【特別編】黒池皇希育成記 『剣道の練習をしよう』
特別編です!
本編では勇ましい(?)黒池の可愛い姿をご覧ください。
「あの……ここって」
「昔使っていた道場だ。所有している建物だから、好きに使うといい」
マンションからそう遠くない建物。事務所と同じように和全開の道場だ。周りとはどうあがいても溶け込めないその外観は、使用用途も手伝って近寄りがたいオーラを放っていた。
「ありがとうございます!わぁ、広い……!」
皇希くんは嬉しそうに中を見る。しばらく使っていなかったため、ホコリまみれだった。しかしここの存在を思い出して、昨日急いで部下たちに掃除させたのだ。
「ボス〜、ここにチャンバラセット置いとくっすよ〜」
部屋の隅でヤスが声をかけてきた。私が首を立てに振ると、そのまま置いた。
「しばらく自主練をしてここに慣れなさい。今日は休みだ。このあと私と手合わせをしよう」
「は、はいっ!」
基礎的な練習をし、少しは剣道を学んだ皇希くん。剣筋やセンスは良い方で、ますます武術に長けている子供だと驚いた。
もう少しかかるものだと思っていたが、これも皇希くんだからこそだろう。
しかし、懸念すべきことがある。
それは、大きな大きなことだった。
「………………」
正座をして精神統一をする皇希くん。
立ち上がり、竹刀を握る。
ここまでは普通だ。
おかしいのは、そのあとだった。
「………………!」
目の前の仮想の敵に向かって竹刀を振るう!
……振るったのだ。
横に。
「……ボス……なんか違いません?」
「あぁ……違うな」
横に振るったあと、次はそのまま上から下に、斬り伏せる。
そう、斬り伏せたのだ。
まるで……試合ではなく、本当に戦っているかのように。
『我流』という言葉がある。それはその名の通り、自己流のものだ。決められた動きではなく、その人しか知らない動き方。ユニークさでは完璧だが、これでは試合をしたら相手が怪我をしてしまう。
「止めます?」
「いいや、今は観察しよう。おかしな点を見つけて、指摘する方がいい」
「見つけてって、もう見つかってやすけどね……」
彼のやり方は、何か怒りが込められているようなものだった。
……ただ剣道をやりたかっただけではなかったのか?もしそうだとすれば……。
私は自分の刀を見る。
これが私から離れたその時、もしかすると…………。
「先生、どうしたんですか?」
「え?あ、あぁ……。身体は温まったか?」
「はい!お時間をいただき、ありがとうございました」
ぺこ、と頭を下げる。剣道でまず教わるのは礼儀だ。これがちゃんとなっていなければ、試合にならない。
相手にはもちろん、自分の竹刀にも最大の礼儀を。相手にとって失礼な態度を取ったり、竹刀を跨いだり落としたりするのは反則負けにも繋がる。刀は武士の命。誰だって墓や信仰する神の像を踏んだり跨いだりはしないだろう。そういうことだ。
「礼儀正しい子に育っておれは嬉しいよ〜!!」
ヤスが剣道着の上から抱きついている。皇希くんは嬉しそうにニコニコしていた。
……さっきのが見間違いだ、と思えるほどに。
「さて……。私と一戦、交えるとするか」
「よ、よろしくお願いします」
私はヤスから新聞紙で出来た刀を受け取る。新聞紙を棒状に丸め、テープで止めただけのシンプルなものだ。一方、皇希くんのは私が昔使っていた竹刀を使っている。耐久性、持ちやすさ共に竹刀の方が優れているのは誰が見ても確かだ。
……しかし。私は容赦はしない。
「おれが審判っすね!」
「ルールは相手に攻撃を許した時、もしくは竹刀を落としたら一本だ」
「はい!」
「お、おれは何て言えばいいんすか?」
「点が入れば一本と言ったり、止めてくれれば良い。竹刀を落としてすぐに拾わず、数秒時間が過ぎた場合も止めてくれれば良い」
「了解っす!」
私は皇希くんに向き直る。
……私が相手だからだろうか、彼の竹刀の先から迷いや不安が見える。
「私を学校の先輩などと思ってもいいからな。遠慮はするな」
「はい」
すー……はー……。と、皇希くんが深呼吸したのか、体が揺れ動く。その剣を持つべきか否か……見極めさせてもらう!
「では……始めっ!!」
私はまず皇希くんの攻撃をわざと受け止めることから始めた。皇希くんは相変わらず我流で、どこから飛んでくるかわからない。
パンッ!パンッ!!
竹刀と新聞紙がぶつかる。
しばらく打ち続けていると、ストップ!ストップストップ!とヤスに止められた。
「3分……いや、4分くらい経ちましたよ!確か一戦の時間制限がありましたよね!」
「そうだったな。すまない、長すぎたな」
私は肩で息をする皇希くんに話しかける。彼はつらそうだがニコッと笑った。
「少し休憩を挟む。……ヤス、話がある」
「はい。……ちょっと待っててね」
私はヤスを連れて廊下に出た。
「さすがボス、あんなにやったのに汗ひとつかかないなんて」
「ふん……。で、どうだった?」
「……戸惑いは確かにあったと思うっすよ。あの素振りと比べると、やはり勢いが……」
「だろうな。力の入れ方もめちゃくちゃで、相手をとにかく倒そうという意識だけがあった。これは……少し危険だな」
「ですが……」
「言いたいことはわかる。だからこそ、難しいんだ。……これについては、特にな」




