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奇士刑事  作者: グラニュー糖*
27/46

最終回 6

最終回は10回に分けて投稿します。

その後、特別編を投稿するのでお楽しみに!

「……………………」


 ここに来てから一言も喋っていない。

 当然だ。口を塞がれているのだから。


 暗い部屋。まだ『神秘のない完璧な世界』を作ったノートの影響が完全に消えていないのか、温暖化で延長された夏の暑さが残っている。……脱水症状になるまでに早く抜け出さないと。


 遠くでヤスお兄ちゃんの声が聞こえる。言い争いをしているのだろうか?なら、ヤスお兄ちゃんは悪くない……?


 僕は叩かれて頬がジンジンしているなか、お兄ちゃんの置き手紙の内容を考えた。



 走り書き。

 よくよく考えると繋がらない文章。

 そして……お兄ちゃんにしては真面目な内容。


 お兄ちゃんが書いたものじゃない?

 ……いや、それは置いとこう。


 何かメッセージが隠されていたりはしないのか。


 考える。考える。


 お兄ちゃんは『人間』なんてワードは使わない。なぜなら、悪の組織みたいな言葉だからだ。

 お兄ちゃんはヒーローが大好きだ。いつも目を輝かせてアニメや特撮、洋画を見ていた。だから……無理矢理作った文章となるのだろうか?


 …………こじつけかもしれない。でも否定はできない。


 これは、縦読みのヒントだったのかもしれない。

 だって、あれは……『にげて』って……。


 遅い。遅いよ。

 あれじゃ、逃げられないよ……。


「………………」


 泣きそうな顔でうなだれる。

 口の端が痛い。今何時なんだろう。

 暗い。怖い。

 Aliceの時は九さんたちがいたのに、今はヤスお兄ちゃん以外味方はいない。いや、ヤスお兄ちゃんももしかすると……。ううん、今はこんなことを考えちゃダメだ。逃げることを、誰かに情報を送る方法を考えなきゃ……。


 手と足も縛られている。この細さと痛さ、おそらく結束バンドだろう。安いしどこでも手に入れられるが、外れることはあまりないので凶器にもなる。


「ん……んんっ……」


 芋虫のようにモゾモゾと動く。


「んうっ!?」


 ドサッ!と前に倒れてしまった。顎を打ちつけ、体を丸めて悶絶する。幸い、舌は噛んでないようだ。

 その時、何かに当たり、鉄パイプのような音がカランカランと音を立てた!


 ヤバい、逃げ出そうとしたことがバレる……!


「っ……!」


 体を丸め、見つからないように小さくなる。


 ……突然、ヒュ、と暗くなった。


「ん……?」


 不思議に思い、倒れたまま片目を開ける。


「!!!!!」


 棚だったのか。その上の方に置かれてあった道具箱が、中身をばら撒きそうになりながら、ゆっくりと落下してきたのが見え、声にならない叫び声を上げた。

 いや、叫んでいたのかもわからない。


 こうやってスローに見えるのは、命の危険を感じたときが多いとされている。

 不意の怪我、事故、致命的な一発。

 世界のタイムラインからすると一瞬のことだが、本人にはスローモーションに見えるのだ。


 あ、終わりだな。


 と誰もが思う。神様が「ちょっとくらい時間あげよっかな」と気まぐれに用意した時間なのかもしれない。まぁその神様というのはノートなのか、はたまた昔に信仰されていた神様なのかはわからないが。


 これは俗に『タキサイキア現象』と呼ばれているらしい。走馬灯とは少し違う。


 ……こんなことを考えられるほど、時間が与えられるんだ。

 でも、芋虫状態になっている僕は何もできない。


 ……ごめん……もう、僕……。


「あ、ぶ、なーい!!!」


 誰かが突っ込んできた!?


 ガシャアアアン!!!


 と、大きな音を出して箱諸共吹っ飛んだ!


「いってて……」


 頭を押さえて座り込んでいる。

 暗くてよく見えないが、この人は……!


