シルバースワン編 3
奇士刑事最終回直前ということで、タブー編まで連続投稿させていただきます。
なお、イラストやオマケは省かせていただきます。
「……ねぇ」
「なんですか」
まだ向こうでリストくんと上原先輩が扉の前で息を整えている頃。オレと白黒兄弟の兄……「飛向冰李」は扉に向かって歩いていた。
「飛向さん……って呼んでいい?」
「お好きにどうぞ」
……オレたちの間で冷たい空気が流れる。
「じゃあ……飛向さん」
「なんですか」
「なんか……坂になってません?」
たぶんここからペットボトルを落とすと転がる気がする。それほどの感じだ。
「気のせいでしょう」
「そ、そうかなぁ……?」
「それより行きますよ。あなたのせいでこんな少数の殴り込みになったんですから、しっかり働いてくださいね?」
殴り込みて。
しかもめちゃくちゃ悪い笑みだし……これからが怖いなぁ……。
「3……2……」
「わわっ、ちょっと待って!心の準備が!」
飛向さんは到着した扉に手をかけてカウントダウンをする。そしてオレの静止の声に不愉快そうな顔をした。
「………………なんですか」
「いや、なんですかじゃないですよ!息を合わせましょう!?チームなんですから!」
「ほら、あっちのチーム、もう入ってるじゃないですか。歯医者を嫌がる子供ですか?ケーキ屋なんですし、歯医者に行く回数も多いんじゃないですか?」
「いやいや!ケーキ屋だからってたくさん食べませんって!それに歯医者は余裕ですから!」
「……1……」
「わわわっ!」
バン!と開ける。あーあ、やっちゃった!仕方ない、今からでも精神統一をしよう……!
というか中断してその次の数字から始めるバカがいるか!?
「……よく来たね」
男性の声が聞こえ、一気に固まる空気。それを読み取ったのか、男は続けて話した。
「特別能力推攻課……と言ったね。よく荒らしてくれたものだよ」
「……」
二人推攻課じゃないのがいるけど……放っておこう。
「はじめまして。私は『ロットバルト』だ。……って挨拶を忘れていたね」
腰に手を当てて堂々と目の前に立っているのは紫のスーツの男……ロットバルトと名乗っていたな。丁寧で優しそうな口調とは裏腹に、黒髪はワックスでツンとトゲトゲしくなっており、左の方の前髪は色が紫色をしている。紫色の髪は編み込みで、後ろに回されている。耳にはおそらくシルバースワンの組織マークであろう白鳥のピアスがつけてある。大きい。袖口にはいかにもやり手な他の部分とは違い、白いフリルがついている。
一方、もう一人不機嫌そうな顔をして無言で立っているのは黒いスーツの女性だ。
黄色いカチューシャには男のピアスと同じシルバースワンのアクセサリーが付いており、その艶のある黒髪はポニーテールになっている。襟は立っており、その襟先と袖口とスカートの端には男と同じフリルがついている。
この部屋は二人だけなのだろう。
それにしても……何もない。銃の密輸組織だというのに、銃は使わないんだ……。
「意外だと思ったかい?」
「へっ?!」
突然笑ったロットバルトにオレはビビった。しかし目は笑っていない。
「武器は使わない。見えていないだけかもしれない。それに、もうわかっているのかもしれない」
あ、ヤバい。めんどくさそうな相手だぞ。
「……オレにはわからないね」
「あぁ。自己紹介もしないような子はわからないだろうね」
「あ……。……オレは山野。山野竜太。特技は……ケーキ作り」
「……」
ピク、と隣の女性が動いた。やっぱりスイーツは好きなんだ。
「へぇ、山野くんか。可愛らしい特技だ。私の自慢の娘、オディールが喜ぶよ。今度作ってくれないだろうか?」
「え、え?それくらいいいけど」
なんだ、この人……調子狂うな……。
「ありがとう。オディールは気難しいから、同じ年くらいの友達が少ないんだ。キミもシルバースワンに入って、オディールと仲良くしてもらいたいね」
「ケーキはいくらでも作るけど、オレは警察官だ。シルバースワンには入らない!」
「そうか。それは残念だよ。それで……そっちのお兄さんは?」
「……私ですか」
飛向さんは冷たい視線を注ぐ。
「私は飛向冰李です。特技は……これから見ることになるでしょう」
「へぇ、飛向くん……そいつは楽しみだ」
また目が笑っていない。怖い怖い。
しかも飛向さんめちゃくちゃ戦う気満々だし、何だこれは。
「あと飛向くんとは呼ばないでいただきたいです。下の名前でお願いします。私には兄弟がいるので」
「そうか。兄弟がいるのなら上の名前じゃあ困るね」
「…………」
飛向さんはスーツの上着を脱ぎ捨て、目を閉じて力を溜め込む。来る……来るぞ……!さっきの大暴れが……!!
「……はああああっ!!」
殴りかかり?!うわっ、手を振るな!オレに当たりそう!
メシィ………………。
「っ!!」
飛向さんの拳は空中で止まり、表情が歪む。
何?何があったんだ?
「……透明な……壁?」
は?透明な壁?
オレも手を当ててみる。本当だ、透明な壁がある!ってことは……。
嫌な予感が頭をよぎる。オレはあの二人に向かって爆発を起こすことにした。
「あああああっ!」
「やめなさい」
「命乞いしても遅い!」
ドカーン!!
……爆発したのは、壁の向こうの二人ではなく、オレたち二人だった。
「ゲホッ、ゲホッ!!……ふざけてるんですか?」
「な、なんで!?」
座標は特定したはず。なのになぜあの二人の周囲で爆発が起こらない!?
