タブー編 2
奇士刑事最終回直前ということで、タブー編まで連続投稿させていただきます。
なお、イラストやオマケは省かせていただきます。
「『節制』の逆位置」
これは私が一番好きなタロットの効果。
『風に妨げられる』。
これほど私のことを表した言葉はないだろう。
タロット占いといえば、普通に『風に妨げられる』と言うと障害があるんだろうなとかしか思えないだろう。でも、違う。私にとっては違うもの。
『風』は私。私は『風』。でも、私は『風』を操ることはできない。私は『風』を連れて来るだけ。
「ふー。……ふふ、『風の噂』で聞いたんだけど……彼、よくやってくれたみたい♪」
資料整理に疲れて勢いよくパソコンを閉じ、その上から寝るという大胆なことをした長髪の彼の後ろでクスクスと笑う。
彼が起きる気配はない。だって、これはここを守るための戦い。絶対に終わらせないといけない整理なのだから。
データだけじゃダメ。データに関してはあのパソコンだらけの部屋の主がものすごいスピードで片付けた。それでも、紙は残っている。警察署って、なんて古臭いところなのだろうか。データより紙のほうが多いなんて。もちろんデータのハッキングとかされたら全てパーなのだけど、それでももう少し考えられないのだろうか。
「んー、白神クンかぁ。ここのことを調べ始めようとしていたのは知ってたけど……。次はここかぁ……」
「あの人はなぜこんなことを?」
「『白神悠子』。別名『断捨離の鉄人』。魔人とか魔女って呼ぼうとした人は片っ端から呼び出されるとか……」
回転椅子に乗ったまま頬杖をつく男は上原英次。この『特別能力推攻課』の最も古株である。
「どうして?」
「あの人は誰よりも『神秘』を嫌う、現実主義者だからだよ。ま、簡単に言うと、『政府に洗脳された人間』ってとこかな?」
政府。魔界にはなかったもの。だって、彼女は一人で魔界を統べていたもの。でも、独裁ってわけではなかった。彼女にはたった一人の兄がいて、彼に任せてしまうとロクでもないことになるってことで彼女が一人で背負っているそうだ。
ヒトは、彼女を『魔王』と呼ぶ。
「だからか……」
「ん?」
「私が資料を隠しているとき、見つかるー!って思ったけどバレなかったの。魔法で姿を消していたってのもあるけど、もしかして……現実主義者すぎて見えなかったのかな……」
「あははは!……あるかもね」
「あるの?」
「うん。『ムジナ』って子がいたんだけど……。彼のことが見えてる人と見えてない人がいたんだ」
「ムジナ?彼も『神秘』なの?」
「そうだよ。『死神ムジナ』。小さくてかわいい子なんだ♪黒池ちゃんがお気に入りとするのもなんかわかる気がするよ」
上原英次は寝たままの黒池皇希を見て笑う。
「死神ムジナ……。ああっ!?まさかあの『死神王』の唯一の弟の!」
聞いたことがある。
死神は他の平和的な種族とは全く違い、修羅場の塊と呼ばれていた種族だ。だから誰も近付こうとはしなかった。
まず、予定の『死神王』はムジナの兄である『ヘッジ・ルクエトリーパー』ではないと聞いた。確か……『マビアル・ハルアーノ』って人。他の死神は圧倒的マビアル派だったが、マビアルはどこかに行ってしまい、しょうがなしにヘッジになったと聞いた。
風の噂で……ね?
