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最後の人  作者: しらこ
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[1]:少女との出会い

もし霊魂というものがあるのなら、人の体が朽ちた後それはどこへ向かうのだろう。

この世に残って浮遊霊になるとすれば、人類の歴史の長さからして夥しい数の霊がそこらをうろついていることになる。心霊現象が日常的に発生するどころか、幽霊同士もお互いにパーソナルスペースを侵害されて上手くやっていけるはずがない。

みんな死後の世界に行くとしても、あの世にだって抱えられる人口に限界があるだろう。いずれは都市機能が崩壊し…



「じゃあ安倍、次読んで。」

下らない妄想は、国語教師のよく通る声で遮られた。安倍はこのクラスに1人しかいない。僕は膝の裏で椅子を押しながら立ち上がった。

次を読んでと言われたな。さっきまで開いてもいなかった教科書をとりあえずパラパラとめくってみる。教師が呆れて次の人を当てるのが狙いだったのだが、名前も知らない隣の人が読むところを指差してくれたので、エッセイの途中10行ほどを適当に読んで席に着いた。さっきの続きをしようと思ったら、何を考えていたのか忘れてしまっていた。

人生を無駄にしている、と思った。授業が頭に入らなければ、妄想も実を結ばない。この時間も確かに誰がどう見ても無駄なのだが、何より問題なのは、人生がつまらないことだ。同じ年代の多くの若者がきっとそうであるように、漠然とつまらない。大きな出会いも喜びもない、そんなつまらない人生を作っているのが無気力な自分自身だという事実も、余計につまらない。

つまらない、つまらない、と心の中で繰り返しながら、今日も寿命を消費する。授業終わりのチャイムが鳴った。



気がつくと、下校途中の道にいた。「校舎を去る」という行為に特別な感慨を抱く人には信じられないだろうが、そうでない僕には珍しくないことである。

都会というほど高いビルもなく、田舎というには自然が全くないこの辺りは全く歩き甲斐がない。歩き甲斐は無いが、ただ歩くのも癪なので、時々家までの総歩行距離が長くなりすぎない程度に道を変える。事態を好転させるためには積極的な行動が必要である、とすれば、この散歩はつまらない人生へ僕が捧げる唯一の抵抗である。しかし、ここまでの散歩で得たものといえば、犬のフンを片付けない飼い主はどこにでもいるという知識だけ。小さな行動が小さな変化しか生まないというのは無理もないことだ。昨日まではそうだった。

僕は路地を歩いていた。不良が居そうというイメージから今まで避けてきた道だが、勇気を出して入ってみれば、たむろしているのはカラスだけだった。

どうしてこの道を通ろうとしたのか。根拠はないが、今日のこの道では何かが起こる予感がした。人生を変えるような何かの気配に惹かれて、それへの興味が恐怖を上回ったのである。こんなことは初めてだったので、とにかくこの気持ちを信じてやろうと思ったのだ。

歩みを進めるとカラスの群に近づいていくのだが、もういきなり飛びかかれば1匹は捕まえられるくらいの距離だというのに、彼らは一向に飛び立とうとしない。道を譲るつもりは全くないらしい。何とふてぶてしい鳥だろう。よく見ると、「通行料として食料を要求する」と主張しているように見えなくもない悪い顔である。残念ながら持ち合わせが無いため、できるだけ刺激しないようゆっくりと、念のため両目を腕でガードできるよう構えてから通り過ぎることにする。(カラスは目を狙うと聞いたことがある。)

よく見ると、カラスの居るあたりだけ、壁や地面が何かの染みがついたような妙な色をしているのが気になる。僕がそろりと足を踏み出した瞬間、群が破裂音と共に一斉に飛び立った。ただの羽音も集まるとこんな音量になるのか。突然のことに腰が引け、体が後ろに倒れそうになる。その時、頭上から何か黒い物体がこちらに近づいてくるのが見えた。なるほどカラスはこれを見て…と考える暇もなく、それはすぐに視界を覆いつくして——ゴシャッ、という、スイカ割りが半端に成功してしまった時のような嫌な音と共に、意識が途切れた。



