最終回 5
最終回は10回に分けて投稿します。
その後、特別編を投稿するのでお楽しみに!
「お兄ちゃん、何やってるの?」
お風呂から上がり、バスタオルを体に巻いてリビングに行くと、ヤスお兄ちゃんは椅子に座ってスマートフォンをいじっていた。
「ん?ゲームだよ」
「へぇ!お兄ちゃん、昔からこういうの好きだったもんね」
チラ、と覗き込むと、チャット画面になっていた。
「いつもお世話になってる人に報告してたんだ」
「強い?」
「とってもね。ほら、服を着て。季節の変わり目だから、風邪引いちゃうよ」
「うん」
ベッドの横にあるグレーの棚に向かうと、スーツの人が寝間着を用意してくれていた。
「どうぞ」
「ありがとうございます!あ、みなさんもお風呂どうぞ。それとも一度浴槽を洗いますか?」
「いえ、こちらでやります。あなたはゆっくりなさってください。怪我人なのですから」
「あ……ありがとうございます」
うぅ、また怪我人扱いされちゃった……。
脳震盪は一過性のもので、激しい動きさえしなければ問題ないのに。まぁビルから落ちたって証拠があるからさらに慎重になってるのかもしれないけど。
「…………」
いつもはリビングで服を着ていたが、今はたくさん人がいる。洗面所で着よう。
……え?師匠がいる時は、ですって?いつも入れ替わりで入るので問題ないよ。
「……よぅしっ」
タタタとリビングに戻る。
僕に気づいたお兄ちゃんは目を丸くした。
「ボタンかけ違えてるよ!」
「え?……ふにゃあ!?」
本当だ!?
「お、お兄ちゃんに早く会いたくて……」
「そこまで思ってくれてるなんて嬉しいなぁ♪」
お兄ちゃんはオートにしたのか立ち上がり、僕のボタンを戻してくれた。
その手を見て僕はハッとする。
……傷だらけ。僕と同じ……いや、僕以上に。一番多いのは切り傷だろうか。
「…………」
僕の視線に気づいたのか、お兄ちゃんはこちらを見て目を細める。
「本当は傷を増やしたくないんだけどね。どうしても増えちゃうんだ」
「…………」
「もう危ないことはしないでほしい。いつもニュースを見るたびにヒヤヒヤするんだ。お見舞いに……会いに行きたいけど、おれたちと皇希くんの住む世界は違う。だから会いに行けなかった。でも、今回ので決心がついた。……こうやって会うのは違法だって知ってる。それでも、会って、皇希くんの答えが聞きたかった……」
……暴力団による不当な行為に対する法律というものがある。その24条には対立する組織の住居や事務所の周りをうろついたり、5人以上が集まることが禁止されている。抗争が起こる可能性があるからだ。
それがいつからか厳しくなり、暴力団と暴力団の決まりだけではなく、警察の周りをうろつくことも禁止されたのだ。
暴力団からしたら自分から警察の方に行くなんて馬鹿らしいとは思うが、こう思っている人もいるんだ。
「……少し……考えさせてください……」
「うん。連絡先を渡しておくから、いつでも答えを教えてね」
「もう行っちゃうの?」
「明日の朝早くにここを出る。人目のつかない時間にね」
「……いつでも帰ってきてね」
「うん。皇希くんが必要としてくれている限り、いつでも帰ってくるよ」
時空の歪みのせいで本来の年齢と6歳違う僕と、あの頃から随分と変わってしまったお兄ちゃん。
住んでる世界は、想像以上に……あまりにも違いすぎた。
__________
_____
翌日。
目が覚めると、置き手紙と朝ごはんがテーブルの上に置いてあった。
お兄ちゃんが好きだったアニメの主人公が食べていた朝ごはん。いつも真似して準備していた。
カリカリに焼いたトーストの上に目玉焼きを置いたシンプルなものだったが、みんなで食べるのが美味しくて僕も好きだ。
先生が作るときはご飯もので、お兄ちゃんが作るときはパン系。
最近は師匠と一緒にいてずっと和食だったからパンは久しぶりだ。
顔を洗って歯を磨いてもう一度温めて。
「いただきます」
トーストに噛み付く。
少し焦げ目のついた、不器用なパンは今も昔も変わっていない。
食べながら置き手紙を読んだ。
『おはよう、皇希くん。よく眠れたかな?おれはまだ眠いや。
人間はよく眠らないと本来の力を発揮できないからね。
元気な顔を見られるように、おれも頑張らなきゃ!
