タブー編 4
奇士刑事最終回直前ということで、タブー編まで連続投稿させていただきます。
なお、イラストやオマケは省かせていただきます。
「上原〜言われたやつ、見つけてきたよ」
今日何度目になるのかわからないが、また『推攻課』の扉をくぐる。出たり入ったりと忙しい一日だ。
「あーありがとう。見せて」
「はい」
私は持ってきた書類を見せる。印刷してきたと同時に、しっかりとデータベースからデータを削除してきた。これであの人はこの情報を見ることはできないだろう。
「………………うん、間違いない。この書類で合っているよ」
「ねぇ、その『捜索願』の名前……」
私はチラッと目的の男を見る。彼はパソコンの操作で忙しいようだ。
「あぁ。黒池ちゃんだよ。でも見てみて、これは彼が子供の頃のものだ」
「だいぶ昔のやつね。でも……届けを出した人、名前が黒塗りされてるんだけど……」
「聞いたんだけど、忘れちゃって。あとで見返したら、黒塗りされてた……」
「めちゃくちゃ怪しいじゃない!なんで忘れるのよっ」
「いやぁ……なんでかなぁ!?」
そう言われても。
でも、なんで上原がこの捜索願のことを知ってるんだろう?
「……でも、見つかったから今ここにいるのよね」
「うん。終わりよければすべて良し!だ!」
「ちなみにどこにいたの?話聞いてない?」
「あー……魔界にいたらしいよ。しかもヘラくんに助けられたって」
「まさかの近場!?近場すぎない!?今度ルージに聞いてみよ……」
ヘラのことはルージに聞くのが一番だ。
「……なんですか?さっきから僕の話をして……」
「あ、集中切らせちゃった?ごめんね」
明らかに不機嫌そうな顔をしてこちらを見たのは、今の話題の中心である『黒池皇希』だ。そういや今日は一度も話をしてなかったっけ。すれ違いばっかだったし。
「それはいいんですけど……。上原先輩、エフィーさん、人に仕事を押し付けておいて、あなたたちはずっとおしゃべりですか……」
「ちゃんといろいろ持ってきてるじゃない!」
「パソコン仕事なら終わらせたよ〜」
「それならいいんですが……。エフィーさん、ヘラの相棒、ルージさんと友達だそうですね」
突然のことに私は驚いた。この人、ルージのことも知ってるの?まぁ魔界に行ったんだし、当然か……。
「そうよ。妖精の中のトップツーとも言われてるんだから!」
「へぇ!すごいですね!」
「あなた、ヘラの知り合いでしょ?なんか話でもしてるの?」
「あー……その。最近決戦?が近づいてるらしくて、電話するたびピリピリしてるんです。精神安定剤をあげたいくらいで……」
あの努力家がそんなことになってるなんて。
「本当は手伝ってあげたいんですが、ヘッジさんが手を出すなと全く扉を開いてくれなくて……」
「扉って、死神の穴のこと?」
「そうです!ヘラに助けられたときも確か似たような穴を通ってきたんですが、それを開けた人は一瞬しか見ておらず……。ですが、僕の考えによるとおそらくムジナくんのはずです」
「待って、ムジナくんはまだ子供のはずだろ?黒池ちゃんが子供の頃ってことは、年齢が合わないだろ?」
「先輩、何言ってるんですか。こっちとあっちでは100倍もの時間の流れの差があるんです。それに、ヘラに聞きましたが『好きな年齢の見た目に姿を変えることができる』そうです。なので残念ですが、少年だと思っている彼らは何歳かわからないということなんですよ」
残念って何よ残念って。
「んー、あそこまで無邪気なのも年齢ゆえなのかな……」
「そういえば、私の記憶だとムジナはもっと成長してるし、男の子というよりかはガキって感じなんだけど……」
「そう、その話気になってたんだよ。信じたくはないけど……ほら、最近変装する人とか出てきたじゃないか。もしかすると何者かがムジナくんの真似をしていたり……」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ!ただでさえ嫌な思い出なのに……」
黒池が苦虫を噛み潰したような顔をする。本当に嫌だったようだ。
「でも、ならどうしてヘラはあそこまでムジナくんを守ろうとしているんです?偽物だとわかっていたら速攻で倒してそうですけど……」
「……ムジナくんの形をした者は倒したくないとか?」
「うぅ……ありそうですね……」
「何?2人とも、悪魔ソムリエなわけ?」
私は若干引き気味で呆れた。
「なんだその二つ名……」
「わっ!いいんですか!?」
半分ビックリしている上原と、どう見ても嬉しそうな黒池。てかなんで嬉しそうなのよっ!
