彼の名は黒池皇希
日本国内某所にある警察署。そこには他の警察官と一風変わった人間がいた。
彼の名は黒池皇希。なんといっても銃刀法というものがあるにも関わらず持っているものが剣というとんでもない刑事だ。
「……はい、伺います。……はい」
警察署付近にある喫茶店でコーヒーを飲む男が一人。
彼は黒く長い髪を耳にかけて電話をしていた。一見女に見えるが、服を見れば一転、完全に男だ。
『黒池ちゃん、忙しそうだね』
電話の向こうから四十は越えているだろう男性の声が聞こえた。
「いつもそんな言い方しないでって言ってるじゃないですか。それに、忙しくさせてるのは先輩じゃないですか。先輩はいつもいつも部屋に籠もって何を……って、あっ!切られた……」
僕は深くため息をつき、切られた電話の液晶画面をタップする。表示された履歴には先程電話していた先輩の名前がズラリと並んでいた。僕はもう一度ため息をついた。
____これから客人と会う約束してるのに先輩ってば……。
僕は残っているコーヒーを一気飲みし、今度は電話帳ではなくスケジュール表を開く。編集の二文字をタップし、そこに『約束のあと先輩の用事』と書き込んだ。
しばらく経ち、店内の客もゾロゾロと帰っていく頃。どう見てもこの辺の人ではない人間が僕の席周辺にやってきた。誰だろう、もしかして例の客人?と思いながらその人を見ていると、目が合った。
目が合ったと思いきや次はズカズカとこっちにやってきた。
僕は思わず身構える。
「貴方、黒池?」
「は、はい」
「手紙、読む。さらば」
「???」
……呆気に取られているうちにどこかに行ってしまった。一体何なのだろうかと思い、彼がいたところを見ると机の上に白い紙が置いてあるのを見つけた。
僕はそれに手を伸ばし、四つ折りのそれを開こうとした……が、セメントでガチガチに固められたかのように少しも開くことができなかった。
「えっ、なにこれっ……開かない!」
周囲の目を気にせずしばらく奮闘したが、無駄に終わった。
それに力を入れすぎると破れる恐れがあるので、諦めてポケットにねじ込むことにした。
その後、どうやって開けるかを外を見ながら考えていると携帯電話からクラシック音楽が流れてきた。
完全に油断していたので、体がビクンと跳ねた。
僕は音楽を止めるために端末に手を伸ばすと、通知のために自動的に点灯した画面に『約束のあと先輩の用事』と書かれていた。
__________
荒い息づかいが聞こえる。
両手に抱えたバッグには大金が入っているようだ。
いわゆる強盗。
物を盗むという罪を犯すということ。
僕は曲がり角の影に隠れ、銀色に輝く剣を持ってスタンバイしていた。いくら警察でも剣は持たない。鉄の塊を振り回すことなんてしないからだ。
だが、僕は違う。
銃より剣の方が頼れるんだ。
僕は銃なんてものは使わない。剣も人を殺すようなことに使わない。守るために使うんだ。
「そこまでだ!大人しく署まで来てもらおうか!」
「げっ!?大人しくするかよ!」
僕が構えた剣に驚いたのかはさておき、犯人は反対側の角を曲がった。僕も彼のあとを追って駆け出した。
「斬られたいか?!」
「嫌だよ!お前、警察なのに何でそんな物持ってんだよ!」
彼は前を向いたまま走る。
「さぁ?罪人にはわからないことだからね」
「意味わかんねーよ!」
太陽が真上に出ているこの昼間っから大声を上げて走る人を見たことがあるだろうか?という皮肉を脳の片隅に置きながら件を片手に犯人を追いかける。そろそろ疲れてきた……。
「くそっ……体力無尽蔵ですか……そりゃあの引きこもり先輩の手に負えないですね……」
落胆しながら走っていると、交差点に出た。犯人は歩道橋を上っていく。当然僕も歩道橋を上る。
すると急ブレーキをかけたトラックが歩道橋の土台に突っ込んできた。
____歩道橋が大きく揺れる。
____犯人の体が歩道橋から投げ出される。
____僕は……。
それは、一瞬の事だった。
トラックは轟音を上げ、盛大にクラッシュした。
__________
「ん、んぅ……」
朦朧とする意識の中、僕は目を覚ました。
霞む視界の向こうで様々な人間たちが行ったり来たりしている。様々なサイレンだって聞こえる。
手や足を動かそうとすると、鋭い痛みが僕を襲った。
「おい!起きろ!刑事さんよぉ!」
誰かが僕の体を揺さぶっている。
痛いからいい加減にやめてほしい。
一喝しようと思ったが、声が出ない。しかも砂ぼこりのせいでむせてしまい、余計に痛みが悪化したと同時に「うぐっ」と呻き声が上がった。
「……あぁ、よかった……生きてた!」
赤く滲む視界の奥で、先程まで追いかけていた犯人がこちらを見て声をかけていたのだ。
そうだった。
あの時、トラックがぶつかって、グラついたときに歩道橋から投げ出された犯人を僕が助けに行ったんだ……。それでトラックの部品が足に落ちてきて……。
「なぁ、立てるか?」