手のこと、驚かせてごめんね。今度から手袋をつけてこようかな。
今日もいい日になりますように!
皇希くんの好きな朝ごはん、作っておいたから温めて食べてね。
ヤス』
……どうして走り書きなんだろう?
昨日寝る前にでも書いたら良かったのに……。
──ガタ!!
「!?」
後ろから大きな音がした!
振り返ろうとするが、椅子が邪魔で……!
「むぐ!」
ハンカチで口元を押さえられる。
ちょ、ご飯中なのに!?
「んー、んー!」
一生懸命首を横に振るが、離してくれない。起きたばかりなのに、急激に眠気に襲われる。
二度寝には、早い……の、に………………。
__________
ザワザワ。ザワザワ。
朝から騒がしい。今朝あのヤバいところから帰ってきたばっかなのに……。
「上原!どこ行ってたのよ!」
エフィーちゃんが他の人の頭スレスレで飛んでくる。お願いだから飛ばないで。
「まぁ、ちょっとね」
「ちょっとね、じゃないわよ!」
「エフィーちゃん、これは何の騒ぎだい?幽霊?妖怪?はたまた怪獣?」
「こっち、来て!」
グイグイと腕を引っ張られる。
やめてやめて、昨日ギルメンの一人が急にオートになって操作するの大変だったんだから!
「映像?」
「みんなどいて!ほら、見て!」
「痛い痛い!!」
後頭部を押さえつけられ、画面の前に連れてかれる。近いから!目を悪くするから!
「……これは!」
『……警察諸君へ告ぐ。この男を解放してほしくば、『川崎組』のボス、川崎揚悟を逮捕する、もしくは首を持ってこい。さもなくば、こいつの命は……無い。』
画面に映されたのは、ニット帽をギリギリまで伸ばされて顔の判別ができない人物だ。口には布を噛ませられており、話すことはできないようだ。
『ん、んーん!』
『うるせぇ!』
髪を掴まれ、ニット帽がずれる。
……あぁ、なぜ皆が騒いでいるか、わかったよ。
「黒池ちゃん!?」
「暴れないで!」
「これがジッとしていられるか!黒池ちゃんが……どうして!?」
画面が暗すぎてどこで撮影しているかがわからない。
「ぐっ……この映像、俺のパソコンに送れるか?」
「もう送ったわ。あとはあなたが来るのを待ってたのよ」
「わかった。映像を明るくして、場所の特定に入る!これはいつ送られた映像だ?」
「1時間前よ。朝だから、室内かも……」
「上等だ。俺たちの黒池ちゃんに酷いことをしたら、タダじゃおかねぇぞ……!」
「うわぁ、上原が燃えてる!」
「おい!」
俺は振り向いて、左の方に固まっている人たちに声をかける。
「映像の出処を調べろ!」
「はい!」
「そこも!俺と映像の解析だ!」
次は真ん中の方。
「わかりました!」
「お前らは解析が終わり次第、該当地域に不審者の聞き込みを!車で待機しとけ!」
最後に右の人たち。
「了解しました!」
「……上原」
「推攻課は待機だ」
「ええ!?何でよ!?」
「……俺を守ってくれ」
「は、はぁ?わかった……。山野くんを連れてくる」
「よし」
俺は慌てふためく人たちをかき分け、普段使わない筋肉を使って走る。
エレベーターのボタンを連打し、開くとすぐさま飛び乗る。
動いている間も時間が惜しい。
今、この瞬間にも黒池ちゃんが怖い思いをしているかもしれない。
川崎さんに言われたんだ。
お前に託す、と。
この約束、破ってたまるか!
