最終回 1
最終回は10回に分けて投稿します。
その後、特別編を投稿するのでお楽しみに!
ノート。
見える人には見え、見えない人には見えない真実。
真実から目を背けて、見たくないと弱音を吐く人間には見ることができない。
しかし、面と向かって歯向かう者には痛くつらい罰が待っている。
これは、戦いの向こうの物語。
「………………」
皮がめくれて赤くなったり、タコが目立つ手のひらを見る。
もうキラキラしないことはわかるが、それでも心配で手のひらを見ることがクセになってしまった。
「また見ているのかい?黒池ちゃん」
「先輩……」
後ろから話しかけてきた上原先輩から右手を遠ざけようと、手を伸ばして振り返る。先輩は悲しそうな目をした。
この手について話すと少し長くなる。
実は僕、治療と調査のために3ヶ月ほど入院していた。理由は『赤のノート』との戦闘による負傷のせいだ。
ノートは最初、光の玉として確認されていた。その光の玉は『渋谷』と『ワシントンD.C.』に現れた。
渋谷を僕と師匠が、アメリカの方は『怪奇討伐部』の時やムジナくんが僕の部屋に来たときも一緒にいた天才少年イリア・レストくんが対応した。
渋谷では『赤のノート』と呼称された、赤い髪に緑のゴーグル、あとはヒーローのような服を着た人型魔法生物が現れた。彼はヘラより少し身長が高く、チェーンを武器としていた。そのチェーンは『存在の概念を縛る』もので、例えば師匠のように『人間』と『悪魔』が半分ずつになっているのであれば、『人間』か『悪魔』のどちらかに固定され、ノート本体が倒されない限り死ぬまでそのままなのだ。赤のノートたちはノートの魔力で構成されており、ノートからの魔力の供給が絶たれてしまうと行動不能となり、消滅してしまう。戦って勝つのは問題ないが、僕たちが相手をした『赤のノート』はノートに負けると思われて見限られ、魔力の供給が無くなったことにより彼は弱体化して僕たちに倒された。
その時、異変が生じたのか赤のノートの能力が変化し、どちらかに分けるための能力だったのが『融合させる』能力へと変化したのだ。それで何が起こったのかというと、チェーン攻撃が脳天に直撃した僕は僕の武器である『刀』の『刃物』と融合してしまい、何かを触るとそれに刀や剣で斬りつけたような傷をつけてしまうということになってしまった。
勝った喜びを分かち合おうとしたのもつかの間、すぐに病院行きとなった。そりゃ衝撃で気を失い、足がもつれてビルの屋上から落ちたのだから。
その融合したあとの力は強大で、担架の紐を触るだけでズタズタにしてしまうほどだったので、人に触れることも許されなくなってしまったのだ。
……誰かに触れるというのは、僕の大切な人に教えてもらったことだ。
不安に沈む心に手を差し伸べて、その人を救う。それは、自分が人間である限り誰もが心を落ち着かせることができるだろう。
その症状という名の罪が消えたのは、突然だった。手術で取り出すという話も出ていたので、医者も驚いていた。
世間の皆はどうして解除されたのかわからないだろう。でも、僕はわかる。
ヘラたちがやってくれたんだ。
僕たちが相手をした『赤のノート』や、イリアくんが相手をした『紫のノート』を倒しても、それは『ノートの一部』なので意味がない。僕たちの呪いを解除するには、本体の『透明のノート』を倒さないと解決しないのだ。
本当に倒したかどうかは僕にもわからない。公表されていないからだ。実はあの電話からヘラとは音信不通で、彼らがどうなっているのかがわからない。マリフや師匠が教えてくれてもいいのに、どうして教えてくれないのだろうか。
「とにかく治って良かったよ」
「そうそう!あーあ、ノートが倒されて、ボクの出番も終わりだなぁ〜」
「そうですね………………って、え゛!?」
驚いて後ろを見る。
そこには……。
「やっほ〜」
「ま、マリフ!?なんで!?」
スーツ姿のマリフが立っていた。ゴーグルは健在だ。
いつものマリフを見ていた僕が見ると、全く似合っていないように見えるのだが……。元々が黒髪なのでセーフなのだろうか。
「キミがビルから落ちたあの日の功績で、外に出してもらったんだよ。で、行くところがないからここに来たってワケ」
