グロリオサ・テール、或いは悪役令嬢
グロリオサ視点の話です。
皆様、御機嫌よう。
私の名前はグロリオサ・テール。
テール侯爵家令嬢であり、この国の第二王子であらせられるエディ様の婚約者でございます。
実は私、転生者ですの。
いきなりこう言えば、可笑しな人間だと思われそうですが、事実なのです。
前世の私は、日本で学生をやっていましたわ。それなりに楽しかったという記憶がございます。
前世の記憶を思い出したのは、私が六歳の頃。
四歳の頭に学生として生きた十数年間の記憶は容量オーバーだったらしく、三、四日高熱に魘されましたわ。
そうして気づいたのは、この世界が乙女ゲーム『恋園学園』、通称『恋園』の世界であるということ。
前世の私はそう言った恋愛系のゲームが大好きで、この『恋園』も私が夢中になったゲームの一つでした。
舞台は貴族たちの通う学園。つい最近まで平民だった主人公のパトリシアは貴族としての生活に戸惑いながらも、持ち前の明るさと優しさで学園生活を送って行く。その中で、学園のイケメンたちと恋をしていくのです。
シナリオはありきたりな学園モノでしたが、もうとにかくスチルが美麗だったのです! 特に隠しキャラであるアーノルド様の声優は私の大好きな方で、大人の色気のある設定もドストライク! もう何これ誰得? 私得! と言った状態でしたわ。
そんな大好きなキャラクターのいる世界に転生できて、ラッキー! と喜んでいたのも束の間。私、重要なことを思い出したのです。
古今東西、恋物語には障害がつきものです。
例えば恋敵。
勿論、と言いますか……『恋園』の世界にも恋敵が存在致します。
名前はグロリオサ・テール。
そう、何を隠そうこの私こそ、この『恋園』の悪役令嬢なのですわ。
作中のグロリオサは見目麗しく、教養もある女性ですが、実家である侯爵家の権力を振るい、わがままを言う典型的な嫌な奴といったキャラクターでした。婚約者であるエディ様のことが大好きですが、その横暴さのせいでエディ様からは嫌われておりました。
パトリシアがエディ様と仲良くなることに腹を立てたグロリオサは、取り巻きたちと共にパトリシアを虐めます。まぁそれはそれは絵に描いたように陰湿で子供っぽいものでしたわ。
結局、その虐めの証拠を握られ、過去の所業と相まって大体どのルートでも実家から絶縁されたり、国外追放されますわ。
せっかく『恋園』の世界に転生できたと言うのにあんまりですわ!
そうは思いましても、現状が変わるわけではございません。とにかく、バッドエンド一直線の未来を変えなくてはいけません。所謂悪役令嬢による「ざまぁ」ですわ!
そうと決まれば、早速作戦を練らなくては!
そう思い立ち、早十年。
時が経つのは早いものですわ。
一応、攻略対象たちとは顔を合わせておりますが、特に仲が良いというわけではございません。一時期は親しくなってパトリシアの入る隙がないように、と思いましたが、元々アーノルド様以外の攻略キャラにさほど思い入れがあったわけではありませんし、やめましたわ。
アーノルド様とはかなり親しくーー私は一応エディ様の婚約者ですので密かにですがーーなっております。
アーノルド様はとても格好良いのですわ!
あの甘い声で私のことを呼んでくださるのです。
あぁ、思い出しただけでもう!
こほん。失礼、取り乱しましたわ。
今の私は、十六歳。
今年で学園を卒業するのですが、ゲームのシナリオ通りに主人公であるパトリシア・ロインが入学して参りました。勿論、ゲームでのグロリオサとは違い、私は殆どパトリシア・ロインと接触致しませんでしたわ。一応、見て見ぬ振りはしていなかったという保険で少しだけ注意は致しましたが。
次々とエディ様や弟といった攻略対象を落としておく手腕は見事としか言いようがありませんでしたわ。それを見て、私、ピンと来ましたの。
あぁ、彼女も転生者である、と。
恐らく、逆ハーエンド、もしくは真・逆ハーエンドを狙っているのでしょうけれど、残念でしたわね。私、あなたを虐める気は毛頭ございませんの。どうぞ、お好きなだけそこの攻略対象たちと愛を育んでくださいまし。
私はアーノルド様に会いに行かねばなりませんの。
そして迎えた最後の日。
私はこの祝賀パーティーの場で殿下たちに糾弾されます。しかし、アリバイはばっちりありますわ。そもそも、パトリシア様を虐めてなどおりませんもの。
それにしても、エディ様たちがパトリシア様の周りに侍っているのは見ていて非常に恥ずかしいものでしたわ。王となる者としての自覚はあるのかしら?
それに比べて、アーノルド様は勉学にも秀で、ご自分を厳しく律する素晴らしい方ですわ。陛下もエディ様がこれ以上愚かな真似をするのであれば王位継承権を剥奪し、廃嫡すると仰っていました。王妃様がたも納得してくださっています。
もちろん、次代の王はアーノルド様ですわ!
あぁ、早く時間にならないかしら。
エディ様たちはシナリオ通りに私を糾弾しました。彼らに庇われるように立つパトリシアは俯いて愉悦の滲んだ笑みを浮かべていますわ。drも、それも今の内です。
私が犯した罪とやらを悉く論破してみせると、殿下たちは悔しそうになさっています。パトリシア様は……あらあら、化けの皮が剥がれて私を睨みつけていますわ。嫌ですわ、はしたない。
ですが、殿下たちは自信たっぷりに最後の罪とやらを言い放ちました。パトリシア様を階段から突き落とした、と。
まったく、糾弾する前に私がその日どこにいたかを調べておくべきですわ。
口を開こうとして時、愛しいあの方の声が響きました。
あぁ、アーノルド様。いつも格好良いですわ!
パトリシア様になんて目もくれず、私の許へ来てくださいました。私を心配してくださるアーノルド様の瞳は熱っぽく、こちらまで熱くなってしまいますわ!
第一妃様のお茶会に招かれていたことを知ったエディ様は、大層狼狽えていらっしゃいました。国の有力貴族の筆頭であるテール家の令嬢との婚約を破棄し、平民の血の混ざった礼儀知らずの男爵令嬢と結ばれるなど、あってはならないことであることを理解なさっていないようですね。だから、愛想を尽かされてしまうのです。まぁ、自業自得です。
パトリシア様は喚き散らしています。本当に品の無い方ですわ。
殿下たち……いえ、元殿下たちが喚いているのを無視して、アーノルド様が私の手を持ちました。
「グロリオサ、ずっとお前を愛していた。
どうか私の婚約者となり、王妃となって私を支えてもらえないだろうか?」
その言葉を聞きたかったのです!
私、今顔が真っ赤になっていますわ。
心臓も早鐘のようになっています。
「私も、ずっとお慕い申し上げておりました」
アーノルド様は嬉しそうに笑うと、私を抱き締めました。
あぁ、恥ずかしいけど幸せですわ!
ふと、呆然としているパトリシア様が目に入りました。
ふん、これが「ざまぁ」というものですわ!
そう思った瞬間、知らない声が響きました。
次話は明日午後8時に投稿します。