エレベーターの扉が開く。
走って、走って、一番奥の『特別能力推攻課』と書かれた部屋の扉を開ける。誰もいない部屋を駆け抜け、俺の部屋へと飛び込んだ。
「よし、データは来ているな。複製して、1つを編集ソフトで開いて……」
マウスを動かしながら、足でゲーミングチェアを引き寄せて座る。
まずは明るさだ。これを変更しなければ何も始まらない。
「…………光が入っている……?」
窓があるのだろうか?それともカメラの録画中に点灯する赤いライトなのか?
……いや、後者はありえない。あまりにも小さい光だし、色が白っぽい。これは紛れもなく日の光だ。
……なら……あぁ、運がいい。カメラは東から撮っているんだ。だが、それだけでは情報としてはあまり効果が無い。東から光が入る建物なんて星の数ほどある。
次に音だ。これで場所の特定が用意になる。車や電車などの音があれば最高なのだが。
全体を上げてしまうとあの犯行声明までもが大きくなってしまうので、必要なところだけ上げよう。一部分、声色だけを切り取ることはできないが、何とかして他の情報を得たいところだ。
「…………」
『………………!』
「!」
『……な……!』
誰かが叫んでいる。
遠くからなのか、映像が粗悪なものだからなのか、何を言っているのかほぼ聞き取ることができなかった。
「…………はぁ。ダメだ。焦るな……焦るな……」
深呼吸をする。
目を閉じて、イヤホンに意識を集中させる。
ゲーム用の高音質イヤホンだ。どのイヤホンより、良いものだ!
「…………」
『……な……て……く……は、…………な……!』
音量調節。
『離して……こ……く……は、か……ない……!』
音量調節。
『離して!皇希くんは、関係ない!』
「!!!」
この声……聞き覚えがある。
どこだ……どこでだ!?
「………………」
思い出せ……思い出せ!
ああ、もう!いろんな人と話しすぎて思い出せん!
「…………………………っ」
仕事?いや、違う。仕事は違う。すぐに思い出すはずだ。
……ゲーム?……確かに通話してやることはあるけど……こんな声色で、若い人は……。
いた。
「ログイン記録は!?」
──11時間前。
ギルドバトルの時間は22時だ。
現在は9時。辻褄は合う。
でも、そんなピンポイントで……。ええい、聞いてみるしかない!
通話ソフトを起動し、相手が出てくれるのを待つ。ついでに録音もしておこう。もしものため……もしものため、だ。
「頼む……出てくれ!」
違うことが証明されることを祈る。
──プツ……。
『……『神』さん?』
「ああっ、良かった!心配したんだよ」
『ええ?心配?………………そんなことはないよ、無事だよ』
「……少し考えた?」
『そんな……ああっ!』
「『ミライ』くん!?」
ミライとは、彼のユーザーネーム。彼が好きなアニメの主人公の名前だと言っていた。
『お前は誰だ?』
暗い声が聞こえた。
「お前こそ誰だ!?」
『…………ふぅん……ゲーム友達ねぇ』
ミライくんは、おそらくさっきの奴の仲間に伝えたのだろう。そりゃそうだ。俺が警察だと明かしていないのだから。
……どうしてミライくんまで?確か黒池ちゃんの下の名前を言っていたが……。もしかして、黒池ちゃんの友達とかだったりする?