「あ、そういやリストって変装の名人らしいんだけど、マジなのかな?」
「生きていくのに磨き上げていったんじゃないですか?」
「見破る側も大変だね〜!毎回情報が変わるなんて、きっとお手上げ状態だったはずだよ!」
「変装といえば、あの捕まった人はどうなったのでしょうか?僕の頭を殴ったりして、暴行罪とか不法侵入とかも入ってたはずですが……。しばらく意識を失うくらい痛かったんですからね!?」
「黒池ちゃん、たんこぶ出来てたもんね〜」
変装の人というのは『葛城一成』という男性のことだ。資料によると、あのマリフが立てなくなるほどの暴力行為をしたらしい。いくら悪魔とはいえ、マリフは女性だ。そんなことは許されない。
「思い出すだけで腹が立ってきました……」
「彼は確か…………………………む?エフィー、ちょっと」
「ん?」
上原がちょいちょいと手招きをした。
「なぁ、葛城の事情聴取って誰がやった?」
「ええっと……富山って人」
私はパソコンを操作して情報を取り出した。富山裕次郎。昨日、推攻課の過去の記録を見ていたときにあった『瓦礫の王』というヤマで責任者をやっていたという男の名前だ。
「まずい……!」
「え、え?!何があるの?」
「彼と白神クンは意外と交流があってね。最近は良い噂を聞かないから……」
__________
「やっと来た」
「……白神……」
少し嫌そうな顔をしてやってきたのは、私が昔所属していた課の先輩……富山裕次郎さん。
簡単に言うと、彼は『安寧』のために生き、私は『変化』のために生きている。
何かを変えるのは、未知なものに手を出すということで、その点においては『神秘』と言えるだろう。だが、私はその『神秘』を壊すために動く。
彼の『安寧』は『神秘』も受け入れてこその『安寧』と言える。現に、横川のノートによると富山さんは円滑な会議のためとはいえ『タブー』も受け入れていた。まずメンバーに『タブー』を含めていること自体が癪に障るが。
「まだ『推攻課』を追っているのか?」
「もちろんです」
「白神……わかってくれ。『推攻課』は確かに目の上のたんこぶだろう。だが、彼らがいるからこそ保たれている平和もあるんだ」
「ですが……納得がいかないのです。あまりにも不確定要素がありすぎて、いつこの警察という組織が神秘に埋もれてしまうのかという恐怖があるのです」
富山さんは困ったような顔をして、その辺の椅子に座った。ガタイが良いため、椅子がミシ……と軋む。
「確実に何かを守るには、必要なものだけを伸ばせばいいのです!どうしてわかってくれないのですか!」
「……お前が言っているのは弟のことだろう」
「……はい」
弟が最後に話したのは『姉さん、すごい仕事に選ばれたんだよ。世界を守る仕事だ!』ということだった。
兵士なのだから世界を守るのは当たり前だと返し、深くは言わなかった。でも、必要最低限の情報は聞きたいと弟に問い詰めたら……
『どこに行くの?』
『遠いところ』
『帰ってくる?』
『わからない』
と、何もわからなかった。そこまで秘密にしたい何かがあるということなのだろう。
隠し事は最終的に不幸を生み出す。秘密、それは神秘ともなり得る。『わからない事象』は全て『神秘』とされる。
今、世界では『わからないことは無いので、答えは必ずそこにある』と言われている。答えを探すというのは『元から無いものを「ある」と仮定して行うこと』なので、無意識に『神秘』があるものと考えてそれを探し求める。それは、今の世界を否定することに等しいのだ。
……こじつけのように聞こえることもあるだろう。
だが、地球が回っていることがわかりきっているのに「天動説」を口に出すのか?
伝説、神話と称されているものは本当はこの世には実在しなかったと言うのにまだ口に出すのか?
……それは、まだ出している者もいるだろう。政府の目など恐れぬと主張する者もいるだろう。
それが人間という生き物だからだ。立ち止まり続けては生きられない。
しかし私のように笑われても保守的な思考でなければ精神を保っていられない人間もいる。
私を見て「左遷される!」や「また異動か」などという声を聞くことが多いため、皆にとっては面白くない存在だろう。そんな私に協力してくれるのは心から感謝している。だからこそこの私の信念は絶対に曲げられない。
真実を暴くのは私だ!
「弟は……メモをすることが好きで、どんなことでも文字に残していました。ですが……あのことだけは何も教えてくれなかったのです。何かヒントが残っているかと思いましたが、何一つ……」
「………………。それがもし、お前を守るためだったとしたら?」
「え……?」
私を……守るため?
「我々警察は、担当する事件については鋭く、よく頭が回るだろう。だが、自分についてはどうだ?」
「……何もわかってないと言いたいのですか」
「そうだ。今のままでは、相手の事情を考えない、一方的に被害者ヅラをしている人間だ」
「…………………………」
ぐうの音も出なかった。
「しっかり考えることだな。こちらからお前に言うことは無い。あと、推攻課を追うのはもうやめておけ」
「なっ、なぜです!?もしかして言えないこととかあるんじゃないですか?」
「……嫌っている者がいてもなお、残り続けている。それだけで察してみろ」
富山さんは立ち上がり、のっしのっしと歩いていってしまった。
残り続けている理由……。
確かに上原英次の事情聴取能力は抜きん出ているし、黒池皇希の剣や山野竜太の爆発は銃や警棒より優れている。しかもリソースは不要だ。黒池は剣を手入れするだけでいいし、山野は自分で作ったスイーツを食べればいいだけだ。上層部は金銭的な問題や、実力の面で見ているのだろうか?
