クローディア、或いは観客
ジャンルは一応ホラーですが、正直どのジャンルにすれば良いのやら……。もし、ジャンル変えた方が良いと思われましたら、教えて頂けると嬉しいです。
また、誤字脱字等ありましたら教えて頂きたいです。
ーーあぁ、何と滑稽な茶番劇なのでしょう。
目の前で始まったそれを、クローディアは冷めた目で見ていた。
「グロリオサ・テール! 貴様との婚約を破棄する!」
そう高らかに宣言し、最終章の開幕を告げたのはこの国の第二王子エディ・ウィル・エーテル。金髪碧眼という見目麗しい、絵に描いたような王子様。王族として必要な教養は身につけているものの、甘ったれで我儘なところが抜けない子供。
「理由をお聞きしてもよろしいかしら?」
そう問うたのは、グロリオサ・テール公爵令嬢。エディの婚約者であり、王家に並ぶ家の娘。流れる銀髪とつり目がちの空色の瞳の美女。マナーも教養も完璧な淑女の中の淑女である。
「パティを虐げた貴様がよくも抜け抜けと!」
「自分が殿下に愛されなかったからと、パティを罵ったり、私物を盗んだり、挙句の果てにはパティを殺そうとしたでしょう」
「公爵令嬢ともあろう者がこのように浅ましい真似をするとはな!」
「綺麗な花には棘があるというが、君は毒も持っているんだね、グロリオサ嬢」
「見損ないましたよ、姉上。父上も母上も兄上も落胆しておられました。テール公爵家とも今日を限りに縁を切っていただきます!」
エディに続いてグロリオサを糾弾する青年たち。順に、ロレンス・カーター、宰相の息子。アシル・トレヴィス、騎士団長の息子。ヘンリー・モーゼス、モーゼス伯爵家の放蕩息子。ダニエル・テール、グロリオサの弟。
それぞれが名家の出で、趣の違う美形である。
彼らに守られるようにして立つのは、パトリシア・ロイン。紅茶色の髪に蜜色の瞳の美少女。ロイン男爵が愛人に産ませた娘であり、最近ロイン家に引き取られた。
彼らがこの茶番劇の役者たち。
この茶番劇の始まりは、パトリシア・ロインの入学だった。貴族の子供達が通う学園に入学したパトリシアは、身分に関わらず学園の将来有望な若者を虜にしていった。それが、先ほどの五人である。
パトリシアのその行動は学園に波紋を呼び、他の生徒たちーー特に令嬢ーーから反感を買い、パトリシアへの虐めに繋がった。その筆頭と言われたのがグロリオサ・テール。彼女は婚約者を奪った女を許せず、パトリシアを虐めた。
しかし、パトリシアはそのような逆境にもめげず、遂にグロリオサの悪事を暴く。
婚約破棄をされたグロリオサは、今までの非道な行いから国外追放ーー事実上の死刑宣告ーーが言い渡される。
それが、パトリシア・ロインの思い描くシナリオ。
自分の思い通りになっていることに笑みを浮かべるパトリシア。
罪を認めぬグロリオサは、往生際悪く喚き散らす。
ーーーそのはずだった。
「私は、パトリシア様を虐めてなどおりませんわ」
優雅に、自信に満ち溢れた顔で反論するグロリオサ。
その顔には婚約者に裏切られた悲しみもパトリシアに対する憎悪も感じられない。
それもそのはずです、とクローディアは内心呟いた。グロリオサはこの場にいる誰もを信じていない。親しくしようなどと思っていない。
ここから始まるのは悪役による逆転劇。
ーー尤も、茶番劇に変わりはありませんが。
嘲笑するクローディア。
嘲笑う観客を尻目に、劇は続く。
「パトリシア様を罵ったと言われましても、そもそも私、パトリシア様と話したことなどほとんどありませんわ」
「嘘よ! 私に『殿下に近づくな』とか『学園の品位が落ちる』とか言ったじゃない!」
「キミにそう言われてパティはとても落ち込んでいたんだよ? それでもキミはしらばっくれるのかい?」
グロリオサの主張にパトリシアが反論し、ヘンリーが呆れた様子でグロリオサを睨む。
「私がパトリシア様に言ったのは『婚約者のいない未婚の令嬢が殿方にみだりに近づくのはおやめなさい』、『大声を出したり、廊下を走らないようになさいませ。ここは格式ある学園ですのよ』というごく一般的な注意ですわ」
「では、パティの私物を隠したり、壊したりしたのはどうなんだ! パティは大切なブローチを壊され、泣いていたんだ!」
アシルが怒鳴る。
グロリオサはその声に微かに眉を顰めつつ、反論を口にする。
「寮の部屋には鍵が掛かっていて、その鍵は本人と寮長しか持っておりません。窓から入るにしても、パトリシア様たちの学年のお部屋は三階でしょう? どのようにしたら入ることができるのでしょうか?