「……ミライくんは……」
……警察ということは伏せて、イチゲームプレイヤーとして会話しよう。
『警察に連絡をしなければ無事に帰してやろう』
「……わかった」
こっそりと他の解析班に接続し、同期する。『介入するな、見ておけ』というコメントと共に。
今は、誰が見ても「たまたまゲーム友達に連絡した人間が、たまたま犯罪に巻き込まれた」という状況だ。
この状況をうまく使いこなしてやる……!
「これは……友達を救えってクエストだな」
『……それでいいか。そうだ』
いいのか。
「じゃあヒントとかくれないのか?何も教えてくれないなら動けないだろう?」
『ふん……。なら、お前に暴力団の事務所に行く勇気はあるか?』
「ぼっ、暴力団!?……あぁー……ちなみに……どこの県ですか?」
『東京都だ。仲間を行かせる』
……ってことは、そこにはいないのか。
とりあえず知らないふりをしよう。
「いやいやいや、まずなんて名前の?」
『…………『川崎組』って知っているかい?』
いやこいつめちゃくちゃ喋ってくれるな。
「……いや……調べてみる」
『あぁ、調べてみろ。出てこないと思うがな』
とりあえず適当に調べるフリをしよう。今日の天気と……あと流行とか。うーん、ナメてるな。
「…………………………あった。警察のサイトの……えっと、『特別警戒組織』?ってやつ」
『あー、それならありそうだな』
「……行ってみる。待ってろよ、必ず助けてやるからな……!」
『待て』
「な、なんだよ!?」
『警察に連絡をしないかを確認するため、通話は付けたままにしろ』
「……チートを使うのはダメってことか」
『当たり前だ』
……と、ここで俺は大きな間違いを犯していたことに気づいた。
『特別警戒組織』のページは、警察官しか見ることができないようになっているということだ。
相手が知らなければそれでいいのだが、改めて調べられて、そのページを開くことができないということが判明してしまったら……。
急がなくては。
「……1ついいか?」
『なんだ』
「これ、パソコンで電話してるんだ。一旦切っていいか?」
『……仕方ないな』
『神さん!』
『ダメです、ヤスさん……』
……あぁ、やっぱりか。
電話が繋がった時から嫌な予感はしていたが……。まさかギルメンが、ずっと追っていた組織の人間だったなんて。しかも右腕?…………いやいや、今は彼も保護対象だ。黒池ちゃんと一緒に助けなくては。
ちょっと待て。
昨日はあの屋敷にいなかったよな?……ってことは、昨日のうちに……ううん、おかしい。昨日ギルドバトルしたじゃないか。なら、やっぱり今日のうちに襲われたんだ。そして、『ずっと会いたかった人』というのはおそらく黒池ちゃんのこと……。
……なんてこと。あんなに喜んでたのに。
途中でオートになったのは、黒池ちゃんと喋っていたからなのだろう。そのことは許す。だから、今日のバトルまでに助けて、一緒にクエストを回る!それが今の目標だ!
「……ミライくん。きっと、助けるから」
ブツッ…………。
電話が切れる。
今のうちに川崎さんに連絡を入れよう。彼の命も狙われているというのなら、警察に保護してもらうのが一番良い。……プライドの高そうな人だからすぐに首を縦に振ることは無いと思うのだが。
「…………頼む、出てくれ……!」
祈ることしかできない。
ところであの人たちに情報は行っているのだろうか?なら逃げていても……。
「……ここが特別能力推攻課の開かずの扉か」
「んぬわ!?」
ガタタッ!と机の上のマウスなどを蹴散らしながら振り向く。
そこにいたのは、昨日見た袴姿の……。
「かっ、かかっ、川崎さんんんん!?なんでここに!?!?」
「ヤスに持たされたこの四角い機械から音が止まらなくてな。どうにかしてくれないか」
スッと出されたのは……スマートフォン。
「いやいやいや、そうじゃなくて!」
と言いつつ、通話終了ボタンを押す。
「おお、止まった。感謝する」
「な、なんで!?いるんですか!?」
とんでもなくマイペースな『ヤクザのボス』に問いかける。
というか、機械苦手なの!?