「どんどん増えてくよね〜」
「先輩、そんな呑気な……。よくOKが出ましたね?」
「今までは難癖をつけて閉じ込めていたからね……。今回の混乱で『神秘』が一般的になってマリフの存在も公式のものとなったんだ。マリフには技術者としてここにいてもらうよ」
『神秘』が一般的になったのは未だに信じられない。だが、『神秘』を封印したノートが倒されたということは、封印する者がいなくなったということ。それが解き放たれるのは自明の理なのである。
「……マリフ……」
「そんな顔をしてもダメだ。ボクにも魔界のことはわからない。ボクの力はノートと戦うところまでしか見れなかったからね」
「……それは……わかってますが……」
「あの子達なら元気にやってるはずだ。だから安心しなよ」
「……はい」
倒されて脅威がなくなったのなら魔界に行けるのでは?と思いもしたが、どうして開放されないのだろうか。
「それにしても、女性が増えて華やかになったね!エフィーちゃんにマリフ!あ、黒池ちゃんもいっそのこと女装しちゃう?」
「どうしてそうなるんですか……」
「女装といえば、黒池ちゃんと初めて会ったときも女装してたね」
「…………その頃については……」
「話してほしくないなら切り上げるよ」
「…………いい機会です。お話しましょう」
未だに悪夢として見る『銃殺』の夢。
衝撃と、鉄と煙のニオイと、赤い視界の端に映るフリル。
女の子が欲しかったが男の子が生まれてしまい、その男の子に女の子の服を着せて育てた。
その男の子がこの僕、黒池皇希だ。
ある日、発砲音がしたと近隣住民の通報を受け、警察が出動した。その警察官が、上原英次……若き日の上原先輩である。それが僕と上原先輩の出会いだった。
まだ3歳だったのに、ここまで鮮明に覚えているのはそこまでトラウマになったということだ。
すりガラスの扉を開けた上原先輩は腰を抜かしそうになっただろう。男の子の顔をしているのに頭にリボンをつけ、フリルのついた服を着た子供が煙を吐き出す鉄の凶器を持っているのだから。
「……その時は銃を持てたんだ?」
「はい。毎日のように銃が出てくる映像を見せられていたので、使い方はわかっていました」
「英才教育ってやつかな」
「内容には問題がありますがね……」
「その事件がトラウマで銃を持てなくなったんだろ?トラウマが無くなったら、遠距離も近距離も最強な警察官が生まれるのに……惜しいなぁ」
「……僕の気も知らないで、そんなこと言わないでください」
「な、なんだよ急に……」
「いえ……すいません」
何だろう……気が立っているのかな、僕。
Aliceのときに気をつけようって決めたばかりなのに、これじゃあダメダメだ。
「黒池ちゃん、マリフと話があるんだ。少し席を外してくれないかな?」
「はい、いいですよ。では、パトロールに行ってきますね」
「あぁ、その方がいい。推攻課は公式ホームページに載せられるほどの正式な課になったとはいえ、サボってばかりとは思われたくないからね。あ、帰ってもいいからね」
ケラケラと笑う先輩を放置し、僕は部屋を出た。
__________
「……上原」
「おお、おかえり、リスト」
リストが桜と共に現れた。
マリフが外に出られたため、リストがずっと悩んでいたらしい『聖者の涙』?ってやつを調整し、いつでも魔法が使えるようになったようだ。
マリフによると、『聖者の涙』というのは『善』と『悪』を見分けることができるそうで、善い心の持ち主でないと使いこなすことができないそうだ。
『聖者の涙』はクリスタルのようなもので、本当に涙のような形だった。魔界から持ってきたと言っていたが、魔界では誰もが魔法を使えるし誰も必要としていないから持ってきた……とのこと。普通に泥棒なのだが、自分を『トレジャーハンター』と名乗っているし、時効だし、リストはまず死んでいる判定なので見逃している。
ここには情報の書き換えも行うヤバいのもいるので何も言えないのだが。
なんでも、『聖者の涙』は死者を蘇らせることができるほどの魔力が込められているらしい。
なぜ今まで使っていなかったのかというと、魔界で使っていたとき、黒池ちゃんがよく言っていたヘラくんに「体に悪いからやめときなよ」と止められたからだからだ。
