エデン編
僕は刑事の黒池皇希です!
僕は普通の警察とは違い、剣を持って皆さんの生活を見守っているんですよ!
僕は大抵、ろくでなしの上原英次先輩に仕事を押し付けられ、行動していますが……。今回は僕が冤罪に!?ちょっと、先輩!何勝手なことを言うんですか!
「黒池ちゃん、ちょっと来てくれる?」
「はい?」
珍しく先輩の個室の扉が開いている。そこでは椅子に座っている……であろう先輩がでろんとしただらしない格好でこちらを見ていた。
「実はキミが容疑者になっているんだ」
「……………………はっ?」
「最近、街のいろんなところが壊されていてね。綺麗に斬られてるんだけど、どう見ても剣で斬ったとしか見えないんだ。だから今日は家に帰っててくれる?監視つけるみたいだけど、俺だから安心しなよ」
「一番安心できませんよ!!」
「何で?!」
ある日突然告げられた容疑者という名のレッテル。拒否権はどこへやら、僕は真犯人が見つかるまでの間、先輩に監視されることになったのである。
「というかなんで先輩なんですか?本部の人じゃないんですか?」
「目には目を、歯には歯を。普通の人じゃ太刀打ちできないと思われたんでしょ」
「僕は暴れ馬ですか!?」
なんてこと。この部署で一番の常識人だと思っていた僕が、本部から凶暴扱いされていたなんて。しかしまだ証拠は『剣で斬られたような痕跡』のみ。それだけでこんなことになるのだろうか?それに僕はそんな事件を知らない。
「とにかく俺が黒池ちゃんを見張っとくからね」
「カメラでも付けるんですか?」
「トイレと風呂はやめておいてあげるからさ」
「当たり前です!!」
この人、トイレと風呂場にも付けるつもりだったのか……。
そんなこんなで僕は先輩に見張られる毎日が始まってしまったのである。
「おはよ、黒池ちゃん」
「うわぁ!?」
僕が朝起きると、足元に先輩がいた。
いや、朝からこんな調子だったら誰でも自首したくなるわ!と心で思いながら無言で蹴った。
「痛い痛い!蹴らないで!」
「変態!!」
「ごめんってば!」
これ、監視というかお泊まり会……なのでは?これが仕事なら、本部はどんな神経をしているのだろうか。
「お詫びに朝御飯作ってあげるから!」
「いりません」
「卵焼き作れるよ!」
「結構です」
「黒池ちゃんが冷たいよぉ……」
「大の大人がそんなこと言わないでください」
「えー?せっかく黒池ちゃんと平日の休日を楽しもうと思ったのに……」
「平日の休日って何ですか!?」
着替える僕の傍で布団に埋もれる上原先輩。もしかして仕事をサボりたいだけなのかもしれない。
「ねぇ、今俺がサボるためにここにいると思ってない?」
「う゛っ……」
「心を読めるって忘れてない?ほらほら、やらないの?」
「……何をです?」
「剣の手入れ、破壊活動」
「だから僕じゃないですってば!」
「本当に?俺が見張ってるからじゃなくて?」
「本当です!アリバイだってありますし」
先輩は勝手に冷蔵庫を開けてソーセージを食べている。僕の話など聞く耳を持たないというわけか。
「はぁ~あ……」
「どうしたの、ため息なんかついちゃって。ソーセージ食べない方がよかった?」
「だ、れ、の!せいですか!!」
「あーあー、そんな大声出して、隣の人が壁ドンしても知らないよ?」
「お隣さんは今、部活の合宿でいないので、僕が防犯を任されてるのです!」
隣に住んでいるのは灰澤姉妹。私立の学校に子供だけで引っ越してまで行くというので、警察である僕が保護者の代わりをしている。親から頼まれ、大家さんも学校の先生からも公認されている。大学生の姉と高校生の妹の二人暮らしだ。大学生なら大丈夫と思われがちだが、女の子だけなので不安だったそうだ。僕がわざわざ隣り合わせで空いている部屋に引っ越したのはそういう理由だ。
「知ってるよ。学校の帰り、よく署に来て一緒にゲームやってるからね。上原のおじさーん!って」
「何してるんですか、先輩もあの子たちも……」
「いいよなぁ、黒池ちゃんは!男飯ばっか作ってるもんで栄養管理が心配だから、ミサちゃんが手作り料理を週一で持ってきてくれるんでしょ?」
ミサちゃんとは、魅鷺ちゃんのことだ。これで「みさき」と読む。魅鷺ちゃんは栄養管理士になるという夢があるので、そんな大学に行っている。
ちなみに妹は魅鴾で「みつき」と読む。
二人とも、テストで不利そうな名前をしているとしか思えないのが僕の悪いところだ……。
「はい。毎回彩りがよく、栄養も満点で食物繊維もしっかり摂れる、見本みたいな料理ですよ。将来、素敵なお嫁さんになれますね」
「……ところで、ミサちゃんは合宿じゃないでしょ?」
「そうなんです……最近、帰っているのを見かけないんです。ゼミ室に泊まってるのだと思うんですが……魅鴾ちゃんが合宿から帰ってきたら戻ると願いたいですね」
