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奇士刑事  作者: グラニュー糖*
18/46

タブー編 5

奇士刑事最終回直前ということで、タブー編まで連続投稿させていただきます。




なお、イラストやオマケは省かせていただきます。

『聞こえてる?ねぇ、聞こえてる?』


 私が白神さんの話を終わらせたその日。時計は14時を指していた。私は少し疲れたので喫煙室で休憩していた。弟は喫煙しないが、私はする。弟がいる時はできるだけ我慢しているのだが、実は1人で吸っている。まぁ電子タバコなのだが。普通のタバコならバレるだろう?


『ねぇってば!』


 どこかから女性の声が聞こえる。

 鈴のような、透き通る声。だが、どこか花畑を跳ね回る可憐な少女を思い浮かべた。


「どなたですか?」

『ごめん、今見えるようにするから。あなた次第だけど……ね!』


 ポン!といったような表現が正しいだろう。まるでマジックのように虚空から現れたのは、くすんだ水色の髪をした、薄ピンクのコートの女の子だった。


「あなたは……」

「見えてるみたいで良かった!私は妖精のエフィー。飛向さん、あなたにお願いがあるの」


 彼女は顔の間近にスイッと飛んできた。

 甘いがどこかスッキリする花の香りがする。……いや、私は別に変態ではない。花の香りが強いのだ。


「推攻課を助けるのを手伝って!」

「わかりました!」

「はやっ!?!?」


 このエフィーという人も周りの評価を聞いていたんだろう。


「とりあえず部屋に来てちょうだい。黒池ってば、先に戻っちゃったもん」

「ふふ……。自由なところ、師匠のリストさんに似てきましたね」

「そうかな……。ちょっと違う気がするけど、まぁいいや。まだあの人魔のことあまりわかってないからかもしれないけど。ほら、それ片付けて」

「はい」


 私は電源を落とし、懐にしまう。


「行きましょう」


 特別能力推攻課の部屋は、3階の奥の方にある狭い通路の途中にある。追いやられていると言った方が妥当だろうか。

 推攻課を知るにあたって色々話していくうちに、興味深いことも聞いた。


 奥にあることで周りの目に入らず、とあるクリスマスの日に悪魔の子供が飛び出したとき、あまり目撃者が多くはなかったらしい。

 職場、しかも警察署の本部とも言えるここで『子供がいた』という事実は誰もが驚くが、騒ぎにならなかったのは場所のおかげでもあるだろう。

 現に、当時推攻課に興味の無かった私たちも知らなかったのだから。


 二人並んで歩くのがやっとな狭さの通路を歩いていくと、まるで路地裏のような暗さになっていく。蛍光灯は存在するのだが、あまり機能はしていないようだ。豆電球がジリジリとやかましく出迎えをしている……。


 銀色のドアノブに手をかけ、力を入れようとしたその時だった。


「行ってきまーーー」


 元気な声が聞こえ────


 __________


 ガツーン!!!


 何かに当たった気がした!

 オレは外に出る勢いのまま確認する。


「すぅ!?」

「」


 誰かの足に引っかかりそうになり、こけそうになる。

 足元で大の字になって倒れていたのは……。


「ひ、ひ……飛向さんんんん!?!?」

「ど、どうしたんだい!?」


 オレの悲痛な叫びを聞いてすっ飛んできたのは、上原先輩だ。


「うわっ!?どうしよう……」


 あの先輩もガチボイスで困っている。


「先輩?山野くん?…………って、うわ!?どうしたんですか?!」


 黒池先輩までやってきた。


「みんな、とりあえず中に入れて頭でも冷やしてあげようよ!」

「エフィーさんまで……。わかりました、先輩、どいててください。僕は上半身を持つので、山野くんは足をお願いします」

「はい!」


 黒池先輩は部屋の外に出て、壁にぶつかりそうになっていた彼の頭あたりで跨いだ。


「いきますよ……せーのっ!」


 持ち上げ、ゆっくりと部屋に運んでいく。


「………………」


 ん?誰か見てる?でも、今はそんな余裕は……。まぁいい、あとで確認しよう。


 飛向さんの顔を見てみると、顔面でドアを受けたので赤くなっている。骨や歯は折れていないようだ。よかった……。


「先輩のソファー、借りますね」


 使わないので部屋の隅に追いやられていた黒い合皮のソファーに寝かせる。そのあと後ろを見ると、上原先輩がビニール袋に入れた氷水を持ってきていた。先輩の部屋には冷蔵庫があり、そこで作った氷を水と共に入れたのだ。