「どうした?攻撃しないのかい?」
「う、ぐぐ……」
何か理由があるはずだ。何か……!
「ズルはいけないね。キミみたいな真っ直ぐな性格な子はなおさら、ちゃんとしたルートを進まなくてはいけない……」
「そんなことないっ!オレは……オレはケーキ屋じゃなくて警察官を選んだ!オレはオレの道を行く!」
「待ってください。……ということは、ちゃんとしたルートがあるということですか……」
「へ?」
た、確かに……。心のままに言い返したけど、よくよく考えたら飛向さんの言う通りかも……?
チラ、とロットバルトを見てみる。
ぐ……ニヤニヤするな……!
「少しはやるじゃないか。まだ戦いは始まってもいない……。早くおいで」
「うぐぐぐ……!」
オレは透明な壁に手を付き、隙間があるところを探した。ここじゃない、ここでもない……。
ドンドンと叩きながら、横に動いていく。
ポチ。
「え?」
違う感触。違う音。ボタン。ボタンだ!?
「おおおおおおおっ!!?!?」
壁からガコン!と音がして何かの塊が勢い良く飛び出してきた。オレは咄嗟に爆発を起こし、粉々に砕いた!
「く、くそっ!何なんだよ、これ!」
オレは飛向さんの手を引いて戦況を整えるために外に出ようとする。が、扉はいつの間にか閉まっていた。
ガチャガチャ。ガチャガチャ。バン!
何度開けようとしても鍵がかかっているのか開かない。オレはストレスを感じ、扉を蹴った。しかし何も変わらなかった……。
「飛向さん、離れててください」
「爆発させるのですか?」
「そうです。……はああああっ!!」
扉に向かって爆発を起こす。
ドォン!!
爆発音がし、煙が辺りを包む。……だが、煙がなくなったあと扉を見てオレは絶句した。
「ノーダメージ!?」
「……それは『抗火石』。その程度の爆発じゃ壊れないわよ」
抗火石。それは、軽いし強いし、火や衝撃にも強いし断熱、保温にも優れているが、希少な石材……らしい。なぜそれがこんなところにと思うが、潤沢な財産を持つと言われているシルバースワンのメンバーだから可能になっているのだろうと思うと納得するしかない。
「それはこの部屋全体に使われているの。運が悪かったわね」
ロットバルトの娘と言われていたオディールが自慢げに話す。この石を使おうと提案したのはオディールか……!
「さすがオディール!パパよりすごいよ〜!!」
「い、今はちょっと黙っててよ、パパ!」
なんだこれ。
「…………」
「山野さん、もしかして、これ、壊せないんですか?」
ギクッ。
スススと無駄のない動きでオレの耳元で囁く。
……やば……さっきのが精一杯の火力なのに、これ以上強いのとか出した瞬間にぶっ倒れるぞ……?
もしそのぶっ倒れ覚悟の火力を出させようとして囁いているんだったら、これは悪魔の囁きと言って間違いないだろう。最悪、こいつ一人でも倒せそうだし……。
不幸中の幸いと言ってもいいのが、ロットバルトとオディールの二人は動きそうにないということだ。さっきまでは立っていたが、疲れたのかソファーやガラス製の低い棚に座っている。棚の中には書類や写真、置物など頑張れば武器になりそうだがその望みは低いものばかりが置かれてある。
なので、この二人はオレたち推攻課のように体を動かして『戦闘』するような人間ではなく、司令官のような立ち位置なのだろうか?なら話は早い。近づけば勝ちだ。さっさと終わらせてしまおう!
「いや……。相手のご自慢の武器に真っ向から挑むのが推攻課の良いところ!透明な壁にも、さっきの塊にも、爆発に耐える抗火石にも負けない!」
「……わかりました。手を貸しましょう」
飛向さんは「やれやれ」とばかりに首を振る。そして警戒態勢を取った。
「ようやくだね。ふふ……」
透明な壁にあった通り道を見つけ、少し前進したところでロットバルトが言葉を発した。どこか馬鹿にされているような気もするが、こんな即席のチームで最初から良いコンビネーションができるわけない。
「それにしても、この透明な壁を用意して何になるのでしょうか……」
「わかんないよ。この間に助けを呼んで、後ろから銃でバーンとか」
「……そうなると、彼らにはルートがわかるんでしょうね」
「一人でも連れて来ればよかったって?」
「いいえ。迷路ならばいつかはゴールがわかるもの。自力で見つけましょう。……必勝法もあることですし」
「え!?」
迷路の……必勝法!?そんなのあるんだ!?
「それは……」
「……マジ?!」
「マジです」
「何をコソコソ話しているんだい?」
ロットバルトが話しかけてくる。
フッフッフッ、必勝法がわかったオレたちに敵はいない……!!
「……なに?ニヤニヤして……ちょっと気持ち悪いんですけど」
「お前らァ!オディールの機嫌を損ねたらどうなるかわかってるだろうな!?」
「急に荒れるな!!あとそんな理不尽な!!」
ビックリしたー!急にオラつくとか……これが本当のモンスターペアレント……!
か、壁があって良かったー!!初めて壁に感謝したよ!