「もう夏だもんなー……テニス部だっけ。黒池ちゃんの剣道部も合宿あったでしょ?」
「はい、それはもう!朝から晩までバシバシバシバシ……思い出したくもないですね」
あははと苦笑いした。
合宿は恐らくあと二、三日で終了する。その間に魅鷺ちゃんが帰ってこなかったらどうしようということが頭でグルグルと回っている。
「俺は帰宅部だったけどな!」
「言われなくても予想はつきますよ」
僕は完成した朝のコーヒーをテーブルに並べた。トースト、目玉焼き、そして野菜。それを二人分。今日からしばらくお仕事がなくなったので、ゆっくりとご飯が食べられる。
「お、俺もいいの?」
「当然です。……が、餓死されると困るので」
「やったー!気が利くじゃん、黒池ちゃん!」
「わああっ、もう、朝から引っ付かないでください!」
そこからが大変だった。
どうせ身の潔白が証明されてもまた来るだろうと踏んだ僕は、今日一日を先輩が来た時用に使う日用品を買い揃えることにしたのだ。服とタオル、歯ブラシにお箸。櫛も買わなきゃ。
「今日はお昼はうどんで、晩はオムライスにしましょうね」
「黒池ちゃんの手作り?やった!」
「いい機会です。毎日カップラーメンばっかり食べてないで、手料理の素晴らしさを覚えていってください」
「藪蛇……」
しょんぼりする先輩をなだめ、レジに向かった。
「……━━」
「━━━━」
ん?高校生かな?今はまだ授業中のはずじゃ……。うぅ、謹慎中じゃなかったら補導するのに……!そうだ!先輩は……。
「おいおい、キミたち。今は授業中だろう?どうしてこんなところにいるのかな?警察の俺たちが黙っちゃおけないぞ。学校に連絡するからな」
予想と外れたー!!
どっかに遊びに行ってるものだと思っていたのに!こんな時だけ警察ヅラだー!!
「あぁん?なんだ、オッサン。怪我したくなかったら、大人しく帰るんだな」
「それはキミたちの方だ。……ほう、テストで悪い点を取ったりして……あっ、野球の試合で負けたんだ?だからイライラしているんだね」
「なっ……何でわかるんだよ!キモっ!おい、行こうぜ……ストーカーかよ……。リーダーにボコってもらおうぜ!……覚えてろよ!」
バタバタと走っていく四人組を上原先輩は何もせずに見送っていく。ボコるって……先輩を守らなくては!
「だ、大丈夫ですか?先輩!」
「大丈夫だ。よく謹慎中だからって手を出さずにいてくれたね」
「これでもかなりヒヤヒヤしてたんですからね?……それより先輩……」
「あぁ」
みんな、リンゴの紋様を入れていた。
タトゥーの子もいれば、鞄にぶら下げていたり、ネックレスをつけていたり。どこかで聞いたことある。
確か……『エデン』。
警察の中で、注意すべき団体として定められているところのうちの一つだ。最近トップが変わって、入団するメンバーもかなり変わったと聞いていたが、まさかこんな高校生たちが入っていたなんて……。
「黒池ちゃん、仕事内容変更だ。上には伝えておく……まずは『エデン』の対応だ」
「わかりました」
エデン……エデンか。刃物も普通に扱うと聞いている。もしかすると、僕が濡れ衣を着せられたのも、エデンのせいかもしれない……!?考えすぎか……うん、考えすぎだろう。
翌日。「とりあえず今日は一緒にいてほしい」と言われたので、寝るまでずっと隣にいた。も、もちろんベッドも……隣で。
「おはようございます、先輩」
「ん……エプロンの天使が見える……」
「何寝ぼけてるんですか。朝御飯ができました。早く食べて『エデン』の調査に行くんじゃないんですか?」
「はっっっ!!」
飛び起きた先輩は真っ先に洗面所に向かい、歯磨きを始めた。僕は半笑いでテーブルに朝御飯を並べる。
「ふふ、急いでも料理は逃げませんよ」
「黒池ちゃんのご飯は美味しいからねぇ。黒池ちゃんもいい旦那さんになれるよ」
「先輩は僕に専業主夫になれと言うんですか……」
先輩は急いで戻ってきた。それほど美味しいと言ってくれるのは嬉しいことだ。また一緒に食事をするためにも、エデンに打ち勝たなければ。
「先輩、準備はできましたか?」
剣を用意し、上着などが置いてある部屋からひょこっと顔を出す。
「待って待って!黒池ちゃん、お弁当とか作ってこーよ」
「お弁当……ですか?」
「外でも黒池ちゃんの美味し~い料理が食べたいなーって」
「先輩……もう、しょうがないですね」
「やったー!」
「全部綺麗に食べないと、許しませんからね?」
「上等!誰にも渡すもんか!」
「あはは……分けるなとは言ってませんが……まぁいいでしょう」
急いで野菜やミートボール、おにぎりなどを詰めていく。海苔で顔を付けて、かわいいお弁当の出来上がり……ってタイムロスすぎる!!