********************



「どうして、このようなことをしたのですか。」

女が、布団で仰向けに伏す老人に訴えかけている。怒りとも悲しみともとれる震えた声だ。老人は頰のこけた顔を傾けて女性の目を見ているが、返答はない。

「私はあなたと一緒に逝くことができれば幸せだと…」

顔は下を向き、目頭から涙が滴り落ちている。老人がおもむろに口を開く。

「そういうわけにはいかないのだ。わかってくれ。」

「わかりません。——様。あなたの言っていることが私にはわからないのです。どうか、私を…」

「お前を、—————。」

女は言葉を失い、ただ溢れる涙を拭いながら、枕元で老人を見つめていた。



********************



硬い地面の感触、嫌な気分で目が覚めた。夢を見ていた気がする。何が起こったんだったか。今日は初めて路地を歩いてみて、不良に食べ物をたかられて…?続きが思い出せない。

思い出せないものはしょうがないので一旦置いておいて、周囲の状況を確認する。今、自分は仰向けに倒れている。ここはさっきの路地だ。路地を歩いていて突然倒れるのは考えにくいので、やはり先ほどの不良の怒りを買って暴行を受け、情けなく気絶してしまったというのが妥当だろう。

自分の身に起きたことに納得してとりあえず立ち上がろうとすると、ベチャ、と手に妙な感覚がこびりついた。すぐに手のひらを確認する。

「うわ」

皮が全部剥けたみたいに真っ赤に染まっていた。どういうことか、手の平にべったりと血が付いているのだ。慌てて周囲を見渡すと、そこは血の海だった。

僕は以前からこの言葉に対して「海」とは大げさな表現だろう、せいぜい水たまりが良いところだ、と思っていたが、血の中に浸かっている当人の目線だと、確かに海に相当するスケール感がある。いや、琵琶湖くらいかもしれない。ともかく、これだけの血を失ったなら僕の命はそう長くないだろうと思える。最近の不良は手加減を知らないから気をつけろ、というのを来世のための教訓にしよう。

「いや、どこも痛くないな」

予想に反して体はピンピンしていた。自分の体をよく見てみると、服が膝やその周囲で破けている以外に目立った外傷はない。すると、当然新たな疑問が生じてくる。ではこの血は、そしてよく見るとその中にちらほらと浮いている半固形物は、誰のものだろう。

答えはすぐ側に寝そべっていた。自分が倒れていた場所の隣、靴の裏をこちらに向け、海の真ん中にうつ伏せに倒れた男が1人。同じ高校の制服を着ている。嫌なことに、ピクリとも動かない。本当ならすぐに安否を確認すべき場面だが、この状況だと安否確認がイコール死亡確認に思えてしまって気が引ける。しかし、時間が経つだけ状況は悪くなる。やるしかない。

「大丈夫ですか…?」

どう見ても大丈夫なわけがないので、「生きてますか」と聞いた方が良かったかもしれない。返事はない。仕方なく男の頭側に回り込む。

「…?」

顔がよく見えないので、更に近づいて意識の有無を確認しようとする。判別がついた瞬間、僕は自分の行いを後悔した。

「うっ………!?」

その男の顔は見えないのではなく、顔の形を留めない程に陥没していたのだ。思わず胃液が喉まで込み上げた。



結局、怖くなってあの場から逃げ出してしまった。しばらく歩いて公園のベンチに座り、少し落ち着いてから、あの男ではなく自分について気づいたことが3つある。ひとつ、全身血まみれのまま歩いてしまったこと。服が体に張り付いて気持ちが悪い。それに、近所の人に見られてしまったかもしれない。気が動転していた故の失敗だ。ひとつ、着ている服が自分のものではないこと。なぜか女物の服だ。白いチュニックにスキニーパンツ。(もっとも、既に赤いチュニックとダメージスキニーになってしまっているが。)靴は履いていない。気がつくタイミングがもっと前にあったようにも思えるが、気が動転していた故仕方ない。そして最後のひとつ、女になっていること。

女になっている。こればかりは今も気が動転していると考える方が自然だ。しかし、不安になるほど細い手足や、大きくはないが確かにある胸の膨らみが、この体が女のものである事実をどうしようもなく支持している。髪だって、首の周りを一周させて余るくらい伸びていた。

路地を立ち去ってから2時間ほど経って、辺りは暗くなり始めていた。あの場所に残って救急車を呼んでいれば彼は助かったかもしれない…などという後悔が頭をよぎらないほど明確に死んでいてくれて、正直助かった。恐らく第一発見者なのに遺体を放置して逃げたのにも罪悪感はあるが、自分が人の死に加担していないというだけでも少し安心する。

あの凄惨な現場に僕はどうやって居合わせ、そしてどういう経緯で女になってしまったのだろうか。混乱した今の頭ではどれだけ考えても分かりそうにはない。とにかく家に帰ってみよう。家族なら姿は変わっても僕を分かってくれるだろう。あれが殺人事件としてニュースになっていれば、帰りが遅いことを心配されているはずだ。経緯やこれからのことは後でゆっくり、シャワーを浴びてからでも考えよう。