あー、まだ心臓がバクバクいってる……。元々不良だったオレでも、ああいうのは苦手なんだよなぁ……。
「無視しましょう、山野さん。下手に煽ればかえって危険です。シルバースワンなどというかなり危険な組織なら、なおさらです」
「わかってる……わかってるんですけど……。どうも抜けなくて……」
「……。あちらも壁があってすぐにこちらには来られないでしょう。幸運でしたね」
「だから耳元で囁くのはやめぃ」
「あなたが心配だから出来る限り近くにいるのですよ」
ありがとう……ん?ありがとうなのか?わからねぇ……。
「……ん」
しばらく進んでいると、分かれ道があった。分かれ道か……。ちょうど二人だけど、別行動は危険だな。部屋の大きさはそこまで大きくないのに、迷路となれば話は別。隅から隅まで歩くので、正直言ってキツい。道は狭くはないのだが、ロットバルトの性格なのか、無駄が無いため迷路の偽物の道の数が多くなっている。はぁ〜〜〜……。
「これも『左手の法則』で行くとなると、かなり大変なことになりますね。どうします?『左手の法則』は諦めて、当てずっぽうにします?」
『左手の法則』とは、さっき言っていた必勝法のことだ。なんでも、左手を壁についてそのまま歩いているだけでゴールに到着することができるスグレモノらしい。ちなみに右手もあるらしい。なぜ飛向さんが左手を選んだのかは謎だ。ひねくれている白黒兄弟だからだろう、右利きが多いから左だ!とかいうよくわからないことを主張してるのだろう。きっとそうだ。
だから今回は、右に行ってやる!
(『左回りの法則』という言葉があるので、ひねくれているの山野くんです。)
「……当てずっぽうにする!右だ!!」
「……わかりました。従いましょう」
右へと向かおうとした。
その時。
ガコン!!
「へっ?」
視界の結構近いところが光り輝く。なになになになに!?
ジャキン!!
「のうわっ!?!?」
ガコンという音の直後、何かが飛び出してきた!デカい……カラーコーンみたいな針だ!しかもキラッキラ!なんで!?なんじゃこりゃ!?
「は、はわ、わ……!?」
「山野さん、大丈夫ですか?!」
「あ、あわわ……キラキラ……目が痛い……痛いよ……」
さっきの立ち位置のすぐ左前。そこからキラッキラな極太針が飛び出した。目の前でスパンコールがみっちりとひしめき合って鎮座しているのがソレだ。そして……。
「チッ」
舌打ちが聞こえた。オディールのものだろう。え?ここから先、こんなヤバいもの(諸説あり)が出てくるの?マジで?…………マジで?
オレは思わず尻もちをついていたので飛向さんの手を借りて立ち上がった。飛向さんは「言った通りになりましたね」と嬉しそうだ。前から推攻課と仲が悪かったこの兄弟。もしかしてオレたちが大変な目に遭うのを楽しみにしてた?だから上原先輩の頼みを聞き入れたの?
ヤッバ〜……!一番ヤバいのは味方だったわ!!
「と、とにかく!針に気をつけて行こう!」
「あっ、前」
「え?」
勇んで踏み出した足元を見る。
蓋が。
開いてる。
キラキラしてる。
スパンコール。
「どわああああああっ!?」
一瞬どころか結構脳内がフリーズしていた。危ないっ!危ないってば!
オレは結構な高さの落とし穴の壁と壁の間で手足を広げ、針あり落とし穴に落ちるのを防ぐ。
そのまま責めるように、泣きつくように、睨むように飛向さんを見るため、首だけを後ろに少しだけ回した。
あー!!こいつなんか嬉しそう!腹立つ!!
「これは一般的に言う『ブービートラップ』ですね。もっと細かく言うと『パンジ・ステーク』。落とし穴の下に竹槍を用意したものをそう呼びます」
「いや解説してないで助けて!?」
「しょうがないですね。まさかこの目で見ることがあるなんて思わなかったですから、感動してまじまじと見入ってしまいました。カメラでも持ってくるべきでしたね」
「持ってこなくていいわ!!」
オレは飛向さんの手に掴まり、何とか脱出することができた。……まさかとは思うけど……この部屋の前が坂になってたのって、高さを作って落とし穴を作るため?それで、一つのためにそんなことしないはずだから……。
オレは周りを見渡す。穴のための筋は綺麗に隠されて見えていないが、この部屋にいくつもの『スパンコール付きパンジ・ステーク』が仕掛けてあるのだと思うと背筋がゾッとした。
「……………………………………」
「なら、こっちに行くぞ!」
「……………………」
「……えっ?」
右の方に向かおうとしたその時、上からあの塊が降ってきた。石でできた塊。オレは反応ができず、右腕で庇おうとした。こんなんじゃ庇えるはずないのに。マリフの『絶対防御機構』ってやつが発動するならそれでいい。でも、脅威がこの先あるかもしれないというのに、こんなところで使ってしまってもいいものなのだろうか?いや、いいわけない。だって、こんな塊、オレの爆発で壊すことができるのに、この先のことを考えてケチって、後であのときやっておけばと後悔するかもしれないんだぞ?そしたら、そしたら……!
「何してるんですか」
「へ?!」
「これくらい私でも壊せます。私たちはチームなんですよ?チームの相手は助け合うのが道理です」
いつもなら絶対に白黒兄弟の口から出てくるはずのない言葉が飛び出してきて、オレはさらに思考が固まった。
「変な顔をしていないで、行きますよ」
「あ……ありがとうございます!!」
「……ふふ」
その後も、落とし穴があったり下からオレたちと同じくらいの太さの針が出てきたりとなんやかんや大変だった。全部は避けきれないので度々飛向さんに壊してもらっている。
宙を舞うスパンコール。岩の破片。
それがなんだ。オレたちは……オレたちは、前へと進む!!