「ほらっ、行きますよ!ちゃんと持ってください!僕は剣で手一杯なんですから!」
「ずっと思ってたんだけど、その剣何キロ?」
「魔力が風を切る重さも考えて、二キロくらいです!今聞くことですか、それ!?」
「今日が命日かもしれないからね~」
「縁起の悪いこと言わないでくださいっ!」
廊下をバタバタと走り抜け、エレベーターに乗り、そしてマンションの外に出る。その一連で話す内容ではない。
「とりあえず、昨日の人たちを追いましょう」
「どんな子たちかはわかるのかい?」
「はい。一人だけ『蔦川高校』の制服を着崩していたので、おそらく『蔦高』の生徒が数人いると思います。職員室に電話をして捜査をしたいと思います」
「蔦高って、妹の魅鴾ちゃんの学校じゃなかったっけ!?」
「はい。先生に手荷物検査をするという建前でリンゴの持ち物を持っている人を挙げてもらいましょう!」
そう言ってスマホのロックを外す。すると、チャットアプリに新着のお知らせが入った。
魅鴾ちゃんからだった。
「魅鴾ちゃんからメッセージ?」
「……なんか嫌な予感がするな……」
「ええっと?……ええっ!?殴り込みぃ!?!?」
「はい、殺傷沙汰乙でーす!!本部に援護要請するねー」
「乙とかそんなこと言ってる場合じゃないです!写真、見てください!グラウンドにパラリラ鳴ってそうなバイクがたくさん……」
メッセージ内容はこうだ。
『おはよう、くろちー!!終業式だからみんなで学校行ったら、なんか刃物持った人たちがいっぱい来たの!刑事さんでしょ、早く助けに来て!』
といったもの。写真は焦って撮ったのかブレブレだ。
合宿は別の施設でやっていたため、変な日にするよりかは『エデン』として鍛えられている生徒がたくさんいる終業式の最中の蔦高にしたのだろう。しかも先輩が『警察』と名乗ったため、警察を呼べるなら何でもいいや!人質も多いに越したことはない!と……なんてふざけた作戦なんだ!効きすぎる作戦だ、こン畜生!