「これ。マントで包め。そのままじゃ冷たいだろう」


 夏なのに熱い緑茶を飲みながら、リストくんが珍しくマントを差し出す。


「ありがとう、リスト」


 かなり大きいが、頭と同じくらいの大きさの袋をマントで包む。手を離すと広がったマントで窒息しかねないので黒池先輩はずっと手に持っていた。


「僕が看病していますので、山野くんは用事を済ませてきて」

「で、でも先輩……」

「前回僕が怪我をしたとき、この人がお見舞いに来てくださったんです。そのお礼をさせてください」

「……わかりました……」



 __________


 _____


 ………………どれくらい眠っていたんだ?

 目を薄く開く。


 どこか冷たい眼差しの人が私を覗き込んでいる。寝起きだからということではなく、本能が声を出させないのだ。


 殺気。


 目の前の人間から放たれているのは、紛れもなく殺気だ。


「………………」

「目が覚めましたか?よかった、氷が溶けてしまったところだったんです」

「黒池……さん」

「はい!黒池です」


 彼の殺気が嘘かのようにキラキラとしたオーラに変わった。


「顔の赤みも消えましたね。よかったです」


 私の顔を覗き込んで、動いた長髪を耳にかける。


「あ……確かドアにぶつけて……それで……」


 私は起き上がろうとしたが、彼に寝かせられた。


「まだ動かないでください。頭を強く打ったかもしれません。一応冷やしましたが、今は安静にしておいてください」

「お気遣いありがとうございます。詳しいんですね」

「僕は昔からよく怪我をしていたので……。髪がボサボサですね。あとで梳かしましょう」

「あの……」


 私は黒池さんの顔色をうかがう。彼は腰と腕を酷使していたのか、腰や首、腕を回していた。


「……いつから?」

「はい?」

「いつから剣しか持てなくなったんですか?」


 私は気になっていた。なぜ能力を持たない彼が『特別能力推攻課』にいるのかが。

 今でも信じがたいが、彼は悪魔を恨んで鍛え続けたということは噂でよく聞いていた。その度に『神秘』のことは口にするなと上官に怒られたが、やはり気になる。神秘を知っているから『推攻課』に入れられたという可能性があるが、それなら剣である理由が無いだろう。


 銃が無理なら警棒だけにしたり、パチンコや後衛に回ったりしても良いではないか。なぜピンポイントで剣なのだろうか?弟から聞いた話では彼は剣道部だったらしいが……それなら竹刀であるべきだ。


「……あなたになら話してもいいでしょう」


 彼は目を伏せて私の足に当たらないように座った。私は彼が座りやすいように足を縦に曲げる。


「あぁ……ありがとうございます。…………僕が子供の頃、一度捕まったことはご存知ですか?」

「えぇ、まぁ……」

「その事件の際、僕は銃を持っていました。銃刀法違反と殺人罪ですね」

「殺人……」


 驚いて目だけで彼を見る。

 彼は悲しそうに前かがみになっていた。


「両親ですね」

「…………」

「家族である弟さんとここにいるあなたにとっては信じられないことでしょう。僕は自ら独りになることを選んだんですからね」

「……。もしかして……その件で銃のことが苦手に?」

「もう二度と肩が吹っ飛びそうな思いはしたくないですから」

「………………私もいいですか」

「え?はい」


 私も銃は持っているが、最終兵器としている。私は格闘術が得意なので大体はそっちで解決している。私のそれと黒池さんのそれは違うことはわかるが、彼の心持ちを知りたかった。しかし……まさかそんな過去が。


