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春の東北ポイント旅行記

作者: 佐藤ゆきお

                            

平成十五年四月二十九日(火)

東京発→仙台。

 東京から一時間五十分で仙台に着く。東北新幹線の車両「こまち」はヨーロッパ風の、落ち着いて洒落たデザインの車両だ。

着いてまずはホテルへ向かう。今回の旅行では、こことあさって予定の大鰐温泉の日本旅館を予約しただけであとはゆきあたりばったりである。で、仙台の宿はインターネットで予約したビジネスホテル「インターシティホテル」。一泊一人五千円だが、こじんまりして綺麗。フロントもきちんとしていて、いろいろ頼んでも親切ですごく良い。

昼飯。「スエヒロ本店」という蕎麦屋に入る。空腹だったので「2Lサイズ」をオーダしたが、盛りが普通の何倍もあって驚いた。まるで食べきれなかった。残りを持ち帰りたいと頼んがはっきりと「ダメです」と断られてしまった。

衛生上の問題からだろうなと納得して昼食が終わり、早速松島へ向かう。

仙台駅から電車で「松島海岸駅」まで行くと、降りた途端に遊覧船のおじさんが待ち構えていた。サッサとチケットを買うことになった。「すぐ出る」というので桟橋に急いだ。

中くらいの大きさの船でいい具合の混み方だった。二階デッキは「一等600円」と書いてある。

「出航するまではカモメにエサを与えないでください」

というアナウンスがあった。何の意味か分からなかったが後で分かる。

暫し待って出航。天気はうす曇りというところで暑くなく気持良い。二等船室にいたのだが、船尾の方でカモメの鳴き声がとてもやかましい。なんだろうと思って行ってみて、驚いてしまった。

百羽近いカモメたちが後部甲板デッキにぴったりと群がり、かなりのスピードを出して走っている船にくっついて、触れんばかりに飛び交っているのだ。観光客のあげるカッパエビセンにキーキー鳴きながら争って食いついている。船の動きとともに上から下へ右から左へ左から右へ展開しつつ、観光客の手からあるいは投げたのを空中で正確に捕らえる。

手を出せば届くところに鳴きながら「伴送」する。こんなに近くで飛んでいるカモメ達!。

目のまわりの黄色い縁取りが鮮やかだが顔つきはチョット怖い。それにしても器用に食べるものだ。これこそビデオに残したいと思ったが、残念、今回は持ってこなかった。

松や島を見るより余程面白く、私も百円でエサを一袋買って手から食べさせたり放り投げたりしたが、まず、咥えそこなうのはいない。そばにいたおじさんにも分けてあげた。若い女の子には「恐いからイヤ」と言って断られた。

風が強くなったので一旦船室に戻った。沖に出て船が大揺れになったなと思ったらもうカモメは一羽もいなくなっていた。

 下船して、「伊達政宗博物館」に向かう。

伊達政宗にかかわる物語を蝋人形で表現したものでとてもわかりやすい。

展示の前段に「東北出身の偉人たち」というのがあったが、政治家、軍人、文芸家など明治期のよく知っている人々が多数いたのが驚きだった。明治の有名人の殆どは薩長土肥を除いたらあとはみな東北出身かと思うほど。(江戸、大阪、京都はありえないか)。

江戸は家康以来の三百年あまりでしかないがここ東北、たとえばこれからいく中尊寺藤原文化などはそれよりも数百年さかのぼる。その長い文化の積み重ねが人材を熟成させたのだろうか。

外の出て、途中で母さんがカメラの電池を買ったがうまくセットできないでいたら売り子の女性が全部やってくれた。親切に感激。

仙台に戻った。荷物が重いので急きょ手引きバッグを買うことにした。いろいろ探したが結局8階建て全部がダイエーという店で買った。六千円。母さんは「いい買い物だ」と喜ぶ。

夜飯。出かける前から、長男が推薦していた地下一階にあるという牛タンの店を探す。「八掛丁」(はかけちょう、丁は通りということだろう)の入口にあった。「牛芳」。

厚切りでとても旨い。女将と話しが弾む。

「仙台発祥のものが三つあるよ。牛タンと冷やし中華とルーズソックス」

(他で詳しく聞いたところによると横浜の、米軍関係の仕事をしていたある人が、牛の舌や尾を捨ててしまうのを見かねて工夫し仙台で売出したそうだ)。牛タン食いながら飲んだのがとても旨かったので、帰りにその地酒を買ってかえろうと思ったが一升瓶しかないという。「適当な空き瓶にいれてよ」と頼んだ。一升ビンからその半分以上を入れてもらって帰った。(あとで計算したら七、八千円だった)