「…………………………」
進もうとするところ全てに何かが降ってきたり、足元が開いたり、スパンコール針が生えてきたり……と、なぜか行動を読まれているようなレベルで死にそうになる。
なんで!?上原先輩と同じ能力でも持っているというのか?でも、それならなぜこんなところに?むしろここじゃなくて別のところにいそうなんだけど……。というか、政府に保護されるのでは?政府って、そういう『神秘』的なものに厳しいから……。
「………………………………」
……ん?
「…………。………………」
何か喋っている?でも声聞こえないし……。口パク?
「……右……落とす……。……次に……」
手元で何かを操作しながらブツブツと呟いている……。
「なによそ見をしているのですか?死にたいのですか?」
「そっ、そんなわけないよ!ただ、おかしいなと思って……」
「……。とにかく進みましょう。今はそれしかありません」
「う、うん……」
目の前にある針を避けようと右に体の重心をそらす。これが読まれているのだとすれば、オレはそのあとすぐに左に……!!
「……っ!!危ないっ!!」
グイッ!と引っ張られる。何事かと思いきや、その行こうとしていた左に新しいスパンコール針が現れていた。マジか。そこも読まれてるのか。
「あ、ありがとう……」
「ロットバルトといいましたか。あの人は相当頭が回る人のようです。まるで、私たちがチェスの駒のような……」
飛向さんは苦虫を噛み潰したような顔をしてオレの耳元で囁く。作戦が聞こえないようにするためだろうが、ちょっと恥ずかしいな。
「……そんなゲームマスター気取りの奴に……負けてたまるかよ……!」
オレはヨロヨロと立ち上がる。そして透明な壁に手をつき、気合いを入れた。
その後もロットバルトの猛攻は続いた。相手は動いていないのにこんなオレたちがボロボロになるなんて許せない。ゴールに着いたらボコボコにしてやる……!!
……オレの怒りとストレスが頂点に達し……。そして、ついに。
ゴールが。
見えた!!!
「ッシャア!!」
オレはズンズンと前に進み、周囲に壁が無いことを確認してから脅しのためにロットバルトとオディールの間に爆発を起こす。二人は驚いて左右に避けた。少し爆風を受け、オディールの髪型が崩れる。
ちなみになぜすぐに壁がないのかがわかったって?
壁の圧だよ、圧!壁特有の息苦しさが無くなったんだよ!
この戦いはそんなまさに『野性の勘』を呼び起こすほどの『生きるか死ぬか』を感じさせる戦いだったんだよ!
「待たせたなァ………………!!」
オレが今どんな顔をしているのか想像もつかないし、想像したくない。怒り心頭の醜い顔なのだろうか。それとも喜んでいるのか。それとも疲れ切っているのだろうか。どちらにせよ、二人の怯んだ表情を見て察しがついた。
オレ……近寄りたくないヤバい奴の顔してる!!
「こ……」
ロットバルトが言葉を発そうとした。オレはあと一歩で(オレが)失神確定の最大火力をブチ込もうとしているところだった。
「降参だ!!」
降参。降伏。投降。それを意味するかのように、ロットバルトは後ろの棚から、棒を含めた全長彼の腕の長さほどの『白旗』を取り出した。
「「「…………は?」」」
オレ、飛向さんだけではなく隣のオディールまでもが目を丸くした。もちろん髪を整えながら。
待て。白旗って、最初から降参するつもりだったのか?いやいや、待てよ。オレが……オレと飛向さんがどれだけボロボロになったかわかってんの?わかって言ってるの?ならなんであんな超ハードモードな道を作ったわけ?あのままオレたちが串刺しになって死ぬと思ってたの?まぁ多分普通の人間なら死んでたと思うけど、オレたち……いろいろヤバいんだよ?自分で言ってて恥ずかしいけどさ、人間半分飛び出してるよ?
オレはワナワナと震えだす。
普通に『警察官』であり、『特別能力推攻課』として出動したときなどは自由に能力を行使しても構わないが、抵抗する素振りを見せない、つまり『降参』した相手を攻撃するのは人間として、警察官としてアウトだ。それはただの暴力行為となってしまい、逆にオレが逮捕される。
だから今ロットバルトは、『法を犯したにも関わらず、法に守られている状態』なのである。
「……じゃあ……じゃあ、オレの怒りはどこにぶつけりゃいいんだよ……」
オレは静かに言葉を絞り出す。そんなオレを見て、飛向さんは肩をポンと叩いた。
「外に向かって、爆発でもしましょうか。大丈夫、内緒にしますから。今日だけは、ね?」
悔しい。悔しいが、オレは首を縦に振り、オレと飛向さんはそれぞれ無傷のオディールとロットバルトに手錠をかけた。
その後、最初に見た県境の山まで爆発音が聞こえたというのは、警察内でのタブーな話の一つになっている。
__________
後ろで扉が開く音がする。師匠のチームか山野くんのチームのどちらかだろう。
でも、僕は振り向いちゃいけない。ここの階はみんなに任せたんだ。この先のことをみんなは僕に任せてくれたんだ。だから僕は誰の想いも無駄にはしない。
僕はこの坂道を駆け上がる。なぜビルに坂道なんかあるんだろうってツッコミはやめておこう。いや、突っ込んだほうが上原先輩や山野くんのいつもの調子が出るかな?ううん、そんなことは考えないようにしよう!真剣に、かつ慎重に!いつどこで敵が待ち伏せているかわからない!だからこそ、耳を済ませて視界を良くして瞬発力を逃さないように、無駄な労力を省く!
これこそ僕が『先生』に教えてもらった『本番の極意』!僕はこのおかげでテストも上手くいったし、剣道とかも上達したし、クラスでの発表もうまくいった!