帰り道を歩きながら、顔の潰れた高校生を思い出す。自分と同じ年頃の人の死というものには、威力がある。彼にも僕のと同年代の両親がいて、未来ある息子の死を悲しむはずだと想像できるから。自分が前途多望な人間かと訊かれると返答に困るが、きっと悲しんでもらえることには違いない。そう思うと、家へと向かう足が少し速くなった。

「おーーーーい!!」

突然、とてつもない音量の叫び声が背後から聞こえた。前には誰も居ないから、きっと自分のことを呼んでいるのだろう。しかも音源が結構近かった。恐る恐る振り返ると、ほんの1m後ろくらいの所に女の子が立っていた。

「はあ、はあ…、やっと気づいてもらえた…。」

もしかして何回も叫んでいたのか。全く気がつかなかった。どうも考え事をしていると人の声が聞こえなくなってしまうらしい。悪いことをしてしまった。

見てみると、奇遇にも目の前の少女はこちらの少女と似たようなファッションセンスをしている。白いチュニックとスキニーパンツ。あちらのものはちゃんと白いし破けてもいない。

それにしても可憐な少女だ、と思った。同い年もしくはやや年下くらいか。肩甲骨を覆ってしまうくらいの長い黒髪、華奢な手足、猫のような大きいつり目。胸が大きすぎないのも良い。全身からどことなく儚い雰囲気を漂わせている。服以外はいかにも理想的な日本人女性といった風情で、椿の花など添えたくなる。ただ、少し悲しい顔をしているのが気になった。

「あの。聞こえてる…?もしかして、また…」

どうやら僕は、外見に気を取られすぎて話を聞きそびれていたらしい。彼女が微妙な顔になるのも無理はない。話しかけられた状況からして重要な話であることが伺えるため、今度はしっかりと耳を傾ける。

「その…まずは、ごめんなさい。私にも何が起きたか正確にはわからないけど、私の身勝手な行動に巻き込んでしまったことは間違いないから。」

話が見えないが、本当に申し訳なさそうだというのが伝わってくる。「申し訳なさ」を脳に直接送り込まれている感じがする。不思議な声だ。

「あなたの様子を見たら混乱してるのは分かったけど、無理もないことだと思う。本当にごめんなさい。謝ってどうにかなることじゃないけれど、本当に。」

淡々として、それでいてズシリと重い感情が伝わる声。

「あの、何のことかわからないですけれど、僕はそんなに、その、気にしてないので、大丈夫だから!」

よく分からないままに、ちぐはぐな言葉で相手を弁護してしまった。僕は特に雰囲気に流されやすい性格をしているが、僕じゃなくてもそうしていただろうと思う。彼女の声にはそうさせる力があった。

「あと、混乱もしてないです。」

「…じゃあそんな服のまま堂々と歩いてたのは?」

あ、血まみれだったのを忘れていた。



言葉を交わすうち少女は何かを察したらしく、「鏡はないか」と言ってきた。手鏡の持ち合わせはないが、鏡がある所といえば、さっき後にした公園の公衆トイレが思い浮かぶ。なぜだか彼女の言葉の意味を問う気にはならず、素直に公園へととんぼ返りで歩いていく。

「え、そっちに…?」

公園についてトイレに入ろうとするなり、少女がそう尋ねてきた。確かに女1人と女の見た目をした男1人で男子便所に入るのはまずい。それに、僕の中身が男だとまだ説明していないじゃないか。少し躊躇したが、女子便所に入り直した。この時間なら誰も使ってないだろうから問題ない。…その理論なら男子便所でも問題は無かったような気もするが、この選択は少女のためでもある。

手洗い場の鏡を見ると、自分が居て然るべき位置に彼女が立っていた。いや、服は血に濡れているから、これは自分で合っているのか。ということは、…どういうことだ。

「ああ、そっちじゃなくて。そっちもだけど、私の方も鏡で見て欲しいの。」

少し立ち位置を横にずらして、鏡越しに彼女の方を見た。彼女が見当たらない。今見た位置を振りむいて確認してみると、彼女がいる。また鏡を見ると、居ない。つまり、…どういうことだ。

