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奇士刑事  作者: グラニュー糖*
32/46

【特別編】黒池皇希育成記 『出会い』

特別編です!

本編では勇ましい(?)黒池の可愛い姿をご覧ください。

 初めは施設の隅っこで三角座りしているのを部下が目にした。


 彼は幼いながらも、尋常なる殺意をその目に宿していた。手には柔らかな人形ではなく、温かみを感じられないプラスチックのパチンコ。誰も彼の近くに寄ろうとはしなかった。


 私は彼の元へと歩み寄る。今日は周りが驚くので刀は置いてきた。しかし着物姿なのでやはり威圧感があったのか、誰も目を合わせようとはしない。


 埃が日の光で反射してキラキラと彼の前で輝く。

 彼は肩まであるかというほど長い髪に隠された瞳でこちらを見た。


 その目はこう語っていた。


『放っておいてくれ』と。


「ボス、危ないっすよ!」


 部下のヤスの声が聞こえる。だが私は歩みを止めなかった。まるで魔法にでもかけられたかのように、私は彼の方へと向かっていた。


「………………」

「………………」


 泥の中にいるかのような重苦しい空気が辺りを包む。施設の役員も、子供たちも固唾をのんで横目で見守っていた。


 彼は子供のはずだ。なのに、こんなプレッシャーを周りに与えることができるなんて、どんな親に育てられたのだろうか。そして、どんな親に捨てられたのだろうか。


 ……まぁ、知っているのだが。なぜなら、彼をここまで追い詰めた原因は私なのだから。


「キミ、名前は?」

「………………くろいけ……こうき……。たぶん、5さい……」


 彼はギュッとパチンコに込める力を強めながら、絞り出すかのように声を出した。まだ声変わりもしていない、子供特有の可愛らしい声。しかし、か細い。消え入りそうな声だった。


「『黒池皇希』くんというのか。格好良くて良い名前だ」


 その言葉に彼はピクッと体をこわばらせた。


「かっこ……よくない。パパとママを……ころしたぼくなんか……」


 地雷だったようだ。


 彼は立てた膝の中に顔をうずめてしまった。そして肩が震える。どうやら泣かせてしまったみたいだ。


「あ……」

「…………かえって……」


 さらに縮こまる。


「かえって!!!」


 手に持ったパチンコを私に向かってものすごい勢いで、泣き腫らした顔で投げつけようとする。

 それを見たヤスが止めようとする。


 が、私は……。


「……あっ……」


 彼の手首を掴み、ギュッと握る。強く握ったので、彼の手からポロリとパチンコが落ちた。

 そのまま手を上に上げ、立ち上がらせる。


 彼の短パンからのぞく太ももには痛々しいいくつものアザと、傷があった。腕には膿んでしまった擦り傷。そして何より、腕は細く、体も軽かった。


 私はゾッとし、急いで施設の役員を見た。彼女らはギクッ!とした顔をしたあと立ち去ってしまった。


 彼は、この施設でも虐待に遭っていたのである。事情を知り、なおかつ大人しそうで見るからに良い子そうな彼は、大人と子供のいいオモチャとされていたのだ。


「ボス……」

「…………彼を連れて帰る」

「わかりやした」


 ヤスは引き取りのための資料を求めて役員の元へと向かっていった。


「………………?」


 何が何だかわからないという顔でこちらを見上げる皇希くん。私は手を離し……。


「迎えに来るのが遅くなってすまない。皇希くん」


 彼を抱きしめた。

 細い体の骨を折ってしまわぬよう、優しく抱きしめた。


 表情が変わらない彼の目から、ポロリと涙が溢れる。それは数を増やし、やがて歯を食いしばりながら静かに泣き出した。


 __________


 襖、畳、そして掛け軸がかかっている和風な場所……事務所に到着した。まず行ったのは傷の手当てだった。膿んでしまっているということは、傷の手当てをされておらず、雑菌が入り放題だったということ。その場合、かなりの痛みを伴うので子供なのに泣き喚かなかったことを「強い男の子だ」とたくさん褒めた。