「シルバースワンのとき……周りが見えていなかったとはいえ、攻撃してしまい申し訳ありませんでした」


 私は頭痛を我慢し、体を起こす。

 黒池さんは慌てて腰を浮かし、私の肩と腰を支えた。


「ふふ、怒っていませんよ。それに、しっかりと避けたので!」


 ニッコリと笑うが、私は微妙な心境だった。全力をいとも簡単に避けられるとは思っていなかったからだ。


 何事も初撃が大事だ。その初撃で致命的な傷を負えば、命に関わることだってある。これは命のやり取りの基本中の基本だ。

 だから私はあのときの攻撃に全てを掛けた。


 ……が、黒池さんにとってはノロマな動きだったのだろう。


 脳が『避けろ!』と命令しても、筋肉に命令が行き届くには少々時間がかかる。なのに彼は一瞬の判断で動いたのだ。

 ……はは。まるで達人か超人の動きだな。


「……あれは私の精一杯だったんですがね」

「へっ!?あっ、あのっ、イヤミとかじゃなくてっ」


 わたわたと慌てる黒池さん。


「ふっ……ふふふ!あはははは!わかっています。あなたのリアクションが面白くて、つい」

「も、もぉー!!」


 頬を膨らませて怒る。やはり見ていて面白い。

 ……そうだ。こんな面白い人がいるこの場所を壊すわけにはいかない。私の恥ずかしい場面を見られたからには、最後まで私に付き合ってもらう。


「……それでですね。白神さんのことはご存知ですよね?」


 黒池さんに持ってきてもらった上原さんのクッションにもたれて彼に本題を話す。立ったまま彼は静かに頷いた。


「今は……あぁ、夕方ですね。申し訳ないのですが、おそらく弟の霜慈があの人の味方になってしまっている可能性があるのです」

「ええっ!?……でも……まぁ、なんとなく予想はできてましたが……。その言い方ですと……」


 彼は少し紫がかった目でこちらを見る。さすが刑事だ。脳筋ではないみたいだ。


「ええ。私、飛向冰李は……特別能力推攻課の存続のため、みなさんに手を貸します」

「飛向さん……!」


 彼は嬉しそうに目を輝かせる。七変化とはまさにこのことだろう。


「……って、こんな格好だと示しがつかないですけどね」

「いえ!お気持ちだけでも嬉しいです。最近、僕たちのことを理解してくれようとしているのはわかっています。Aliceの時も断ってしまって申し訳ないと思っていました。あの時は一人で行動せずに、素直に頼めば良かったと後悔しました。なので……僕からもお願いします」


 黒池さんは手を握った。驚いて思わずビクッ!となった。


「黒池さん……手……」

「あっ……すいません。仲良くなるには、まず笑顔とスキンシップと教わっていたので……」

「さぞかし明るい人だったんですね」

「はい!草笛とかも教えていただいたんですよ」

「へぇ……!その人は今どこに?」

「ぁ……」


 黒池さんの顔が曇る。


「……すいません」

「いえ……。僕が捜している人と一緒にいる可能性が高いんです。なので、きっと捜し出します……!」


 ……強い意志。こっちまで熱くなる。

 こんな気持ちになるのはいつぶりだろうか。


「まずは推攻課を守らないといけませんね」


 私は少し笑い、そのまま彼の手の平を見た。


「……あ、あの?」

「すごい傷ですね」


 剣……今は刀か。柄を持って擦り切れて血が滲んだ手の平。持ちすぎてできたタコ。

 あかぎれではなく、戦いでボロボロになったその手には彼の覚悟があった。


「昔は痛かったんですけど……今はもう麻痺してしまいました」


 えへへ、と笑う黒池さん。

 いや、笑いどころじゃない。彼の笑顔の裏には修羅が隠れているというのか。


「痛いのが当たり前になってはいけない……」

「…………そうですね」


 私は手を離す。

 わかっていてもその痛みを飲み込まなければならない。それは本当に…………。


 つらいことだ。


「……さて。エフィーさんから一通り話は聞きました。黒池さん、ここからは反撃の時間です」


 私はもう一つあった白くて丸いクッションを抱きかかえる。私のイメージにそぐわないのか、彼は目を見開いて驚いた。


「は、反撃って……。向こうも切り札を用意している可能性もありますよ?」

「…………それを利用するのですよ。答えは上原さんが知っているはずです。今あの人には別のことをしていただいているのですが……。2時間ほど経っているのであれば、もう終わっていてもおかしくないはずです」

