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奇士刑事  作者: グラニュー糖*
24/46

最終回 3

最終回は10回に分けて投稿します。

その後、特別編を投稿するのでお楽しみに!

「ふぅ……遅くなっちゃいましたね」


 秋の夕暮れを背に家のドアに向かう。


 まさかあんなに人が並んでるとは思わなかった。

 影中さんに申し訳ないことしちゃったなぁ……。今度何かお礼をしなきゃ。今日は病人扱いされて「気にしないでください」とは言われたけど、やっぱり気になる。


 ポケットから鍵を取り出して、鍵穴に入れる。カチャンと軽い音がした。ドアノブに触れ、ドアを開ける。


「…………?」


 何か……違和感がある。

 師匠が帰ってきていて、眠っているのだろうか?とりあえず起こさないようにゆっくりと進もう。


「…………」


 最近は師匠と別行動をすることが多くなった。

 僕が入院中に別の仕事が入ったのだろうか?それはそれで師匠が頼られているということで嬉しいが、少し寂しい。


「……?」


 すりガラスの扉の向こうに誰かが立っているような人影が見える。


「誰かいるの……?」


 腰の刀に手をかけ、力を込める。もし不法侵入だったら鞘からは抜かず、峰打ちで気絶させよう。


 いつもは上原先輩や師匠、セイレーンや灰澤姉妹が自由に出入りしているのだが、灰澤姉妹は扉の向こうまで行かない。セイレーンは音楽をかけているか、飛び出してくるの2択だし、上原先輩は自分で出迎えてくれるし、師匠は入口に帽子を置いていく。だが帽子なんて置いていなかった。


 だから……見知らぬ人……?


「………………」


 ドアノブに手をかける。

 深呼吸をして下ろす。


「う、あ……あああああああ!!」


 テーブルを避け、突撃と同じようにカーテンの前に立っている人影に刀を向け、振り下ろす!!


「…………おかえりなさい」


 パシ!


 と、刀が止められる。


 か、片手で……!しかも強い!


「あなたは……?」

「あは、忘れちゃったか」


 明るい茶髪の彼は微笑んだ。

 この人に……悪意はなさそう……?


「不法侵入ですよ?」

「そうだね」


 彼はベランダの方を見る。彼の顔に夕焼けのオレンジがかかった。


「……10年前だったかな」

「…………」

「少し年を取っちゃったのかも。それでわからないのかな。それとも髪型?」


 彼は洗面所に向かう。

 僕もついていくことにした。


「ふん、ふふーん♪」


 楽しそうに口にゴムを咥えながら髪をまとめる。


 見たことがある。この姿。


 茶髪を上げるとチラリと見える青い髪。大きく見える背中。スマートフォンのそばで揺れるアニメキャラクター。


 本当に……本当に……!


「……っ」


 ぎゅう、と後ろから抱きつく。

 彼は驚いて、髪を手から離した。


「ヤスお兄ちゃん……!」

「皇希くん」

「ごめんなさいっ……ごめんなさい!」

「いいんだよ」


 わんわん泣く僕の手を退けてこっちを向く。僕の頭を撫でようとし、一瞬躊躇った。


「?」

「ニュースで見たよ。傷、大丈夫?」

「あ……うん……」


 ニュースで大々的に報道されていたことは、病室に設置されていたテレビで知った。そりゃあ渋谷があんなことになったのだもの。隠蔽しようにも、あんなに人が多い場所では隠し切ることは不可能だ。


「とりあえずさっきの部屋に戻ろっか」


 お兄ちゃんに連れられ、リビングに戻る。

 そこには……。


「驚くかもしれない」

「!!?」


 スーツ姿の……男が……いっぱい!?


「大丈夫。みんな、おれの部下だから」

「お兄ちゃんの?」

「隠しててごめんね。そのことについても話そうか」

「……お茶、入れてくるね」


 タタタと台所へ走る。


 足が震えている。

 誰?あの人たち、誰?部下ってことは、相当な地位だよね?しかも、5、6人もいて……そこまでの警備が必要な人なの?


 わかんない。わかんないよ。どこからどこまで隠していたことなの?


「ヤスさん……」


 向こうから話し声が聞こえる。

 本当に小さい声だけど、僕は聞き耳を立てた。


「刑事だと聞いてついてきましたが、優しそうな良い子なんですね」

「当たり前だろ。おれが育てたんだから」


 こぽぽぽ……という音と、話し声が混ざる。

 疑念と再会の喜びが混ざった温かい緑茶が入ったコップをお盆に載せて、先に扉を開く。


「わっ、そんなに載せたら危ないよ!」


 フラフラと戻ってきた僕を見て驚くお兄ちゃん。ドタドタとテーブルと僕を行き来して、結局お盆の上は空になってしまった。


「もう、昔から無茶をするんだから……」

「ごめんなさい……」

「いいんだよ。ところで、後遺症とかは無いかい?ビルから落ちちゃったんだろう?」


 ……言ってもいいのだろうか。

 ノートのこと。脳震盪のこと。

 ノートはダメだとしても、脳震盪は伝えないといけないのだろうか?