上原のサボり癖や黒池の勝手な行動、山野の爆発の強さは考えどころだが、今考えるべきなのはそれではない。
「……すいません、『タブー』の捜査は終わるわけにはいきません。私は……私の信念を貫く」
__________
「そういえば師匠」
「……なんだ」
最近推攻課に入ってきた妖精、エフィーさんがどこかに行っている間、僕はパソコンでデータの整理をしながら向かいの回転椅子で和菓子を食べている師匠に話しかけた。師匠にもパソコンのデータ整理などのソフトウェアの使い方を教えてあげようと思ったが、とんでもなく嫌な顔をされたのでやめた。前にエジプトに行ったときはインターネットを使うことだけは何とか覚えていたらしいが、あれからパソコンを触っていないのでそれも忘れている可能性が高い。
まぁ情報だけなら、歩くSNSとか言われてるらしい上原先輩に聞けば一発なのだが。僕は自分で調べることの大切さを知ってほしいのだ。
「師匠は死神や悪魔って信じてますか?」
「……いや……いつも普通に喋ってるだろ、お前……」
頭でも打ったのかという顔をされた。
「いえ……そうじゃなくて。先日、Aliceで師匠に出会ったあの日なんですけど……」
「あれはすまなかったって言ってるだろ」
「そのことはもう怒ってませんよ。それでですね。アリスが持ってたヌイグルミ、覚えてますか?」
あの黒と紫の毒々しい色をした大きな猫のヌイグルミのことだ。目がイッてるヤバいシロモノだった。アリスと言うのだからチェシャ猫をモチーフにしたのだろうと思ったのだが、とにかくアレに関する記憶については脳が拒絶反応を起こすくらい関わりたくないと叫んでいる。
「ヌイグルミ?そんなものあったのか?」
「あれ?忘れちゃいましたか?」
僕は驚いてパソコンの画面から目を外す。あんな記憶に残りやすいもの、どうして忘れたのだろうか。
「元からそんなの無かったと思うが……」
「そうですか……」
「あ、でも……」
「何か思い出しましたか?」
「……思い出すだけで嫌な気分になる」
師匠は苦虫を噛み潰したような顔をする。魔界で大暴れしている師匠がそうなるほど気分の悪いものだったのだろう。
「なら無理に言わなくても大丈夫ですからね」
「いや、言っておこう。……オレが一度死んだのは知ってるよな?」
「はい。粉塵爆発を原因とする火事で焼死……でしたよね」
「あぁ。あれはオレが死んだと喜んだ町の人が奉行に話したから死んだことになっているがな。…………死にかけたその時、オレは本物の■■を見た」
「………………?」
師匠が言っているのは、ムジナくんやヘッジさんのような人のことではないのがわかった。でも、なんとなくだ。師匠が何を言っているのか、理解できなかった。
「骨と皮だけの、青白い顔だった。苦しいのにこんなホラーなものを見せられて追い打ちかよと死に目ながらも思ったけどな。ムジナや面狐などという死神とは違って、本当に地獄の使者って感じだった」
師匠、面狐さんのこと…………。
「触ると、骨と皮が擦れてヌルッとしてた。気持ち悪かった。だが、そいつがオレを助けた」
「た、助けられたのですか……?」
「そうだ。最初から最後までよくわからない奴だったが……。そいつの言う通りにしたら、なぜか焼けた喉でも話せるようになっていた……。オレは建物を出て、面狐の元に帰った。面狐は一目見て喉を癒やす薬を処方してくれた。……今思えば、なんでわかったんだよってなるのは、面狐が人間じゃなかったからなんだな……」
師匠は悔しそうに話した。
師匠は面狐さんの魂を取り返すために死神を追いかけたのに、その死神の正体が面狐さんだったからだ。
それと似たような存在に助けられたという事実は師匠にとって屈辱でもあるだろう。
「ですが、なぜその話を今?……まさか」
「そう、そのまさかだ。ヌイグルミが見えない代わりに、部屋の隅で黒いあいつがずっっっと突っ立って、こっちを見ていた。忘れたくても忘れられない、トラウマのような姿がな。……アリスが何かを抱えているのはわかっていたが、なるほど、どちらかしか見えないんだな……」
「……師匠」
「なんだ」
「実は…………僕も見たんです。最後に、一度だけ」
僕はあの大きな黒い影のことを話した。
近づいてはならない者。相手がどんな奴で、僕に危害を加えないことはわかっていたが、抗え難い恐怖がそこにしっかりとあった。
「それは本当か?」
「はい。ですが、聞いた話だと僕たちのサポートをしているとしか思えないのですが……」
殺すつもりがなく、ましてや命を救う謎の影。しかも500年近くこの地にいる怪奇。
一体、どう対応すればいいのだろうか……。
「黒池、あれはどんな姿をしていた?オレは布の塊にあの青白い手と顔しか見えなくてな……」
「ええっと、大きくて、ツノが生えてて、ゴツゴツしてて……似てる画像、あるかな……」
僕は手元のパソコンで調べた。
望んでいる画像はすぐに見つかった。これだ。これに間違いない。特徴も同じだ。でも、これが本当に実在するのだろうか?しかも日本なんだけど……。
「これです」
僕は師匠を隣に呼び、画面を見せた。
検索結果にはこう書かれていた。
『サタン』
「……………………」
「教会にサタンだなんて、破綻していますよね。元々オカルト教団だったので問題ないのかな……。……師匠?」
「サタン……か。魔界では聞いたことがないな……」
「そうなんですか?てっきり有名人……有名悪魔?かと思っていました」
「とりあえずレインやヘラに聞いてみるとするか。聞けたら……だがな」
まだ人間界からコンタクトはできておらず、あちらからコンタクトを取ってこなければ通話も不可能となっている。なんとかマリフのマジックアイテムで師匠だけはあちらに行けるのだが、今は危ないということで最近は魔界に足を踏み入れていない。