「わかりました。…………飛向さん」


 彼は膝を曲げて座り込み、腕をソファーに置いて重心をソファーの方に傾けた。その姿はまるで……


「さっきのは、ヒミツですよ?」


 そう、悪巧みをしようとする子供のようだった。


__________


_____


 夜になった。

 霜慈といつも2人で帰るはずが、今日は姿が見当たらない。しかし今は弟の代わりに黒池さんがいる。

 そうだ、エフィーさんによると、今日解決しないと大変なことになると言っていたのだ。


 霜慈は昔から私のマネばかりしていた。

 元々親にベッタリだった私はよく母親のそばにいた。霜慈はそんなことはなかったのだが、いつからか「兄さん、オレもオレも!」と色んなことをマネするようになった。好奇心旺盛で、私がやることに興味を持つのはいいことなのだが……。


 ある日霜慈までもが母親にひっつくようになり、母親は困っていた。

 これじゃあ料理も作れない、と。あなたの責任なんだから、どうにかしなさい。それに、ずっとこのままじゃ小学校で笑われるわよ、と。

 ごもっともだ。でも離れたくなかった。私は母親が大好きだったからだ。父親はずっと仕事で遊べないから母親に矛先が向けられただけなのだ。


 だから私は母親のことを我慢することにした。

 クールで、冷たい兄を演じることにした。

 母親なんか、と心の中で自分に暗示をかけた。

 母親は急に何も話そうとしなくなった私を見て驚いたが、自分のためにやっているのだとわかって納得した。


 いつしか霜慈も母親から離れた。

 周りから見ると「小学生なのに親離れができてすごい!」と思われているかもしれないが、ただ我慢しているだけだった。


 夜中にでも起きて母親の胸に飛び込んだらいいじゃないかと思うだろう。だが、霜慈はどうしても私から離れたくないらしく、夜にトイレで起きても、幽霊が怖くても私についてくるようになった。反対でもついていくようにとせがまれた。


 それは今でも変わらない。

 私は霜慈に嘘をつき続けている。

 推攻課に向けての感情もそうだ。本当は興味津々なのだが、霜慈が周りの意見に賛成しているように見え、仕方なく排他的に構えただけのことだ。


 ……霜慈が自分から離れた今、私は自分の好きなようにやらせてもらう。

 これが本当の『飛向冰李』の姿だ……!


「…………飛向さん」


 隣の黒池さんが若干震えている声で私の名前を呼んだ。懐中電灯がカチャカチャと音を立てて震えている。


 夜の本庁は、はっきり言って怖い。

 昔は夜でも電気がついていたそうだが、神秘が解明された今、消えている。それに黒池さんにこっそりと聞いたリソース不足問題。それもあってか、この先電気がつくことはまず無いだろう……。


「私が前に行きましょうか?」

「お、お願いします……」


 懐中電灯をもらい、私が前を行く。彼はへっぴり腰になって私の肩を掴んでピッタリとくっついてきた。まるで昔の霜慈のようだ。


 というかここはまだ推攻課の部屋から出て10メートルも進んでいない場所だ。黒池さんってこんなに暗いところが嫌いだったのか……?