「んんーん!」

「よく耐えたね、皇希くん!」

「ん……んんぅ……」


 ポロポロと涙が溢れる。


「へへっ、あいつらに頭突きしてやったんだ。さぁ、ここから出るよ。あぁ、可哀想に……外してあげるね」


 僕の口の布を外し、優しく微笑む。

 お兄ちゃんは僕を背負った。


「落ちないように気をつけて」


 運がいいことに手をクロスした状態で縛られていたのでお兄ちゃんの前に手を回すことができた。


「ごめんね、刃物とか取り上げられちゃったから、それ、外せないんだ」

「お兄ちゃん……怖かった……」

「怖かったよね。急にこんなところに連れてこられて……。もう大丈夫。お兄ちゃんが守ってあげる……」


 建物から出る。どうやらここはどこかのスポーツ施設の倉庫のようだった。だってボールとかあったし……。


 太陽の光がずっと闇の中にいた僕の目に刺さる。


「ここは?」

「……覚えてる?ちょっと建て替えとかあったみたいだから覚えてないかもしれないけど……」

「…………僕の……高校……?」


 緑岡大学附属高等学校。剣道部だった僕がシルバースワンに入った小崎さんと試合したあの頃の学校だ。


 そして。


 僕が『先生』の生徒だった、最後の場所。


「そうだよ。……あの人たち、皇希くんが警察官になったあとに組に入ってきた人でね……」


 ザク、ザクとグラウンドをゆっくりと観光するかのように歩き、学校の門へと向かう。


「警察官である皇希くんに会いたいってずっと言ってたおれやボスのことを気に食わなかったんだろうね。『どうして警察なんかに』って。……はは、まさか喜んで油断したときに襲われるなんて、思わなかったよね……」


 悲しそうに話す。


「『いつでも油断をせず、常に周りの空気と己を一体とせよ。』」

「!」


 これは……先生がいつも部活後に鍛えてくれていたときに言っていた言葉だ。いろんな言葉を言っていたが、頻度の多かった言葉のうちの1つだ。


「これはね、剣道やスポーツにも通じるけど、それだけじゃないんだ。……組の抗争とかで、『いつでも命を狙われていると思え。油断は命取りだ。』って教えられていてね……。……おれはまだまだだなぁ」


 あはは、と力なく笑った。


「お兄ちゃんは立派な人だよ」

「ありがとう。……無茶をするのは、おれの悪いところを学んじゃったからかなぁ?」

「?」

「さっき飛び込んだときの。タイミングが少しでもズレてたら……と思うとゾッとする。体が勝手に動いて、自分の体がどうなってもいいから、皇希くんだけは守らなきゃって。……人のこと、言えないよね」


 …………。僕は何も言えなかった。

 ずっと、ヤスお兄ちゃんの背中を見て育ってきたから。何をやるのも、一緒。たまに数日間帰ってこなかったりしてたけど、それでもいつも通りに接してくれていた。


 公園で遊んだときとか、スキーに行ったときとか、プールに行ったときとか……。いつもニコニコ笑顔でヤスお兄ちゃんが危険なことをして、『先生』に怒られていた。その時もずっと笑っていたから、泣いているところは見たことがなかった。


 だからこんなにしおらしいお兄ちゃんは、初めてだ。


「………………今日は開校記念日だから誰もいないんだって」

「……お兄ちゃん」

「なぁに?」

「あの手紙のこと、聞いていい?」

「…………まだダメ」

「ダメ?」

「……ダメ。おれからは言えない」

「……わかった……」


 酸素不足か、水分不足か。頭がフワフワしてよく考えられない。上下に揺れて、自分のタイミングで息ができない。


「大丈夫?一旦下ろすね」

「ぅ……。はぁ、はぁ……のど、が……」


 グラウンドのド真ん中で回復体位にさせられる。

 ……酸素はもう大丈夫だけど……うぅ、喉が渇いたなぁ。


「体育館の方なら飲み水があるかも……。確か門とかも無かったよね。急いで行ってくるから、ここで待ってて!」

「う、ん……」


 しばらく目を閉じて待つ。

 ………………ザク、ザクと歩く音が聞こえる。

 僕は、ゆっくりと目を開けてみた……。


「……やっぱり捨てられたんだな?」

「!!」


 体がビクッ!と動く。

 急に話しかけられて心臓が跳ねた時みたいだ。


「あ……ぁあ…………」

「来い!逃げられないようにしてやる」

「やめ……やめてっ!」


 また髪を引っ張られる。痛い。痛いよ……!