私、木登りなんてはしたない真似はできませんの」
淡々と論破していくグロリオサにダニエルが激昂する。
「いけしゃあしゃあとよくも言えたものだな! そのようなこと、貴様が権力を振るって寮長を脅して合鍵を手に入れたのであろう!」
「そう思うのであれば、証拠を持ってきてくださいませ」
「でも、でも、貴方は私を階段から突き落として殺そうとしたじゃない!」
ぐっと詰まったエディたち。
パトリシアが焦ったように叫ぶ。
「そうだ! かわいそうに、パティはそのせいで怪我を負ったのだ!」
わっと顔を覆ったパトリシアの肩を抱いたエディがグロリオサを睨みつける。
グロリオサはそんな二人を呆れたように見て、溜息を吐いた。
「一体それはいつのお話ですの?
私、全く身に覚えが御座いませんが」
「此の期に及んで、よくもそんなことが言えたものだ! ロレンス、この女に自分のしたことを分からせてやれ!」
「はっ!」
前に進み出たロレンスが説明を始める。
「一週間前の放課後、一人で歩いていたパトリシアが学園二階の西階段から突き落とされたのです。しかも、最上段から。幸い大きな怪我はしませんでしたが、パティは走り去る人影を見たそうです。グロリオサ・テール、貴方をね」
「さぁ、言い逃れはできまい!
素直に罪を認めるがいい!」
高々と言い放つエディ。
勝利を確信したその表情は、唐突に投げ込まれた声によって凍りつく。
「ありもしない罪を認める必要などない」
広間に響く、冷たい声。
声のした方を向いたパトリシアたちが驚愕し、固まる。
「あ、兄上……!?」
広間に入ってきたのは、エディの兄であり、この国の第一王子アーノルド。
第二妃の子で立場が弱いながら、第一妃の子であるエディよりも優秀だと言われている。滅多に人前に姿を現わすことはなく、民のほとんどーー貴族でさえもーー実際にアーノルドの姿を目にした者は少ない。
そんなアーノルドがここに来た理由とは一体何なのか。
そんな声無き疑問には答えず、アーノルドは歩を進める。
「ア、アーノルド様! 私、グロリオサ様に虐められていて……。とっても辛かったんです」
アーノルドの行く手を遮ったパトリシアは、涙で潤んだ瞳を向け、胸の前で手を組んだ。
震える声で紡がれる言葉はその仕草も相まって庇護欲をそそられるものであった。
しかし、アーノルドはそれに見向きもせず、パトリシアの横を通り過ぎた。
「え……?」
呆然とするパトリシア。
アーノルドはグロリオサの前に立ち、その美しい顔を綻ばせた。
「大丈夫だったか? グロリオサ」
「はい、アーノルド様」
声を掛けられたグロリオサも先程まで五人と対峙していた時とは違う、柔らかい笑みを浮かべ、アーノルドに答える。
普段そのような表情のグロリオサを見たことのないエディたちは、思わず見惚れてしまった。
アーノルドはグロリオサの頬を一度撫で、エディたちに向き直る。
「そこの男爵令嬢が階段から突き落とされたというのは、一週間前で間違いないのだな?」
「そうです! 私、とっても怖くて……」
「間違いありません、兄上。私たちが怪我をしたパティを手当てしたのですから」
アーノルドの確認にパトリシアが頷き、エディたちも口々にそれを保証する。
するとアーノルドはにやりと笑った。
「それは不可能だな。その日、グロリオサはこの学園にいなかった」
「そんな証拠がどこに……」
「グロリオサは私と共に第一妃のお茶会に招かれていた」
「母上の!?」
第二妃の子供であるアーノルドのことを、エディの母である第一妃はあまりよく思っていなかったはずだ。
それなのに、なぜ第一妃はアーノルドを、お茶会に呼んだのか。
しかも、エディの婚約者であるグロリオサも招待するなど。
「第一妃は、お前のことを憂いておられた。甘えた性根を入れかえることもなく、どこぞの平民の血を引く令嬢に現を抜かし、醜態を晒しているとな」
「母上がそのようなことをおっしゃるはずがない!」
「いや、事実だ。だが、それももう終わり。陛下はお前を廃嫡とし、王位継承権を剥奪することを決定した。また、お前たち五人も追って沙汰を言い渡す!」
悲鳴と怒号を上げるエディたち。パトリシアなど、先程の態度を一変させ、金切り声を上げている。
彼らを無視したアーノルドは、グロリオサの前に跪き、恭しく手を取った。
「グロリオサ、ずっとお前を愛していた。
どうか私の婚約者となり、王妃となって私を支えてもらえないだろうか?」
「アーノルド様……」
一瞬目を丸くしたグロリオサであったが、大輪の薔薇のような笑みを浮かべる。
「私も、ずっとお慕い申し上げておりました」
その答えに、アーノルドも喜色に溢れた顔を見せ、グロリオサを抱きしめる。
グロリオサはくすぐったそうにしながら、ふとパトリシアの方に目を向け、勝者の笑みを浮かべた。
ーーさて、そろそろ頃合いですね。
クローディアは悠然と彼らに歩み寄り、告げた。
「さぁ、仮初の劇はこれにてお終いとさせていただきます」
次話は予約投稿を試してみるので、失敗しなければ明日午後8時に投稿されます。