「ありがとうございます……。実はこの間のAliceのときに、暗いところにいたので……。あれから怖くて怖くて……」


 右耳の後ろあたりからか細い声が聞こえる。


「最初に言ってくださればよかったのに」

「僕たちの問題なので……迷惑はかけられないなーって。えへへ……」

「……しょうがない人ですね」


 氷嚢の時に手を酷使したのだから、それも相まって右手が震えている。


「離れないでくださいよ」

「はい!」


 白神さんの机は5階にある。そこまで行くとしよう。今日は何人かの情報を得たため、きっと整理しているに違いない。

 得た情報は個人情報となるので持ち帰りは厳禁だ。個人情報保護法があって助かった。


「……そういえば……飛向さん、この前神秘について知りたいとおっしゃってましたよね?」

「ええ。霜慈がいない時に色々調べましたが……いやはや、やはり隠されていますね」


 本屋やインターネットなどで調べたのだが、ほぼ黒塗りだった。

 隙を見てリストさんに話しかけようと思っていたが、どうやら彼に嫌われてしまっているらしく……。


 アリスにも話を聞こうとしたが、『なぜ面会をするのか』と聞かれてさすがに『神秘について調べるため』とは言えないので断念したのだった。


「僕の話でよければお話しします」

「ぜひ」


 彼の話はとても面白かった。

 小さな体でもそんなに強いなら僕も!というのが鍛え始めた理由だったなんて。

 彼らもまるで人間のようで、悪意だけで生きている人はいなかったそうだ。悪魔と聞いてマイナスのイメージを持っていたが……。一度会ってみたいものだ。


 知らないことがある時点で『神秘』とは消すことができないもの。一番怖いのは、敵がいなくなったあとなのだ。


「でも、やっぱりムジナくんが一番です!お兄ちゃーん!って♪ムジナくんがまた来たときのためにシチューの腕を上げないといけませんね!」


 ニコニコと嬉しそうに話す。

 何はともあれ、元気が出たみたいで良かった。


「……ふふ、飛向さんがこんなに面白い人とは思いませんでした」


 ひとしきり話したあと、彼は呟いた。


「本来はこういう感じですから……。あと、冰李で……いい」

「冰李……さん」

「まぁいいか」

「ふふ、なら僕も下の名前でいいですよ!」

「いや……黒池さんは黒池さんですよ」

「なんで!?」


 あはは、と笑っていると、5階に到着した。そろそろ静かにしないと存在がバレる。


「……一つだけ電源が入っているパソコンがありますね」

「周りには……誰もいなさそうですね」


 霜慈はどこに行ったのだろう。


「どうしますか?電源引っこ抜きますか?」

「それでも内蔵電源が残っていますから……。残業防止か何かでしょうが、あれじゃ目を悪くしたり、頭を痛めますね」


 真っ暗な部屋でパソコンなんて、どうかしている……。


「ですが、どうして『神秘』を恨んで──」

「……兄さん」

「!!」


 突然声が聞こえ、黒池さんと2人でバックステップを踏む。やはり彼の方が反応が早かった。ぶつかるかと思ったが、そんなことはなかった。


 聞き覚えのある声。聞き間違えるはずのない声。


「……霜慈……!」


 確実に怒気の含まれた声で兄さんと呼ばれた。


「兄さん、なんで」

「霜慈こそどうしたんだ!……彼といるのはれっきとした理由があって……!」


 パソコンの光を背に、懐中電灯の光の中にズカズカと入ってくる霜慈。こんな霜慈は見たことがない。


「兄さん、どうしちゃったの?いつもの兄さんじゃない」

「…………お前には関係ない」

「関係なくない!きっと黒池に何かされたんだ……」


 霜慈は黒池さんを睨む。

 嫌な予感がする。私は咄嗟に黒池さんの前で手を広げた。懐中電灯が床に落ちる。


「この人がいるから!」


 霜慈は隣の机に置いてあった、プラスチックの黒いペン立てを掴んで振り下ろした!

 重力と勢いで中のペンがバラバラと落ちていく。


 私はギュッと目を閉じ、歯を食いしばった。


 彼が傷つくなら、私が。

 私の弟のことだから……!


「………………え?」


 ボスン、と音がした。


 おそるおそる目を開けてみる。

 そこには……。


「いい加減にしてください」


 黒池さんが霜慈の右手首を握っていた。

 ギチギチと音がし、あまりの痛さに落としてしまったのだろう。これは接近戦をしたとき、凶器を持った敵の手首を掴むことで、凶器を離すのでよく使われている方法だ。


 黒池さんはブン!と霜慈の手を反時計回りに回す。


「痛い痛い痛い!!うわっ!?」


 バランスを崩した霜慈は床に倒れ込み、黒池さんはその背中に馬乗りになって、霜慈の手を後ろに回して動かないように灰色のザラザラとしたカーペットに頭を押しつけた。


「な、なんだよ!!」


 押さえつけられたまま、霜慈は黒池さんの方を見た。


「あなたはお兄さんを傷つける気ですか」

「それは……避けると思って……」


 ……呆れかえる言い訳だ。


「……霜慈」

「兄さん……」


 私はしゃがみ、黒池さんに合図をした。怒った顔の彼が離れる。そして霜慈を起こして目線を合わせた。


「…………」

「兄さん?」


 パァン!!!