 麻痺していた可能性もあったが、それはそれでおかしい。なぜなら自分の力でパチンコを握っていたからだ。麻痺していたのであれば、握ることもままならないだろう。


「…………」


 車の中でもそうだったが、皇希くんは一言も喋らなかった。今はまだ一言も喋らずに周りを珍しそうに眺めている。私はヤスに頼み、人形を持ってきてもらうことにした。


「ボス、持ってきやした!」

「あぁ」


 恐竜の……緑色のティラノサウルスか。良い趣味だ。

 私は皇希くんの荷物をまとめているときにそそくさと彼が回収していたパチンコを没収し、代わりに人形を持たせた。


「今日からキミのお友達だ」

「……とも、だち……?」


 皇希くんはここに来て初めて言葉を発した。


「そうだ。このモコモコのお友達が、キミを守ってくれる」

「モコモコ……おともだち……」


 彼は彼の首から腰くらいあるだろう人形を抱き寄せる。彼の涙腺はもう崩壊寸前だった。


「パパ……ママぁ……」


 震える声で親を求める皇希くん。彼の頭をそっと撫で、手当てに戻った。


「……痛くないかい?」

「うん……」


 コットンに消毒液を染み込ませ、ピンセットで摘んでトントンと膿を拭き取る。私は彼が痛みで震えているのを見て心が痛みながらも、手当てを続けた。


「ぐすっ……ぐすっ……」

「よく頑張りました。もう手当ては終わりだ」

「うん……」


 私はポンポンと彼の頭を軽く叩き、部屋をあとにした。その後、彼のことを気にしていたヤスが彼の元へと向かった。


「大丈夫?」

「………………」

「はは、怖がらなくていいんすよ。何か好きなアニメとかあるかな?」

「…………アニメ……?」

「そう」

「…………アニメって、なに?」

「あー……」


 ヤスの残念そうな声が隣の部屋から聞こえてくる。ヤスはドタドタと部屋を小走りで出て、自分の鞄を持ってきた。お前、何しにここに来てるんだ。


「ヤス……お前……」


 私がジト目で彼を見ると、ヤスはあの役員たちと同じようにビクッ!と体を跳ねさせた。


「なっ……ななな、何でもないですよ!今日施設に子供を探しに行くからって家から子供が喜びそうなものを詰め込んできたとか、そんなことじゃないっすよ!」

「いや全部言ってるじゃねぇか」

「あ゛!!」


 こいつ……。

 まぁいい。皇希くんが優先だ。栄養不足で今にも死んでしまいそうだからな……。


(ウン)(ビョウ)。中華料理でもいい、買うか作ってきてやれ」

「「明白了(ミンバイラ)」」


 中国人2人が部屋を出た。

 待っている間、微妙な空気が流れ出す。


「……。タバコは止しておくか」

「皇希くん、どっちの絵本がいいっすか?」

「…………くまさんの……」

「お前、まだやってるのか」


 私は座布団に座ってヤスを見た。両手に絵本がある。


「諦めませんよ!」

「何がだっ」

「………………?」


 大きく丸い目がこちらを責める。その目はドンドン潤んでいき……。


「けんか……しないでぇ……」

「わわーっ!?泣かないで、泣かないで!ねっ?!」

「うっ、ううっ……」


 ヤスが止めるも、皇希くんの目からは大粒の涙が溢れ出す。


「ヤス……お前……」

「ゆっ、指だけは勘弁してくだせぇ!!」

「はぁ……。ま、皇希くんに話しかけようとする心意気を評価して、見逃してやる。だが、次は……」

「ありがとうございます!!」

「ふっ、調子のいいやつだ」


 しばらくして中国人2人が帰ってきた。ここには私、ヤス、雲、彭、野内、そして皇希くんだけだ。ここは仕事場なので、このあと皇希くんを連れて彼と暮らすために借りた都内のマンションに移動する予定だ。


「ほあ……」


 茶色く艶のある木の机に置かれた天津飯を見て、皇希くんは驚いたような目をして口を開けた。心なしか頬が赤くなった気がした。


「さぁ、どうぞ」

「これ……」

「どうした?猫舌か?」

「……ううん……」


 皇希くんは周りを見た。


「さき……たべないの……?」

「これは全部、皇希くんのものだ」

「え……?」


 開いていた目と口がさらに開かれる。

 そして天津飯と私たちを交互に見て、また泣き出してしまった。


「皇希くん?」

「ぐすっ……いいの……?これ、ぼくがぜんぶ……たべていいの……?」

「……もちろん」


 皇希くんの頭をグリグリと撫でる。皇希くんは嬉しそうに目を閉じた。私は小さな手にプラスチックの白いスプーンを持たせた。


「いただきます」


 皇希くんはスプーンを使い慣れていないのか、掴むような持ち方になっていた。私はそのあたりは厳しいのだが、栄養不足な皇希くんが食べ物を食べてくれたことに安堵してそれどころではなかった。


「どうだ?美味いか?」

「うん!」

「グリーンピースにネギ、タケノコとピーマン……。子供が苦手なものが揃い踏みなのに、ちゃんと食べるなんて偉いぞ」

「たべれるものはたべておかないと……」

「あ……」


 また空気が固まる。

 それを知らずに皇希くんはパクパクと食べ続ける。

 おそらく、残飯のようなものしか食べさせてもらえなかったのだろう。苦手なものでもここぞという時に……と、まるでスラムに住む人間のような生活をしていたのだろう。子供なのに、こんな……。


 私の部下が皇希くんの親だったというのはわかっている。それもあったことから、私たちは皇希くんを回収した。銃殺したと聞いて行こうとしたが、皇希くんが先に警察に見つかったのでほとぼりがさめるまで置いていたのだ。……まさか届けられた施設でも虐待されていたとは。

 今奴ら(両親)が生きていたら指詰めだけでは済まさなかっただろう。


 皇希くんはどういった条件下であれ、『銃殺』をした。使い方もマスターして、さらにはエイムもしっかりしている。このまま大人になれば、必ず我々の戦力となり得るだろう。なので死なれては困る……というのもあるが。


「……私たちも飯の時間だ」

明白了(ミンバイラ)


 彭は電子レンジに入れていた中華料理のパックを人数分持ってきた。彭はなぜか皇希くんのぶんまでも一人前と入れて買ってきたが、皇希くんは何度か休憩しながら一人前を食べ切った。


「よく食べたな」

「ごちそうさまでした…………」


 うとうとしている。

 まだ風呂が残っているのだが……。まぁいい、ヤスを皇希くんの世話係として、風呂に入れさせよう。


「ヤス」

「なんですか?」

「お前をこの子の世話係にする」

「世話係!?いいんすか!?やったー!!」

「大声を出すな!起きるだろう」

「あっ……すいません……」


 慌てて口を塞ぐヤスを横目に、今までとは大違いで安らかに眠る皇希くんに、自分の羽織をかけてあげた。

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