「……」
____見てわからないのか。へしゃげたトラックの部品が足の上にあるんだぞ。
そんなことも伝えられないほど僕の体は限界ギリギリだった。
「オレ……オレ、刑事さんが助けてくれなかったら絶対死んでた……」
彼は涙目になりながら僕に話しかけている。
僕は彼が反省しているのだと踏み、口を開いた。
「……人間として……当然のことをしただけです。……君はちゃんと反省して、その当然のことができる人間に……なれますか?」
蚊の鳴くような声で言った言葉がちゃんと聞こえたのか、彼は大きく頷いた。
そして僕はまた、意識を手放した。
__________
目が覚めると、そこは病院の中だった。
見慣れた白い天井だ。
何か騒がしいと、ふと視線を右にそらす。そこには手錠をかけられ、腰に紐をつけられたあの時の犯人が警察と共に立っていた。
「刑事さん!」
「こら、私語は慎め」
「す、すいません……」
彼は頭に包帯を巻いていた。
頭を少し打っただけで、他は軽傷だったらしい。……代わりに僕がボロボロだけど。
「黒池ちゃんは無茶しすぎだよ~」
「先輩……」
犯人の後ろから引きこもり先輩がひょこっと現れた。元はといえばこの人のせいなのに……。
「なんかね、この子、どうしても黒池ちゃんに会いたいって言うから、目覚めるまでここにいてもいいって特別に許可が出たんだよ」
「そうだったんですか……」
「あ、あの……刑事さん……」
警察官に睨まれながら犯人は恐る恐る手を上げた。その手には星のストラップが握られていた。
「これ、あげます」
彼は先輩を介して僕にストラップをくれた。早くよくなるように、という意味なのだろうか。
そのストラップには紙が結んであり、彼はそれを読むように促した。
____刑事さんの言う通り、ちゃんと罪を償って、人として当然のことができる人間になれるように頑張ります!
「……えへへ」
「ふふ、頑張りなさい」
「……黒池ちゃん、そろそろいいかな?」
完全に二人の世界に入ったところで先輩が割り込んだ。
「あ……」
そうだ。この子は犯罪者。最初は目覚めるまで許可されていたのに、こんな時間までいるんだ。……そろそろ別れの時が来るんだ。
「刑事さん、この事、絶対に忘れないから!」
「僕も……忘れないよ」
忘れない。その言葉を最後に、彼は連行されていった。
__________
翌日、先輩が新聞を持って病室に入ってきた。
「お、やっぱ若いのは回復が早いねぇ」
「先輩だってそんなに変わらないじゃないですか」
先輩は丸椅子に座り、手に持っている新聞を広げ、一部を朗読し始めた。
「『昨日、○○区の交差点にて事故が発生しました。負傷二名、重症一名です。強盗犯を追いかけていた刑事が犯人を救い、代わりに大ケガをしたもよう。犯人は逮捕され、トラック運転手、刑事は病院へと運ばれました。』……だってよ」
「トラックの人は器物損壊で逮捕されるでしょうね……」
「あと飲酒もな」
「飲酒、してたんですか」
僕が苦笑いすると、先輩は新聞を鞄に入れ、どこかに行ってしまった。大方お手洗いだろう。僕はベッドの横にある机の上にあった僕の鞄を開き、あの喫茶店で貰った四つ折りの紙をもう一度開こうとした。
……が、案の定開くことはなかった。諦めて鞄に戻そうとしたとき、異変に気がついた。
あの紙に「3」という数字が浮かんでいた。驚きのあまり、紙が手から滑り落ち、床に落ちた。秘密と言われているのに他人に、最悪、先輩に見つかってはいけないと思ったので、慌てて床に手を伸ばした瞬間、足に強烈な痛みが走り、思わず変な声が出た。
「大丈夫ですか?!」
遠くの方からバタバタという音と共に声がした。きっと主治医だろう。ずっと眠っていたため、名前も声も姿形もわからないので、「多分」としか言いようがないのだ。
ガラガラ……バン!と荒々しい音を立てて開くスライド式のドア。その向こうにいたのはポニーテールの若い女性だった。
「黒池さん、大丈夫ですか?!」
「あぁ……大丈夫……です……」
あからさまに目を逸らして返事をする僕を不審そうに見つめたあと、「体調はどうですか?」などと色々聞いてきた。
よく考えてみれば、あの紙は開くことはないようなので、取ってもらうという選択肢が浮かんできた。
僕は主治医に「下の紙を取ってもらえませんか?」と言った。
そして彼女はベッドの下を見てこう言った。
「下ですか?……何も無いですけど……」
……僕はあの紙の事がますますわからなくなった。
どうも、初めての人ははじめまして、怪奇討伐部から見てくださってる人は、こちらでははじめまして、グラニュー糖*です!
この話、実は二年前に書いたものです。えぇ、放置してましたとも!今回はpixivではなく、こちらが先ですよ!やったね!だって表紙とか無いでしょ、こっt____(殴)
もう表紙はできているので出せますけどね!
もうちょっとオシャレにしたかったなー。
では、また!