「っ!!!」


 私は霜慈の顔を思いっきり叩いた。

 手のひらがヒリヒリする。だが、怒りは収まらない。


「冰李さんっ!それはっ……」

「止めないでください。……霜慈」


 泣きそうになっている霜慈の手を握る。

 黒池さんとは違い、傷のないまだ綺麗な手だ。


「…………」

「霜慈!」

「……兄さん……」


 下を向いたまま、震える声で兄さんと呼んだ。


「……ごめんなさい……」

「……それは良いんです。霜慈、私が言いたいのはそこではありません」

「?」


 不思議そうな顔をした霜慈。

 後ろで黒池さんが懐中電灯を回収したのか、光が動いた。霜慈の目の光が揺れ動く。


「ずっと……嘘をついていました。ごめんなさい」

「嘘?」

「はい。ずっと……本心を隠していました。本当は、推攻課の彼らと仲良くしたかった……」

「兄さん……」

「排他的な態度も、これまでの言動も、何もかも。嘘で塗り固めていました」

「…………………………もう遅いよ、兄さん」


 霜慈の肩が震える。


「遅くない。遅い……かもしれないけど、これから取り戻していこう」

「………………オレ……」

「?」

「オレはっ、兄さんに見てほしくてっ」

「……うるさいですね」

「「!!」」


 どこまでも冷たい声が聞こえ、私たちは振り向いた。


「う、うわぁ!?」


 黒池さんが懐中電灯を振り回す!

 光が私たちの目にクリティカルヒット!


「わああっ!?」

「ま、まぶしっ!?」

「きゃっ!?」

「ひゃああ!?み、みなさっ、すいまっ……電池っ、電池!」

「そこ!横!横!」


 なんだこれは。


「…………ふぅ、やっと消えました……」


 半笑いで机に懐中電灯を置く黒池さん。テンパりすぎだ。


「……それで、飛向さん、黒池さん。どうしてこんな時間に残っているのですか」

「……それは……」

「『特別能力推攻課』を守るためです」

「冰李さん……」


 私は立ち上がり、前に出て話す。

 どうせバレるんだ。それなら早めに言っておいた方がいい。


「本気で言っているのですか?」

「はい。あなたに何を言われようが、この決意は変わりません。……霜慈、口を挟まないこと。いいですね?」

「う、うん……」


 不安な要素はない。推攻課はちゃんとした人たちだ。本当のことを教えられれば、納得してもらえるに違いない。それに、能力的にも警察にとってプラスなことしかないはずだ。


 ただ……。


「……推攻課が存在して何か利点があるのですか?私は不要だからこうやって調べ上げているのです」


 問題は、耳を貸してくれるかということ。


「ここ最近起こっている心霊的事件のことについてはどう説明するのですか?あれは神秘に詳しい推攻課がいないと解決しないことばかりではありませんか」

「それについては様々な検証、先人の知識、情報によって処理することが可能です。初めは皆怖がっていましたが、今では飽和しています」

「…………」


 なんてことだ。では、次は……。


「飛向さん」

「…………」

「一度手を組んだ相手に情がわくのはわかりますが、あなたたちには関係が無いでしょう」

「……ですが!」

「ですがではありません。あなたたち兄弟に、彼らはどう関係しているのですか?」

「そ、それは……」


 言葉が詰まる。


「僕も気になります」


 黒池さんまで……。

 それは……それは。

 とても、些細なこと。


「…………体力測定のとき。私は2位でした。結構自信があったんですけどね。それで、誰が1位なんだって思って見ると…………」


 私は振り返る。


「黒池さんだったんですよ」

「えっ、ぼ、僕!?(やばい、あの頃はまだヘラを倒すことに夢中だったからよく覚えてない……!)」

「面白い人がいたものだ、と。ですが、彼が入ったのはまさかの『特別能力推攻課』……。そもそもの土俵が違う。なのでちょくちょくちょっかいをかけていたのですが……」


 ……正直、恥ずかしい。隠していたことを吐かせられる……。まるで自白剤でも飲まされたかのようだ。顔が熱い。熱を感じる。こんなの……公開処刑だ!

 部屋が暗くて顔が見えにくいのが唯一のラッキーだ……。


「逆効果だったってわけですね」

「ゔっ……」


 そう思われても仕方がない。


「ふふ、意外と素直じゃない人なんですね!」

「うぐっ」

「兄さん、好きな人にいじわるする小学生みたいなことやってたんだ……」

「うぅ……」


 何も言えない。なぜなら全て本当のことだからだ……。

 言葉が見えない矢印となって私を貫くような感覚に陥る。


「で、ですが!これからはちゃんと表立ってサポートいたします!神秘についても学び、推攻課からも頼られるようになります!」

「……そうですか」


 白神さんは半ば呆れたような声を出した。


「よく神秘の話なんて私の前でしましたね。その勇気を褒めましょう」

「…………」

「だからといって、私が諦めるという理由にはなりません」


 それは承知の上だ。


「白神さんっ!どうして僕たちを狙うのですか?確かに『神秘』を扱う僕たちは、政府にとっては邪魔な存在でしょう。そしてそんな存在を、国を守る『警察』という組織が扱うのは面白くないと思っている方もいらっしゃるでしょう。でも……なぜ?!」