「黒池は行ったか?」
「少し前にね」
「そうか……。それで、あそこに行くのはいつなんだ?」
「今日だ」
「ふんふん、今日………………はぁ!?」
「おっと、良いリアクションをありがとう」
もうマリフには話してある。
それに書類も用意してあるし、話し合いの場も設けている。あとは何かが起こらなければいいのだが……。
「メンバーは……この3人か?」
この俺……上原英次、リスト・ウルム・ラーン、マリフ・ハルビレンのことを言っているのだろう。
「いんや。マリフは置いていく」
「え?でも……」
リストはマリフの方を見る。
それもそのはず、この作戦は黒池ちゃんには教えることができないのでできるだけ秘密裏に動かないといけないのに、どうして部外者であるマリフに教えたのかと目で訴えるためだろう。
「マリフは最終手段だ。悪魔だと知ったら少しは大人しくなるだろう……」
「お、おい……脅しかよ?」
「仕方ないんだ。リストだってシルバースワンのときに思い知っただろう?昔と今は使う『もの』が違うんだ。昔は無かった持ち運びが楽な鉄砲……。今はそれがある。昔は仇討ちが合法とされ、今はいつ殺されてもおかしくないほどたくさんの兵器が作られている。恐ろしさは変わっていないんだ……。だから、安全策は作っておいて損はないんだ」
俺はリストの手を握り、しゃがんで見上げた。リストは子供の身長なので自然と言い聞かせるような言い方になる。
「わかったかい?」
「…………わかった……」
「よし」
俺は立ち上がってリストから離れた。
「でも……」
「ん?」
「オレだって、半分悪魔だからなっ!オレが上原を守ってやるぞ!」
「おっ!頼もしいね。期待しているよ。……じゃ、スーツに着替えてこようかな」
「それで行かないのかよ!?」
「さすがにパーカーじゃダメでしょ?」
「いや、2人とも着替えた方が……」
珍しくマリフからツッコミが入る。
「これはオレの正装なんだよっ!」
「帯も無いのによく言うよ」
「なんだとー!?」
「はいはい、2人とも喧嘩しない!部屋から戻るまでに仲直りすること!いいね?」
「………………」
「………………」
睨み合いが続く。どちらかが返事をするまで睨み続けるとでもいうのか。
「い、い、ね?」
「「…………はぁい……」」
しょんぼりする悪魔2人を尻目に、俺は部屋に入る。そして端末を手に取った。
「もしもし、繋がっているかい?」
『……随分と待たせてくれたな』
不機嫌な声が聞こえる。
「すまないね。そろそろそちらに向かおうと思ってね」
『ふん……。まぁいい。事務所で待っている』
__________
あれから、周りがいろいろ変わった。
ノートと戦ったということでまたイリアくんに会い、合同で事情聴取をした。イリアくんのノートからの呪いは『少しでも孤独を感じると死んでしまう』というものだったらしい。心の病ハードモードといったところか。
飛び級で入った大学では周りにイジメられていたこともあり、彼は今後の生活を政府に守ってもらうということになった。もちろんお姉さんのベアリムさんもセットである。
インターネットでは『神秘』が元に戻ったため、『心霊』や『オカルト』といったジャンルがよく見受けられるようになった。早速セイレーンもそれにちなんだ曲を作ったらしい。仕事が早い。
そして師匠は僕が入院している間、ずっと魔界にいたようだ。電話したあと、どうしても行きたくなったらしい。といっても、あちらからすると1日の間の話なのだが。つまり、ノートと戦いに行っていたということだ。しかし残念ながら別の場所で戦っていたらしく、ヘラたちの状況は知らないのだ。魔界全土が戦場だったため、大変だったそうだ。
最後に……そう、一番大切な僕の目標。
3ヶ月足踏みをしていただけあって、これといった情報は得ることができていない。
『神秘』とは不確定要素のこと。もしデマとかを作る文化ができてしまったらと考えたら、この先『先生』に再会することは夢のまた夢となってしまうだろう。
「……早く……早く見つけなきゃ」
時間は刻一刻と迫っている。
「何をですか?」
「にょわっ!?」
突然話しかけられたので、思考モードだったのが一気に現実に戻された。心臓がバクバクいってる……。