「名前からしてヤバそうなので、こっち側で封じるというのが一番の手かもしれませんが……」
「そのサタンはどこに行ったんだ?」
「再調査のときにはもう姿を消していたそうですよ。ヌイグルミはありましたか?と聞いたんですが、無いって……。そうですよね、上原先輩」
「え゛っ!?う、うん。そうだね。ヌイグルミなんて可愛いものは置いていなかったよ」
「ふむ……そうなのか……」
師匠は考え込む。
案外ヘラたちと同じで良い人だったりするかもしれないけど……。無理にコンタクトを取る必要はないだろう。
「……僕たちが最初に出会ったのがヘラたちだってこと、もしかすると幸運だったのかもしれませんね」
「…………とにかくAliceでのことは水に流してくれ。……黒池、今度……九って奴の墓参り、行こう」
「あ……は、はいっ!」
九さんというのは、Aliceに所属していた人だ。あの地下に閉じ込められた人は問題を起こした人たちで、そこでは更生の場とした称して、地下を縄張りとするモンスター『蜘蛛婦人』の蜘蛛たちによる虐殺ショーが行われていた。
蜘蛛婦人は普段は身長は普通で、僕たちと大差ないのだが、襲いかかるときにその体は大きく膨れ上がり、3メートルほどの多さに変化した。そんな彼女から僕を守るべく、九さんや他のAliceメンバーは命を散らしていった。
僕が脱出したあとだが、制御を失った蜘蛛たちが部屋の中を蹂躙したらしい。そのせいで情報を得られるような生き残りはおらず、Aliceについてはアリス本人か精神病院に入れられたAliceの人たちに聞くしかなくなった。
……言っておくが、僕には灰澤姉妹にこの話を振る自信はない。お互いに忘れたい記憶なのだから、掘り返す理由はない。
恥ずかしい話なのだが、退院して家に帰った時に魅鴾ちゃんと魅鷺ちゃんが扉の前に立って待っていた。僕は2人が無事だったことが一番嬉しく、
「無事で……良かった……!」
と涙を流しながら彼女たちに抱きついた。
どうやらしばらく学校は停学となり、毎日毎日僕の家(隣)の前で朝から晩まで2人で待っていたらしい。
「そんな、元はと言えば僕が悪いのに」と何度も言ったが彼女たちは首を横に振るばかり。とにかく体に悪いと2人の家に戻した。僕も手を引かれて玄関に入る。
魅鴾ちゃんは
「もうくろちーに迷惑をかけるわけにはいかない」
と言って引っ越しを考えているとも言った。僕は
「そんなことをしなくてもいいよ」
と言い、2人を引き止めた。もう無いだろうとは思うが、今後のためにもしっかりと見ておかなければならないというのもあるからだ。
あれから、生活は今まで通りになった。
魅鴾ちゃんの部活セットは普通にテニスが好きだったからということで残しており、Aliceに行っていたのを埋めるために大学のテニス部に正式に入部した。
魅鷺ちゃんは社会人になり、栄養士になった。僕が栄養不足で入院したことを上原先輩から聞き、その結果渡される食料が増えた。なんでも、SNSの配信のために作ったものだそうだ。創作料理が増え、知らない料理がたくさん渡される。どれも美味しいので満足だが、一つ不安要素があり……。
それはマリフの存在。僕が大変な目に遭っても、すぐに食べられるようにと合同で飴を作るという。ただの飴だとしても栄養価が高いものに仕上げ、どんなに消耗しても元気モリモリ………………不安しかない。だって、もし渡されるのがフルコースなのだとしたら、そのぶんの飴を食べなくてはならない。そうすると何が起こるかは明白だ。
口の中が飴だらけ!お腹を下す!持っていくためのカバンが要る!
……ということ。ありがたいのだが、適量でないといけない。一食分を一度にいただくのだから。これは薬と同じだ。もしこれを外に持ち出したりしたら……。うう、末恐ろしい。まさに『悪魔の薬』だ。
「九さんたちのお墓は警察が管理しているところでしたよね。Aliceについて外に漏れないように……」
「そうだね。どうしても情報を外に出したくないようだ。ましてや『神秘』を求めたグループがいたなんて知られれば、他の人たちも『神秘』が存在するんだ!って探し始める……。そうなれば、政府の信用はガタ落ちだ」
「…………そこまでして、『神秘』は隠し通さないといけないのですか?僕は夢があって良いと思うのですが……」
僕の質問に、先輩は少し困った顔をした。
「『神秘』と形付けているからこそ、この『特別能力推攻課』があるのだよ」
「…………なんだか、やりづらいんだな。今の時代は」
師匠は悲しそうに後ろを向いてため息をついた。
……師匠にこんなことを言わせてしまった。師匠が笑って暮らせるように頑張っているのに……。まさか土台が問題だったなんて。
「うーん……まぁそうだね。あれはいわば『チケット』のようなものだ。使うために必要な『手段』。政府は我々人間が理解できない、人類にとっての脅威となり得るものを『神秘』とし、この地球に住む人間たちがそれらに怖がらずに安心して暮らせるようにしているんだ。リストの桜も山野くんの爆発も、全部ひっくるめて『神秘』と呼び、『神秘』と呼べるものを隠すことで、安全と言えるようにしたり、『神秘』の力を使うにあたって、名前を隠して動くことでこの課が正式な『国の武器』とされているんだ。つまり、『神秘』という『言い訳』がないと、このただの人間が到底押さえ込むことができない『推攻課』という武器を振り回すことができないんだ」
「「……………………」」
僕とこっちを向いた師匠は口を半開きにして固まった。
上原先輩の口からそんな難しそうな言葉が飛び出してくるなんて。いや、驚くべきなのはそこではない。サラッとすごいこと言ってなかった?!