 黒池さんは右手を胸に当てて、一歩前に出た。


「黒池さん……」

「そこまでわかっていて、なぜ邪魔をするのです?」

「理解ができないからです!僕は……僕は、生きるために戦ったモノを見ました。それは、今も昔も同じこと。人間もそうですが、それ以外も『存在の権利』があると思うのです。『神秘』は力のことではなく、完全に証明されていないモノたちの総称というのであれば、僕たち人間もそう言えるのではありませんか!?実際、冰李さんのように『そうだったのか!』と思える方もいらっしゃったじゃないですか!その現象も、あなたからすれば『神秘』なのではないでしょうか!?」

「…………………………」


 沈黙が流れる。


 しばらく難しい顔をしていた白神さんが目を閉じた。


「…………わかりました」

「で、では!?」

「完全に調査をやめるというまでは言いません」

「ええ……」

「1つだけ……1つだけ、私にもわからないことがあります。そのことについて調べることを、あなたたちに依頼させてください」

「それは……どのような?」

「それは…………。私の弟のことです」


 この人にも私と同じように弟が?


「自衛隊だった弟は6年前に死亡が報告されたのですが、理由も知らされず、どこに行くとも言わずに不審死を遂げました。そのことについて調べていただきたいのです」

「6年前……」

「……まさか……いえ、そんな……」


 黒池さんが不安そうな声を出している。


「何か……心当たりが?」

「…………『アレ』を探して、確認するしかないです。誰か覚えている方がいらっしゃればよろしいのですが……」

「私はそれを『神秘』のせいだと踏んでいます」

「それが『神秘』を嫌う理由ですか?」

「はい」


 確かに霜慈を失ったら、私も復讐したくなるだろう。だが……そうか、『神秘』がその対象か……。


「今、葛城一成(私の協力者)にも調べてもらっています。……今夜のことは彼には知らせていません。おそらくあなた方の邪魔をするでしょう。その時にボロが出れば……あとはわかりますね?」


 彼女はニヤ、と笑う。

 まだ諦めていないと主張しているのか。


「ボロとはなんのことですか?」

「もちろん警察官職務執行法第7条のことです」


 警察官職務執行法の第7条。それは、私たち警察官が持っているけん銃(この場合『拳銃』ではなく『けん銃』と呼ぶ)などの武器を使って犯人を攻撃するときのルールだ。


 銃弾の残弾数を見ればすぐにわかるのだが、推攻課はそんなものは不要で、黒池さんの剣の刃こぼれは研磨すれば無くなるし、山野さんは煙や焦げ臭さや対象物の損害を除けば使ったかどうかの判断はほぼ不可能。上原さんにおいては非戦闘員だ。なので周りが告発するか自ら『使いました』と言うしかない。

 彼らは『物を消費せずに大きな力を行使することができる』ということをメリットとしており、逆に証拠隠滅も簡単にできてしまうというデメリットも持ち合わせている。

 しかし推攻課は『攻撃すること』を前提に呼び出されることがほとんどで、警察官職務執行法と照らし合わせるまでもない。


 そんな強い彼らなのだが、自分から先制攻撃をすることはできない。必ず、相手が攻撃をする、自分に危害を加えると確定したときのみ能力を使うことが可能とされている。


 警察官職務執行法第7条には『威嚇射撃』というものがある。だが推攻課の能力の特徴によって『威嚇』は無いもののように捉えられる。山野くんは火力や場所を調整することで『威嚇』となるのだが、黒池さんの剣術では『威嚇』はほぼ不可能だ。

 リストの能力も威力が強すぎるのでもはや『威嚇』ではない。むしろ彼は警察官ではなく、今のところ一般人の枠だ。リストさんより在席期間が短いエフィーさんでも警察官なのだ。


「飛向さん……あなたに彼らの手綱を握り続けることはできるでしょうか?」

「当然です。受けて立ってやりますとも」

「心強い言葉ですね。最後まで続くことを祈っていますよ…………」

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