「し、白神さん!?」
「お久しぶりですね。聞きましたよ、入院なさっていたのですってね。退院、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます……」
「……あの渋谷の悲劇のど真ん中にいたそうですね」
「…………はい」
なぜ『渋谷の悲劇』と呼ぶことになったのか。それは、『赤のノート』による被害が甚大だったからだ。
『紫のノート』は毒ガスを振りまくだけで、吸わなければよかったものだし、吸ったとしてもこの先『孤独』を感じなかったら問題が無いというものだった。あとでそれは『孤毒』と名付けられた。
しかし、こちらはどうだったのかというと、起こしたのは物理的な被害だった。あちらは気体で攻撃していたそうだが、『赤のノート』はチェーンだ。僕だって意識を失うほど痛かったし……。
しかも「正義正義」と叫んでいたので、『正偽』と名付けられた。
悪魔ではなく神というだけで恐ろしいのに、ビルや戦車が壊れて渋谷は阿鼻叫喚に包まれていた。さらには僕と師匠以外は彼のことは見えず、光の玉が何かを行って街が壊れていくという風にしか見えなかったので恐怖はとんでもないほどだっただろう。
「よく……よく生きて帰ってきましたね」
「白神さん……」
「『推攻課』を壊していたら成し得ないことでした。最悪、国が、世界が無くなっていたのかもしれませんね。私からもお礼を言わせてください」
白神さんは頭を下げる。
「わ、わ!?と、当然のことをしたまでですよ!しかもっ、ほぼ師匠が戦っていましたし!あ、頭を上げてくださいっ!」
僕はマリフのマジックアイテムをポケットに入れてサポートしていただけだ。
それにしても女性に頭を下げさせるわけにはいかない!
「はい……。……そういえば師匠師匠と言っていますが、会ったことはないですね」
「師匠はよくどこかに行きますし……。それに、あの人は警察官ではありませんから」
「け、警察官じゃない!?TVの中継で『オレたち警察官が逮捕してやる!』みたいなことを言っていましたが……警察官じゃない人が警察を自称するのは……!」
軽犯罪法第一条15号。
自分の身分を偽ること。
最大1ヶ月捕まる……というもの。
「あわわわっ、揺さぶらないでくださいっ!頭への衝撃でそこだけまだ経過観察なんです〜〜!!!」
「ひゃああっ!?ごっ、ごめんなさい!どうしましょう……」
「だ、大丈夫です。少し座ったら大丈夫だと思いますから……。それに、師匠は死亡扱いなので犯罪には入らないかと思われます。今まで一緒にいたので……。あぁ、ありがとうございますっ」
白神さん……女性に肩を貸してもらってベンチに座る。うぅ、ちょっと恥ずかしいかも……。と言っても、僕のほうが髪が長いので女と女にしか見えないと思うのだが、それはそれだ。
頭への衝撃というのは、チェーンが脳天直撃したことだ。頭蓋骨にヒビが入っていてもおかしくないが、魔界に行ったときの魔力の残滓が僕を守ってくれていたらしく、軽い脳震盪だけで済んだ。それでも安静は必要なのだが、ヒビが入らないだけマシだ。
「それにしてもあなたの師匠はすごいですね。身体能力が人間の域を超えています」
「目標を定めている人間は強いですからね」
「それだけで強くなるとは思えませんが……。いいでしょう。葛城さんやあなたが彼を師匠と呼ぶ理由をなんとなく理解しましたから。……あ、葛城さんは元気ですか?」
「とても元気ですよ。僕を上回ろうと、毎日張り切っています」
僕は彼のことを想像し、苦笑いを浮かべた。
「彼には潜入捜査官としての素質があると思っていましたが、まさか推攻課に入るとは……。あ、潜入捜査官といえば、あの『伝説の潜入捜査官』についてご存知ですか?」
「伝説……?」
白神さんは僕の隣に座った。
「えぇ。この警察という組織が何年もかけて追っていた筋者の組織……。その中でも一際大きな組織の危険性をあぶり出し、正式に追うことを決定づけた潜入捜査官。『北島淳平』さんのことです」
「北島……淳平……?どこかで聞いた気が……」
頭のどこかで彼の名が反芻する。
しかし、衝撃のせいか頭がズキリと痛くなっただけだった。
