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ファンタズムワールド  作者: ハルト
1/1

兄弟

「ちょっ!? 待て! 頼むから待ってくれ!」


 木々が生い茂る広大な自然、その一角にてそんな叫び声が響き渡る。


 少年の目の前には蜘蛛の巣に絡まった虎、そしてその背後には虎視眈々と狙っていたのであろう、地面が溶ける程の猛毒を垂らす巨大な蜘蛛がいる。


「これはやばいって!」


 そして先程から叫び声を上げる生物。声音から明らかに人間のようなのだが人間はおらず、そこには虎がいるのみ。


 つまり答えは一つ、この虎こそが先程から助けを呼んでいた人物であった。


「謝るから! マジで!」


 だが少年は助けない。

 そもそも少年こそがこの虎を巨大蜘蛛の元へ誘導した張本人。最初から蜘蛛の餌にするつもりな訳で、助ける義理もなければそれをする意味もない。


 だからこそ少年は告げた。


「だって君、そう言ってる割に反省してないでしょ? 君みたいな人にいられると迷惑なんだよね」


 興味を失った、とばかりに少年は虎に背を向け、喚く虎の言葉に一切耳を貸すことなく、四足歩行(・・・・)で歩みを進めた。


 背後で聞こえる悲鳴。

 断末魔とも言うべきそれに対し、少年、星野雫はつまらなそうな表情で言う。


「もう少し手応えがあるかと思ったんだけど……」


 相手の虎はそれなりの実力を持っていた。だがそれでも雫からすれば失望の一言、【道化師】の二つ名を持つ雫には届かない。


 弱肉強食。それが自然界、そしてこのファンタズムワールドにおけるルールである。


 





 ファンタズムワールド、それはプレイヤー同士が動物となって闘うというコンセプトの元開発されたゲームであり、近年発売されたVR MMOの中で最も人気の高いゲームである。


 人気の理由としては、主に選択出来る動物の種類の多さ、その上で様々な部分をカスタマイズ出来る事により、他のプレイヤーとは違うオリジナリティに富んだキャラクターを作成出来るという部分が挙げられるが、他にもフィールドには簡単にプレイヤーを殺し得るようなギミックが至る所に存在している為、単純に肉弾戦を繰り広げるのみでは勝てない、そういった部分なども好まれていて、事実このファンタズムワールドの謳い文句の一つには、『チェスや将棋のように知恵を使い相手をとことん追い詰めていく、その奥深さが堪らない』という言葉がある。


「……取り敢えず今日は終了かな」


 こういった理由から人気のゲーム、ファンタズムワールド。そんなファンタズムワールドには運営がゲームの成績を見て判断、決定した順位がある。


 首筋に嵌めているセルヴォコネクターを外し、ベッドに寝転ぶ雫。その容姿や雰囲気から闘争を好むような気配は感じられないが、これでもトップ陣になれば戦闘狂と馬鹿しかいないと言われるファンタズムワールドにおいて、ランキング二十五位の実力を誇るプレイヤーなのだ。


 道化を演じ、敵を嵌め、あらゆる手段を持って敵を倒す。そのやり口から卑怯者と叫ばれる事もしばしばではあるが、それ故に雫の勝率は高い。

 だからこその二つ名と順位という訳である。


「ーー兄貴」


 そんな雫に対し声を掛けてくるのは雫の弟、星野優希。雫に対し、どこか呆れた様子で見てくるのは恐らく観戦の機能を利用して、先程のゲームを観戦していからだろう。


「どうしたの?」


 何を言われるのかは大方予想できていたが、取り敢えず尋ねてみる雫。


「……性格変わり過ぎなんだっつの、マジで」

「そうかな?」

「煽るわ貶すわ陥れるわ、普段の優等生姿はどこいってんだよ」


 優等生も優等生。

 成績優秀で品行方正、生徒会長をしているだけに教師からの信頼も厚い、正に生徒の鏡とも言うべき人物、それが本来の雫である。

 ただしファンタズムワールドにいる時の雫はその真逆にいると言っていい。


「……まああれが普段は真面目にしてる兄貴にとっちゃストレス発散の方法なのかもしれないけどよ」

「うーん、そうではないんだけど……なんだろうね? 勝つ為にっていうのが一番なんだけど、単純にあのゲームだと、常にハリネズミ姿だし、周囲から僕だって事が分からないから気持ちが大きくなってるのかもしれないね」


 顔が見えないからこそ気持ちが大きくなってしまう、そんなところだと雫は自身の変貌ぶりを判断していた。

 

