【特別編】黒池皇希育成記 『修学旅行に行こう!』
特別編です!
本編では勇ましい(?)黒池の可愛い姿をご覧ください。
「ボス〜!!修学旅行って、マジっすか!?」
「おい……。この流れ、前もやっただろ」
「それはそうっすけど!でもぉ〜!!」
班決めのために先生が表を書いているとき、僕は家であったことを思い出していた。今回は『前回もやったから』という理由でお兄ちゃんに納得してもらった。
……林間学校のところで、後日遺体が掘り起こされたとニュースで見た。僕は「怖いなぁ」と言ったのだが、その時の先生とヤスお兄ちゃんはひどく冷静だったように見えた。……気のせいかなぁ?
とりあえず今は修学旅行の話だ。別の県に行くそうだが、お兄ちゃんが心配すぎて死なないだろうか?大丈夫かな……。
「なぁ、黒池。俺たちとで良いよな?」
「えっ?あ、うん。もちろん、いいよ」
前の席の友達が話しかけてくる。本当は先生と同じ部屋でも良かったのだけど……。友達は大事だよとヤスお兄ちゃんに何度も聞かされてきたので、先生も許してくれるだろう。
「こら、まだ話の途中だ。前を向け」
「すいませぇん」
ヘラヘラと笑って友達が前を向く。
……そういえばお泊りとか、林間学校以来だなぁ。
「では、これから部屋決めだが……。あまり大きな声で話すなよ」
「「はーい!!」」
ワイワイガヤガヤとみんなが席から移動して友達と話しだす。グループが固まったら前に来て名前を書いていくシステムだ。僕もボッチではなくちゃんと友達がいるのだが、部活部活&部活で放課後一緒に遊んだことはない。それでも友達でいてくれるのだから、とてもありがたいことだ。
「…………ふむ。全員の名前があるな。では、次にしおりを作る係を決めるぞ」
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「うぇーい、自撮りで集合写真撮るぞー!ほら、黒池も!」
「うん!」
ベッドに乗って5人で写真を撮る。みんな私服なので新鮮だ。
ここは東京からバスで約4時間くらいの場所。長野県だ。今日は川で遊び、明日はお城に行く予定だ。
「はいっ、チーズっ」
──パシャッ!
スマートフォンが軽快な音を鳴らす。
いつもは鍛えてばっかりだけど……たまにはこういうのも楽しいなぁ。
「ふふ……」
「どうかした?」
「ううん。楽しいなぁって思って」
「俺も!いつも大人しそうにしてたイメージだったけど、楽しんでくれて嬉しいよ」
彼は『木上涼太』。クラスでも指折りのイケメンくんで、中身までイケメンだ。
僕と仲良くなったキッカケは体育の授業で、僕があまりにも強いので記憶に強く残ったそうだ。その後『好きな人とタッグを組んでそのペアで他のペアと戦う』という時に、僕を狙っていた涼太くんと組むことになって無双したのだ。『好きな人』と聞いて恋愛を思いつく人もいると思うが、『強さも込みで好きな人』とも取れるので、彼の考えは授業としては最適なものだったらしい。その事を家で話すと、先生は『物は言いようだ』と言った。
「あ!オメー、そんなこと言えんだ?」
「う、うるさいなぁ。こういうときくらい、良いだろ?」
石田くんと言い争っている。いつもの光景だ。
「ふふふ……!」
「黒池くんって、少し女の子っぽいよね」
グループで一番大人しいメガネの男の子が話しかけてきた。あまり声量が出ないのか、無理して声を出している感じだ。彼は『亀山伊助』。古風な名前なのは、親が将棋の棋士だからだ。
「わかる!抜けきれてないというか」
「上野、お前……」
「な、なに疑ってますみたいな目で見てるんだよ!オレにそんな気はないって!」
「何も言ってないだろ」
あははは、と笑い合う。
「でもま、髪長いし言えなくもないな」
「………………」
僕は何も言えなくなってしまった。
「黒池?……その、気に障ったなら謝るよ。ごめん」
「ううん、良いんだ。それより涼太くん、写真、うまく撮れた?」
「ん?あぁ!もちろん。俺のカメラスキルナメんなよ!ほら、みんなにも送ってやるよ」
「サンキューな!」
そして、何事も起こらずに2泊3日の予定は最終日になった。今日はみんなそれぞれ街をブラブラと歩く、いわゆる自由時間。自由時間終了まで残り3時間だ。
「3時間って言うけど、長いようで短いだろうな」
「何するの……?」
「まずは……腹ごしらえだな!そのあと思いっきり遊んで、バスの中で爆睡してやるぜ」
「えぇ……」
「あはは、多分みんな寝ちゃうよ。思い出を残しておくためにも。ずっと起きて、帰り道の記憶まで残しちゃったら寂しいでしょ?」
