最終回 2
最終回は10回に分けて投稿します。
その後、特別編を投稿するのでお楽しみに!
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とある和風の屋敷の前。
ここは東京なのに、写真を撮って『京都に来たよ!』というコメントと共に見せたら誰もが信じて疑うことのないような場所だ。
垣根の向こうに竹や松が見えており、木でできた立派な門の向こうでは、おそらく枯山水なども存在しているんじゃないかと思えるほどの厳かな雰囲気を醸し出していた。
2階建てのようで、広い。かなり広い。
「リスト、入るよ」
「…………」
目深にかぶられたソフト帽の下にあるリストのキレのある瞳が、こちらを見上げる。
「大丈夫だって!こういう人たちと、警察官の間にはちゃんとした決まり事があるんだ。怖いことはされないよ」
「…………」
リストに聞いた話だが、魔界から人間界に戻ってきたときには江戸時代が終わり、明治時代になっていたそうだ。
その明治時代の人間たちから『見た目が違う』ということだけで石を投げられ、たまらず魔界に戻ったのだそう。その時から、人間が嫌いになったらしい。
本人は「黒池やスクーレと一緒にいて人間のことは少しマシになった」と言っているが、不機嫌なところを見る限り完全に人間のことを信用しているわけではないようだ……。
……その目は、まるであの時の黒池ちゃんのようで……。
「目」
「え?」
「その目……。オレを怖いとか思っただろ」
「え!?いや、そんな」
「…………いい。お前が何を見たかは問わない」
リストは門に向き合った。……お見通しってわけか。はぁ、まさか心を読む側が読まれるなんて……。
「と、とにかく約束の時間は過ぎてるんだ。ここで止まってるわけにはいかないよっ!」
「過ぎちゃダメだろ」
「あ、あはは……。……じゃ、ノック……するね」
前に出そうとする右手が震える。
ついでに足も震えている。
うーん、今までこう緊張する場面があったはずなのに、どうして震えるんだろうか。慣れたと思ってても慣れていないのは人間の性なのだろうか。
「………………」
トントン。
「………………」
「………………」
「いや、その音量じゃ気づかないだろ。このビビリが」
ごもっともです。
「こうなったら鞭でブチ破ってやる!」
「ダメダメダメ!この会合は、秘密なんだよ。警察本部にも話してない。こうやって機会を得られたのは、黒池ちゃんの名前があるからなんだよ」
「だから何だよ」
「大事にしたくない」
門を背にし、リストの両肩に手を置いて話す。
彼は鞭を桜へと変化させ、消滅させた。正しくは収納……なのだろうか?桜ごと謎の空間に吸い込まれていった。
「……チッ……めんどくせぇな……」
リストは目をそらして呻いた。
「ありがとう!ほんっとうにありがとう!」
「耳元で騒ぐなよ……」
「本当にそうだな」
「「…………え?」」
第三者の声にビックリして声が聞こえた方に視線を向けると、そこには少し着崩したスーツ姿のコワモテプリンヘアーお兄さんが立っていた。もちろん門は開いている。
……あー、もしかして……声、中に聞こえてた?
「なんか来たぞ」
「何かじゃないですよ」
ニコニコとしているが、内心怒っているのだろう。見てよ、この震えよう。
「あなたたちが今日来られる予定の警察ですね。お待ちしておりました。ささ、中へどうぞ」
有無を言わさず中へ通される。
リストはキョロキョロしていた。
「……面狐の家にあった……」
少し目が潤んでいる……。
「こちらです。ああ、靴は脱いでください」
「裸足なんだが……」
「足袋を持ってきます」
そう言って部屋の奥に消えていった。
……部屋というか、襖の向こうだな。まるで旅館のような内装だ。この場所はいくつかある建物のうちの1つのようで、メインの建物っぽい見た目をしている。
最初は本当にこんなところにいるのか?と疑ったが、さっきの人がいるので間違いはないようだ。それに、チラッと見えたが襖の向こうにもスーツの男がいるようで、こちらを見定めているようだった。
何か変なことをすれば命はない、と言っているかのように……。
「…………疲れた」
「た、立って。あとで甘いもの買ってあげるから」
「うぅ……」
「お待たせしました……って、おや。もう少しなので頑張ってください」
戻ってきた彼は足袋を手渡しながら苦笑いした。
「…………履けたっ」
「では参りましょうか」
比較的ドスドスと歩いている俺たちと違い、リストはそろりそろりと上品に歩いている。その面狐って人に叩き込まれたのだろうか。廊下は木製だが、彼にとって木も畳も同じなのだろう。
焦げ茶の床……まるで文化遺産だな……。
「……ここで止まってください」
そう言って彼は一枚の襖を開き、中へと入ってしまった。
「……道を外れた者と聞いていたが……。意外と丁寧なんだな」
「むしろそういう人たちだからね。リスト、君はおそらく『子供』として見られているだろう」
「あ゛あん!?」
「ああっ、怒らないで!でも、これは事実だ。だから、行き過ぎたことは言わないこと。いいね?」
「…………フン」
話していると、スス……と襖が開いた。あの人が開けたようだ。中に入ると……。
「……んん?何も無いぞ?」
「この奥です」
今回は先程の無地の襖ではなく、川のような絵が描かれた襖がいくつもあった。……うん、確かにこの奥のようだ。外から見えないように、ここが『そういう場所』とパッと見わからないようにしているのだろう。
「……遅れてきたの、怒ってるかなぁ」
「遅れなきゃいいんだぞ」
「黒池ちゃんを行かせるのに手間取っちゃって。でも、そのおかげでこの時間が取れたんだ……。有効に使わせてもらうよ」
丸い引手に手をかける。
やっぱり震えている。あぁ、これは恐怖ではない。
……引け目だ。
「…………」
スッ……と開く。
中ではクリーム色の髪をした和服の男性…………『川崎揚悟』が目を閉じてあぐらをかいていた。座っているだけでもとんでもないプレッシャーだ……!