「おーおー、よく知ってるね。黒池ちゃんがよく死神王に捧げものをしていてね。あはは、今更徳を積んでも意味無いのにね〜」
さらっと何言ってるんだ、コイツは。
身内にひどくないか。
「そ、そう。でも恐ろしいものを知ることが今の人間界では最も必要とされていることだと思うけど」
「どうしてだい?」
「だって、そうしなきゃ危険に突っ込んでそのまま死んでしまうでしょ。最近は頻繁に私のように魔界から人間界へ、人間界から魔界に行く人が増えてる。しかも、それは『神秘』を容認するということだから政府も手を貸してくれない。たとえ、死にそうな目に遭っても「自業自得だ」と言われて終わるかもしれない」
「……。それ、なんて言うと思う?」
上原は黒池の背中にかけてあったブランケットを整えながら口を挟んだ。
「?」
「はは。まだわからないか。それはね……」
命知らず。
彼はそう言った。
そして、こうとも言った。
「口では警告したり、ピーチクパーチク喚いたりしているけど、助けに行こうとはしないんだよ。ところで……『妖精』には『命』という概念はあるのかい?」
「………………」
正直、私たち妖精には『命』とか『死』とかは無い。神秘の塊だから、どこかが欠けても神秘さえあればすぐに復活する。
「そこにない」ということになるので、「ある」になればその場に居るように見える。妖精はまるで宝石のようで、見方によっているいないが変更される。
いないと心から信じていたら、その人には見えないのだ。
『死んだからいない』。
『信じていないからいるわけがない』。
そうやって事実は廃れ、人々の記憶から『妖精』という存在は消えていったのだ。
「言いたくないのなら言わなくていいよ。あ、推攻課の人たちはみんな黒池ちゃんの証言から『妖精はいる』とわかってるから、心配しなくてもいいよ」
「わかってるくせに」
「……ふふ」
上原は意味深っぽく笑った。
今頭の中で展開していたこと、多分全部この人に知られている。
「……もう少し動向を見てくる!」
私は姿を消す……というか認識阻害の魔法を使い、部屋を飛び出した。
ひとりでに『特別能力推攻課』と書かれた扉が開いて閉まったので、通りがかった女の人が目を丸くした。
「ちょっと、上原さん!またゲームのコントローラー投げたんですか!?」
「投げてないって!!」
__________
「白神さん。すいません、遅くなりました」
前からやってきた男性……横川一郎は、紙袋を手にしていた。……重そうだ。
「……飛向さんたちが去って5分ほどです。それを持ってきたために遅れたのですか?」
「はい。オレが『特別能力推攻課』がどれくらい嫌いかをしたためたノートです」
ドサ!!と置かれた紙袋を怖いもの見たさで覗く。紙袋にみっちり詰まった紙の塊。よく紙袋が破れなかったなと思ったと同時に、『タブー』への執念の恐ろしさと、情報量の多さに謎の信頼が生まれた。これだけあればどこかにボロが見つかるだろう!
試しに持ち上げようとする。思ったより重い。アレだ、昔あった『おもかる石』ってやつ。それより先に思い浮かんだのは『ぎっくり腰』なのだが。
「こ、これは……」
あまりの量に引き気味になりながら横川一郎を見る。……目が……キラキラしてる……。
「白神さんが何の為に使うかは聞きません。(恐らく『断捨離』のためだろうけど……。)見終わったら返してください。あ、見るとムカつくので燃やしてもいいですが」
どっちなんだ。
「わかった。ありがたく使わせていただくわ」
「はい。では、職務に戻ります!」
彼はビシッ!と敬礼をし、去っていった。
完全に見えなくなったあと、紙袋からノートを一冊取り出してめくってみる。中に書かれていたのは大半が悪口だったが、1つ目に留まったものがあった。
「……『面談履歴』……『シルバースワン』」
確かシルバースワンを担当したのは『タブー』と『影中響』だったか。まだ影中には話を聞いていないからこのことについて聞こう。
そういえばシルバースワンの幹部の二人が先日社会復帰したと報告があった。一人はまだここに残っているが、『タブー』の『山野竜太』と一番話をしたと書かれているのは『ロットバルト』という人物か。ここに残っていたら話を聞き出すのは容易だったが、出所したので家を訪問せねばならない。
そして『シルバースワン』といえば『Alice』だ。あそこのトップ、『アリス』は一度ここに連れて来られたが、かなり精神がおかしくなっていたので精神病院行きとなった。アリスだけではない、Aliceにいたほぼ全員が……だ。少し話を聞いたが、シルバースワンから得た情報とほぼ同じだった。シルバースワンは元Aliceだったんだ、そりゃあ当たり前だ。
『神秘』の塊である『Alice』に聞けば『タブー』の情報を全て聞き出すことも可能だろう。なんとまぁ惜しいことになった。だがそれはそれで燃える。楽であることが好ましいが、Aliceがタブーを庇うこともあるだろう。私が自ら情報を集め、まとめ上げてみせる。そして神秘を使う『タブー』が国を守る『警察』という組織に適していないという証拠を晒し上げてみせる!