「そうだ!よぅし、目いっぱい遊ぶぞ!!」
まずは食事をすることになった。長野県といえば?で調べると信州そばと出てきたので、そばを食べることになった。
「こんなとこまで来てそば!?」
「まぁまぁ。一番美味いらしいじゃん?食べて親に自慢してやろうぜ」
石田くんがそこまで言って口をつぐんだ。
「?」
「……黒池の親ってさ、うちの担任ってマジ?」
「おい、やめろよ……」
涼太くんがすかさず止めに入るが、僕は笑顔を崩さなかった。
「良いんだ。……そうだよ。先生、家ではすごく優しいんだよ」
「えぇ!?言っちゃ悪いんだけど、めちゃくちゃ怖くね!?」
「いや本当に言っちゃ悪いやつだな」
石田くんの隣で上野くんが呆れる。
「あはは……よく言われるよ。だから気にしないで。先生みたいにずっと着物の人、あまり見ないでしょ」
「そうか?ならよかった。ありがと」
「んー。確かに着物なんて、とっくに廃れたと思ってたのに……」
「将棋って昔は着物だったらしいけど、最近はみんなスーツなんだろ?」
「うん。お父さんもスーツで指してるよ」
「なら『将棋』なんて名前じゃなくて、もっとスタイリッシュにしたらいいのに」
「はは……古き良きって感じでいいじゃないか」
着物……かぁ。着物というか浴衣は着たことあるけど……。そういえば、着物は先生だけで、他のお兄さんたちはみんなスーツだなぁ。先生のも『古き良き』なのかな。
「何を話しているんだ?」
「うえっ!?せ、先生っ!」
みんなで話していると、後ろから先生がやってきた。一番近くにいた上野くんが本気でビビったのか、飛び跳ねて驚いた。
「先生もお昼ですか?」
「ん?お前たち、もう昼を食べるのか?」
「やっぱ早いっすかね?」
「好きにするといい。くれぐれも、他の人に迷惑をかけぬよう……」
ギロ、と上野くんを見る。
「ゔ(なんでオレだけ)」
「いいな?」
「はい!!」
先生はそのまま僕たちの間を割って歩いていった。
「ひぃ……怖かった」
「もう3年が終わるけど、いつ見ても慣れないよな……」
「よくあんなのと帰ってからも一緒にいれるよな……尊敬するぜ」
「ほ、褒められてるのかな?僕……」
「十分褒めてるって」
ニコニコしている涼太くんに背中を押され、そのまま一番近い店を探す。いつしか背中から離れていた。
「信州そば……信州そば……。あ、あった」
対向車線に店があった。看板にはちゃんと『信州そば』の文字がある。幸い、横断歩道のすぐ隣の店だった。
「行こうぜ!よーいどん!」
「あっ!ずりぃぞ!」
「お前もな!」
「ま、待って!」
「もう……」
みんなで走り出す。
強くなることだけを考えていた中学校生活。ずっと部活ばかりだったけど、ずっと如何にしてヘラを倒すかということばかりを考えていたけど……。
部活から離れて、友達とはしゃいで。
いじめとかの問題を聞くことはあるけど、それも無くて……多分先生の影響だと思うけど。
でも、こういうのもいいなって。
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それからはとても早かった。
『楽しい時間はすぐに過ぎていく』って言うけど、本当にそうだ。
教室でペンを持って窓の外を見ている時間は長いのに、みんなで騒いではしゃぐのは閃光のよう。
僕は隣で口を開けて爆睡する上野くんを横目で見ながら思う。
『ならこれから先もこうやってワイワイできるように、部活をやめればいいじゃないか』
確かにそうだ。当たり前だ。
でも、僕はやめるわけにはいかない。ただ部活をやっているわけじゃない。僕は、自らを鍛えるために剣道をやっているんだ。
他の人よりも強くならなきゃ。
誰よりも、誰よりも……。
そうじゃないと、あの赤い悪魔に勝てない。『ヘラ・フルール』……。直訳すると、『地獄の花』。
地獄のような魔界で生きているからなのか。
地獄のような世界で這いつくばってでもしぶとく生きるから花のように見立てたのか。
あの炎が花のように見えたからなのか。
誰が付けたのかもわからない名前を、頭の中で繰り返す。
誰が何のために付けた名前なのだろうか。
名前とは一体何なのか。
人の性格は名前に沿うようになる。
どうして名前を付けるのか。
名前に『存在』を封じ込めるため?『そうであれ』と願われたから?
名前とはわからない。
僕も『黒池』のままで、なぜ『川崎』と言われないのかがわからない。
中学生の戯言だと言われたらそれまでだけど、言われるまで考えさせて。
………………僕も瞼が重くなる。
頭を使いすぎたんだろう。今は……『中学生』の僕のままで……。