後ろの台には刀掛けがあるが、そこに飾られているはずの刀は彼の腰にあった。いつでも気を抜かないということだろう。
他は窓が無く、掛け軸と額縁に入った『川崎組』の達筆な文字、あと高そうな壺……うわ、何が入ってるんだろう……。
「待っていたぞ」
「お目にかかれて光栄です」
「……えっと……こんちは」
リストは緊張していなさそうだ。今までどんな修羅場を乗り越えてきたんだ?
「まぁ座れ。ゆっくりと話をしようではないか」
彼は茶色い座布団を指した。
ここは言うことを聞くしかない。俺はこちらから見て左、リストは右に座ることになった。
「リスト?」
「待って……マントが引っかかって……」
「やりますよ」
さっきの人がマントに引っかかった紐を解く。リストは服に関してはいつもいい加減なので、こういうことは黒池ちゃんがやっているらしい。
「ありがとう」
「ふ……。彼は礼を言えるのだな。うちの者にも見習ってもらいたいよ」
「礼は基本だからなっ」
リストは自慢げに話す。
さすが『先生』……。子供の扱いをよくわかっている。
「さて……。彼にはあとで別室に来てもらうとして」
「えっ!?」
「本題に入ろうか」
「待っ……えっ、怖いんだけど」
本題……黒池ちゃんのことだ。
「黒池皇希……彼は元気にしているかね?」
「はい」
「……なら、これを見ても同じことが言えるのか?」
スーツの誰かに合図を送り、渡された新聞の切り抜きを提示した。紙と畳が擦れる音がする。
……そこには、こう書かれていた。
「『警察官、ビルの屋上から落下する。』…………」
「これをどう説明する?」
「…………」
黒池ちゃんじゃないと言って逃れようにも、名前が書かれているから不可能だ。黒池ちゃんは色んな事件に関わっており、名前が結構有名になってしまっている。近所では『剣を持った刑事』ということで有名で、『奇士刑事』とも呼ばれていたりする。『妙な人』と『騎士』をかけているらしいが……。
とにかく、正直に話した方が良いだろう。
「それは、オレが悪いんだ!」
「リスト……」
リストが立ち上がって叫んだ。
「ほう?聞かせてもらおうではないか」
「……ちと深刻な理由があって詳しくは話せないが、簡単に言ってヤバい奴を倒すためにオレたちは渋谷に向かったんだ。その時はオレが中心となって戦ってたんだけど……。そいつに渋谷の惨状を見せようとしたとき、暴れだして……黒池の頭に武器が当たって、フラフラしたあと落ちたんだ」
俺たちには光の玉としか見えていなかったが、どうやらリストと黒池ちゃんの2人には人の姿が見えていたらしく、戦っていたらしい。
俺が駆けつけたときは落ちる直前で、出動要請をかけるときにマリフに連絡を入れたら「連れてけ!」と言ったので連れて行った。そのマリフの機転により先に落ちた黒池ちゃんと、彼を助けようとしたリストの命は助かったのだ。
だが、それは話の中心の真実。他人が見れば、『ビルから人が落ちた』としか見えなかっただろう。報道によってはそこしか伝えられなかったものもあるだろう。落ちた理由はどうとでもなるし。この新聞は、悲しいことにそんな捻じ曲げられた真実のうちの1つなのだ。
「…………そうか。話してくれてありがとう」
川崎は立ち上がり、リストの頭を優しく撫でた。まるでおじいちゃんと孫だ。両方和服だし。
「………………怒ってない?」
恐る恐る川崎の顔を見るリスト。
「怒っていないよ。キミの顔を見ればわかる。真実なのだろう」
「……うん」
返ってきた返事に、安心したかのように笑った。
リストも怪我をさせたことに引け目を感じていたのだろう。あの時期にはもうすでに黒池ちゃんのことは話していたから、『借り物』だった黒池ちゃんに怪我をさせて、どうしようという気持ちでいっぱいだったのだろう。
「……次の話題に移ろう。キミは座っていいよ。寝ていてもいい。疲れただろう」
「いいの?」
「もちろんだとも。聞きたいことは、あとで聞こう」
「わかった」