「あはは、わからなかったか。これは署長の受け売りだよ」
「と、ということは……署長は『神秘』を容認している……ということなんですか?」
「はは、容認しているというか、むしろどうしてここが存在しているか考えたらわかると思うけど」
確かに。署長の意思で存続しているのだから、そう言えるよね……。ううーん、人が理解できないもの……か。ヘラやムジナくんみたいに、僕たちが歩み寄ることさえすれば理解することができるっていうのに……。まぁあの『サタン』や『蜘蛛婦人』みたいに触れれば死みたいなのはさすがに嫌なのだが、そういうところは分けてほしい。
それより白神さんだ。白神さんは『神秘』を排除するために『神秘』を探している。
……そして実は一番見つかってはならない情報を知っている。
それは『シフ・ケヴェンティアの調査記録』だ。
そう、『怪奇討伐部』のリーダーであり、この作戦を実行するために自ら魔界に赴き、得た情報を記し上げ、まとめた記録だ。
今後の世界のためにまとめた記録だというのに、僕たち生き残りが人間界に戻ってくるやいなや、それは処分された。いや、もしかするとどこかにデータとして残しているかもしれないが、シフさんが僕たちが乗ってきた戦車に残した手記は処分されたという。
理由は『有益な情報だが、これは神秘を決定づけるものであり、必ず処分せねばならないもの』だから……。
この『調査記録』はシフさんの形見であり、人生でもあった。なのに……なのに、それを処分するなんて。ひどいにもほどがある。
しかも、シフさんはヘラとムジナくんと共に暮らしていたという。いつか聞いたヘラの『戦い続ける理由』が、『ムジナとシフとまた3人で暮らしたいから』というものだった。シフさんは現在霊界に閉じ込められているのだというが、死亡していることに変わりはない。さらに最近はムジナくんとの絆にも亀裂が入りそうだという……。どうして。どうして、こんなに上手くいかないのだろうか。今すぐにでも魔界に行って、2人を助けたいのに。それすらできないなんて……。
「……先輩……」
「聞こえていたよ。それは……とても残念なことだ」
「何の話だ?」
師匠が僕の顔を見る。心を読んで理解した先輩には話は通じるが、師匠は話さないといけないからね。
「師匠、シフ・ケヴェンティアという方はご存知ですか?」
「…………よく知ってるさ。まだハレティの呪いが残ってたヘラと、森で2人きりになったときに聞いた名前だ。ヘラはよほどのことではない限り服を作らないらしいが、シフには魔界の学校で使うためのエプロンを作ったらしいな。ハレティにシフを追い返されたときはすごく悔しかったって言っていた」
……師匠は食べていた白い饅頭を奥歯で噛み締めた。ヘラの悔しさを知り、自分まで悔しくなったのだろう。それほど、ヘラにとってシフさんとの別れは悲しかったのだろう。
「でも黒池ちゃん、なんでその調査記録が見つかっちゃダメなんだい?書いてあるのは他の悪魔や一緒にいたヘラくんやムジナくんのことくらいなんじゃないの?」
「……シフさんは、作戦会議でも、作戦中でもそれを持って書いていました。もしかすると僕の名前も記されているでしょう……。特にヘラとは仲が良かったと聞いていましたから、僕とリメルアのことも話した可能性があります。悪魔と関係があるという事実は白神さんにとって絶好の情報でしょう……」
まず、シフさんが命がけで集めた情報を奪われるわけにはいかない。それだけは、譲れないんだ。
「んー……なぁ、白神って人はなんで『神秘』を探してるんだ?『推攻課』の悪いところを探せば一発だろうに」
「それはな、リスト。『推攻課』の存在はこの建物の人だけ知ってて、他の県の人は知らないからだ。それに白神は現実主義者で、『神秘』も嫌ってる。『推攻課』を壊すだけではなく、『神秘』自体をこの警察署から消そうとしてるんじゃないかなって思うんだ」
「そのおかげで、私の姿は見えてないみたいだけどね!」
ふわりと花の香りとキラキラと光る鱗粉が舞う。その方向を見ると、エフィーさんが飛んでいた。いいなぁ、無重力みたいで。
「む……確かにオレも話しかけられたことないな」
「半分悪魔だからじゃない?」
「そうなのか?……そうなのか」
そうなんだ……。
「でも、人魔って不思議よね!まだ人でいられるもん。悪魔からしたら羨ましくてしょうがないと思うよ」
「どうしてだ?」
「そりゃあ、悪魔は元々人間なわけだし。黒池は聞いたことあるでしょ?吸血鬼リメルアのこと」
「はい。話が恐ろしくて、忘れられません」
「でもハレティは幽霊だし、スクーレは人間だし……ヘラやムジナも普通の悪魔だろ?リメルアは初耳だが……」
「…………これは妖精だけじゃなく、魔界に伝わる話なんだけど……。実はね、神聖なものとされていた『イリスの泉』に青白い魔力の花が咲いたの」
イリスの泉とはヘラの家の近くだ。
「魔力の花?」
「そ。元はこの人間界みたいに魔力なんか無い世界だったんだけど、突然生えたそれのせいで、魔力が広がって今の魔界になったの」