「黒池ちゃん、キャラブレすぎ」
「……はっ!」
毎回忘れかける先輩の心を読む能力……。
「とりあえず職員室に電話して。終業式だからみんないないと思うけど……」
「わかりました。先輩は守衛さんと援護要請をお願いします」
「おけ!」
高校に向かいながらプルルル、と電話をかける。だが、何回やっても留守電になってしまう。やはりいないのだろう……。
「どうだった?」
「ダメです。かかりません。魅鴾ちゃんからの返信もありません」
「そうか……とりあえず推攻課は集まることにしたよ。機動部隊も借りられることになった」
「あの……先輩」
「なんだい?」
「剣は使っていいんですよね?」
「最終手段でね。できるだけ竹刀を使ってほしい」
「竹刀ですか……一体どこにあるんです?」
「蔦高は剣道部もあるんでしょ。なら借りてったらいいじゃないか」
「無断持ち出し……ですか……先生に怒られちゃいますね……」
そう話していると、高校の近くの信号に着いた。周りの野次馬たちが心配そうにして、カメラを向け、そして騒ぎ立てている。
皆、揃ってこう言うんだ。
「警察はどうした!!」
と。
「ぜぇ……はぁ……荒れてるねぇ……黒池ちゃん……ぜぇ……」
「歩いて来ればいいのに……」
「いやいや!黒池ちゃんだけ行かせて、早々に捕まったらどうする!そうならないためのツーマンセルだよ」
「それもそうですね。……すいませーん!通してください!」
人々を掻き分けていく。その後ろを先輩がついてきた。
「あれ、黒池さん……二人だけ?」
「はい。偶然が重なり、早めに到着することができました」
「そっか。さっき、蔦高じゃない人たちも来てたから気を付けてね!」
「は、はいっ!行きましょう、先輩!」
「ま、待っ……ぜぇ……」
ヘロヘロになって追いかけてくる先輩。周りの人たちの力を借りて体勢を戻した。
とりあえず見た感じ、正門と部室は反対っぽいのですぐ近くにある用具庫に向かうことにした。
「用具庫の……あった!」
「モップぅ!?」
「掃除の時間、よくチャンバラしてたのでこっちのが手にしっくりきます」
「それ聞いたら先生泣くぞ……」
「いえ……先生は『そうだ、もっと強くなれ。それを経て心も強くなるんだ、皇希くん』と仰っていました」
「なんつー先生だ……甘々だな。こっちなんか、頭が古いからちゃんとやってた生徒も含めてめっちゃくちゃ怒られてたのに……」
時代を感じる会話はさておき、先輩にはちりとりを持ってもらった。
モップが剣でちりとりが盾……まるで勇者だ。しかもプラスチックのちりとりではなく、縦に大きい金属製のちりとりだ。距離感は少し掴みにくいが、普通のちりとりより頼りになるだろう。
「いざ、突撃!」
「あーあ、まさか初っぱなからこんなんになるとは……」
学校の見た目はこうだ。
正門の隣に正門と通路の掃除のための用具庫がある。現在地だ。
少し進むと校舎があり、その奥にグラウンド、講堂および体育館がある。そこが目的地だ。ちなみにバイクはまだグラウンドにいる。
「いち、にー、さん……15台!?……でもエデンにしては少ないですね」
「半分くらいは講堂にいるんじゃないかな」
「じゃあ30人はいると考えられますね……嫌ですね……」
「まぁ全員と戦うわけじゃないだろうし。山野くんや谷口くんを待とう。山野くんの能力は広範囲だから、役に立つと思うよ。もちろん生徒たちを逃がしたあとでね」
「……もし逃がすことができなかったら?」
「谷口くんの透明化で誘導し、山野くんが陽動。黒池ちゃんは暴れて」
「先輩は?」
「生徒たちを安心させないといけないっしょ?心を読んで、一番心配なことについて安心させる。それも必要なことだ」
……先輩、爆発させたあとのこと考えてないな……。でも戦いをグラウンドに持っていけたら最小限の被害で済むかもしれない。
「では……お先に失礼します!」
「健闘を祈るよ」
グラウンドに停車しているバイクが不安だとは言ったが、僕はグラウンドから行くのではなく、抜け道を知っている。正門からコソコソと外に出て、ぐるっと講堂の方へと回るところにある。
先日、不審者がいるとの報告を蔦高の先生から聞き、警備したのだ。
そいつはこの抜け道を使って高校に侵入していたようで、この抜け道の存在を知っている不良の生徒たちが授業中に抜け出そうとそこを使っていたところに不審者が鉢合わせ。騒ぎになっていたところを僕が発見し、逮捕。抜け道は塞ぐ予定だったが、まだ予定の段階で手をつけられていなかったので僕が今利用している。
ちなみに生徒たちはこっぴどく叱られたらしい。これは魅鴾ちゃんから聞いたことだ。
「よいしょ、っと……」
緑色のフェンスが丸くカットされている。草に隠れているため、パッと見わからない。不審者が開けたらしく、それを生徒が発見して利用していたようだ。
なので大人一人、普通に通り抜けられる。ちりとりが不安だったが、なんとかなった。
「さすがに建物の裏には誰もいませんね……」
ちら、と低い位置にある窓を見てみる。思った通り、刃物を持ったエデンのメンバーが迂回していた。指示を与えられないようにするためか、先生と生徒に分けられている。エデンの一人が先生の首もとにナイフを当てていた。
あれは……魅鴾ちゃんの担任の先生!?女性を人質にするなんて、ひどい奴らだ!