「やめろ!!」

「やめろと言われてやめると思いますか?」

「ぐ……!」


 慌てて走ってきたのは透明なコップを持ったヤスお兄ちゃん。何のコップかはわからないが、その中には水が入っている。


「戻るぞ、刑事さんよォ」

「離せ、このっ!」


 グラウンドにコップを置き、あの倉庫にいたと思われる男のうちの一人に突っ込んでいくヤスお兄ちゃん。だが僕の髪を体ごと乱暴に動かし、盾にしたことでお兄ちゃんの動きは止まった。


「お前……!」

「ヤスさん、もう警察なんかとは縁を切りましょうよ。こんな奴がいるから、この組は……」

「………………。彼は元から組のメンバーの息子だ。たまたま……たまたま、警察官になっただけ」


 お兄ちゃんは黄緑色のネクタイを緩めながら一歩前に進んだ。

 今も昔も変わらない、お兄ちゃんのお気に入りのコーディネート。


 でも違うのは……目つき。


「その子の人生なんだ」

「…………」


 ──ピピッ。ピピッ。


 突然電子音が鳴る。

 この男からだ……。


「どうした?」


 耳元にはめてあったインカムで相手と話しだしたようだ。その間も、僕の髪を掴む手は緩められることはなかった。


『あのゲーマーが目的地に到着したそうだぜ』

「そうか。で、ボスは?」

『それが…………』

「なんだ」

『なぜか建物のどこにもいなくてだな。予定が無い日を狙ったんだが……』

「くまなく捜せ!見つかるまで連絡してくんじゃねぇぞ!」

『マジかよ……わかった。じゃ、また連絡する』


 ──ピッ。


「ボスを捜してどうするんだ?」

「見せしめにするんですよ。ボスとヤスさんとこの警察官を消して……誰も否定できない最強の組にするんだ!」

「……馬鹿馬鹿しい。おれは今の方が性に合ってるんだ」

「はぁ。ヤスさん、言っておきますが……」


 ドサ、とグラウンドに下ろされる。体をひねったので、なんとか座っているような体勢になれた。


「この世界は、おままごとじゃないんですよ」

「…………」

「どうやっても、ヤクザと警察は仲良くなれないんですわ」

「……それは……承知の上だよ」

「どうします?今ここで死ぬか、大人しくさっきの場所に戻るか」

「お兄ちゃんっ!」

「テメェは黙ってろ!」

「ぅ…………」


 背中をちょっとだけ蹴られた。大振りだとお兄ちゃんに何をされるかわからないからだろう。


「…………。わかった……戻ろう」

「残念です」

「ただし」

「?」

「皇希くんが困らないように、水分補給はさせてやってくれ」

「わかりました」


 お兄ちゃんはさっきのコップを回収しに行く。コップの中を覗いて、少し困った顔をした。


「砂が入っちゃったな。入れ替えてくるよ」

「それなら他の奴に行かせます」

「逃げないようにって?信用されてないなぁ……」

「……っと」

「ひゃっ!?」


 男に担がれる。

 ……そう、担がれたんだ。


「お、おちっ、落ちるっ!や、やだっ!これやだ!!!」


 背中の方に顔があるため、一歩歩くごとに地面が近づく感覚がある。


「暴れんな。もっと危なくなるぞ。ほら、帰るぞ」

「ううううう〜〜!」


 ……それからずっと、バランスを崩さないように固まっていた。