「…………大丈夫」

「……。嘘」

「!」


 お兄ちゃんは少し悲しそうな顔をした。


「皇希くんは本当に嘘をつくのが苦手だね。嘘をつくという行為に良心が耐えきれずに体が震える。これは昔からの癖だ」


 そう、僕のことを一番よく見ていたヤスお兄ちゃんはこういうことも知っている。


 嘘をつかない、アニメの主人公のような真っ直ぐな人間に育ってほしい。それがヤスお兄ちゃんの願いだったのだから。よく言ってたもんね。


「お兄ちゃんに話してごらん。痛いところがあったら、一緒に治していこう」

「…………ぐす……」

「……うん。ゆっくりでいいよ」

「…………脳震盪……」

「!!」


 ポツリと言った言葉に、ヤスお兄ちゃんは驚きを隠せなかった。

 体の外側の怪我のことを言っていたのだろうが、まさか脳の問題だとは思わなかっただろう。だから言いたくなかったのに。先生やヤスお兄ちゃんには一番伝えたくなかったのに。


 ノートを倒したことで、治るはずのものが治らなくなったのが現状だ。それは誰も知らない。ノートとシフくんの契約を知る僕たちだけが知っている事実だ。


 なので、今まで作られた薬や論文は全てオーパーツ同然となった。


 歴史は、300年前に巻き戻されたのだ。


「僕が……僕が、無茶しなければ……。ごめんなさい……」

「……よく頑張ったね。えらいえらい」


 ぎゅ、と抱きしめられ、あの日のように頭を撫でられる。あの日と違うのは、身長の差だけだ。他は何も変わっていない。


 そう、何も。


「……座ろっか。たくさんお話をしよう」

「うん」


 僕はベッド側に、ヤスお兄ちゃんはその向かい側に座った。その左右には『休め』のポーズをするスーツのいかつい男が2人ずつ立っている。……僕がお兄ちゃんに危害を加えようとしているように見える?


「……まず、この状況の説明からさせてもらうよ」


 ヤスお兄ちゃんは目を細め、前かがみになってテーブルに肘を乗せ、口元に手を持ってきた。


 体がこわばる。

 目の前にいるのは本当にヤスお兄ちゃんだよね?


「皇希くん、お兄ちゃんのお仕事は知っているかな?」


 言葉は優しいのに、心臓がドキドキしている。緊張、なのか?毎日一緒にいた人なのに?


「…………ううん」

「はは、緊張しないで。ほら、お茶を飲んで……。うん、淹れるの上手くなったね」

「…………♪」

「よかった、笑ってくれた。懐かしいなぁ、初めて笑ってくれた時、笑ってくれるまでが大変で、その時はボスと大喜びしたっけ」


 覚えてる。


 どうしてこんなことに喜んでくれるのかがわからず、しばらく考えていたから印象に残ってる。


「おっと、本題に戻ろう。……お兄ちゃんはね、『筋者』……なんだ」

「………………」

「言いたいことはわかるよ。本当は警察官の、ううん、一般人の家に無断で入ってはいけないって。でも、皇希くんが心配だったんだ。あんなことになって……。だから、もう使わないと思ってた鍵を持って、ここに『帰って』来た。まさか引っ越さずにずっとここに住んでいたなんて思わなかったけどね。でも嬉しいよ」


 それで、このスーツの人たちがいるんだ。

 理解はできたけど、でも……いつからそんなものに?


「……いつから筋者だったの?」

「……最初から、だよ」

「………………」


 最初から?

 あの施設に来たその日から?ずっと?黙っていたの?


「本当は、皇希くんのお父さんとお母さんも筋者だったんだよ。でも、皇希くんにはそんなことを背負ってほしくなかったからずっと黙って育ててた。……ごめんね、皇希くん」

「いいよ。お兄ちゃんがそこまで考えてくれてたなんて、思わなかった」

「皇希くん……。本当に良い子に育ったね」

「……会いたかったのはお互い様だよ。高校を卒業して、先生に先に帰っててと言われていざ帰ったら誰もいなくて、結局先生も帰ってこなくて、手元にあったのは警察学校への証明書で。何日も待ったけどずっと一人で。捨てられたと思った」

「それは……ごめんね」

「でも、それは筋者だってことがバレないようにしたってことでしょ?」

「それもあるけど……」


 お兄ちゃんは一口飲んだ。


「皇希くんが筋者と繋がってるってバレたら、警察学校や警察署でイジメられると思ったんだ」

「え…………」

「皇希くんのことはいつも最優先で考えてるから。いつでも、大事に思ってるよ」


 ニコ、と笑った。


「ぅ……うう……」


 ポロポロと涙が溢れる。

 ずっと会いたかったからというのもある。でも……僕の将来のために、身を引いてくれた目の前の人物にどう感謝すればいいのかがわからないんだ。


「泣き虫さんなんだから」


 いつの間にか後ろに回っていたお兄ちゃんはいつものように頭を撫でる。


 楽しかったとき。

 うまくいったとき。

 眠る前。

 怪我をしたとき。

 嫌なことがあって泣いたとき。


 いつもこうやって頭を撫でてくれた。


『良かったね!おれも一緒にいたかったなぁ』

『すごい!さすがおれたちの皇希くんだ!』

『今日はもうおしまい。明日も楽しいことがあるといいね。おやすみ、皇希くん』

『大丈夫、痛くないからね。掴んでもいいから、ちょっとしみるけど痛いのを我慢しよっか』

『もう怖いのはいないよ。ゆっくり深呼吸して。そう。それから、笑ってしまえば、その時点で皇希くんの勝ちだ。うん、えらい!』


 僕の今の人格はほぼヤスお兄ちゃんが形成したと言っても過言ではない。元々根暗だった僕を、こんなに明るくしてくれたのはこの人なんだから。


「今日は一緒にいてくれる?」

「もちろん。って、はは、そのセリフ、おれが言うつもりだったのに」


 ……そうやって、秋の夜長はやってくる。

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