「……そもそも兄貴はなんでハリネズミを選んだんだよ。もうちょい戦い易いのもあったんじゃねえの?」

「戦い易さだけで言えば確かに色々あったよ? でも僕は昔からハリネズミが好きだしね」

「……そういや昔から飼いたいっつってたか。まあうちはペット禁止だから飼えなかったけどよ」

「うん、そういうのがあってのハリネズミかな。それに単純に肉弾戦で勝てそうな動物を選ぶよりかは、あまり特徴を持たないハリネズミでどうやって勝つか、それを考えてプレイする方が楽しいしね」


 勿論雫とて肉弾戦をベースに戦う楽しさも分からないでも無いのだが、頭脳戦を得意とする雫としてはこちらの方が合っている。

 そんな雫に対し、優希はため息を吐いた。


「……ほんと俺とは真逆だよな、兄貴って」

「兄弟でそれぞれ秀でるものが違うのは良くある事だと思うけどね。実際優希もサッカーで全国大会に出場してるじゃないか、それは僕には無いものだしね」


 雫がそう言うと、優希は顔をしかめる。


(何かまずい事を言ったかな?)


 優希に対しそう思う雫ではあるが、雫としては単純に事実を言っただけであり、顔をしかめる理由は思い浮かばない。

 

「……まあいいや。取り敢えず兄貴はどうすんだ?」


 話を変えてくる優希。その様子から深く突っ込まない方が良いと感じた雫は、取り敢えずそれについて考えるのをやめて、質問に答えた。


「どうするっていうと、今度の世界大会の予選の事でいいんだよね?」

「ああ、俺はクラスの連中と出るつもりではいるんだけど、兄貴はどうすんのかと思ってさ。……ぶっちゃけ兄貴ってゲーム内に知り合いいなそうだし」


 確かにその通りである。

 非常に悪目立ちしている雫はゲーム内に友人がいない。それなら優希のように友人と参加するのが無難なのかもしれないが、中途半端に付かず離れずな交友関係を結んでいて、辛うじて友人と呼べる程度の人間が数人しかいない雫には難しい話であった。


(……全員が敵の個人戦ならまだ良かったんだけどね)


 残念ながら今回開催されるのはチーム戦。予選は広大なフィールドに十チーム、計百人が放たれしのぎを削る事になる。

 一応雫のような人間に対する救済処置として、十人に足りずとも何人かで登録、同じように人数が不足している人とランダムで組むという事は可能なのだが、即席チームの場合は時間を掛けずにチームメンバーとある程度コミュニケーションを取って、なんとか連携を取れるようにしていく必要がある。


「……出ないかもね。優希の言う通り、確かに僕にゲーム内でチームを組める知り合いはいないし、ランダムで組むとなると相手に迷惑が掛かる可能性もあるから」

「あー、兄貴めっちゃ敵が多いしな」

「だから世界大会に出るとしたら、余程の物好きがいた場合かな」


 こんな雫を誘って、その上でチーム全員が受け入れてくれるような、そんな状況が無ければ雫が世界大会へ出る事はない。


 そんな雫の言葉を聞いた優希は、少し残念そうな表情で言った。


「……兄貴を大会で倒したかったんだけどな」

「それはいずれ開催される個人戦でってところかな」


 そこでも戦えるかは不明だが、現状ではそちらに期待する他ないだろう。


「まあ取り敢えず分かった。兄貴はこの後どうすんだ? まだ続けんのか?」

「いや、今日はこれで終わるつもりだよ。晩御飯もそうだけど、他にもやる事はあるし、後は勉強もやらなきゃだしね」

「……手間になるようなら、俺は別にコンビニ弁当とかでも構わないんだけど」

「それは駄目だよ。節約をするのは勿論だけど、優希はサッカーをやってるんだから、栄養を考えた食事にしないと」


 星野家に親はいない。

 三年程前に事故で亡くなったのだが、それからは兄弟二人だけで生きて来た。

 父親も母親もワーカーホリックだった為、当分暮らしに困らない程のお金が残されていたのが幸いして、特に問題は起きていなかったが、そういった境遇故に家事を雫に任せきりになっている事を優希は気に病んでいるらしい。

 

 確かに雫とて部活をやりたいと思わなかったと言えば嘘になる。しかし雫は兄だ、頑張っている弟の為に何かしてあげたいと思うのも当然で、その一環として家事、特に料理に力を入れていた。

 今では趣味の一つとなっている為、気に病む必要はないと雫は何度も言っているのだが、この調子である。


「まあ気になるっていうなら、今度のサッカーの大会で優勝してくれると、僕も頑張り甲斐があるかな」


 雫が冗談混じりな口調でそう告げると、優希は頭を掻きながら、困ったように言葉を返した。


「……ほんと敵わねえな、兄貴には」


 似ていない兄弟、そんな風に評される事が多い二人ではあるが、今の様子を見て分かる通りその仲は良好である。


「これでも僕は兄貴だからね」


 雫はそう言って優希に笑い掛けたのだった。

 

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