「上原〜さっきのおじいちゃん来た?」
さらに後ろからエフィーちゃんが飛んできた。
「おお、お嬢さん。先程のこと、感謝する」
「いいよ〜」
「エフィーちゃん、なんで通したの?」
「みんな止めたんだけど、そこの刀で頭を強く打っちゃって。外に出たらすごいわよ、みんな痛くて唸ってる」
「そ、そうなんだ……」
やはり力は強いようだ。
「ちなみに!私は透明化して避けたんだよ!」
「私の刀を避けた人は彼女で初めてだからな。つい話が盛り上がってしまった」
「え、えぇ〜……」
どんどん推攻課のメンバーが一番ヤバいと言われている暴力団と仲良くなっていく……。しかもボスって。
「ところで、何か用かね?昨日教えたばかりの番号に連絡を入れて……」
「ああっ、そうだ!今、ヤスさんと黒池ちゃんが犯罪に巻き込まれていてね……」
「………………」
「ひ、ひぃっ!?」
ギロ、と睨まれる。ヤバい、視線だけで死ぬ!
「ま、待って!それで、今から助けに行こうとしていたところなんです」
「どこに?」
「……場所はわかっていません。ですが、犯人とこれから待ち合わせをするんです」
「……そうか……」
「あなたは?なぜここに?」
「……この手紙が昨日の晩に届いてな。縁側で休んでいたリストくんが受け取ったものだ。彼は今、別のところに避難している」
「どこに?」
「それは……言えない。ヤスと交換だ」
「わかりました」
手紙を受け取る。
開いてみると……うーん、わかりやすい犯罪予告!確かにリストを避難させるのは当たり前の行動だ。
「上原が珍しく敬語だ〜」
「あ、あはは……。……あ゛!!」
「何よ、急に叫んで」
「やばいっ、電話し直すって言ったんだった!エフィーちゃん、本部にデータを送って、事情を説明してくれ!ええっと、川崎さんはここで保護します!」
「いや、ついて行く」
「命を狙われてるんですよ!?」
叫びながらイヤホンを耳に突っ込む。
「だからこそだ。……組の汚れは、長が拭う。決して逃さん……!」
……ここまで心強いセリフはあっただろうか。ゲームでも、アニメでも聞いたことがない。こんなセリフを言える大人……くうぅ、俺はどうしてそんな大人になれなかったんだ……!
「……行きますよ、川崎さん!大きな声を出すと、相手にバレるのであまり声を出さないでくださいね」
「しょうがない。今回『だけ』は指示を聞いてやる」
「おおお……!ドリームタッグ!いってらっしゃーい!」
電話をかけようとスマートフォンを見る。すると、元気な声が飛んできた。
「あっ!上原先輩!」
「山野くん?」
「よかった、間に合った……!」
ぜぇぜぇと膝に手をついて、肩で息をするのは山野くんだ。別の課の手伝いに行っていたはずだが……。
「あれ?この人は?」
「今回の協力者だよ。それで、どうしたんだい?」
「聞きましたよ!黒池先輩がまた大変なことになってるって……」
「……山野くんは今回はここで待機しておいてほしい」
「ええっ!?また!?」
「頼まれてくれるかな?」
「…………。はい」
山野くんは今まで見せたことがない目を見せた。
「……良い後輩を持ったものだな」
「自慢の後輩ですよ」
「あとでどんなだったか、教えて下さいねー!」
「もちろんだよ!吉報を楽しみに待っててね」
「はい!」
山野くんがまたどこかに行く。
やっと電話に戻れる!と、呻いている人たちを見てみると……。
「ぅ、う……」
「飛向くんも?!」
「あ……上原さん……」
すっかりおなじみとなってしまった彼だが、こうやって頭を押さえているところを見ると川崎さんに立ち向かったのだろう。だがこの人は強すぎた。強すぎたんだ。
「大丈夫かい?」
しゃがんで手を差し伸べる。