……なぜヘラとの戦いで使わなかったのかって?……そりゃあ、あのときの僕は正気じゃなかった。ヘラを見つけた嬉しさ、ヘラを許さないという怒り、そして失敗したら死ぬのではないかという焦りで『本番の極意』どころじゃなかった。そのせいなのか、僕は負けた。ただ単に押し負けたのかもしれない。ヘラの積み上げてきた絆に負けたのかもしれない。
でも、それを踏み台にして僕は前に進むことができた。僕はまだ成長できることを知った。進むべき道を知ることができたんだ。
何事もポジティブに!
悲しいときはそれを心に秘めて戦えって誰かが教えてくれた。今はそれを大事に実行している。
「階段だ……!」
見ての通り、この階には伏兵はいなかった。僕は階段を進み、次の階の曲がり角で顔だけ覗かせる。……あぁ、下よりかは少ないけどやっぱり敵が多いなぁ……。でも進めなくはないかも。
「……っ」
できるだけ誰とも戦いたくない。でも、向かってくるなら容赦はしない。僕は腰の剣に手を当てる。誰かが来る。誰かが向かってくるかもなんて考えないようにしよう。
確かに銃は強い。強いし、『銃』という存在が僕にトラウマを呼び起こす。重くて、熱さで畳が焦げて、鉄臭くて、うるさい。いいとこなんてひとっつもない。それに、誰かを傷つけるものだ。何かを傷つけるものだ。
一発撃てば、『必ず』何かが痛みで悲鳴を上げる。
人が。動物が。物が。壁が。空が。地面が。そして、撃った本人の心が。
何かが傷を負い、手を尽くさねば傷は治らない。それが、もし一対一の状況だとすれば、絶望的だろう。なぜなら、互いに敵なのだから。助ける意味なんてあるのだろうか?
「すぅ……はぁ……」
走るための力を蓄える。人がたくさんいる中で、最適ルートを頭の中で処理する。できるだけ相手を斬らないように。相手を傷つけないように。相手の知り合いを悲しませて負の連鎖に繋がらないように。
どうか、僕の考えをわかってほしい。
「……ふっ!」
スーツの男の間を走る、走る、走る!
ゴオオオオン!と何かが落下する音がした。足元が振動し、足がもつれそうになる。最初はザリザリと砂っぽい何かが擦れる感じがした。何か岩みたいなトラップが下の階で発動したのだろう。みんなは大丈夫なのか?そんな考えが頭をよぎるが、下の階はみんなに託したんだ。僕はみんなの願いを叶えるため、彼らより上の階を駆け抜ける!
「な、なんだ?こいつは!」
「いいからやれ!……って、速っ!」
「おいおい、まさか一人でオデットさんのとこに行くつもりじゃねーよな?」
「あいつ、何持ってやがんだ?」
「クソッ、当たらねぇ!」
バキュン!キュィン!ビスッ!
たくさんの音の中、僕は走る。僕のルート上の人たちは驚いて避けるが、左右にいる人たちは僕を狙って銃撃する。しかし、僕が避けるので彼らの対角線上にいる人たちに銃弾が当たり、血を流す者や、キレて撃ち返す者、逃げる者などが現れてこの場は大混乱と化した。
「……い、嫌だ……銃……は……」
泣きそうになってきた。
僕は銃が苦手だと言っているだろう?
本当は今すぐ足を止めて、耳を塞いでその場に座り込みたい。
でも許されない。当然だ。この先にいるはずのシルバースワンのトップを捕まえるまで、足を止めることは許されない。
「っ、はぁ、はぁ……」
早く、早く階段の場所に来て。階段さえ……。
ゴールが遠ざかっていくように見える。もちろん幻覚だが、僕にはそう見えた。
建物の中だけど肺が冷たいし、血の味がする。そうだよね、冬だもん。
「銃だけは……やめときなさいって……心に決めたのに……」
自然と怒りがこみ上げてくる。
銃で力を誇示しようとする人は僕は嫌いだ。そんなもので得た力は自分の力と言えない。
銃の密輸組織だということはわかっている。絶対にこの先にいるボスは銃を使ってくるだろう。
怒ってはいけない。冷静になるんだ。
悪魔が強くしてくれたこの武器で、銃を止める。きっと勝てる。勝てるはず。勝つんだ。
「やっと……着いたぁ……っはぁ……ぜ、はぁ……」
後ろで銃声が聞こえるが、僕はササッと階段に隠れる。当然追いかけてくる。……追いかけて……ん?
「チッ……」
「なんだよ……着いちまったのかよ……」
ザワザワと各々喋りながら銃声がパタリと消えた。何か問題でもあるのだろうか?
僕は彼らから目を離し、階段の先を見てみる。
赤い扉があった。艶やかなワインレッド。灰色の周辺と比べて、明らかに違う雰囲気を醸し出している。
ハッキリ言って、『意味がわからない』。
意味がわからないのはこの扉だけではない。追いかけてこない男たちのこともだ。僕が油断して階段に向かったところを撃てばいいのに、どうしてなんだろう?
