【特別編】黒池皇希育成記 『運動会はお兄ちゃんと!』
特別編です!
本編では勇ましい(?)黒池の可愛い姿をご覧ください。
「ヤス」
「はい、ボス!」
高学年の徒競走が終わり、少し時間が空いたので皇希くんの元に行こうとしたら、ボスに呼び止められた。ボスはいつもの袴姿だ。……うん、袴姿なのである。
「保護者と出る競技、お前が出ろ」
「ええ!?……って、当然っすよねぇ」
「喜ぶとかそういう問題ではない。パフォーマンスのバランスとして、常に共にいるお前が適任だと判断した」
「お、おお……はい!」
「……勝つぞ」
「はいっ!!」
……こう見えて、ボスはこういう勝負事になると燃えるタイプなのだ!
現に、ぶっちぎりな点数差が目に入り、赤組と白組の点数を見るたびに夢じゃないかと思う。なぜなら、相手は小学生なのにチーム全員を集めて、宣言をしたからだ!これにはその場にいた全員が微妙な顔をしていた。
「で、では皇希くんにこのことを伝えてくるっすね」
「行ってこい」
「…………は、はは……こりゃ1番を取らないとマジで指詰められるぞ……」
これが6年……いや、この先10年以上続くのかと思ったら背筋が寒くなる。
「おーい、皇希くーん!」
「おにーちゃんっ!」
皇希くんは次のダンスの青いポンポンを持ちながらこっちにやって来た。
「わぁ、ポンポンだ!ああっ、かわいい!!」
「わさわさー」
皇希くんも運動会でテンションが上がっているのか、背伸びをしてポンポンを顔に押し付けてくる。でも許してしまうほど可愛い。
「ダンス楽しみにしてるからね」
「うん!」
……保護者同士、話をすることがあるのだが……。なんでも、ボスが見本を見せようとしたがかなりの下手くそで面白かったという声が多く、その日の晩ボスの姿を見るたび想像してしまって本当につらかった。
「そうだ、このあとの保護者同伴のかけっこだけど、おれと一緒に出ることになったからね」
「おにいちゃんと?」
「そっすよ!頑張ろうね!」
「うん!」
……そして、1年生のダンスが始まった。
その名も『ねこさんダンス』で、保護者が裁縫で作った猫耳カチューシャを頭に装着して踊るものだ。
おれは裁縫は無理だったので、うちの組の一人である野内春樹くんに作ってもらった。彼は組内最年少で、高校を中退したという子だ。高校デビューでよく喧嘩するようになり、回数を重ねるうちに親に「自分で服を縫いなさい!」と言われ、自分で裁縫をし始めたために裁縫が得意になったそうだ。彼は皇希くんに『中退』という選択肢を知ってほしくないと言っているため、彼には会ったことがない。
『ねこさんダンス』は左右でポンポンを振り回しているのだが、途中で体ごと左、右とワサワサするタイミングがある。これは猫パンチをイメージしているらしいのだが、これをボスがっ……やっ……くくっ、ダメだ、考えちゃダメだ。
ぴょんぴょん跳ね回る1年生を見て癒やされる保護者たち。これではねこではなくうさぎだ。
「……ヤス」
「どわっ!?!?……ボス!」
プログラムに目を落としていると、背後にいたボスに話しかけられた。
「な、なんすか」
「……失念していた」
「へ?」
あのボスが?失念?
「スタートのピストル音があるだろ」
「あー、はい。……って、まさか!」
皇希くんと銃といえば……。
「そうだ。皇希くんが毎回泣きそうな顔になっていてな……。私もやることがあるから行けなくてな。周りはただ音にビックリしているだけかと思っているようだが、本当は毎回トラウマを思い出している可能性がある。だから次から横にいてやってほしいのだが。頼まれてくれるか?」
「当然っす!まっかせてくだせぇ!」
「理由が理由だからピストル音を変更してくれとは言えなくてな。頼んだぞ」
「はい!」
幸いピストル音が使われるものは最初に固まっており、次に鳴りそうなのはおれが隣にいる時だ。だからこの時は何とかなるはずだけど……。
『1年生の『ねこさんダンス』でした〜!頑張ってくれた1年生のみんなに、拍手を〜!!』
パチパチパチパチ!と盛り上がるグラウンド。席取りをしていた組の者も拍手をしている。
1年生が年ごとの場所に戻ってきて飲み物を飲んだりして落ち着いてきたため、おれは皇希くんの元へと向かった。
「お疲れ様、皇希くん!」
「おにいちゃん!」
猫耳を着けたままおれに飛びついてきた。
かわいい……このまま持って帰りたい……!
いやいや、ダメだダメだ!1年に一度の運動会!最後まで楽しんでもらわなきゃ!
「……どうしたの?」
「え!?ななな何でもないっすよ〜!」
顔に出てたのかも。
いつからおれに気づいていたのかは不明だが、ボスが他の子の相手をしながら横目で見てくる。怖い。
そ、そうだよね!今ここにいる人間の中で一番部外者なの、おれだもんね!