「見ての通り。私はついさっき死んだ人間、幽霊なの。でも今は、私の体にあなたが入っている。」

そんな、とんでもない言葉が聞こえた。さっきまでも——人の死体を見て、いつの間にか女になっていただけでも——自分は何かの物語の中に迷い込んでしまったのではないかと思っていたのに、今度は突然本のジャンルが変わったような気分だ。女体化ものだと思っていたら、男女入れ替わりものだった。確かに、自分の体が骨格から全部変化してしまうよりは、元々あった女の体に自分の中身だけ入ったと考える方が自然だろう。

そうではなくて。

もっと大事なのは、目の前の少女は生きた人間ではなかったということである。国語の授業中の妄想を思い出した。あの時遮られた結論は、「霊魂などあり得ないので真面目に考えるだけ無駄」である。人の魂なんてものは「もし存在したら」という仮定で楽しむもの、ファンタジーだと思ってきた。本気で信じるのは阿保のすることだ、とさえ。それが目の前に存在するならば、僕はそれを全身全霊をもって否定しなければならない。

しかし、そんな気も失せさせるような出来事が起こった。彼女は「少しじっとしていて」と言うような目で僕を見つめて——僕が全く動けなくなるまで見てから、そのまま片手を僕の目の前に差し出した。すぐに手が視界を覆い尽くした。にも関わらず、彼女の端整な顔がその向こうに見える。手はそのまま僕の顔をすり抜けて、目の後ろ側へ。氷を口に含んだような冷たい感覚が、頭の中を前から後ろへ移動した。しばし呆気にとられていたが、彼女の顔が接近しているのを見て正気に返った。まさか、

「私も最初は信じられなかったけど、そう考えるしかないと思った。」

彼女はさっきの目で僕を見据えてそう言った。確かにここまでされては信じるしかない。少女は自分が死んで幽霊になってしまったという状況を冷静に捉えているようだ。彼女はそれほどの——自覚してしまえるほどの“幽霊らしさ”を備えていた。物体をすり抜けるというのはまさにその特徴だ。体が透けるのは、彼女が光ではない別の媒体で視えているからか。不思議な声も、その類なのかもしれない。原理はさておき、この現象に幽霊と名付けないのは無粋であろう。それにしても、手がすり抜けた勢いで顔まで僕の頭にめり込ませてくるようなことが無くて良かった。

「他の人にも話しかけてみたけど、私はあなた以外に視えないみたい。」

それは難儀なことだ。

「あなたにだって、路地から公園まで付いて行って、やっと気がついてもらえた。」

そんな所から声をかけられていたのか、と驚いた。もしかすると、道の途中で急に視えるようになったのか?

彼女の目線からすれば、事故か何かで死んでしまい、目が覚めたら幽霊になっていて、誰にも存在を認識されず、しかも自分の死体が勝手に歩いて行ってしまったというところだろう。そんなことがあったら、この年頃の少女なら途方にくれて泣きながら座り込んでしまうと思う(僕も多分そうする)のだが、彼女は僕が気付くまで諦めずに呼びかけ続けた。意志の強い人なのだろう。

「大変だったんですね。」

つい彼女の頭を撫でたくなったが、それは流石に馴れ馴れしい。きっと彼女も嫌がるだろうと、思いとどまった。彼女は意外そうな顔をしている。

「あなたも大変な状況なのに、そんな、私に労いの言葉なんて。」

その言葉を聴いてはっとした。

「私が謝らないといけないのは…」

「ところで、僕の体はどこに?」

彼女の言葉を遮って、その大事な質問を口にする。さっきは聴き流してしまったが、彼女は路地から付いて来たと言った。ならばあそこで何が起きて、それから僕の体がどうなったのか知っている可能性が高い。僕が彼女の体に入っているならなおさらだ。

「謝らないといけないのはそのことで…。あなたは、もう死んでしまったの。」

また話がわからなくなった。死んだのは彼女ではなかったか。

「あの路地で、あなたと私は頭同士で衝突した。それがきっかけであなたと私の魂が入れ替わった。」

「その後、取り返しがつかないほど損傷したあなたの体は、そのまま死んでしまった。そして、私はあなたの中から追い出された。」

推理というには断定的な物言いで、少女はまた信じられないことを口にする。こうも衝撃的な事実を立て続けに知らされては、おちおち驚いてもいられない。では、あの顔が無い死体は、僕のものだということか。ヒョロい体とボサボサの髪は確かに僕のものだったような、言われてみるとそういう気がしてきた。あれは確かに僕だった。

僕は、死んだのか。心の中で復唱すると、一気に重く受け止められる。なんと薄っぺらい人生か。こんなことならばクラブ活動などに励めば良かった。彼女だってまだ一度も…と、自分が本当に願っていたのかも怪しいありきたりな後悔が押し寄せた。いや、待てよ。そういうことが出来なくなったのは僕じゃなくて、