 でもお兄ちゃんの方を見ていたから大丈夫だった。何かあればフォローしてくれると信じてたから…………。


「あ、倉庫じゃなくて体育館に行こうか。映像は撮ったことだし、あそこに行く意味ないか」

「え……、えっと、いいんですか?」

「これ以上お前の体に負荷をかけたら、ヤスさんにボコられそうだしな……」

「…………ありがとうございます」

「お前が感謝することないだろ。聞いていたとおり、やっぱり変な刑事だな」


 __________


「よし……。川崎さんはどこか近くで待ってて。相手は命を狙っているんです、本人が前に出ることは危ないですから」


 屋敷の垣根が見えたので、川崎さんに知らせる。


「わかった」

「ありがとうございます」


 俺は駆け足で屋敷に向かう。そして……。


「うわぁ!すごい建物だなぁ!」


 わざとらしいリアクションを取った。

 電話の向こうから吹き出す声が聞こえる。


「おいこら!着いたぞ!」

『ぷっ……ふふっ……いや、失礼。門の入口に待機させている。来てくれ』

「へーい」


 初見のフリをして建物の周囲を半周くらいする。その間、「門ってどこだよ〜」と呟いたりしていた。


「あ!いた!」


 門の前にスーツ姿の男がいた。色黒で、背が高くて、顔や手に傷が見える。まるで戦場から連れてきたみたいな人だ。

 ……ひょ、ヒョロガリで現場に出ない俺とは大違いだな……。


「お前か。よく来たな」

「それで!ミライくんはどこにいるんだよ」

「まぁまぁ、落ち着けって。疲れただろう、お茶でもどうだ?」

「そんなのはいいって。ミライくんを連れて帰ったら、部屋でゲームするんだから。その時に好きなものを飲ませていただくよ」

「警戒心が強いんだな。感心感心」

「感心されてもなぁ……」


 なんだ、見た目とは大違いだな……。人は見た目によらない、の代名詞のようだ。


「次に行くところを教えてやる」

「おう、待ってたぜ!」

「緑岡高というところだ」

「緑岡……?なーんか聞き覚えがあるなぁ……」

「この区域だからな。おおかた地図で確認したときにでも名前を見たんだろう」

「多分そうかも!」


 ……というのはもちろん嘘で、黒池ちゃんの母校ということはすでに知っている。


「じゃ、これを渡せと言われているからな。………………あいつらを止めてくれ」

「?……お、おう」


 中身が入ったペットボトルを受け取り、それを見たスーツの男は去っていった。


「…………荷物増えちまったなぁ。今は喉乾いてないし、いっか」


 ブツブツ言いながら川崎さんの元へ戻る。


「ただいま戻りました〜」

「……!」

「ん?あぁ、ペットボトル?貰ったんだ。いらないからあげるよ……って、ああっ!?」


 パシッ!とひったくられ、勢いよく開けたと思いきや……。


 中身をひっくり返された!


 どぽぽぽぽ……と中身が全部こぼれていく……。


「な、何するんですか!?」

「それはこちらのセリフだ。なんてモノを渡そうとするんだ」

「え、え?」

「この飲み物……毒が混ざっていたと思うぞ」

「は、はぁ?考えすぎだって……」


 だって、あの人の心を読んでも『毒』なんてワードは無かったし……。まさかただ渡されたものをこっちに渡そうとしただけ?!