「あいつ……死ぬぜ?」
「一人でオデットさんのところに行くくらいなら、俺たちに殺されたほうがマシだっていうのに……」
「オレたちもオデットさんの所有物にキズでも付けたら命がないし、ドアの前に居られちゃ攻撃もできないよな……」
「あいつさぁ、ここまで計算して駆け抜けたのか?」
「そんなことはねぇだろ。最後の方涙目だったし。きっといきあたりばったりだ」
「オレ……あいつの目、見ちまったんだけど……。マジでヤバかったぜ?目だけで殺されるかと思った」
「うは、冗談だろ、お前」
「いや、マジなんだって!」
……いろんな話が聞こえる。この中で有力な情報は「ボスらしき人物の所有物にキズを付けちゃいけない」ということ。だから追ってこないのだろう。どうやらこの先の階以外はボスの所有物ではないらしい……。だってバンバン撃ってキズ付けてるんだし。
「……」
ゴクリ、と生唾を飲み込んで、痛くなった喉を潤す。左手で剣を握りながら右手でドアノブを握る。
これで鍵かかってたらどうしようかと思ったが、それならそれで鍵を探し出すだけだ。
「……ふー。……っ!!」
勢いよく扉を開く!
普通ならここで「動くな!」とか言って銃口を向けるだろう。だが、僕にはそんなものはない。なので、無言で剣を構えた。
「っ」
「元気な人だね」
「……あなたがシルバースワンのリーダーですか?」
剣の先で不敵に笑う女性に声をかけた。
目が眩むような真っ赤なスーツ。……この赤は僕の後ろで全開になっている扉の色と同じようだ。
足には先程僕と戦っていた彼女と同じ『S』のような『白鳥』のマーク。
強気に掻き分けた金髪。
耳元で存在感を放つ青くて丸くて大きなピアス。
ターコイズのような瞳。
黒い艶が美しいヒール。
そして……そして。
彼女は革製の紅いソファーに膝をつき、足を組んで座り、僕の方を見ていた。
「そうだと言ったら?」
目を細めて僕を見るだけで相当なプレッシャーを感じる。剣を持つ手が少し震えるが、歯を食いしばって持ちこたえる。毎回これでは不安だが、やり遂げなければならない。
僕は圧倒的カリスマの前でも負けないように一歩前に出た。
「僕たち警察はあなたたちを逮捕します」
「へぇ……ならアンタ、口だけじゃないところを見せなさい」
「後悔しても知りませんからね!」
僕は剣をさらに強く持ち、駆け出す。まずは横薙ぎ。これで終われば……!
「あら……手緩いわね」
「!!」
ヒラリ。
まさにそんな言葉が似合うような動きで僕の剣を避けた。馬鹿な。僕の因縁の相手の一人『吸血鬼リメルア』を追い詰めたと言われている『勇者スクーレ』でも避けるのがギリギリだった僕の剣を、いとも簡単に避けるなんて。
「こんな剣技、Aliceの刃物狂いより弱いわ。遥ったら、こんな人に負けたの?」
「ぐ……」
「怒った?そんな短気じゃもし私たちを捕まえられたとしても、『あの人』どころかAliceにも負けるわよ?」
「『あの人』……?」
「口が滑ったわね。ま、ここでアンタは終わり!真相もわからないままだけどね!」
彼女はソファーの隣に置いていた銃を手に取り、こちらに向けた。思わず怯んだところに一発。なんとか剣で受けてノーダメージとなったが、銃を使うと知って僕はためらいを感じていた。
「本当に銃が苦手なのね、アンタ。どうしてこんなところに来たのよ」
「……仕事ですから」
「仕事、ねぇ。仕事も大事だけれど、命も大事じゃなくて?『川崎皇希』くん?」
「……っ!!」
僕の剣に込める力が強くなる。
違う、違う、違う!僕は、僕は『先生』が見つかるまでその名前は名乗らない!でもなぜ?なぜこの人はあの名前を知っている?!
「どこまで僕のことを調べたのですか!」
「さぁ?どこまでだろうね?」
「ぐぅ……!」
バン!
カキィン!
それからは静寂だった。静寂の言葉が辺りを包む。声などない。鉄の音だけだった。
僕も彼女も無言で武器に力を奮わせる。
攻防の途中に扉の方が見えた。この部屋と階段の境目で下の階にいたスーツの男たちが何人も覗いている。誰も参戦しようとはしない。彼らは僕たちの戦いを静かに見守ろうと決めたのだ。
「この小さな弾丸を剣で流すなんてかなり使いこなしてるじゃない。アンタにはアタシの名前を教えてあげようじゃないの」
「…………」
「アタシは『オデット』。シルバースワンのボス、オデットよ」
「オデット……。あなたに勝って、さっきの言葉の意味とAliceのことについて洗いざらい話してもらいますから」
「ふふ……かかってきなさい!」
……と言いつつも、ヒラリヒラリと僕の剣技を避け続けるオデット。全て、全て避けられている。
何度も交戦している間に謎に包まれたAliceの動きをコピーしたとか?
柔と剛。その両方を手に入れたとか……。
「それにしても全部避けるなんておかしい……!」
「焦り。怒り。剣筋は全て見えている」
「……っ、はぁ……ああ……!」
確かに焦っているし、怒っている。でもそれだけで僕の動きを完全に捉えることができるというのか?
神秘の存在が僕の頭のノイズになっているのか?
そんなわけない。そんなわけない!
神秘を信じることにしたからヘラのことを僕の記憶に繋ぎ留められた。神秘を受け入れたから師匠が僕を信じてくれている。神秘を馬鹿にしなかったから、今、僕は『特別能力推攻課』にいられる。
神秘が僕を守ってくれているんだ。
だから忘れるわけにはいかない。手放すわけにはいかない!