「噂で聞いただけだったりするかもしれませんね。黒池さん、私が上原さんに話しておきますので、病院に行ってはいかがですか?脳は最高のパフォーマンスをすることにおいて一番大事な場所ですから。何かあっては困ります」
「ですが……」
「いいですか?」
「…………わかりました……」
白神さんはベンチから立ち上がり、微笑んだあと去ってしまった。
僕も立ち上がり、推攻課と前を交互に見たが、白神さんの言う事を聞いて僕は病院に向かうことにした。今推攻課に行っても追い払われるだけだし……と思ったからである。
「……師匠はここに着いたっきり姿を見せませんし、山野くんもいませんし……。冰李さんも今日は一度も見てませんね……」
少し心細いなと思いながら歩く。
もし『紫のノート』が渋谷にも現れ、僕と戦っていたら……今の気分に毒が反応し、僕は死んでいたのかもしれない。そう思うと身震いしてしまった。
「…………あれ」
予定のホワイトボードの前に誰かが立っている。あれは……。
「ん?おや。こんにちは」
「影中さん!こんにちは」
「ふふ、今日も良いツヤですね」
彼はメガネをクイ、と上げた。
良いツヤというのは髪のことだ。なかなかにヤバい発言だが、これがこの人の通常運転だ。むしろこれくらい狂っていないと僕たちの相手はできないとまで周りに言われている。だがそれ以外は周りに頼られているとてもいい人で、よく誰かの手伝いで走り回っている姿が見られる。
「おかげさまで……」
「体調はいかがですか?あなた、よく入院するじゃないですか。ほら、こっちに座りなさい」
彼は誰かの椅子を指差し、どこから取り出したのかわからないオーダーメイドのクシを手に持っていた。
「い、いえ……お気持ちは嬉しいのですが、これから病院に行こうかと思っていまして……」
僕は精一杯の笑顔で引き下がる。
「病院……。聞きましたよ、脳に異常があるかもしれないとか。それならなおさらです。車を出すので、一緒に行きましょう」
「え……良いんですか?」
「もちろん。最近は大きくはないものの、小さな事件は増えていますが地方の警察官だけで解決できるものが多く……ここの警察官が前に出ることは少なくなりましたからね。帰りにでも車でパトロールしましょう」
ノートが現れて、街の人々の意識も変わった。みんなで協力すべきだとやっとわかってくれたのである。
誰かが犯罪を犯せば、他の誰かが止めに入る。あの『赤のノート』に憧れて「自分もヒーローになる!」と主張している人が一定数いるからだ。
だが彼らはちゃんとわかっているらしく、中継で「あのノートとかいうのに勝った警察はヤバい」という認識になったのか、良い意味での『ヒーロー』が現れるようになった。なので、言っては悪いがありがた迷惑な話である。
「では参りましょうか、黒池さん」
「はい」
影中さんの後ろをついていく。
下の方に結ばれたポニーテールが左右に揺れて少し面白い。
「最近推攻課に人が増えて賑やかになりましたね」
「はい。面白い人たちばかりで、楽しいです」
「葛城くんとはよく話すんですよ」
「ええ!?そうなんですか!……なぜ?」
「ウィッグの保存方法についてですね。ツヤのあるキレイなウィッグを保つには、人間の髪と同じくらい大切にしなくてはなりませんからね」
「へ、へぇ……」
「あなたの変装をした時に使った長髪のウィッグが大変で……とのことで。ふふ、あれでも結構ちゃんと保存できていましたがね……」
「あの人が馴染めているようで良かったです」
「心配してたんですね」
「そりゃあもちろん……」
他愛もない話をしながらしばらく歩いていると、駐車場に到着した。
影中さんがポケットの中にあるキーを探している間、僕はキョロキョロと周囲を見ていた。
僕は車を運転することができないので、ここに来ないのだ。むしろ師匠の方が運転できる。……そのなかなか迫力のある運転は、エジプトで身をもって体験したのだが。
「何を見ているのですか?」
「あ、いえ……。ここが珍しくて」
「駐車場が?」
「はい。いつもは歩きですし、昔は建物を出たら車が待機していたので駐車場まで行く必要が無くて……」
「…………」
影中さんが目を丸くしている。メガネ越しでもわかった。
「……影中さん?」
「あぁ、いえ。黒池さんはご両親に大切に育てられたのですね」