「キャップが少し緩められていた。そしてラベルの端がズレていた。これは手を加えられた証拠だ。警察なのにそんなこともわからないのか?」

「う、うぅ……。痛いとこ突いてくるなぁ……。でも、気づかずに渡そうとしたのは俺のミスだ。この通り……すまなかった」


 頭を下げる。

 川崎さんは一瞬驚いた顔をしたあと、目を閉じた。


「……お前が知らずに飲む方が問題だ。気づくことができて良かったな」

「あ、ああ……」


 申し訳なくて顔を合わせることができない。


「顔を上げろ。嬉しそうな顔をしていたということは、次の場所がわかったのだろう?急ごう」

「うう、反対に心を読まれている気分だ……」


 心を読まれるのは割と気分のいいものではない。遊び感覚でいつも黒池ちゃんの心を読んだりしていたが、今後は控えることにしよう……。


「次は?」

「……緑岡高校だってさ」

「急ごう」


 クルッと方向転換した彼に驚いた。


「ちょちょ、待って!」

「何だ?」


 彼は前を向いたまま呟く。


「何も思わないのか?その……黒池ちゃんと最後の日を過ごした場所……なんですよ?」

「それがどうした」

「どうしたって……。何か思うこととか、ありますよね!?」

「…………今はそれどころではない」

「それどころじゃないって……。まぁ、そうなんだけど……でも」

「行くぞ」


 そのまま歩き始めてしまった。


「…………川崎さん……」


 きっと何かしら怒っているはずだ。

 ……だから、教えてほしい。これからのために。


 __________


 _____


 しばらく経って、高校に到着した。

 周りに植えられている木は半分くらいが秋仕様になっている。いくつか足元に散らばっており、踏むと何とも言えない感覚が体を突き抜けた。


「ここで待っているのか」

「どの建物にいるかは本当にまだ不明だ。本部からも連絡は来てないし……。まずこっちがここまで進んでいるとは思っていないだろうしね」

「あそこまで暗くなる場所は限られている。光の入り方からして、部室ではないだろう。と、すると授業の準備室……もしくは体育館倉庫か?」

「校舎の鍵が開いているかで分かれますね。とりあえず見に行ってみますか」

「そうしよう」


 守衛に警察手帳を見せ、中に入る。

 学校……学校かぁ。懐かしいなぁ。何十年ぶりだろうか。


「校舎入口はあそこだ」


 ガラス扉の向こうに靴箱が見える。確かにここだろう。


「開きそう?」

「……ダメだ。鍵が閉まっている」

「そっか……」


 なら体育館だろうか?

 体育館……鍵くらいかけるはずじゃ?なら学校の外やその他の場所なのではないか?いや、それなら光が入る。……どこだ?どこにいる?


「鍵は全て職員室に置いてある。だから開いていないのであれば、どこにも入ることができないはずなのだが……」

「さすが元先生」

「たまたまだ。……部屋が開いているのは昨日まで……だとすれば、昨日のうちに取っていないといけない。だが守衛を騙して入ることは可能なのか?」

「……騙す……」


 何かが掴めそうだが、掴めない。

 ……守衛に聞いてみるしかない。


「とりあえず門に戻って、守衛に聞いてみよう。行くぞ」

「あ、あぁ」


 当たり前かのように学校を歩く川崎さんの姿を見て、俺は少し悲しくなった。

 ……俺だけ、ここは初見だ。どこか1人で、阻害されているような気がして……ちょっとだけ悔しい……かな。


「ん?どうした?」

「ううん、大丈夫……ですよ」

「……そうか」


 コンクリートの上を歩いていく。やっぱり広いな、グラウンドは。


「学生のときの黒池ちゃんは、どうだった?」

「優しい子だった。だが……私のせいで修学旅行などでは友人と同じ部屋にはならなかった……」

「……本当は友達といてほしかったのか?」

「あぁ。ただでさえ部活に力を入れ、さらには他の生徒と話さず、家ではヤスと話してばかりだったから不安でね……」

「…………」


 だから、あのとき『心配してくれる人がいて安心した』って……。


「それでも授業などでは仲間外れにされていなかったからな。安心していた」

「言っていなかっただけって説は?」

「……それは彼のみが知っているだろう」

「先生も大変なんですね」

「あぁ。とても大変だ」


 ザリ、ザリと音を鳴らして歩く。

 和装だからなのか、本人が『そういう』人間だからなのか。彼の後ろ姿だけで、その世界が厳かに見えた。


「………………」

「どうした?急に静かになって」

「え?いや……なんでもない」

「気になることがあったらすぐに言え。あのペットボトルのようなことは2度とごめんだ」

「そ、そうだね……。うん、そうする」


 ……どうしても心を読み取ることができない。何かに阻まれているような感じがする。だからこそ不気味なのだ。

 ……暴力団同士の抗争。その時に何か考えながら喧嘩をすれば、相手に次の行動を読み取られるからという理由で心頭滅却を身に着けたのではないか?