「よし!頑張るぞ!!」
思わず声を張り上げてしまったので周りを見る。やはり変な目で見られていた。
「また断捨離するのか……」
「また有能な課が減るぞ……」
「シッ、聞こえるわよ……」
ザワザワとこちらを見て話しているのが聞こえてくる。私がそちらを見ると、彼らはビックリしてそそくさと仕事に戻っていった。
__________
「か〜み〜は〜らぁ〜〜〜!!」
キラキラと妖精の粉たるものを飛んできた道に残しながら、上原英次の部屋に突入する。私の声に気づいた上原は回転椅子を回してこちらを見た。
「ん〜?」
「何食べてるの……」
「ヨーグルト。いる?」
上原は手のひらより大きなサイズのカップを差し出した。中には白くて水っぽい塊が入っている。
「い、いらない……。って、そうじゃなくて!」
上原の腕を掴み、推攻課の大きな長方形の机の方に誘導する。さっきまで眠っていた長髪の彼はいなくなっていた。
「これ!」
私が机に叩きつけたのは一枚の紙。そこにはビッシリと恨み言……いやいや、この推攻課についての行動履歴やらなんやかんやが書かれていた。
「うわっ、気持ち悪っ!誰が作ったんだ?」
「わからないけど……白神が持ってたのを一枚パクってきたの」
「ん〜エフィーちゃん、どんどん行動が派手になってきてるねぇ……」
上原はヨーグルトと呼んでいたソレを口にしながら呟いた。
彼に私の名前、『エフィー』と呼ばれたのはここに来て二度目だ。一度目は自己紹介の時だった。そう、私の名前は『エフィー』。つい先日、この『特別能力推攻課』に入ってきたばかりの新人。
入ってきたばかりだが、最近『白神悠子』という女性がこの『推攻課』を潰そうとしているという噂を能力で知り、ここを守るために動いている。やっと人間界で羽根を伸ばせる立場を見つけたんだ。こんな早くにここを手放すわけにはいかない。
私はできる限り人間に近い服装を選んだのだが、どうしても『妖精』としての魔力が干渉し、妖精っぽい姿へと変わっている。幸い、妖精や悪魔、幽霊や妖怪を信じている人しか見えていないのだけど……。
それでも、気を抜くと『あっ、人間じゃないな』となる。ちなみに気をつけていると『ちょっと変な服装の人だな。あの服どこで売ってたんだろう?』となる程度だ。
ここで『魔力』と『服』について説明しようと思う。
『魔力』で作った服は、『この見た目』として作ったので、誰が見ても定められた見た目にしか見えない。ただし、空気中に潤沢な『魔力』が常にないと魔力が切れた暁には裸となってしまう。
それを遮るため、人間界で『服』を買ってきてそれを着るが、服に魔力が干渉してその人の魔力の形に沿って見た目が変化する。
両方『魔力』をまとっているからそうなるのだ。魔力は体の内側にあるのではなく、外側にある。誰もがそうだ。心臓や神経など、命を維持するところは例外として体内にあるのだが、それ以外、攻撃用に使う魔力は外だ。
体の外側にある魔力を一部に集め、別の個人の魔力を加えることによって炎や氷、風や電気など好きな魔法を撃ったりすることができる。大抵は1種類だが、魔法に特化した人や魔導書などを使ったりすると2つ以上の種類を扱うことができる。つまり、炎や氷へと変化させるものを『服』として選べば『魔力の服』の完成だ。もちろん攻撃用の魔力が満ち足りてて、漏れ出した魔力が勝手に形を作り上げて見た目が変わったりもする。
人間界には『魔力』がないので、『服』オンリーなのだが。最近は魔界でも魔力が薄くなったりしているので『服』を選ぶ人が増えている。なので誰がどんな服を着てもファンタジーっぽい見た目になるのだ。
「でもちゃんと魔法で姿を消してるからいいもんっ!」
「あは、ドジ踏まないでよ」
「当たり前じゃない!『スピードのルージ』、『魔力のエフィー』!妖精の中でも有名な2人のうち、1人なんだもん!」
ルージは他の妖精のように小さな体をしており、服はそのへんに生えてる草を使って作ったもの。まぁ妖精の基本的な服よね。でも、体の大きな私は人間界に来ると決めたので服を買った。……魔力で見た目が変わってるけど。だから他の妖精と見比べて「本当に妖精?」と思われるが、その気になれば元の姿にも戻れる。