今はただ単にオデットが自分の力だけでどうにかしているということにしておこう。それでも……それでも違ったら……。ううん。たとえ神秘のせいだとしても、人間の僕に勝てるはずがない。だから、僕ができることを、まっすぐに向かい合わなきゃ。
「すー……はー……」
心を落ち着かせて。
僕と剣を一つにして。
妙なことを考えるのはやめるんだ。
厳しくも、しっかりと僕を導いてくれた『先生』の教えに従って。
「桜を斬ることもできないけど」
一歩。
「優しさに手を振り払うこともできないけど」
また一歩。
「ヒーローみたいに恨みを持たないこともできないけど」
進んで。
僕の体は『刃物』と同じ。風を斬る。
「偽りだとしても、正義を心に残すことはできる」
面白そうだ、と笑うオデットの姿を僕は振り払う。強そうだなんて考えちゃ駄目だ。一太刀浴びせられれば、人間、あとは全て同じなんだ。
さぁ、唸れ、僕の剣!
僕の覚悟を乗せて鋭くなったこの剣で、見せつけてやれ!
「ああああっ!!」
横薙ぎ一閃。避けられる。
前に出した右足を軸に、今度はそのまま左足を前に出す。右にズレた腕の重心を無理やり左へと向かわせる。どう見ても無茶な戦いだが、僕のその『無茶』に驚き、オデットの反撃である銃弾はいつもと違って変な方向へと飛んでいった。
やれる!やれるよ!
前ヘラと戦ったときは何も強化していない剣だったけど、今は勇者や死神王の武器を整えている僕の知る限り最高の鍛冶屋に強化してもらったんだ。
未知なる鉱石。魔法の剣。かつ魔を断つ剣。世界に唯一の僕の最強の剣。
師匠曰く、魔法と精神は一体だ。精神が疲労している限り、魔法は真価を発揮しない。その代わり、どれだけ本人が弱くても、どれだけ魔法が弱くても『想いの強さ』で魔法はどんな衝撃よりも強い力を生み出すと言われているらしい。
なるほど、と僕はその時納得した。
ヘラが最弱の悪魔と聞いたときは驚いた。だってあんなに強いのに、なぜ最弱なんだって。なるほど、ムジナくんを護る……という彼の人生の礎となるだろう目的があるからあんなに強いんだ。
僕にはかつて『ヘラを倒す』という強い目標があった。ただ、それは目標であって本当に実現するのかわからないし、結果負けた。……それでも、僕はそのために頑張った。
けれど今はどうだ?惰性に生きているだけ。もちろん『先生』を見つけるっていう大きな目標もあるし、警察としての仕事を頑張るって目的もあるし、ヘラたちのサポートをするっていう目的もある。
しかし、どれも『ヘラを倒す』目標には遠く及ばない力の入れようだ。怒りを力にしてとかはよく聞くし、それは本当で怒りを力に剣を振り回した。スクーレさんにも迷惑をかけた。でも、そこまでする自信は今はない。それもあって、あのエデンの時の反応速度とかが出ないのだと思う。
けれど今は『先生』が教えてくれた方法がある。それで……なんとかなるはずだ。
いや、なんとかする!
「聞いていた情報とは違うけど……なかなか面白い人じゃないの」
「僕は日々成長するんです」
「退化しているようにも見えるけど」
「それは……」
「でも敵は手を抜いてくれない。まごまごしていると……死ぬわよ?」
バン!
カキィン!
僕の横を逸れて後ろの壁を抉る銃弾。扉から見ていたスーツ男たちは意外と近い場所への着弾に思わず声を上げていた。
「だからって部下にも危険な目に合わせていいって言うんですか!」
「あれは自分から考えたものだろう?死んだらそれは自業自得。自分で選んだ道よ」
「……っ」
警察として、情報源は残しておきたい。ここでオデットに証拠を減らされると僕たち警察が困る。ここはなんとしても早く終わらせないと……。
「……アンタの過去だけど」
「なんですか」
「随分ヤンチャしてたみたいじゃない」
「それが何だって言うんですか」
「それでも『こちら側』を選ばなかったなんて、随分と警察官のことに憧れを持っていたのね」
「僕はどんな過去でも警察を選んだはずです」
「いや。アンタはどうあがいても『復讐者』として動いた。人間でも。人間じゃなくても……ね?」
その言葉に僕はひどく驚いた。
人間じゃなくても?人間以外の……つまり神秘を信じているということ?
「どうしてそんなことを言うんですか」
「……一つ秘密を教えてあげる。アンタ……ここに来て、疑問に思ったことはない?」
「全てが疑問です」
「あら…………そう……」
「それで、何の話ですか」
「……。なぜアタシたちがAliceについて知っていると思う?」
「え?そりゃあ……仕事の利益の戦い……とか」
「違うわね」
即答だった。
「じゃあ……Aliceに秘密をバラされた、とか」
「違うわ」
また即答だった。
「ゔ……。なら……えっと……Aliceと何らかの因縁があるから……」
「50点ね」
「も、もう!何なんですかっ!!」
「……このシルバースワンは、ほぼ全員Aliceから逃げてきた人たちなのよ」
「……え?」
どういうこと……?
「『Alice』は神秘を求めすぎたオカルト教団。そこに嫌気が差して抜け出した人たちで作ったのが『シルバースワン』なのよ」
「で、ですが、Aliceがわざわざシルバースワンと戦う理由なんてっ」
「秘匿したがるAliceだからね。情報を流す恐れがあるアタシたちを消そうとしているのよ」
「そんな……間違ってます!抜けたからって、殺す必要なんて……」
「黒池皇希」
「は、はいっ」
改めて名前を呼ばれ、背筋が伸びる。
「アンタ……Aliceに狙われるかもよ。特に『特別能力推攻課』だなんて、Aliceの格好のエサ……。気をつけたほうがいいわ」
「忠告はありがたいですが……僕はAliceが襲ってきても、きっと、追い返します」
「そう。ならいいわ」
このまま話し合いに持ち込めば、もしかすると……。
「……オデット……さん。オデットさんはどうして僕の心配をしてくださったのですか?」
「アンタを見極めるためだよ」
「僕を……見極める?」
「そう。『あの人』にアンタの力量を報告して、頃合いを見るのさ」
「……ということは、まだ準備段階ってことですか」
「ここでアンタを殺せばアタシの頼まれ事はなくなるんだけど、ね!」
バン!
