【特別編】黒池皇希育成記 『プールに行こう!』
特別編です!
本編では勇ましい(?)黒池の可愛い姿をご覧ください。
「プールに行きやしょう!!!」
朝。
アラーム代わりの爆音が耳をつんさぐ。
「…………なんだって?」
布団から出て、寝起きの不機嫌な目をヤスへと向ける。ヤスは一瞬ギョッとしたが、すぐに元に戻った。
「でーすーかーら!プールに──」
「いや、なぜ?」
海でもいいはずだ。その気になれば貸し切りだって……。
「……いかないの?」
ソファーに座っている皇希くんが短パンから出た足をブラブラとさせながら問いかける。
……夏休みに入って数日が経った。なので皇希くんはヤスと共に計画表を書いていたのだ。
……書いて……いたのだが。ヤスに任せたのが間違いだった。なんと、いつ宿題をするのかがわからないほどに予定を詰め込んだのだ!
「皇希くん、アサガオに水をあげたかい?」
「うん!お花にお水をあげたよ。いつ生えてくるかなぁ?」
「いつか必ず生えてくるよ」
「わあ……!」
目がキラキラしている。眩しすぎる。
「……わかった。算数も進んでいるようで、国語もヤスが日課のように絵本を読み漁っていたおかげでプリントと読書感想文も終わっている。良いだろう、連れて行ってやる」
「「やったー!!」」
…………というわけで、私たちはとあるルートを使い、プールとは言えど大きな施設にやってきた。
「この時のために用意した、黄色の浮き輪!あと腕にも浮き輪!かーわーいーいー!」
ヤスが水中用のカメラを持ってあらゆる角度からシャッターを切る。この調子じゃすぐに撮れなくなるのでは。
「?……♪」
「さ、ボスも!」
「ここで待っているから、行ってこい」
「ええ!?せっかく来たのに!」
「いや……いい」
横目で周囲を確認する。
やはり一般客から警戒されているようだ。
「そうっすか……。行こっか、皇希くん」
「うん」
ヤスが大きな浮き輪を左手で持ち、右手で皇希くんの手を取る。体を傾けながら歩いているのでかなり斜めになっている。
……皇希くんがこんなに人がいるところに来ても、笑顔を崩さないでいてくれるようになったのはヤスのおかげだ。
「……さて」
どこか座れる場所を探そう。
__________
_____
「♪」
一緒に水の中に入った皇希くんは、おれの藍色の上着に空気が入ったのでそれをプニプニと触って遊んでいる。ホントは泳いでほしいんだけどな〜〜!まぁ、いっか!
「見てて、皇希くん」
ウェアを掴み、中に空気を含ませる。それを彼の前に持っていった。
「?」
「触ってみて」
「…………」
おそるおそる触ってみる。
これもプニプニすることがわかり、すぐに笑顔になった。
「そうだ!アレ行こう!」
こういうところに来たからには、アレに乗らないと!
そう、ウォータースライダー!!
「は、はわ……ううう」
この世の終わりみたいな顔をしたあと、千切れそうなほどに首を横に振る皇希くん。
「大丈夫大丈夫!おれに掴まってるだけで大丈夫。前は見なくてもいいんだよ」
「や……」
「きっと楽しいって!」
……で、連れてきた。
ぷるぷると震え、おれの体にひしっ!としがみついて、外を見ようとしていない。
「大丈夫、おれも離さないからね」
「……う」
こく、と頷く。
そして……。
「いってらっしゃーい!」
スタッフの困惑気味の掛け声と共にスタートするスライダー。
「……!」
途中で顔を上げる皇希くん。そして、後ろ……つまり、進行方向を見た。
「ん?」
「おぉ……。……!?」
直後、ザパーン!!とゴールに着水した!
「こっ、皇希くん!?大丈夫!?」
「うう……」
ゴシゴシと目を擦る。目に水が入ったのか!ええと、タオルタオルっ!
「……ヤス」
「ボス!タオル無いっすか!?」
そこまで言ってハッとする。
ボスは休みに行ったのでは?なぜここに?
「必要だと思って用意したんだよ。ヤス、無茶はやめろ」
「ご、ごめんなさい……」
タオルで顔を拭いていた皇希くんが顔を上げる。
その顔は…………明るいものだった。
「おにいちゃん」
「ん?」
「たのしかった!またいきたい!」
「え、ええ!?」
怖かったと言うかと思っていたが、正反対の言葉に驚いた。しかも皇希くんがここまで感情を外に出すなんて。おれは混乱と喜びで感情がぐちゃぐちゃになりそうだ。
「よ、よぅし!もう一回行くぞー!」
「おー!」
「…………ほどほどにな」
__________
_____
「♪」
皇希くんが浮き輪に体重を預けてぷかぷかと浮いている。
そして、おれも……。
「……疲れたなぁ……」
大の字になって水面を漂う。ここは屋外プール。スライダーは屋内だったのだが、ここの方が泳げる範囲が広いので移動したのだ。
うーん、まぶたを貫通する……太陽が眩しい……。
「はぁ〜〜水っていいなぁ」
冷たいのと暑いのでプラマイゼロ。
でも確実に水が頭を冷やしてくる。
「ふぅ…………」
………………。
「………………ん?」
何かおかしい。
大の字をやめ、一度潜ってすぐに立ち上がる。そうじゃないと立てないからだ。
辺りを見渡す。
…………いない!
「こっ、皇希くんっ!?」
い、いた!!
流されてる!!
「うわわわわっ!ヤバい!」
ここが流れるプールであることを忘れていた!
「待って!」
クロールで泳ぐが、意外と人がいるので思ったように進まない。それどころか、皇希くんはどんどん流されていく。
皇希くんはというと、暖かい天気と、水で上下に揺れて気持ちがいいのか、腕の浮き輪と、同じ色の大きな浮き輪に顔を乗せて寝ている。浮き輪だらけで顔に水が付かないのが幸いだ。
「すよすよ……」
「まっ、まって……」
さっきガンをつけてきた男と泳ぎの競争した(勝った)のが祟っているのか、疲れてなかなかスピードが出ない。
でも、溺れるわけにはいかないし……!
「う、ううう……!」
「…………何をしているんだか」
「はぶ!!」
ギュム!と独特な音を出し、頭に柔らかいものが当たる。
う、浮き輪!?
「ぼ、ボス〜〜!!!……ぶふぉ!?」
声に反応して立ち上がり、顔を見る。……その顔を見て、盛大に吹き出した。
「………………」
「グラサン!?グラサンっすかっ!くくっ……」
ボスはどこで買ったのか、アスリートが使っているような虹色に見えるサングラスをかけていた。
「……はぁ」
ボスは片手で運良くプールサイドに近づいていた皇希くんの浮き輪を止めていたようだ。ボスは下半身がびしょ濡れの皇希くんを抱き上げる。彼はまだ眠ったままのようだ。
黄色い大きな方の浮き輪はというと、輪投げのようにおれの方へと投げた。
「半分沈みかけていたぞ。それを持って、練習するんだな」
「そ……そりゃないっすよ、ボス〜〜!!!」
皇希くんが眠るほど楽しんだからなのか、おれの体力が限界を迎えたからかはわからない。
初めてのプールは、大成功(?)のまま終わった。




