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奇士刑事  作者: グラニュー糖*
30/46

最終回 9

最終回は10回に分けて投稿します。

その後、特別編を投稿するのでお楽しみに!

 __________


 _____


「………………ぅ」


 白い天井。

 カーテンで仕切られた部屋。

 白く清潔で、ピンと張られた動きにくいベッド。


 ここは紛れもなく病室……。

 でも、カーテンの色、こんなだっけ……。


 ………………。…………。視界の半分が真っ黒だ。


「先輩!先輩っ、目を覚ましたんですか!?」


 泣きそうな声が聞こえる。


 あまりにも強い光に目を細めようとしたが、刺すような痛みに思わず呻く。


「いたい………………」


 朝のエネルギッシュな光でもない。

 昼の優しい光でもない。

 夕方の焦るような光でもない。


 夜を無理矢理切り開く、照明の光だ。


「目、は…………」


 目を触ろうと手を動かす。

 その手を誰かに掴まれて、僕の手は右目に触れることなく終わった。


「やめなさい」

「…………せん、せ……?」


 いろんな感情が溢れ出した。


 会えて嬉しい。

 一度拒まれた警察官への道を進む僕の今の姿をどう思われているのか怖い。

 傷だらけの僕を見てどう思われているのか怖い。


 怒られる。そう思って、体がこわばった。


「今日はよくやった」


 頭を撫でられる。先生は微笑んでいた。


 僕は静かに笑い返す。


「でも、まさか本部で会った人が『川崎組』の組長さんだなんて思いませんでした」


 先生の横に座る山野くんが声を上げた。


「自分で応急処置もできるなんて、さすがよね〜!それにちゃっかり着替えさせてるし……」


 天井あたりに姿を隠していたエフィーさんが姿を現す。み、みんな……親しみすぎじゃない?


「行く時間が無い場合があるからな。これくらいはできるようにならないといけないぞ」

「「はーい」」


 こうして見るとやっぱり先生は先生だ。

 本職が正反対なものだとしても、僕の先生だ。


「先輩、突然だったので今日はケーキ持って来れませんでした」

「いやいいよ……無理しないで」

「ええ!?」

「でも……いつも楽しみにしてるよ」

「先輩〜!!」


 山野くんが抱きつこうとする。が、先生に止められた。


「ダメなんですか?!」

「今日は安静にしてもらう。頭を打って、さらには目も切れたからね」

「……はい」


 待って。


 目が……切れた?


「先生……目が、切れたって……」

「……まぶたと角膜と目の上下の肌。一直線に切れてしまったんだよ」

「そんな……」


 視界が赤いのは目が切れたから。

 フラフラしたのは頭を強く打ち付けたから。


 ……治ればいいのだけれど。治らなかったらどうしよう……。でも、よく考えたら先生とお揃いだ。そう考えたら……。


「これからゆっくり治していこう。2人とも、そのあたりは頼まれてくれるか?」

「わかりました」

「それと、皇希くん」

「は、はいっ」


 先生は掴んだままの手を離す。

 ぬくもりが消えて少し心細くなった。


「どうして今も私のことを『先生』と呼んでくれているのかね?」

「あ、それ私も気になる!寝てた時に聞いた話だと、本当に学校の先生だって言ってたけど……」


 なんだ、そんなことか。そんなの、1つしかない。


「……先に生まれた者のことを『先生』と呼ぶ……って、小学校入学前に教えてくれたじゃないですか。「どうして『先生』って呼ばないといけないの」って聞いて……」

「…………はは。そんな昔のこと、よく覚えていたね」


 頭を撫でられ、薄く目を閉じる。


「先生が『先生として』初めて教えてくれたことだから、ずっと覚えていました。本当は師匠のことを『先生』って呼ぶか悩んだんですよ?」

「彼のことか。確かにあの子のことは『師匠』と呼んだ方が安心するだろうね」


 先生と、ヤスお兄ちゃんと、他の人たちと一緒に部屋で過ごしたあの日のように、笑いかけてくれる。

 またみんなで暮らしたい。それだけじゃなく、師匠も、いつか帰ってくるかもしれないムジナくんやヘラたちも一緒に……。

 そんな欲望が生まれてしまった。


「…………さて。そろそろ帰るとするか」


 先生はギシ、と椅子の音を立てて立ち上がる。昔と比べて年を取ったその姿に少しだけ弱々しく見えたのか、それとも一人になるのが悲しくなったのか、とても不安になった。


「もう行っちゃうの……?」

「警察の応援が来る予定だからな。見つからないうちに帰るよ」

「…………また、会える?」

「いつでも会いにおいで」


 純白の布団の上に置いていた手の上に、先生が手を乗せる。

 ゴツゴツで、シワがある手だ。

 昔はあんなに大きく感じたのに、今では同じくらいに思える。


「最後に……」

「何だい?」

「手を……」

「……いいよ」


 僕は胸元まで動かしてもらった手を両手で包み込む。そして頬ずりもした。


 短い時間だったけど、再会できて嬉しかった。真実は信じられないけど、先生は先生で、ヤスお兄ちゃんはヤスお兄ちゃんのままだった。


 この優しくて、求め続けていた時間を、僕は隅々まで堪能した。

 すすり泣く声が聞こえる。……あぁ、山野くん、泣かないで。今生の別れじゃないんだから。すぐに会える。その時はみんなで一緒に行こう。


「…………」

「もういいのか?」

「うん。満足した」

「それは良かった。……『筋者』と『警察』。共に過ごせる時代が来ることを楽しみにしているよ」


 先生はカーテンを開いた。しばらくして扉の開閉音が聞こえる。

 ……部屋には僕と山野くんとエフィーさんしか残っていない。


「…………先輩、大丈夫ですか?」

「え?うん。大丈夫だよ」

「あの人……先輩が眠っている間、ずっと心配してたんです。手をキツく握りしめて、奥歯を噛み締めて。ずっと、どうして皇希くんがって言ってたんです。あのままだと血管が千切れそうだと思ったオレたちで宥めてたんですよ。先輩が愛されてる証拠です」