そう、言ってきたのは推攻課の『獅子ヶ鬼剣一』!本当かどうかもわからない冒険譚を聞かせてくる。でも聞いたところ魔界の建物の話や、ルージの主である『ヘラ・フルール』の話も言っていたので本当のことなのだろう。うぐぐぐ……。私、アイツ苦手……。
「なにその風神雷神みたいなの」
「魔界ではよく強いのを二つ名付きで分けて言うの。柔と剛の魔王だとか……」
「んー、魔界魔界って聞くけど、行ったことないしあまり詳しくはないんだよね。まぁマリフに開けてもらった時のしか知らないし。あ、でもムジナくんたちとは喋ったね。イリアくんとかどこで知り合ったかまだ知らないし……」
「よく死神と話せるわね」
「可愛かったよ!幼すぎってのもあったけど」
「幼い?……人間にはそう見えるのかしら……」
ルージに聞いたムジナ・ルクエトリーパーは、もっと大人びてて『可愛い』とは程遠いって話だったけど……。
「雪山に住んでたらしくて、シチューが大好物なんだって。風邪を引いたときとかにお兄さんに作ってもらってたらしいよ」
死神王お手製のシチュー……。いろいろとすごいなぁ。上原はなぜそんなことまで知っているのだろう。
「でも一つえげつない話も聞いたなぁ」
「何?」
「保存食として家に肉を置いてるらしいんだけど……。それ、一人前の死神になるための試練で殺した両親の肉らしいよ」
「え゛」
ツッコミどころしかなく、固まってしまった。
「さすがに悪魔のことだし、儀式って言うし、何年経ったかわからないから、時効&管轄外ということで放置しているんだ。立派な殺人罪だけどね」
「でも聞いたことあるわ。それ、死神全員がやっていることらしいわよ」
「…………エフィー。そのことについて詳しく教えてくれ」
「!!」
低い声に驚いて振り向く。
そこには……私の嫌いな奴がいた!
「お、リスト!ちょうど魔界について話てたんだ」
「知ってる。んで、エフィー。……エフィー?」
私は一歩、また一歩と下がった。
魔力が吸われてるみたいな嫌な感じがする。しかもなんか人間でも悪魔でもなく、ふわふわした存在だし……。
「………………腹、減ってんのか?」
「そんなわけないでしょっ!!」
獅子ヶ鬼剣一……リストはソフト帽を上原に投げつけ、懐から何かを取り出した。引っかかりそうで引っかからないグレーのマントが気になる。
「まんじゅう」
「いらないってば!」
「えー、ウマいのに……」
私に渡そうとした『まんじゅう』の透明な包み紙をめくり、中身をそのまま口に運ぶ。茶色くて丸い『まんじゅう』……。よくそんなの食べられるなぁ……。
「そういやリスト、たくさん食べなくてよくなったのにまだ食べてるの?」
「あー、癖になってな。それに……」
「それに?」
何やら苦虫を噛み潰したような顔をして目を閉じるリスト。そして……。
「まだ話が通ってないところから定期便が届くから、食べても食べても甘味が増えて!黒池が「手当たり次第に注文して!責任取ってくださいね!!」って怒ってオレの口に突っ込んでくるんだ!」
「あははは!似てる似てる!」
「笑い事じゃねぇ!!」
そう言った後また口の中に放り込むリスト。口、乾かないのだろうか……。
「……それで、死神についてだ!」
「もちろん聞きたいことはわかっているよ。面狐さんのことだね」
「あぁ。エフィー、面狐って名前は知ってるか?」
「面狐……?死神についてってことは、その人も死神なんだよね?」
「そうだ。面狐が死神だと知った今、死神王の怒りが消えるまでに魔界を旅する準備をしておかないと……ってな」
「リスト、魔界に帰るのか?」
上原が悲しそうにリストの方を見た。
「……頃合いを見計らってな。そうだな、黒池が自分の行き先をしっかりと定めて、オレの補助が要らなくなったら……かな」
リストも少し悲しそうな顔をした。
「ええ〜!?寂しくなるよ〜〜〜」
「引っ付くな!お前は黒池かっ!」
抱きつく上原を嫌そうな顔をしながら押すリスト。私はため息をつき、二人を放置した。
「あっ、ちょっ、どっか行かないでくれ!おねがっ……お願いしますッ」
「だって『面狐』のこと知らないし。私は今『白神悠子を監視する』っていう大事な任務があるの。じゃ」
「じゃ。じゃない!」
ギャーギャー騒ぐリストを放置し、私は部屋を出た。
そんな楽しいところ、手放すわけにはいかないでしょ?