「今助けます……!」
左右を確認し、バイク組に見つからないようにダッシュで講堂の前まで移動して入口に向かい、扉と扉の間に滑り込む。すると、中から言い争いの声が聞こえた。どうやら今始まったようだ。声的に、教頭先生だろう。
「浦野さん!金岩さん!結崎さん!どうしてこんなことをするのですか!!」
「あぁん!?うっせーよ、ババア!俺たちはもう後戻りはできねぇ!ここで全員ブッ殺して、エデンの上層メンバーに加えてもらうんだ!」
ドスのきいた、いかにも不良ですという感じの声だ。反抗期真っ盛りだろう。
……それより、エデンの上層メンバーとか言っている……もしかするとここにはこの学校のメンバーのみが集まっている、もしくはしたっぱが勝手に行動して騒ぎを起こしているのかもしれない。まずエデンは実力主義のグループだったのか……。
とりあえず、ここは待機して話を聞くしかない。山野くんの爆発を合図に突入することになっている。ここが警察署の近くで、なおかつお弁当作りのタイムロスのおかげで課の人たちが出勤したあとだったのが救いだ。
まず膨れ上がった風船に剣を持って突っ込むなんてことをすれば、人質の先生が殺されかねない。あと、この生徒がエデンの重要な情報を漏らしてくれるかもしれない。
「これで本当にあのキモい警察官が来るんだろうな?」
「は?何言ってんだよ。あの店にいたってことは、あそこの警察署のやつに決まってンだろ。それに、あそこが一番でかいところだしな。来なかったらあそこに脅しの一つでも入れてやる」
うわ~……やっぱり昨日の子たちだ……。しかも先輩のこと言ってる……。
「でもさ、知ってるか?」
「なんだよ」
「あそこ、やべー刑事がいるらしいぜ」
「やべーって、どんな?」
「お前知らないのかよ。剣を持った刑事!」
「あー、この前来てた警察か!俺さ、あいつのせいで先公にスゲー怒られたんだぜ」
あの人質取ってる体格のいい生徒、抜け出そうとした不良だったのか……。って、僕、そんな「やべー刑事」なの?
「あいつ、また会ったらボッコボコにしてやる」
「おうおう、そーしとけ!」
モップをぎゅっ、と握り締める。向かってくるなら倒すのみだ。エデンに所属しているということだけで犯罪者のようなものだが、まだ高校生だ。いくらでもやり直せる……はず。そのあたりは僕の仕事ではない。僕たち『特別能力推攻課』は、特殊すぎる機動部隊だからだ。
「くろちー……」
「大丈夫、きっと来るよ!だって、魅鴾の運命のナイト様でしょ?」
「うん……」
魅鴾ちゃんの姿も確認できた。すると、後ろから爆発音が聞こえた。山野くんが来てくれた!
「行ってください、黒池先輩!」
「谷口くん!」
いつの間にか透明人間……谷口くんが隣にいた。
「キャアアアアア!!!」
中にいる学校の人たちが悲鳴を上げる。爆発音のせいなのか、不良たちが何かをしたのか。僕は急いで扉を開き、モップを構えた。
「もう大丈夫です!みなさん、逃げてください!」
「くろちー!」
足自慢の谷口くんがササッと生徒の方へと向かう。谷口くんの姿は見えないので、エデンのしたっぱたちの目線は全て僕の方へと向いた。
「え」
「ちょwwwモップでナイフと戦おうってのwwwバカじゃねぇのwww」
「オレたちをナメんなァ!!」
20人近くのエデンのしたっぱが襲いかかる。僕はモップの布の方を突き出し、顔に押し付けるなどして目眩ましをしたり、くるっと回転させて剣を使っているかのように戦った。
「な、なんだよ、アレ!?」
「あのモップ、金属じゃねーの!?」
「アレ、絶対正門のやつだ!一回見たことある!」
モップを顔に押し付けたり、ちりとりを振り回して当たって逃げ去っていったものが3人。谷口くんが仕留めたのが4人。5人ほど組み伏せて戦闘不能に。残ったのは7人だ。
「キャッ!!」
「東さん!?」
東さんと呼ばれたおさげの女子生徒が転倒し、それを見た不良の一人……金岩くんが助けようとした先生にナイフを勢いよく向け、その生徒を人質にした。
……他の先生や生徒はみんな外に逃げたようだ。
「東ァ……お前、毎回俺らが怒られてるところを見て、学級委員長の仕事の達成感を味わってたんだろ?あぁ!?」