 心頭滅却こそが、この俺の最大の弱点。心を読む以外はただのネットや機械に強いオタクなのだから。


「……刑事らしく、推理でもしたらどうだ」

「そうだねぇ、『推攻課』だもんねぇ」

「調べたさ。『推理』と『攻撃』で『推攻課』とな……」

「おや。これは隠し事をできないね」

「しようと思っていたのか……」

「ははは、言葉のアヤだよ」


 ……ま、もうすでに隠し事してるんだけどね……。


「……ズバリ、どの建物にいるかを推理してほしい……ってことだよね」

「鍵がないことには何も始まらないがな」

「そ、そうなんだけど……。非常口の場所とかは?」

「あるにはあるが……。今は開いていないようだな」


 チラ、とどこかを見る。


「そっか……。わかった、もうすぐ門だ。このまま進もう」


 前を歩く川崎さんの姿を見て少し足取りが重くなる。ほとんど黒池ちゃんについての引け目だ。


 目の前の男は、俺の選択にたいそうお怒りのようだ。『仕方ない』では片付けることができない。

 もし『警察』の存在がこの世界に無かったとすれば、この時点で俺の首はそこにある刀で落とされているだろう。


「…………ん?」

「どうかしました?」


 曲がり角を曲がると川崎さんの足が止まった。


「門が閉まっている」

「え!?……本当だ」


 横に引くタイプのあの重い門が閉まっている。


「警戒しろ。何かがおかしい……」

「……言われなくても」

「ふ……」


 仏頂面のように見えるが、おそらく焦っているのだろう。ここで俺たちが脱落したら、誰が黒池ちゃんを助けるのだろうか。


「行くよ。何かがおかしくても、確認しなきゃ。その時は……頼まれてくれるかな」


 俺は目の前の剣士に言葉をかける。

 後ろから言う言葉ではないだろう。ただの無責任な王のようなことだからだ。


「……わかっている」


 物陰に身を隠しながら歩む。


「私は胸を張って歩けるような状況ではなくなった。上原、わかっているな?」

「当然です」


 俺が前に出る。

 一応護身用にマリフから銃を渡されているが……。これ、どう見ても…………。


「ま、いっか」


 懐に忍ばせる。

 いざとなったら……どうしようか。こんなヤバそうなやつをぶっ放すなんて、出来ればしたくないのだが。

 とりあえず守衛に聞いてみよう。


「…………あのー、門を開けていただ…………!?」


 いない!?


「川崎さん!!」


 急いで振り返る。


「…………ハ……。いつこんな戦略を知ったんだ?」


 どこに隠れていたのか、5人くらいのいかついスーツの男が銃を持って現れた。全員、川崎さんを取り囲んで銃口を向けている。ちゃんと射線上に入っていないことから、そのあたりはしっかり理解しているのだろう。


「よくもまぁノコノコとやってきましたね?命を狙われているという自覚は無いんですかい?」

「………………」

「何か言えや!!」


 上に向けて放つ。威嚇射撃だ。


「………………お前たちのような心の弱い者に届ける言葉はない」

「そ、そうだそうだ!黒池ちゃんの居場所を吐け!」


 俺もマリフお手製の『光線銃』を向ける。


「お前、さっきの電話の奴だな?人質の名前を知っているということは、お前……騙していたのか!」

「はんっ、使えるものは使うんだよ!」

「お前たち……人質の居場所を教えろ。さもなくば、斬る」


 鯉口を切る。

 ま、待って……それより先をされると説明と言い訳をするの俺なんだけど……!


「それが人にものを頼む態度か!」

「お前が言うな」

「いやお前も言うなよ」


 全員が黒寄りのグレーだということが発覚し、一瞬空気が固まる。


「連れていってほしけりゃ、武器を全てこの守衛室に置いていくことだな!これで鍵をかけて取り出せないようにしてやる」


 鍵をクルクルと回す。

 くそ……暗に『渡さずに、ここや例の場所で暴れようとしてもその場で殺す』と言ってるようなものじゃないか……!