「…………いつかこの世界も同じようになると言いたいのですか?」
「もしかすると、だけどね。それでね、とある王様が研究者に『3日以内にこの花が存在しないことを証明しろ』と言われたの。でもどう考えても不可能で……。3日目の朝、兵士たちが研究者を殺しにやって来たら………………」
「来たら……?」
拳に力が入る。
明日にでもこの地球が同じ道を辿るかもしれないからだ。僕は、その世界に住む者を知っている。それだけで他人事ではなくなったんだ。
「その研究者は…………花を食べて、体内に魔力を取り入れたの!!」
「うわっ……無茶するねぇ……」
「上原、ちょっと黙ってて。でね、その人は兵士たちを全員殺して、部屋を飛び出したの。助手であり、ここのデータにあった『エジプト緑化事件』の犯人である大地の神が止めようとしたんだけど、ダメだった。魔力は研究者の体だけではなく、世界中に広がってしまって……。魔力に耐性がない者は、みんなみーんな、悪魔になってしまった……って話よ」
「「「………………」」」
みんなが固まる。そりゃそうだ。僕だって聞いたのはリメルア視点の話だけだったし。まさか大地の神までもが関係していたなんて。
………………待って?この話、どこかで聞いたことがある……。
「黒池、聞いたことあるって顔してるわね」
「……これって、もしかして『アルメト伝説』の序章ですか?」
「そう。その通りよ」
まさかそんな……。じゃあ、魔女と言われて追放されたアルメト姫が悪いのではなく、その『魔力の花』が全ての原因だったというわけなのか?ひどい。ひどすぎる。
「言っておくと、あの無茶ぶりをした王様は、アルメト姫を陥れて勝手に死んでた王様。ついでに、アルメト姫と従者ハレティは耐性を持っていたわ。そのせいで魔女って言われちゃったみたいだけど……」
魔界って不思議だ。伝説の人がまだ存在しているのだから。ということはリメルアも伝説の人なのか。それに、伝説に出てきた大地の神も今もまだ生きて、エジプトをジャングルにしかけて……。
「そういえば大地の神に喧嘩売ったことあるよ」
「「ハァ!?」」
か、上原先輩!?いつの間に!?
「ちょっとだけキレてたよ〜!名前を覚えておくって言われちゃった☆」
「言われちゃった☆じゃないですよ!?神様ですよ、神様!!」
「だって黒池ちゃんをバカにされてムカついたんだもん。で、でもリストだって言い
返してたじゃん!押し負けてたけど」
「う、うるせぇなぁ……。魔力を全て注ぎ込んでしまったし、あの時はもう力を失ってて戦えなかったんだよ。走馬灯まで見えたんだぞ」
僕が後頭部を殴られて倒れてるときの話だ……。それに2人が体を張ってくれていたなんて。
「あのあとラジオはどうなったんだろうね?」
「多分レインが封印した」
「封印、かぁ…………。便利だけど、難しそうだね」
封印とは『そのものの時間だけ空間から切り離して固定するもの』だ。『封印が壊れる』というが、その魔力を流し続けていた人が死んでしまうと封印は保てなくなる。現にハレティさんがいなくなったことによってヘラの表情を封印するための魔力が無くなってしまい、ヘラに表情が返ってきた。
一方、似ているようで似ていないのは『結界』だ。封印とは違い、『時間と空間が同じ』になっている。結界は術者から完全に離れた魔力で成り立っている。魔力の塊を対象に向けて飛ばし、塊の内容物が無くなれば『結界』は解除される。打ち消すためには残りと同じ量の魔力をぶつけることで即座に解除が可能だ。
……これは師匠に聞いた話だ。
「見つかんないと思うけど、レインが作ったオーパーツが見つかって大騒ぎになったら笑っちゃうかも」
「悪魔って…………難しいな……」
「…………よし、できたっ」
ようやくPCの仕事が終わった。話しながらは少し難しかったけど、おかげで睡魔が無くなった。感謝せねば。
「あれ、黒池ちゃんどっか行くの?」
「シフさんの調査記録を探しに行こうかと」
「調査記録かぁ。警察が持ってるものなのかね?」
「とりあえずですよ、とりあえず。師匠は念の為ここに残っててください」
「あいわかった」
僕はせっせとUSBメモリにデータを移していく。
「……はい、先輩。頼まれていたものはここに詰め込みました。これを頼みます」
「ありがとう、黒池ちゃん。なら、エフィーちゃんと行動したらどうだい?」
「な、なぜ?」
「そりゃ姿が見えないからね!良いだろう?エフィーちゃん」
ふわふわ飛びながらカフェラテを飲むエフィーさんを見る。エフィーさんは目を閉じて軽く頷いた。
__________
「…………おや、白神さん」
私を見て、メガネをクイッと上げたのは黒く長い髪を一つ結びにした男性……影中響だ。彼の頬にはクールな面持ちとは正反対の痛々しい大きな切り傷がある。これは過去、日高と喧嘩したときについた傷らしい。