「ち、ちが……」
「お前のことが、憎くて憎くて堪らなかったんだよ……なぁ!?東!!」
彼女の胸ぐらを掴み、床に叩きつける。その拍子に右のおさげがほどけた。そして掴んだまま右手の拳を振り上げた。
「東さん!!」
殴られる!と、彼女が目を瞑ったその時だった。
金岩くんの動きが止まったのだ。
「お、おい?慧人?」
「……く、そ……動か、ねぇ……」
金岩くんが止まっている隙に、ズルズルと連れ去られていく東さん。谷口くんが引っ張っているのだ。
「もう大丈夫です。……黒池先輩!」
「お覚悟!!」
残った浦野くんと結崎くんのお腹を少し手加減して殴り、動けなくした。他の4人は、ナイフを置き、両手を上げて降参している。見たところ大人なので、生徒ではなさそうだ。普通のエデンのメンバーだろう。
あとは金岩くんだけだ。
「先輩、先に手錠やった方がいいですよ。この生徒、結構凶暴ですし」
「そうだね」
カチャン、と手錠をかける。……しかし、この金縛り状態はどうやったら治るのだろうか……。
「先輩、今回はわかりやすく目視できるようにしていますが、背中に貼ってるお札、剥がしてください。それ取ったら動くようになるので」
「これ?……うわっ!」
「くそっ……くそおおおおおっ!!」
手錠をかけられていながらも手を振り回し、すんでのところで避けた僕にタックルを仕掛ける。だが、見えない谷口くんが足をかけたので倒れてしまった。
「っぐぅ!」
「さすが高校生……元気ですね……」
谷口くんが東さんと共に外に出る。なぜわかったかというと、東さんの歩き方が肩を持ってもらっているからだ。
その代わりに陽動が終わった山野くんが講堂に入ってきた。
「先輩、さすがっす!」
「山野くんもありがとうね」
「いえいえ!こっちも久しぶりに大爆発して楽しかったです!」
「そ、そう……?」
「あ、先輩、これ。上原先輩が渡しといてって言ってました」
渡されたのは僕の剣。僕より先輩のが弱いのでとりあえず護身用にと渡しておいたのだ。
「ありがとう」
「では!」
タタタッ、と外に出ていく山野くんを見送り、僕も外に出ようとした……その時だった。
「オラァ!!」
「!?」
風を斬る音がした。
僕は左手に持っていたちりとりを盾としてその方向に向ける。
……ベコッ!!と音がしてちりとりがすごい凹んだ!
僕は使い物にならなくなったちりとりを横に投げ捨て、剣を構える。ちら、とモップを見たが、その突然の刺客の向こう側にあった。さっき組み伏せるときに邪魔だからぶん投げたんだった……。
「誰だ!?」
「一度、挨拶しておきたくてな……。黒池とかいう名前だろ。奇士刑事……いや、騎士刑事。この人殺しが」
ケッ、と吐き捨てたのは、まだ金岩くんよりも背が低く、高校生よりかは中学生っぽい片目の男の子だ。片目と言っても、髪が長くて右目が隠れているだけだが。彼は黒いパーカーの袖を肩まで捲り、長ズボンをはいている。全身黒のコーデだが、一つだけ目に入るものが……。それはど真ん中に、毒々しいほど真っ赤なリンゴと髑髏が合体しているものがプリントされているキャップ帽だった。頭ではなく、ベルトについている。
「殺してはいません。それが条件なので」
……そして……剣だ。
「そう言っていられるのも今のうちだ、騎士刑事」
「その名前はやめなさい」
「ふん……じゃあ黒池って呼び捨てにするぜ」
僕の静かな警告に、彼はおどけた。
「キミは誰だ」
「そうだな……二代目『エデン』と呼んでもらおうじゃないか」
「やはり……エデンなんですね。一代目はどうしたのです?」
「殺した」
「……そうですか。力こそ全てのエデンらしいですね」
「ならやることは一つ」
「「生きることとは、勝つことだ!!」」
彼は大振りな攻撃を仕掛けてきた。真上に大きく振りかぶり、そして振り下ろす。隙の多い攻撃なので、容易に避けることができた。
「避けてばかりでいいのか?」
「くっ……」
ダメだ。避けてばかりだと、講堂が壊れてしまう。だが、エデンに攻撃を返してしまうと、この僕の……『悪魔ヘラ・フルールを殺すために鍛え上げてきた、悪魔でもひとたまりもない攻撃』を浴びせてしまうことになる。それだけは避けたい。