「………………」


 川崎さんの目を見る。

 彼は目を伏せ、『仕方ない』とアイコンタクトを取った。


「……わかった。俺の武器はこの銃だけ。さすがに能力までは外には置けないから許してくれ」

「心を読むんだろ。脳みそまで置いていけとは言わない。組長も刀、外せ」

「…………」


 頭に銃を突きつけられたまま俺と川崎さんはそれぞれ入れ代わりで守衛室に武器を置く。

 俺はマリフの技術はよくわかっていないが、暴発することが無いように祈っておこう。


 確か「んー、拳銃とは違うんだけど、ボクが作ってきた中で最高火力のシリーズのやつだから!人間でも扱えるようにチューニングしたのがこの……えーと、何だっけ?まぁいいや。この『つよつよビームくん改』を持ってって。動作テストをお願いするよ!」って言いくるめられて俺の手に渡った。よく考えたら『ビーム』って言ってるなぁ……。てか動作テストて。こんなところでぶっ放せるわけないだろ!?


 マリフは天才だが、発明品の名前は頭を抱えるほど適当だ。おそらく彼女は作るだけ作りたい人なのだろう。だからこそ良いものが作れるのだが。


「これは悪魔でも悶絶するほどの火力だ。ま、ここにはいないからこの『つよつよビームくん改』はどのくらいかはわからないけどね。でも、そうだな……キミが知っている『ムジナ』や『ヘラ』がかつてこれを受けて身を焦がしたレベルと言っていいだろう」とも言っていた。悪魔の力とも言える発明品。しかし心強いことには変わりないので、使いどころが肝心だと思っていたが……。果たしてこの先の俺は悪魔に魂を売るのか否か。それは……俺にもわからないかな。


「……置いたな。連れていってやる」

「………………」


 これではただ人質が増えただけだ。どうにかして逃げ出すか、山野くんか飛向くんたち攻撃勢に応援を頼むか……。


 いずれにせよ、そんな隙を与えてくれるのかといえばそんなことはない。

 警察内でもかなり危険な組織と警戒されてきたこの『川崎組』の組員である彼らからは、これを『最後の戦い』と言ってもいいのほどの気迫と覚悟を感じる。


「……ごめん。こんなことになっちゃって」

「気にするな」

「でもっ!」


 カチャ、とこめかみに何かが当たる。


 ……銃だ。


「喋るな。静かにしろ」

「ぐ……」


 会話もさせないつもりか。

 いいだろう、後悔させてやる……!


「…………止まれ」


 連れてこられたのは体育館倉庫。

 体育館倉庫か……。暗くて狭くて物もある場所。ここが正解の確率が高い。


 ドンドンドン!


 扉を叩く。


「おい!人質!」


 ……反応はない。


「おい!俺だ!生きてるか!何か音出せ!」


 ………………。


「……鍵が開いている?チッ、移動したのか」


 バン!と扉を蹴る。扉に足の形の砂が付いた。


「情報共有ができていないようだな」

「……今回は無理に参加させた奴もいるからな」

「この反乱について話を聞かせてもらおうではないか」

「反乱?はっ、そんなもんじゃないですよ」


 ニヤニヤと笑う彼はこちらを向いた。


「これは革命ですよ。革命!これを成功させ、我々の力を警察や政府に認めさせ、俺たちのような人間が住みやすい世界にするんですよ!」

「ふん!そんなことが許されるとは到底思えないね。まず警察に介入を許さないことが条件なんて破綻してるな」

「言うだけタダだ。今に見てろ」


 ピピッと耳元にあるインカムで連絡を取る。


「………………そうか。おい、体育館に行くぞ」

「秋の体育館ねぇ……。運動会……いや、バスケ大会でもするのかね?」

「ふざけたことを抜かすな。ほら、行くぞ」


 こうやって場を和ますのが俺の仕事でもあるんだよっ!って、痛っ!小突かないで、小突かないで……!