この人の話で最後にしようと思い、ずっと待っていたのだが来なかった。おかげでもうすぐ昼休憩が終わる。私は客人と話をするための、仕切りが1つだけ置いてある、すりガラスの部屋の椅子に座っていた。白ともグレーともつかない部屋だ。
「おや、ではありません。ずっと待っていたのに……」
「それは申し訳ありません。同僚のネックレスが絡まってしまい、解いていたのです」
「……はぁ……」
彼の手先は器用で、よくそういう頼みを聞くらしい。
「日高から話は聞きました。推攻課ですか……。彼らは優秀ですよ。敵にも優しいのです。珍しい人たちですよ」
「それは大したものですが……。何か怪しいことはしていませんでしたか?」
「怪しいこと……?」
ふむ……と長いクセのあるもみあげをクルクルと手でいじる影中。ヒトの髪だけでは飽き足らず、自分の髪までいじるのか。
「…………注意したらちゃんと改善しようとしてくれますし、特に怪しいことは見受けられませんが……」
「……そうですか」
横川を除いて誰もがマイナスなことを口にはしない。
「あの、なぜ推攻課のことを?」
「私はどうしてもここから『神秘』を排除しないといけないのです」
「…………わかりました。……何か言いたげな顔ですね」
私はフ、と笑い、後ろを向いて手招きをした。
「………………」
「!」
「私が気づいていないとでも思っていましたか?……『獅子ヶ鬼剣一』……『リスト・ウルム・ラーン』の存在を」
部屋に入ってきたのは、署内なのにインカムを耳に装着した少し悪人ヅラの男……『葛城一成』だ。
影中が部屋に入ってくるのを確認したあとインカムに向けて連絡を入れたのだ。
なぜ影中がここのことをわかったのかというと、私の机に置き手紙を置いたからだ。影中も普通の人間。しっかりと伝えないとわからない。
「……彼は俺には関係のない人物ですが」
「いえ、十分です。彼の存在が作り話ではないことがわかりましたので」
「!!」
この驚いた顔でわかった。
リストが実在することを。『タブー』が彼のことを隠すようにと各所に伝えていたことを。
「………………」
葛城は何も話さない。
「彼だけはリストのことを知っていました。あなたも知っているのであれば、彼についてたくさん聞かなければなりません」
「…………………………わかりました……」
これでようやくわかる。
葛城に教えてもらった『変装術』、リストの存在しない住人名簿、そして実態を。
本当は推攻課の3人について調べて穴を見つけて告発したかったが、ここまで隠されては私も卑怯な真似をしなければならない。
私と取引をしていた葛城がまさか推攻課と関係があったとは。不幸中の幸いだ。
時たま『マリフ』という名前が出てきたが……どうやら推攻課の人間ではないらしい。セイレーンのようにただ接触しただけの人物かもしれないので頭の隅に留めておこう。
「俺が見たぶんだけですが……。まず彼は着物とソフト帽をかぶっています。彼は桜を生み出し、自由に操ることができるのです」
彼は胸元に着けている警察バッジを親指と人差し指でいじる。日本の警察バッジは桜をモチーフとしているからだ。
「警察を騙ってふざけているのですか?葛城に聞いたところ、彼は善人ではないそうですが」
「白神さんが何を思っているのかはわかりませんが……。桜は国花でもありますし、リストは日本人のようですから、たまたまだと思います」
「……そう」
正式に警察ではないのに警察と偽ると、軽犯罪となり『官名詐称』として成り立つ。謎の力であってもなくても誰かを傷つけると『官名詐称』と『暴行罪』も入る。
しかし痴漢や暴力漢を前に「俺は警察だ!」と偽るのは正当防衛とされ、不問となる。なのでやたらめったら「自分は警察だ」と偽るのはいつか『官名詐称』に抵触するのでやめておいた方がいい。
「ですがあれは取り残された黒池を助けるために放ったものです。…………白神さん。言っておきますが……」
影中の眼鏡が蛍光灯に反射してキラリと光る。
「あなたが『推攻課』を『タブー』と呼び続ける限り、『真実』は見えないでしょう」
「………………。肝に銘じておくわ」
影中は立ち上がり、何も言わずに真顔で敬礼したあと、葛城を一度睨んで外に出た。
「……白神さん、ちゃんと言ってくれたんスか?今の人だって『なんで捕まった奴がここにいるんだ?』って顔してたんだけど」
「言いましたが、認めたくない人が多いのです。……あの『タブー』の黒池皇希も、元は捕まって警察官になった身だそうだ。私たちは過去は関係なく、今その人の心がどうなのかで見ている。そうじゃないと更生の存在意義が無いですから」
「あいつが?後ろに立っても気づかれなかったのに……」
マリフの話は聞いていたが……まさか。
「……あなた、もしかして黒池にも危害加えてたの?」
「作戦に必要だったんだよ!あそこにいた子供3人組には変装はバレてたみたいだけど」
葛城は悪態をついた。
「子供3人組?」
「あぁ。アメリカ人の男の子と、カラコンつけた黒髪の子と、リストだ。まったく、勘の良いのなんの……」
彼らにどんな繋がりがあるかはわからないが、黒池の家は小学校か……?