リストはモゾモゾと動き、丸まって眠り始めた。川崎の合図で彼のマントをブランケット代わりにかぶせる。心なしか、リストは嬉しそうだ。
彼がこんなに素直になるなんて……。
「さて。ここからは子供に聞かせるのは少し酷な話だ。だから眠ってもらった」
「彼は大人なんだけどな」
「そうなのか?ふむ……」
リストの方を見る。
すやすやと眠るリストを見て、やはり信じられないという顔をした。
「まぁいい。上原英次……よくもやってくれたな」
座り直した川崎は怒気のこもった鋭い目つきでこちらを睨んだ。
「………………」
「心当たりがありすぎてわからないか?」
「それもあるけど……黒池ちゃん関連のことだろう?」
「そうだ」
「………………」
「………………」
重い沈黙が続く。
「自分の胸に問いかけてみろ。答えが出るまで今日は帰さぬ」
「それは……軟禁するとおっしゃるのですか?」
「ハ……自分がやったことさえ理解できれば、普通に帰すさ」
…………こうやって沈黙しているが、1つ大きな心当たりがある。
はぁ、放課後の犯人探しのような気分だ……。
「………………。養育費は俺が払う」
「今更保護者ヅラか……。だが、金の話ではない。どちらかというと、心の問題だ」
目を閉じ、口を固く結んで微動だにしない。
「……じゃあ……黒池ちゃんを見つけたあと……施設に入れたことですね」
「どうしてそう思う?」
「見つけただけではそこまで怒らない……でしょう」
「…………正解だ」
黒池ちゃん……黒池皇希は、発砲騒ぎのときには3歳だった。
見つけたときは、それはそれはもう驚いた。なんでこんな小さな子が鉄砲なんかを持ってるんだと。
辺りを見渡してみると、ブラウン管テレビがあった。今頃そんなものがあるのか?と驚いたが、その周りに落ちていたものを見て更に驚いた。全て洋画で、銃に関するものだった。1本刺さったままで、さっきまで映像が流れていたことがわかった。
最近の銃は電波を発生させるものがあり、発砲したときに発する電波が周りにある電子機器に反応し、電子機器を止めるという機能があるものが存在している。そのため、テレビや照明が消えていたのだろう。
電子機器を落とすことによって一日中テレビがついていておかしいなと思われるようなことがないようにするために犯罪に使われるケースも存在しているが、3歳がここまで考えるわけがない。たまたまだろう。
このようなものは住宅では使用されることは前提とされておらず、戦場での使用をイメージされて作られている。例えばドローンや情報伝達の機械を狂わせるためなどだ。住宅で使ってしまうと、こうやってテレビなどの電子機器が止まってしまうので通常は使われない。あそこはアパートだったので、隣の家の人の電子機器もダウンさせ、「え!?」となったのと発砲音で通報に至ったのだと思われる。発見が早くて助かった。あのまま放置していると、脱水症状や飢餓で死んでしまった可能性が非常に高かった。なんせ3歳だから、料理なんてできるわけがない。
そんな戦場で使われるような銃がなぜここに?とは思ったが、こういった銃の横流しはよくあることで、黒池皇希の親も同じようなやり方だったのだろう。それに彼の親は暴力団の一員だったらしく、捜査の範囲には入っていた。だからチャンスだとは思ったのだが……まさか息子に殺されるなんて、誰も思わなかっただろう。
「あの家族は、末端ではありながらも我々『川崎組』の一員だった」
「……だから黒池ちゃんを狙ったのですか?」
「狙ったとは人聞きが悪い。救ったと言ってほしいね。確かに彼の里親になったのは証拠の隠滅もあっただろう。だが……上原、お前が皇希くんを育てるという手もあっただろう?」
「……何が言いたいのですか」
「お前は彼の施設での生活は知っているか?」
「………………」
……知らない。聞いてもいない。
ただ犯人を逮捕したものの、特殊すぎたために安全で道徳的な手を取っただけだ。それなのに、なぜ?