「……お恥ずかしいところを見せてしまいましたね。黒池さんが大変な目に遭っているというのに、私としたら……」
彼は自力でフラフラと立ち上がった。
俺も一緒に立ち上がる。
「無理しないで」
「……すいません。私も……強くならなきゃ……」
そう呟き、どこかに行ってしまった。
「皇希くんは大勢から心配されているようで、人付き合いの点では問題ないようだな」
「その点は黒池ちゃんより今の子の方が心配なんだけどね……」
「そうか……。先生として見過ごせないな」
まるで生徒を見るかのような目をする川崎さん。
「……さて。電話をするぞ……」
──プププ。……プツ。
「もしもし」
『遅かったじゃねぇか。何やっていたんだ』
「いやぁ、実は家を出たら友達に会ってしまってね。適当に理由をつけて逃げてきたんだ」
と言いつつスピーカーモードにする。
『……そうか。約束通り、警察には連絡をしていないだろうな?』
「してない」
なんせ俺が警察官だからな。
『……その言葉、信じよう。言ったとおり、通話を切らずに来い』
「わかってますよ」
『本当にわかってるんだろうな?』
「なに?不安なの?」
『テメェ……!ナメてんのか?』
「いえいえ!これが俺のやる気の出し方なので、お構いなく!」
えぇ……とあからさまにドン引いている川崎さんを見なかったことにし、話を続けた。
「そっちこそ、約束は守ってくれますよね?大事な『仲間』なんですから」
『もちろんだとも。『神』さん?』
「…………首を洗って待ってろよ」
……と、ここで秘密兵器を取り出す。
こういうときの為に用意していた、歩行時のノイズ、衣服のズレのノイズ、遠くから聞こえる街なかの喧騒(場所ごとの音を出すことができ、GPSを元にしているのでまるでその場所の音が出ているかのように聞こえる)……。これを別の外付け装置としてセットし、再生することにした。
会話はマイク越しだったのでマイクを切ればバレることはない。
ちなみにこれもマリフが作った。チートが過ぎる。
本人は「簡単すぎて、作った気になれない!!」と騒いでいたが。
「……いいですよ、喋って」
「本当か?」
「ええ。秘密兵器を取り付けたので!まぁ見た目がゴツいのが問題ですけど」
いろいろ付いてゴチャゴチャしたスマートフォンを見せる。まるで俺の部屋の足元にあるコードを集結させたような……っておい。
「……なんだ、それは」
「簡単に言うと、ダミーの電話相手みたいな感じですかね」
「バレたりはしないのか」
「多分大丈夫ですよ。うちの技術者は超優秀なので」
まさか彼女も悪魔だなんて言えるはずがない。
「一度会ってみたいものだ」
「おそらくあのビルのニュースに映っていたと思いますよ。黒池ちゃんとリストを助けたあのオレンジのを展開したのは彼女ですから」
オレンジの、とは巨大なゼリーのようなものだ。魔力で構成されてて……跳ね返らなくて……どんな場所にでもすぐさま展開できて……。まぁすごいやつだそうだ。救助にはもってこいの魔法だと言っていた。
「ほう」
……隣に並ぶとやっぱりこの人大きいな……。
肩幅もそうだけど、身長もなかなかだ。結構お年を召しているはずなのに、骨が曲がったりはしていない……。
「……よし。行きますよ!反撃開始だ……!」
本丸はわかっていないが、まずは指定された場所に行くのが一番だ。
「ところで」
「はい?」
「その格好で行くのか?」
いつもの黄色いパーカー。
「あ、あはは……実はいつもこのスタイルでして……」
「……仕事の時くらい、スーツの方がいいと思うぞ」
「あなたに言われたくないですよ!?」
こうして、パーカーと袴の異色コンビは黒池ちゃんたちを助けるために動くのだった……!