「そうですか。洞察力の優れた子供……他の2人にはいつか警察官になっていただきたいわね」
「は、はは……そ、そうだな。お前がOKすることがあったらな……(そのうち1人が悪魔なんだけど……)」
「?」
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「……ダメです。どこにも情報はありませんでした……」
開口一番、僕は悔しそうに報告した。
「お疲れ様、黒池ちゃん」
「……ありがとうございます……」
僕はあらゆる手を使ってシフさんの情報を探した。
まずはデス……いいや、キリルさんが所属するロシアの警察に連絡を入れた。しかし彼は魔界から帰ってきていないようだった。
次にダメもとでヘラに連絡を入れようとしたが、繋がらなかった。やはりあちらからの一方通行らしい。
そしてイリアくんとベアリムさんにも連絡を入れた。出たのはベアリムさんだけだったが、シフさんの記録に関しては知らないそうだ。
本当はイタコさんにでも頼んでハレティさんを降霊してもらえば、すぐに解決する話だろう。だが、ハレティさんはシフさんによって消滅させられた。僕もその場面に居合わせていた。シフさんが弱っているハレティさんの体に馬乗りになり、首を絞め……ハレティさんは消えた。敵だからと許したあの時の僕を殴ってやりたい。
ヘラによるとシフさんは死後、死神王の怒りに触れて霊界に人柱として封印された。ハレティさんの代わりに霊界を存続させるためらしい。霊界は人間界し指でいじる。日本の警察バッジは桜をモチーフとしているからだ。
「無いなら無いで、見つからないと思うからこれでいいんじゃないかな」
「……ですね」
「黒池ちゃん。黒池ちゃんはそのシフって人が書いていたものを見たのかい?」
「えっと……。ここの森は綺麗だとか、悪魔の弱点とかそんな感じでしたね……」
そもそも『怪奇討伐部』とは、魔界を人間界として動かすための調査および侵略部隊の名前だ。なのでどう開発するか、効率よく悪魔を倒すにはどうすればいいのかを調べていった。その基礎となる情報をまとめたのが『シフ・ケヴェンティアの調査記録』だ。これは本人に聞いたことだ。
ほとんどは魔界に行く前に図書館などで調べていた伝承などの内容なのだが、後半からはヘラとムジナくんの召喚に割り込んで魔界へと踏み入れ、2人と暮らして手に入れた情報なのだという。どこで知ったのか、リメルアに誘拐されてヘラに助けられた僕とキリルさんにだけ話してくれた。僕たちからリメルアとヘラの情報を得ようとしたのだろう。
シフさんが死んでしまい、そして情報を削除された今、真実は闇の中なのだが……。
「なるほど。悪魔について1つでも書かれていたらそれはあの人にとっては切り札同然になるだろうね。何でもかんでもメモするんだったら、黒池ちゃんの名前も入っているに違いないし……」
「イリアくんも、ムジナくんも、師匠の名前も……。調べれば、イリアくんの渡航記録も出てくるはずですからね……」
「ふむ……」
どうしよう。万が一見つかったりでもしたら……。
「…………………………あ」
「お?」
見つけた。でも、こっちからは……。
「……サニーくん」
サニーくんなら何か知っているかも。
サニーくんは元々推攻課のメンバーで、怪奇討伐部のメンバーでもあった。度々シフさんと会話しているところも見ていた。この件に関しては一番身近な人物で、他者の記憶を消すこともできるし、最適解だろう。
こちらからコンタクトを取ることができないことを除けば……だが。
「サニーくん?わからないな……。ムジナくんたちも言ってなかったし……」
当然だ。先輩だけでなく、怪奇討伐部のメンバー以外の脳から彼の情報は抹消されているのだから。
「でも、試してみてもいいんじゃないかな?」
「はい!……成功はしないと思いますが……」
「成功してもしなくても、シフって子が亡くなっているのなら、彼のことを覚えている人が一人でも多くいた方が彼も喜ぶだろう」
「戦いが終わって、復興してるときに……ムジナくんがとても悲しそうな顔をしていました。ヘラによると、彼の死を目の前で見たそうです……。僕も刑事として現場を見るようにと頼まれましたが、地面が焦げて、いろんなものが散らばっていました……」
「黒池ちゃん、結構ショッキングなの見てきたんだね。でも……あぁ、まだ小さいのに……」
先輩の心配している相手はムジナくんのことだろう。
「先輩、本当はこの話、誰にも話してはいけないんですよ?師匠がいる時点で破綻していますが……」
「どうせ心読むんだし、わかるよ。どっちにしろ、ヘラくんのことは知っていたからね……」
先輩は僕が剣を振るう度にヘラへの怒りを覗いていたのだろうか。少し気分が悪いが、先輩は聞きたくて聞いているわけではない。マリフだってそうだ。別の世界を見たくて見ているわけではない。
「そういえばマリフの存在は大丈夫なのですか?」
「大丈夫でしょ!あいつが牢屋から出てこない限りは!」
「………………」