「でもそれって、本当は僕が死ぬところをあなたが身代わりになったってことじゃないですか。」

そう。むしろ不運なのは彼女の方ではないか。魂という概念はまだよく分からないが、それが正常なら今幽霊になっているのは僕の方だ。なぜ彼女は僕に謝ろうとするのだろう。自分の体を無断で借用している僕に恨み言の1つや2つあってもいいはずだ。頭同士が衝突したという事故だって、きっと僕が考え事でもしながら歩いていたから…。

そこまで考えて、やっと彼女の話の違和感に気づく。頭があんなふうに凹むほどのスピードでぶつかるなんてことが、普通あり得るか。そして、そんな出来事が本当にあったとして、彼女の…この体が無傷で生き延びているのは何故なのか。

「私はあそこで飛び降り自殺をしていたの。何度も、何度も。そこに偶然あなたが通りかかって、落下してきた私と偶然衝突した。」

その言葉を聞いて、僕は事故の直前の記憶を取り戻した。そう、あそこにたむろしていたのは不良ではなくカラスの群れで。いやそこではなくて。あの時降ってきた黒い物体は、頭側から見た人だったのだ。あの場所には10階建てほどのビルがあった。なるほどあそこから飛び降りれば、人間の体が人の頭を粉砕するほどの兵器になれるのかもしれない。狭いビルの間を頭を下にして飛び降りる勇気(飛び降り自殺は足から着地することが多いらしい)とか、歩いていた僕とちょうど頭と頭でぶつかる確率がどれほどのものかとかは気になるが、この際それらは大した問題ではない。

「自殺なんて、何でしたんですか。それと、何度もって。」

どれほどの出来事があれば自殺などできるのだろう、と純粋に疑問に思った。僕はどれだけ無駄な人生を送っていても、それを終わらせようなんて思ったことは一度もない。自分の命を絶つということは、それほど重いことなのではないか。それを何度もなんて…そもそも命は1つなのだから原理的に無理だ。

「できれば私のことじゃなくて、あなたの身に起こったことについて話したいんだけど…これはどうせ伝えないといけないことだから、話しておくわ。私は不死身だったの。というより、不老不死。」

不老不死。必要なこととはいえ、新しい概念をそう簡単に増やすのはやめて欲しい。僕はマルチタスキングというものが苦手で、複数の物事に同時に対処しようとすると機能が停止しかけてしまうのだ。こう情報の密度が濃いと尚更である。

「だから、私が幽霊になっていた時は驚いた。『やっと死ねたんだ』って。…でも、あなたが私の代わりにその体になってしまったとすれば、私にはその責任を取る義務がある。」

「ちょっと待ってください、やっと死ねたなんて。」

「その身体のまま生きていたらいずれ分かる。けど、絶対にそうはさせない。どうにかしてあなたをその“呪われた体”から解放して、それから…。」

突然彼女の涙腺が決壊した。目頭から一筋涙が垂れたと思ったら、後に続いてボロボロと大粒の涙が溢れ出してくる。

「ど、どうしたんですか!?」

「それから、どうすればいいんだろう…。あなたの体はもう死んじゃってるし、その体から出たところでもう…。うぅ……私、あなたを殺しちゃった…。」

彼女が謝りたいと言ったことがようやくわかった。この少女は、偶然であっても僕の死因となってしまったことを、こんなにも思いつめていたのだ。冷静で毅然としていて…という最初のイメージからは少しズレたが、彼女の生真面目な側面が垣間見えた。しかしこう派手に泣かれると、さっきとは別の意味で庇いたくなってしまう。

「僕はこの体でも全然平気ですよ。実はちょっと女になってみたいと思ってたし、それにすごく美人だし。」

「それじゃだめだって言ってるじゃない…。」

少女はしばらく泣き続けた。

霊魂、入れ替わり、不老不死…まだ分からないことだらけだが、僕は少しだけこの状況を楽しみつつあった。それに、彼女のような真っ直ぐな人間となら、きっと協力してうまくやっていけるのではないかと思った。落ち着いたら、彼女が語らなかった自殺の理由についてもう一度聞いてみよう。

公園は既に暗く、街灯が灯る時刻になっていた。

初投稿です。

導入とラストは良いけど中身が全然思いつかないので、とりあえず前編として置いておきます。多分3部くらいで終わると思います。

恋愛ジャンルになってるのを疑問に思われるでしょうが、予定ではここから恋愛になるつもりです。多分。ならなかったらごめんなさい。

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