「彼は毎日いじめられていたそうだ」
「まさか」
「どうせ保護直後は衝撃で何も話せない状態だったのだろう?迎えに行ったその日、彼は治療もされず傷だらけで体が細く、必要最低限の物しか与えられていなかったように見えた。食事も他の子どもたちに奪われたりしていたのだろう。あの日、他の子どもたちや施設の大人はバレるのが怖いのか何も言ってこなかった。厄介払いができて清々するとでも思っていたのだろうな」
「黒池ちゃんに限って、そんなこと……」
「写真も残っているぞ。見てみるか?」
「いや……結構です」
もし俺が黒池ちゃんを引き取っていたら、どんな成長を見せたのだろうか。俺があの時手放したから、黒池ちゃんはそんなつらい目にあったのだろう。
黒池ちゃんのことを考える。
今までの振る舞いは全て無理矢理だったのだろうか?本来の彼は何なのだろうか?わからなくなってきた。
「…………。お前の答えが聞けて満足だ」
「……川崎さん」
「次はお前の番だ。おおかた、組としての振る舞いや規制についてを話しに来たのだろう?」
「……黒池ちゃんへの扱いについて、何か問題があれば逮捕まで持ち込もうと思っていたのだけどね。これじゃ、黒池ちゃんはそっちにいたままの方が幸せだったのかもしれない」
「ふん……。それは光栄だな」
「1ついいかな」
「なんだ?」
俺はリストを揺さぶり起こす。
リストは1つあくびをして目を擦った。
「ん……」
「魔界について話すよ」
「あ、あぁ……」
モゾモゾと動いたと思えば三角座りになった。マントは背中に羽織ったままだ。
「……魔界について何か言うことはないかね?」
「何のことだ」
「とぼけない方がいいですよ。本来、暴力団と一般住民は不干渉の間柄だ。だが、『川崎組』だという数名の男性が魔界で発砲し、暴れたことについてはどう説明するのですか?」
「……あぁ、あの帰ってこない奴らか」
「それに、なぜ技術的に不可能とされている『異界渡り』を可能にしたのですか?時期的には渡ることすら不可能だったはず……」
これはマリフと黒池ちゃんに聞いたことだ。なんでも、死神王……ムジナくんの兄に酒を贈ろうとしたが魔界に行くことができずにしばらく断念していたそうだ。そんな時期の話だから、人間が魔界にいること自体が不自然なのだ。
魔界についてはまだ信じがたいが、目の前で『向こう側』との連絡が行われたのだから信じるしかない。まず、神に人間代表とか言われちゃったからね。警察として……ううん、人間として、魔界を守らなくてはならない。
「……『ヘラ・フルール』という名前は知っているかね?」
「!?」
「ヘラくんのことを知っているのか?」
「当然だ。皇希くんが救助された日……彼が連れてきてくれたからな」
「……」
「……」
俺とリストは顔を見合わせる。
「彼には本を買ってあげてね……嬉しそうにしていたよ」
「……ヘラはいつも本を読んでるよ。多分、その中におじさんが買った本も入ってる」
「そうか……。よかった」
「なぜ今ヘラくんのことを?」
「……申し訳ないことだが、彼の本に発信機を付けさせてもらってね。それで場所を解明し、『海』から行かせてもらったのだよ」
「『海』だって!?よく切り抜けられたな……」
「優秀な部下なものでね」
「う、『海』?何のこと?」
「『海』は魔界で一番危険な場所だ。一番霊界の影響が少なく、加護がほぼ無いから幽霊がよく出るんだ。人間界と魔界は違うからな。実害のある幽霊ばかりなんだ。そんなところを強行突破なんて……」
ありえない、と言いたいのだろう。
「そうやって魔界まで仕事の範囲を増やしたのだよ」
「無茶苦茶だな……。元から魔界のことは信じてたんだな」
「うちにはそういうのが好きな子がいてね」
「それは報告にあった右腕でもある『ヤス』という人のことかい?」
「そうだ」
「……右腕と言っても……見当たらないんだけど?」
組外、ましてや警察と会合するのに右腕がいないのはまずありえない。
「…………ヤスは?」
「いえ、わかりません」
「そうか……」
わからないって。
「帰ったら連絡を入れる。……今は何時だ?」
「18時前です」
「そうか。2人とも、晩は食べていきなさい」
「え、ええっ!?」
「……信用できないとでも?」
「そういうのじゃなくて……」
「キミは?」
「あとで呼ばれるなら、ここにいた方がいい」
「だそうだ」
ふ、と笑う。
リストがそう言うなら……。何かあったらなんとかするし。
「……仕方ない。ここにいよう。…………ふむ……」
ところで……ヤスって、聞いたことあるなぁ。
資料じゃなくて、その…………。