「なぜ剣を持つ、黒池!」
「やることがあるからです」
「そんなやることがあったとしても!剣を持って戦うことは、この社会では不要なものだとわからないのか!」
「わかっています!わかっているからこそ、僕は……僕は剣を握る!振るう!キミこそ、なぜだ!」
「力の証明だからだ!力こそ全て!それこそがエデンと、さっきお前は言った!剣こそ俺!俺こそ剣だ!力があれば、なんでもできる!!」
さっきより力強い攻撃だ。
エデンは僕との直接対決を望んでいるのか、わざと僕の剣に当てるような攻撃に変更してきた。
左肩、右の脇腹、正面。
腕を動かして剣で防がないといけない場所を狙ってくる。
「ぐ……」
剣と剣が拮抗し、カチカチと金属が擦れあう音がする。攻撃の型だけでも顔を突き合わせることになるので、僕はエデンに語りかけようとした。
……彼は笑っていた。
「あっははははは!楽しい、楽しいよ、黒池ェ!」
「早く降参なさい!」
「いいや!こんな楽しいこと、もう二度とない!でも、今後もこうすることができることを俺は知ってる!!」
エデンはバックステップを踏み、僕との距離を取った。
「黒池……『エデン』に来ないか」
「なにを言ってるのです」
「こっちに来れば、毎日戦える!もちろん殺しはしない……切磋琢磨して、最強になるんだ!」
「……あなたはバカですか」
「あん?」
ネクタイを緩め、目を細めて睨む。そしてもう一度剣を構えた。
「あなたのような、『脅しにしか使えない程度』の剣技……最強とは程遠いですね」
「なっ……」
「本当の剣技を見せてあげます。怪我は自己責任……誰も見ていない。よろしいですね?」
「くっ……いい気になって!叩き斬ってやる!」
激昂したエデンが飛びかかる。ワンパターンの攻撃だ。
僕は膝を曲げ、低い姿勢のまま一歩だけ後退した。彼は避けられることを予想していたのか、次の動きに入っていた。横腹を斬ろうとしているのだろうか、剣を彼の左上から右下へと振り下ろそうとしている。
僕は左足に力を入れ、体を立たせるとともにもう一歩後退、そして右に回る。腕を上げてガラ空きの右脇腹に右足で蹴りを入れた。
まさに人間離れした動きだ。
「ごはっ!?」
苦しそうな声を上げ、よろめくエデン。僕はすかさず横から首元に剣を当てた。
「動くと死にますよ」
「けほっ……!なんつー奴だよ……!本当に人間なのかよ!?」
「あなたにはわからないだろうね。僕の相手は人間じゃない……超えるためには、人間の限界を超えなければいけない」
「黒池……」
「アレを倒すまでは、僕は負けられない。強く……強くなり続けるんだ」
あの紅い姿が脳裏にチラつく。
幼いのにとんでもない力を持ち、禁忌の力を振るう悪魔!悪魔というのは比喩ではない。本物の悪魔だ。常に血のにおいにまみれた、正真正銘の悪魔。他の命なんてどうとも思っていないのだろう。
……その点については、人間も悪魔と同じものかもしれないと考えたことがある。人間だって、当たり前のことだと何とも思わずに動物を殺し、口にするからだ。
数十年前までは神の存在は信じられていた。しかし、今は神の不在が証明され、教会は全て反政府組織とされた。踏み絵や聖書の破棄……まるで江戸時代のようだ。
……そんなこの世の中だから、誰も言わないのだ。「お前たちは悪魔だ」と。
「……なら教えてくれよ」
「え?」
「弟子にしてくれ!俺も強くなる!」
「は、はぁ!?」
「な、な?いいだろ?……騎士……いや、緑岡大学附属高等学校剣道部主将、黒池皇希先輩!!」
「……っ!?そ、それをどこで……?」
「『エデン』では有名だぞ?なんか、青い髪の男の子が教えてくれたんだ」
「青い……髪の?」
「でもそんなことはいいからっ!お願いしますっ!」
「わ、ちょ、ちょっと!離して!」
お腹が痛いので立てないのか、ズボンを引っ張って騒ぐエデン。ここまでくると少しかわいそうな気もしてきた。
「黒池先輩!大丈夫ですか!?」
「うわ、モテモテだねー、黒池ちゃん」
「山野くんっ、先輩!今までどこにいたんですか!」
山野くんと上原先輩が走ってくる。二人は僕の状態と講堂の壊れ具合を見て顔を歪めた。