「………………」

「ね、ねぇ川崎さん、懐かしいとか思わないの?ここ、最後の思い出の場所……なんでしょ?」

「…………そうでもあるが……同時に、残念に思えた場所だな」

「残念?」

「……今は過ぎたことだ。引きずりはせん」

「大人だ……」


 俺なんかまだたまに斎藤のことを考えるのに。


「……着いたぞ」

「知っている」


 俺が知っている体育館は建物が別なのに対して、ここは倉庫と一体のようだ。


「行き先は?」

「どこだと思う?」

「は、はぁ?わかんないから聞いたのに……」

「刑事なのにそんなこともわからねぇのかよ」


 グサッとくる。


「…………『剣道部の稽古場』……だろう」

「えっ?」

「さすがですね。そう、あそこが『処刑』に相応しいかと思ってな。『切腹』、『介錯』に合っているだろう」

「貴様っ……!!」


 殴ろうとしたが、スーツの男や川崎さんに止められた。


「俺たちに危害を加えたら人質の命はない。人質と組長……どちらを殺るにせよ、場所は最適だ」

「ぐぅ……!」


 好き放題言いやがって。


「でも良かったな、組長のおかげでお前たちの大切な『黒池皇希くん』の命は救われる……」

「………………」

「違う……」

「?」

「違う!絶対に全員救ってやる。全員、だ!」


 まだ誰も斎藤の元へは行かせない。

 これが黒池ちゃんを育てた『川崎さん』への恩返しなのだとすれば、俺は不満には思わない。


 最初に逝くとすれば、それは俺が良いからだ。


 ……先に誰かを逝かせたら、あの優しい斎藤のことだ。すぐに仲良しになって、俺が入る隙なんて無くなるだろ。それは許せないからな。


「今すぐ稽古場へ連れて行け。全員突き出してやる」

「ふん……よく吠えるな。それほど大事なのか?お前が捨てたのと同然だと聞いていたが」

「…………それは」


 そこを突かれてはいけない。一時だとしても、法律だからと彼を不幸にしてしまったのだから。

 彼の話は移動時にたくさん聞いた。

 それほどエピソードがあるということは、それほど愛されていたということ。


 でも俺が言えるのはただ一つ。


『彼を初めて見たとき、何とも言えない悪寒が全身を駆け巡った。』


 ということ。


 彼をどこかに封じ込めなくてはいけない。

 誰かが必ず見ているような場所に置いておかなくてはならない。

 彼は、普通じゃない。


 まるで一方通行の考えしか持たない、パニック状態の人間になったかのよう。しかし俺自身はひどく冷静になっていた。


 人間は過信すると何を引き起こすかわからない。……なぜ、あの時の俺がそう思ったのかはわからないが、この先刑事をして同じような気持ちになったら本当に危険だ、もしかしたら誤認逮捕に繋がるかもしれないと身震いした。


「…………どんな理由であれ、彼を見捨てるわけにはいかない」

「ふん。言い逃れしやがって。まぁいい。稽古場は1階奥だ。行くぞ」

「………………」


 処刑台へと向かう前の囚人の気分だ。

 向かう場所が違うだけで、他は何も変わらない。こめかみへの圧力も、そう思える要因でもある。


 階段を上り切ると、廊下に籠手や折れた竹刀が転がっていた。洗ったり処分するためだろう。


「開けるぞ」


『剣道部』と書かれた部屋の隣にある大きな部屋の扉。

 ギギギ……ガコッ!と木でできた横に引くタイプの扉が開く。


 ついに……ついにだ。


 隠密は大失敗に終わった……というかこのペアではできるわけがなかったけど、ここまで来られたんだ。

 一発だけの大勝負。

 ここで死ぬわけには……いかない。


「……!黒池ちゃん!!」


 開いた瞬間、真っ先に駆け寄ろうとしたが、スーツの男に止められた。痛い痛い痛い!それ以上腕引っ張られたら脱臼しちゃう!


 黒池ちゃんは剣道部の服を着せられ、目隠しで正座させられていた。長い髪はそのままで、本当に着物の部分だけだった。唯一異質だったのが、周りの音が聞こえないようにと装着させられているヘッドホンぐらいだった。


「くく……。さぁ、お迎えが来たぞ」


 黒池ちゃんの隣にいた男が目隠しを外す。


 黒池ちゃんは………………。


「…………すぅ……すぅ……」


 ………………。


「「ね、寝てるううう!?!?」」

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