「………………そうかも……しれませんね」
僕は黒い車の助手席に乗る。
影中さんは少し考えたあと、運転席に座った。
「……黒池さん」
「はい」
「………………いえ…………何でもありません……」
影中さんはドアを閉め、シートベルトやキー、バックミラーなどをいじった。
ドドドドド……とエンジンの震えが体を駆け巡る。
昔々、まだ『自然』が残されていた時代……。
レギュラーやハイオクといった『石油』を利用した車が主流だったらしい。
その頃は事故が多く、死者も相当だったそうだ。
……もちろん、3世紀経った現在も『嗜好品』としてそれを利用する人はいる。例えば飛向冰李さん。あの人も『タバコ』を吸っている。
過去から現在へと進化したものでも、過去のものを使いたいという人はいるのだ。
この車のように……。
「…………って、ちょっと古すぎませんか?この車」
「いえ、振動だけが大きいものにしましたからね。この方が車って感じがするでしょう?」
「いやまぁ、そうなんですけど……。過去の資料と比べてみても、すごい再現度ですよね。これからもっと変わっていくんでしょうね……」
車は地下駐車場を出て、地上に出た。
「……そういえば脳震盪だったんですってね。すいません、振動オフにします」
「あ……なんかごめんなさい」
ヴヴン……と振動が消える。停止しているときだけ振動していたのだが、これは音楽と同じようにオンオフが可能なのだ!
「『警察病院』じゃないんですよね?」
「は、はい。この前の戦い……いえ、災害で壊れてしまったので……」
ノートの存在は言っても信じられないかと思われるので、たとえ上原先輩が相手だとしてもノートの姿について口に出してはいけないのだ。
なぜなら、姿を知ったことによってノートが再び力を回復させる可能性があるため、それを絶つためだそうだ。これはマリフから聞いた。
「あれは酷かったですよね。復興にはもう少しかかるそうですよ……」
そう言ってハンドルを右に回す。
車は右の方向へと曲がっていった。
僕はというと、反対に左の方を見ていた。
……誰も見えない何者かが壊した世界。
生まれたての『善』の目には何が見えていたのだろうか。
「…………」
「先日……推攻課のことを知って、驚きました。確かに奪い合うものが無くなり、どうやって戦えばいいのか、武器はと言ったら入手困難だったのであまり出動できなかった我々警察ですが、そのために推攻課が存在していたなんて……」
「……あの」
「はい?」
「『特別能力推攻課』って、いつからあるんですか?発砲騒ぎでは到底出動するようなものでは……」
「……確か15年くらい前だったかな」
10年前……僕が17歳くらいの時だろうか。それかその前後くらい。僕は『特別能力推攻課』というよりかは上原先輩の名前を探していたので、まさかそんなマイナーなところに配属されるとは思っていなかった。
「15年……。まだ新しい方なのですね」
「えぇ。最初は大反対だったんですよ。でも、何かの力が働いたのか、それとも都合の問題か……。推攻課はそうやって生まれたんですよ」
アクセルを踏み、青になった信号を進む。影中さんに運転を任せ、僕は怪しい人がいないかを見ていた。
「黒池さん」
「はい?」
「……あの時はすいませんでした」
「あの時?」
「シルバースワンの元に向かっている時ですよ。大切な剣のこと……」
おそらく影中さんが運転していたとき、剣を出していたことの話だろう。
「あれはしょうがないですよ!影中さんだって、僕たちのことは正直『歩く兵器』みたいに思っていたんでしょう?」
「お、思ってませんよ。……最近、黒池さん言うようになってきましたね」
「へ?」
ビックリして影中さんの方を見る。彼は当然ながら前を見て口を開いた。
「いや……どこか頭でもぶつけたのかと思いまして」
「頭ならぶつけましたが」
「ま、まぁそうですよね。脳震盪なんて頭をぶつけてなるものですし」
影中さんは目を細めて笑った。
「……悩みがあれば、聞きますからね」
そう言ったすぐあと、病院に到着した。
影中さんは車で待つと言っていたが、もしかして帰りも送り届けてくれるのだろうか。
……とにかく、どこにも異常がないことを祈ろう。




