究所だ。僕は歩いて行ける範囲だからいいのだが、他はどうなのだろうか。
「わぁ、高そうな車ですね……」
黒塗りの車が止まっていた。各国の首領が乗っていそうな見るからに高い車だ。
「僕なんかがいいのでしょうか?」
と呟きながら研究所に入ると、政府の人なのか、インカムをつけたスーツ姿の男が二人僕のそばで歩き始めた。まさか警察が護衛されるなんて。
部屋に到着したみたいだ。中に入ると、僕以外全員揃っていたようだ。
金髪の少年。紫の長髪の女性。銀髪に青メッシュの男性。そして茶髪の……夢に出てきた少年。
関連性は見受けられない。しかし誰もが実力者なのだろうと感じた。
特にあの茶髪の子……とんでもない恨みを感じる。殺人を犯した犯人と対峙したときのような……。
…………殺されたと夢で聞いた。
大切な二人に。
誰かは自殺だと言った。
そんな悲しいこと言わないでくれ。
彼は監視対象に入るだろう。
……彼からは悪魔を絶対に倒すという意思を感じる。ここは自分を隠して、偽りの……荒削りだが、仮面を被って行動しよう。向こうに着いたらどうせ単独行動になるだろうし。どんな風に思われても、僕は……僕の正義を貫く。
ヘラ。勝負だ。僕は一切手を緩めない。生きるか死ぬか……勝利の女神はどちらに微笑むのだろうか。
【奇士刑事・序 完】