再び銃声が聞こえた。不意打ちとは卑怯な、と思うのと同時に話し合いで解決することはできないと悟った。
「はあっ!そこだっ」
銃と剣でボロボロになっていく部屋。スーツの男たちによるとオデットは自分のものに傷を付けられるのを嫌うと言っていたが、このまま続けていくと僕はオデットの怒りを受けることになる……!?
「……うあっ!」
手元を狙われ、衝撃で剣が手から離れる。手がジンジンと痛むなか、オデットはリロードをしながら僕に近づいてきた。
オデットの銃は普通の拳銃だ。だが、強さといい速さや重さはマグナムと引けを取らない。オデットの見た目はどう見ても日本人ではないが、海外でもこんな違法とも取られる銃はそうそう出回っていないはずだ。さすが銃の密輸組織。そりゃあ使ってくるものも一筋縄ではいかないものだ。
「この銃は特別製でね。使いやすさはさておき、対Alice用にこしらえたものなのさ」
「……それを調べれば、シルバースワンとAliceの抗争跡に残されていた銃創と一致する、というわけですか」
「するだろうね。あー、そこまで追いついていたのにアタシたちを見つけられなかったんだ?やっぱりAliceが証拠隠滅していたってこと……。アタシたちを殺すのは自分たちだ、警察なんかには渡さないって?気持ち悪い連中だこと」
軽い言い方だが、オーラは殺気に溢れている。僕は落とした剣を拾いたいが、目を離した瞬間に撃たれて死にそうだ。
「さぁ……戦いは終わりだ。その長い髪を血塗れにしてやる」
「うぐ……」
リロードが終わり、引き金に人差し指をかける。
剣のない僕はただのか弱い人間だ。
ごめんなさい、師匠……。
「殺らせるかよォ!!」
「えっ?」
瞬間、視界がピンク色に染まる。
柔らかい色。柔らかいにおい。
桜だ。
「なんだ、これは!」
一生懸命に『幻』を振り払おうとするオデット。だが、これが実在しないものと気づくのにそう時間はかからなかった。さすがAliceの元構成員……!
「こんなものッ!!」
バン!バン!バン!
3連発。さすがにこんなに撃っていれば、当たるもので……。
「ゔっ!!」
助けに来てくれた師匠の胸に赤色が広がる。それを見た僕の体はこわばり、震えが止まらなくなった。
え?え?
なんでこんなところに師匠が?下で戦っていたはずじゃ?
それより、この血をなんとかしなきゃ!
「師匠!師匠!」
「いいから……アイツを……なんとか、しろ……。ぐっ!」
「馬鹿だねぇ。そんな動きにくい服装で、しかも丸腰で飛び込んでくるなんて!」
あろうことか、オデットはもう一発師匠に向かって撃ち込んだ!
「あ゛ああああああっ!!!」
パアン!!
師匠が花びらとなって破裂する。
赤とピンクが混ざり合い、光となって消えていく。
僕は、もうすでに自我を失っていた。
「よくも……よくも師匠をッッッ!!!」
走りながら剣を拾う僕。オデットは驚きながらも笑いながら応戦した。
「許さない……許さないッ!!」
「それだからアンタは未熟なんだ!」
「ぐっ……それでも……!」
銃弾の衝撃で弾き飛ばされる剣。僕は剣に目もくれず、オデットの方へと一歩、また一歩と走る。
手を握る。力を込める。
「うああああああああっ!!!」
僕は、彼女の顔めがけて……拳を繰り出した!!
「!!!」
派手に吹っ飛ぶオデット。
僕は全身の力を拳に集中させていたので前に倒れる。
目の前には剣があったが、剣を持つ気にはなれなかった。これで勝負は決まったも同然だったから。
「……降参……降参よ。アンタ、やるじゃないの……」
ヨロヨロと立ち上がるオデット。その口は切れたのか、血が出ていた。
「……僕も手が痛いので。それに、女性には手を出したくありませんでした……」
僕は赤くなった手を見る。冬なので、さらに手が赤く見えた。
「急に殴ってくるからビックリしたじゃない。……いいわ、もう一つ教えてあげる」
オデットは窓の方を見てから僕の方を見た。
「まだ何か?」
「アタシに頼み事をした人。それはアンタが探している人物よ」
「え……?せ、『先生』が……ですか!?今どこに!?」
僕はオデットに詰め寄る。が、オデットは少し嫌な顔をして押し退けた。
「そこまではわからないわ。文面だけだったけど……あの筆跡はきっと『あの人』のものよ」
「その手紙は?」
「さぁね?アンタに見せないようにと言われたから」
「そんな……」
「ちょっと、本気で泣きそうな顔をしないでよ。アンタが『先生』と呼ぶくらいなら、それほど大切な人なのよね。頑張って探すことね。アタシも陰から応援してるから」
「……は?陰って……」
オデットはポケットからスイッチを取り出す。
「ちょちょちょ、待って!?」
「待たない」
押して数秒後。
振動が、僕の内臓を震わせた!!
「わ、わわわっ!?何をした!?」
「さようなら、『奇士刑事』。」