 目に涙を残しながら歯を見せて笑う山野くん。僕はさっきのぬくもりを思い出しながら話を聞いた。


「先輩、あの人と後ろで押さえられていた人にいろいろ教えてもらったんですよね?だからだと思います。先輩が強くて優しい人なのは、あの人たちの教えがあったからこそだと思うんです。……えへへ、さっきの人みたいな強い精神……同じ男として、憧れちゃいますね」


 頑張って元気に振る舞っている山野くんだが、半分眠たそうにしている。

 あんなに爆発を起こしていたのだ、無理もない。


「山野くん、隣で寝る?」

「い、いえ!あとは待機だけなので、我慢します……!」

「そう。……今日は恥ずかしいところを見せてしまったね」

「い、いえ!……誰でも、甘えたい人はいるはずです。それこそ、ヘラくんだって……。あの雪の下に埋もれてたとき、本当に小さな子供みたいだったじゃないですか。オレたちと気付く前はか弱い子供のようで……。だから、何も恥ずかしくはないと思います」

「山野くん……」


 山野くんがそんな考えを持っていたとは思ってなくて驚いた。


「って、オレが説教するような立場じゃないことはわかってるんですけど、それでもっ」

「ありがとう」

「へ?」

「ずっと、誰かに頼るのは僕らしくないって思ってたから……。こういう僕を見て馬鹿にしないでいてくれて、嬉しい」


 僕は恥ずかしくなって口元を布団で隠した。


「先輩。オレ、先輩の負担を減らすために頑張ります。ボロボロになってる先輩を、もう見たくありません」

「山野くんは十分頑張ってるよ。いつもやりすぎるくらいだ。デメリットが大きいのもあるけど……。それでも、いつも見てるよ」

「先輩……!」


 山野くんは感極まってまた泣いてしまった。

 それを横でエフィーさんが見ている。


「エフィーさんも、よく人間界に来る決心をしたね。おかげでいろいろ助かっているよ」

「…………私に治癒能力は無いけど、それ以外なら私も頑張るから。私も、仲間が傷つくのはもう嫌」


 彼女が言う『仲間』とはおそらくルージさんのことだろう。今は行方不明になっているヘラの守護妖精……。いつか再会できるといいけど……。


 あとは以前聞いた、魔界に現れた『手長足長』のせいで妖精たちが傷ついたという話。ヘラが大暴れする前はたくさんの妖精が犠牲になったと聞いた。


 ……エフィーさんも、たくさん見てきたのだ。


「私は強くなって、善悪を見極められるようになってから魔界に帰る。そして、泉を護るの」

「すごい目標だね。……僕はね、その泉を見たことがあるんだ」


 僕は目を閉じて、あの森の中の泉を思い出す。屋敷の近くには木でできた家があって……。その向こうには『海』が見えた。本当に、不思議な場所だった。


「吸血鬼リメルアに捕まったとき?」

「それもあるけど……ほら、魔界に行ったことあるでしょ。だから2回、かな」

「綺麗だったでしょ」

「とても。たくさん光が飛んでて……。あの時はホタルかな?って思ったけど、あの光はもしかして妖精だったのかな」

「きっとね。雨の日以外、毎日のように友達を連れてきて水遊びをしてたのを、私たち妖精は近くで見ていた。護り、護られ……。繰り返してた。最近やってきたあのトゲトゲしい髪の長い男の人も、水を大切に扱ってくれそうだったし、強そうだったから預けてきたの。半日以上水の中にいるけど息とか大丈夫なのかな……」


 遊んでいたのはヘラとムジナくんのことだろう。ムジナくんが嬉しそうに話してくれたから、よく覚えている。「晴れの日は掘ったトンネルから屋敷に近づいたり……あっ、これはナイショだよ!メノイさんに怒られちゃう……。で、他には近くの泉で遊んだり!雨の日はヘラが淹れてくれた紅茶を飲みながら本を読んでたんだよ!」って。


「みんな泉が大好きなんだね」

「当然でしょ!一番安全で……いや、溺れてたから安全じゃないな……。と、とにかくっ、妖精がいる泉って、それだけですごいでしょ!」

「ふふ、また行きたいなぁ……」


 自然とまぶたが重くなる。

 ベッドに横になってゆっくりと話していたからなのだろうか。それとも妖精にはリラクゼーション効果でもあるのだろうか。

 わからないけど……少し、眠いな。


「今度は……みんなで………………」

「…………このあとは何とかするから、今はおやすみなさい」


 遠くから聞こえるサイレンの音。

 僕はこれを子守唄として、目を閉じた。

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