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奇士刑事  作者: グラニュー糖*
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【特別編】黒池皇希育成記 『小学生になる前に』

特別編です!

本編では勇ましい(?)黒池の可愛い姿をご覧ください。

 今日は休みの日なので、マンションの一室で過ごすことになっている。


 私が『先生』と呼ばれる原因となったこと……。それは、私が皇希くんが心配なので彼の『担任の先生』になったことだ。

 五十音の書き方はヤスに一任させていたが、正直まだ不安だ。なので私は座布団であぐらをかいて2人を見ていた。


「はい、これは?」


 低いガラスの机の向かい側でヤスが笑顔でリンゴを手に取る。青い新品の鉛筆を持った皇希くんはクリクリとした大きな目でリンゴを見てしばらく固まっていた。


「…………『りんご』……」


 たどたどしいが、確かに紙に『りんご』と書いた。


「正解!偉い〜!!さすが皇希くんっすね〜!!!」


 デレデレのヤスがリンゴを机に置いて皇希くんの後ろに回り、頭を撫でまくる。皇希くんは困ったような、しかしどこか嬉しそうな顔をした。


「よし、次は……あっ、ボス、刀貸してください」

「なんでそうなる」

「えへへへへ……」


 えへへじゃない。


「うむむ……じゃあ……これ!」


 次に手に取ったのは朝刊だった。


「…………『しんぶんし』……?」

「そう!そうっすよ!くぅう〜!英才教育!?」


 確かに『新聞』と書かず、きちんと『新聞紙』と書いたのは評価する。ヤスのオーバーアクションを除いてだが。


「ヤス……お前、そんなにはしゃいで疲れないのか?」

「疲れるっすね!!」

「おいおい」


 ニコニコしているヤスはリンゴを手に取ったあと、キッチンの方へドタドタと向かっていった。


「ちょっと待っててくださいね〜!!」

「……?」

「皇希くん、おいで」

「♪」


 皇希くんは鉛筆を紙の横に置き、嬉しそうにちょこちょこと走ってきた。私は薄く笑い、手を広げて待つ。


「はい、捕まえた」

「えへへ」

「ボスが『捕まえた』って言うの、鳥肌モノっすね……」

「………………」

「わっ!?そんな睨まないでくだせぇ!」

「?」


 私とヤスのやり取りを、皇希くんは頭に「?」マークを浮かべながら聞いている。これは理解しなくてもいいぞ。


「はいっ、できやした〜!ウ〜サ〜ギ〜さ〜〜ん!」


 上機嫌で持ってきたのは、先程のリンゴをウサギの耳の形にカットしたものだった。

 それを見つけた皇希くんは、嬉しそうに体ごとヤスの方を向いて、上半身を伸ばして覗き込んでいる。


「おー」

「はい、あーん」

「…………」

「ん?」


 ぷいっ、と顔を背ける皇希くん。ヤスは不思議そうな顔をしたが……ヤス、お前真上からフォークで突き刺して容赦ないな。


「うさぎさん……食べるの、もったいない」

「あー!もぉー!優しい子だなぁ〜!!」


 いつでもデレデレのヤスはさておき、どのような形でも食べなければリンゴが切られた意味がなくなってしまう。


「皇希くん」


 私は皇希くんを少し持ち上げ、こちらに向かせた。ヤスが机に皿を置いた音がする。


「……?」

「いつか、嫌でも腹を括らねばならないときが来るのだよ」

「……おなか……」


 そう言って自身の腹部を見る。


「そういう時はこの先何度もあるだろう」

「……」

「皇希くん、嫌なことを思い出させてしまうが……。お父さんとお母さんとお別れしたとき、どんな気持ちだった?」


 皇希くんは思い出すために視線を左斜め下に向けた。

 今、彼の頭の中はどうなっているのだろうか。どこから記憶が再生されているのだろうか。


 言い争う両親。

 滑り込んできたチャカ。

 震える手で狙いを定め、火が漏れる。

 真っ赤に染まる視界。

 扉の下からにじみ出す赤黒い液体。


 これまでいくつも『そういうもの』を見聞きしてきたのだから、私にはすぐに想像がついた。


「……いま、やらなきゃって」

「『決めた』んだろう?」

「うん」


 こんな小さな子でもそんなことを決めなくてはならない世の中なのだ。


「……。このウサギ、どうする?」

「食べないならおれが食べるっすよ〜♪」

「たっ、たべる!」


 皇希くんは皿の上のフォークを手に取り、ヤスと同じようにど真ん中に刺した。

 そして口に運ぶ。

 ヤスを見て学べとは言ったものの、こういうところも似てくるのか……。


「美味しい?」

「うん!」

「よかったね!」


 そう言いつつヤスもウサギの耳型にカットしたリンゴを食べる。

 皇希くんを見てみると、口いっぱいのサイズなのかあまり口を動かすことができず、前歯の方だけをよく動かしてもしょもしょと食べていた。その姿は、さながらウサギのようであった。

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