[5]:最後の人(終)
自分がすべきことを、考えていた。僕は、僕や両親の死に関して、彼女に非はないと本気で思っている。元々、責任の所在などどうでもいいのだ。僕が願っているのは昔から、今日を生き抜く活力だけ。1つだけ付け加えるとするなら、それは彼女の笑顔なのである。
僕は夜の町を走りながら彼女を探していた。探していた、という表現は正確ではなくて、彼女の向かった先はなんとなく感じられていた。
彼女は公園のベンチに佇んでいた。僕はそれにゆっくりと歩み寄る。顔を見ると、彼女はあの時のように、涙をボロボロと流して泣いていた。
今こそこの言葉をかける時だ、と思った瞬間、彼女の方が口を開いた。
「待って…!私が先に言うから…。」
彼女はすくっと立ち上がり、服の袖で涙を拭って、赤く腫れてそれでも真っ直ぐな目で僕を見た。
「私は決めた。私は、全ての人間が、これまでに死んだ人に会える世界を作る。死んでしまった人同士だって会える世界を。そうして、あなたをあなたの家族と再会させてみせる。方法はまだわからないけど、どれだけ時間がかかっても必ず成し遂げる。」
「あなたの体も、きっと取り戻すから。だから…絶望しないで。私は、あなたにだけは笑っていて欲しい。私にはこんなこと言う資格無いかもしれないけど、本気でそう思ってる。」
そうして、そんな壮大な目標を口にした。彼女はそこまで自分でどうにかしてしまおうと考えていたのか。あまりに愚直で、強欲で、尊くて、涙が出そうになる。ああ、これがあれば、僕はきっと無限の時間でも生きていける。そう思った。
「工藤さん、ありがとうございます。でも、僕の体はもう良いんです。」
彼女は、そんなわけあるかと言いたそうな目でこちらを睨んでいる。僕には、彼女が悩んだ末出した結論を踏みにじるつもりはない。
「それよりも、僕にはこの体が必要になったんです。僕の考えていたことを言わせて下さい。」
彼女の顔が疑問の表情へと変わった。
今度は僕が彼女を視据えて、こう告げた。
「僕とずっと一緒にいて欲しい。何百年、何千年でも。この体ならそれができるはずです。」
彼女の顔が一面赤くなったのに釣られて、僕も自分のセリフが恥ずかしくなってきた。格好つけて余計な言葉を加えてしまった気がする。
「…ずるいよ。そんなこと言われたら断れないじゃない。」
彼女は拭ったそばから溢れてくる涙にあたふたしていた。
「皆が再会できる世界、良いじゃないですか。でも、1人でやろうなんて考えないで下さい。僕と一緒に、のんびり成し遂げましょうよ。なんせ、時間はいくらでもありますから!」
ここまで来て恥ずかしがっている場合か、と思い切って、僕は彼女に向かって手を差し出した。
彼女はその手を取ってくれた。手と手が重なった時、僕は確かにそこに暖かいものを感じた。そうか、これが、心が交わるということだったのだ。
僕は大学で脳科学を学ぶため、入試勉強をしていた。留学生枠での入試に文書の改竄と不安は絶えないが、傍にいる彼女のおかげで前向きな努力を続けられている。
「僕たちの夢が実現したら、工藤さんも昔の人に会えますよね。」
彼女の目が爛々と輝いた。そうだろう、彼女の長年の夢が叶うのだから、嬉しいはずである。そのために頑張っているようなものなのだから、存分に喜んで欲しい。
「晴明様にも会えるかな?」
「はるあき…?」
今、様と言ったか。どのような爛れた関係を築いていたのか気になるが、直接聞くのも気がひける。というか、他の男の名前をそう嬉しそうに出されると、少し悔しい。自分で話を振ったのが悪かったのだが。
「…そういえば、工藤さんの本当の名前ってまだ聞いてなかったと思うんですけど、教えてくれませんか。」
「本当の名前と言われると迷うんだけど…。1つ前は矢加部、その前は松村、その前は…」
そうだった。この人は、9人もの男を千切っては投げてきた(と言うと語弊があるかもしれない)のであった。最初聞いた時はそんなものかと思ったが、今考えると、配偶者としては異例の数であろう。1人1人が、彼女に「この人と添い遂げたい」と思わせるほどの男だったのである。
今はライバルが居ないから彼女は僕の側に居てくれているが、いざそのような男たちが幽霊として彼女の前に蘇った時、果たしてそれらになびかないという保証があるだろうか。僕は彼女と永遠を過ごすと決めたのだ。ただの“10番目の男”と化すのは御免蒙る。
ああ、僕は果たして、彼女にとっての最後の人に成れるだろうか。
終わりました。
最初からこのオチを書きたくて続けてました。なんだか面白くない気が今更してきましたが、終わったものは終わったので良しとします。
最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。