「やりすぎだよ、黒池ちゃん。やっぱり器物損壊したの、黒池ちゃんでしょ?」
「違いますってば!」
「冗談冗談!外の『エデン』のメンバーが吐いたんだよ。僕たちがやりました、ごめんなさい!ってさ」
「そう……なの、ですか?」
「そ!だから黒池ちゃんは晴れて無罪!いやー、よかった!黒池ちゃんの疑いもなくなって、『エデン』も一掃できて!あっぱれあっぱれ!」
「なーにーが!あっぱれですか!こっちは1ミリも解決してません!!」
「ねっ?」とエデンを見る。さっきまで戦闘狂のように暗かった瞳がみるみるうちにキラキラと輝いた。
「はいっ!先輩!!」
「ああっ!先輩って呼んでいいのはオレだけなのに!」
「言ったもん勝ちだもーん」
「きいいいいっ!」
山野くんとエデンが追いかけっこしている。大人と子供が遊んでいる微笑ましい光景だが、僕の周りをグルグルしないでほしい。
「目が回るからやめて!」
「あはは、二人とも元気だねぇ」
「笑ってないで止めてくださいよ!」
「黒池ちゃん、自分で止めたら?」
「もう……こらー!待ちなさーい!」
「加わっちゃってどうすんの」
先輩はスーツのポケットに手を突っ込み、笑う。
今、頭の中でグルグルとある考えが巡っていた。……これからエデンをどうしようか、と。高校生、もしくはその下なのでおそらく少年院行きだろう。だが、無理やり曲げても曲げられない意思を持つのが……騎士としての生き方だ。ならば、どうにかして少年院に行かないでいいように……僕の大好きな『先生』がやってくれたのと同じように、僕も彼を救いたい。
数日後。僕は特別能力推攻課の部屋で悶々としていた。もちろんエデンのことだ。
「先輩、ずっと顔が暗いままですよね」
「そりゃな……黒池ちゃん、エデンをどうにかして助けたいそうだよ」
「そういや今日裁判ですよね?行かなくていいんですか?先輩」
先輩は相変わらず持ち運べるゲームをしたまま、山野くんは隣の椅子に座って話している。
「……うん。エデンには強くなってほしいから。彼が望むのは『騎士のようなかっこいい人』。僕の手は必要ないと思う」
「黒池ちゃん……」
罪を犯した僕を助けてくれた先生……僕は、あの先生のようになりたい。高校を卒業して大学に入るときに先生とは別れてしまった。だからずっと捜している。僕が警察官になりたかったのはそういう理由だ。
「谷口くんが裁判所に潜入してるから、結果はメールで届くはずだよ」
「ちょっ、何てことさせてるんですか!?」
「透明だから、そういうことは慣れっこというか……ほら、黒池ちゃんの部屋に行ったとき。谷口くんもいたんだぞ?」
「えっ」
「やっぱ知らなかった?」
「はい……」
どれだけ不法侵入してるんだ。この人たちは。
「おっ、メールだ!……ふむ、よかったな、黒池ちゃん!親がいないということで、数日間だけ警察官で監視して、そのあとは新しい親を探すみたいだ」
「本当ですか!?」
「黒池ちゃんの熱意が伝わったな!」
僕はエデンを助けるため、ここ数日裁判所に掛け合っていた。エデンは最近変わったばかりのリーダーで、エデン自体はそれほど罪を犯していない。なので、エデン本人の罪だけを探したのだ。
結果、やったのは初代エデンを殺害し、あとは器物損壊を2、3回しただけ。実際、エデンになったあと『エデン』の犯罪規模は小さくなった。変わったことといえば、青年の『エデン』参加。これにより、青少年に向けての見方、対応のしかたについての再確認が行われた。
「よかった……よかった……!」
さらに数日後。
エデンから手紙が届いた。
新しい親と仲良く暮らしているそうだ。早く僕に会いたいとまで書かれてある。
未来が約束されている子供たちの更生が次々と行われていることは嬉しいことだ。
しかし……僕だって思うところはある。
……まるで昔の僕みたいだ。
僕みたいなのが増やさないためにも、頑張らなくては。
「……あと1」
誰かの呟く声が聞こえる。
ポケットの中で、そっと光が漏れ、2だったものが1になった。
どうも、グラニュー糖*です!
今回はpixivよりこっちが先です。
なぜって?
表紙より先に本編書いちゃったから!!
表紙イラスト、頑張ります。
では!