「?」
「そっ、そうだ!次の番までここで一緒に見よう!……ぼ、ボスの特権で許可が下りたんだ!」
「は?」
「ちょ、声がでかいっすよ、ボス!」
ありえないという顔をしてこちらを見るボス。もはや子供の相手すらしていない。
しかし、下を見ると……。
「ほんとっ?!」
皇希くんは目を輝かせていた。
「本当だよ!」
…………とは言ったのだけど。
おれはその場で三角座りをして見ていた。スーツに砂が付くのもお構いなしだ。その横で皇希くんはたまに水筒のお茶を飲みながら2年生のダンスを見ている。
おれは……。
「見てー!」
「おおー!」
さっきの猫耳を着けられていた。
おれは今、皇希くん(9割)と2年生(1割)を見るために全力を注いでいるため、猫耳を取るまで手が回らない。
さらにはおれの周りにはいろんなクラスから持ってきたであろう色とりどりのポンポンが並べられ、儀式のようになっている。子供特有の謎の遊びだろう。
そんなおれを見て、皇希くんのクラスメート……ボスの教え子たちはハイテンションになっていた。
「……無になってやがる……」
ボスの呟く声が聞こえた。
……そして。
『『保護者同伴レース』に参加するご家族の方、生徒は待機場所に移動してください。繰り返します……』
招集の放送が流れ出した。
おれは勢いよく立ち上がり、皇希くんを見る。
「出番だ!行こっか!」
皇希くんの手を取って待機場所に移動し、その時を待つ。
「へぇ、障害物競争みたいなものなんだ」
平均台(低学年は親が子供の手を持ってサポート。高学年は親子別々で平均台をクリアする。)、親子協力なぞなぞクイズ、親が布を持ち上げてその中を通るもの(ここで高学年がもたつくことを見越し、遅れがちだった低学年をリードさせて番狂わせ狙いも可能となる。)、そしておんぶまたは手を繋いで駆け抜ける。
おんぶは身長120センチ以下の子供のみ可だ。
『それではー!よーーーい……』
無意識に皇希くんの手を握る力が強くなる。
競技のためではない。皇希くんのトラウマのためだ。
『ドン!!』
パァン!とピストルの音が鳴る。
もちろん実際に銃を撃っているわけではない。……が。
やはり、皇希くんの記憶の中には視界だけでなく聴覚にもしっかりと記録されていたようで。
「ぅ、うぅ……」
「皇希くん」
下を向く皇希くん。その肩は震えていた。
「………………」
ブンブンと首を横に振る。
一人で抱え込もうとしているのか。そうはさせない。おれたちとゆっくりでもいいから、克服していこう。
「……わかった」
おれは皇希くんを抱き上げる。
「?」
「おれがゴールまで連れてってやる!」
スタートダッシュを大幅に遅れたおれたち。だけど……それでも!
「うおおおおおおおお!!!!!」
『速い!速いぞお兄さん!どんどん障害物をクリアしていく!その姿は、まるで風のようだ!これを疾風怒涛と言わずして、何と言う!?このままあの人の独壇場となるかぁ!?』
平均台は平衡感覚!
なぞなぞは……いろんなものを見てきたおれをナメるなよ!
布を持ち上げる!?おれが通る!
あとは……おんぶ!おんぶじゃなくてもルール的にはゴールに行くだけでいいから……!
おれが!全部!やる!!
「いいいよっしゃあああああ!!!」
『ゴーーール!!!見事な追い上げでした!!』
「……ヤス」
「あっ、ボス!やりやしたよ、1等賞っす!ねー、皇希くん」
「うんっ」
ボスはなぜか微妙な顔をしている。
「皇希くん。ごめんな」
「?」
「ピストルの音、怖かっただろう」
「ぁ……うぅ……」
皇希くんは困った顔をしてモジモジし始めた。
「今日はずっとヤスが一緒にいてくれるからな。怖くなったらすぐに言うんだぞ」
「うん……」
「ヤスも、しっかり見ておくように」
「了解っ!」
…………そして、終わるまでおれはずっと皇希くんの側にいた。1年生なので他には玉入れくらいしかなかった。おれが1年生のところに戻るやいなや『儀式』が再開された。もうどうにでもなれ!
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「ふぅ〜……やっと終わった!」
おれたち組員は運動会のために設置されたテントをボスの指示のもと片付けていた。
「お疲れ様です。冷たいお茶をどうぞ」
「あ!ありがとうございます!」
どこかのクラスの先生がコップに冷えたお茶を入れて持ってきてくれた。しかも人数分だ。そこまで人数が多くないとはいえ、大変だっただろう。
「………………」
教室からチラッと覗いているのは皇希くんだ。皇希くんの家族と言える存在はほぼここに来ているし、今日は運動会なので全員が揃うまで待ってもらっていたんだ。ボスは明日からについてのミーティングで、おれたちは手伝いに励んでいた。……なので、2時間ほど皇希くんは教室で1人、待っていたことになる。
「皇希くんっ!ごめんね。もう夕方だし、怖くなかった?」
「うん」
と言いつつ少し涙目になっている。置いてかれたと少しでも思われたらどうしよう。
「へへ、おれも砂まみれになっちゃった。お揃いだね」
「うん!」
よかった、笑ってくれた。
「今日は楽しかった?」
「うん!たのしかった!」
「よかった!……おや」
疲れたのか、うとうとしている。しょうがない、おんぶして帰ろうか。
「さぁ、乗って」
「ん……」
小さな手が背中に当たる。おれは落とさないように、そして起こさないようにゆっくりと立ち上がった。
「お帰りですか?」
荷物をまとめて教室を出ると、さっきの先生が立っていた。
「はい。来週からも、よろしくお願いします」
「は、はい!あの、障害物競争、凄かったです」
「あ、あはは、つい本気を出してしまいました」
「ふふふ。お兄さんも、黒池くんも今日はしっかり休んでくださいね」
「はい!では!」