仙台では東北弁は聞かれなかった。 


四月三十日(水)

仙台発→一ノ関・中尊寺、角ノ舘。

一ノ関駅。閑散とした駅前で乗物を探す。バスで三十分、中尊寺に至る。

杉の巨木に圧倒される。藤原基平の寺、東北に開いたハデな文化。そのレプリカを見ながら本物のボリュームと輝きを偲んで金色堂のポスター(売店が込み合っていたのでお金は払わなかった)と、それを詠んだ芭蕉を偲んで風鈴を買った。

「さみだれの降り残してや光堂」

来たとおりにバスで戻り、今度は角ノかくのだてに向かう。

列車を降りてまず駅前の旅館組合に行った。しかし桜祭りのためアキはまったくないという。しかたない、タクシーを掴まえて

「どこでもいいから連れて行って。どこかあいてるハズ」と頼む。

しばし無線でやりとりしていたが、

「ラブホテルでもいいですか」という。

「ダブルで一万二千円だけど」。

玄関に着くとおカミさんが待っていた。何も言わないのに一万千円にまけてくれた。

「運転手さん、そのまま待ってて。簡単に片付けたら夕飯に行きたいので」と母さん。

タクシに連れていかれた店は変な店だった。オーダしていたら

「以上ですか、追加注文はできません」と言うのだ。

これには驚いた。たとえば「最初のご注文は伝票にてお願いします。追加は口頭で承りますから」とか「料理は時間がかかりますのでなるべく最初に全部注文してください」とかいろいろ言われることはあるけれど「追加は受付けない」とはどういうことか?。味をみてから次の注文を決めるのは許さないとでもいうのか?

納得いかないので「どうして」と聞いたら「混み合ってますので」と。

ウソつけ、六つのテーブルに三組しかいないじゃないか。何という横柄な店だろう。

そそくさと出て、食べ直そうと隣のすし屋に入りカウンターごしに板さんに向かって

「あの隣の店はどうなっているんだ」

と大いにわめいた。店長も話しに加わって加勢してくれた。

「一代目は良かったがどうも今の板前は二代目のようで風変わりなやつだ」

という結論になった。


五月一日(木)

 翌朝、朝飯はと聞いたが、角ノ舘は小さな町で朝食を食べさせる店などないそうだ。そしたら、ラブホテルの主人Sさんは我々を乗せて車でサッと川堤みの桜の名所を通過して駅前のホテルに連れて行き、係りの人となにやら話してそこの泊り客専用のバイキング朝食に潜りこませてくれた。

「食べ終ったら電話くれればまた迎えに来て武家屋敷まで送るよ」

と言ってくれたが、近そうなので朝食後の散歩という感じで歩いていった。

何軒か代表的な屋敷があるそうだが「青柳家」に入った。加賀百万石の重役クラスとか団体客のガイドが言っていたが、中位の広さの敷地に幾つものこじんまりした棟があり、なかなかいい雰囲気。地酒を売っていたので試飲して購入した。簡単に見終わって「列車の中でお昼でも食べながら次の大鰐温泉に向かおうか」ということになり、Sさんに迎えの電話をした。ホテルへ戻る道すがら突然Sさんが言った。

「列車の時間は調べてきたけどもし良かったらこれから、田沢湖とか、鶴の湯とかで一日遊んで、ゆっくり大鰐へいったらどうですか…私もこの季節、山が大好きでよく行くんですよ。お客さんさえよかったら案内しますよ」

「田沢湖を普通のルートと反対の、裏側から行きましょう。そして秋田駒ケ岳から乳頭山に向かって山の上の温泉に入りましょう。そこでラーメン食べて、これなかなか旨いですよ、私がおごりますよ…」

私たちはキョトンとしていた。Sさんは一生懸命話す。

いきなりそんなに親しくなっていいもんだろうか。

その間にもSさんは熱心に話し続ける。そのうちだんだん「のってみようか」という気になり、とうとう

「おまかせしますので、よろしくお願いします」ということになってしまった。

半日間・田沢湖周辺、Sさんと私たち夫婦のにわかドライブが始まった。

まずラブホテルに戻って、みやげ物やよごれものをまとめて自宅宛に宅急便を頼み奥さんにさよならして出発。車はまず田沢湖へ向かう。

「あんな武家屋敷なんか別にたいしたもんじゃないですよ。なのに遠くから見にきてよ、多いときはあの通りが、車が通れなくなるんだよ。あんなもんがよう」

Sさんは運転しながらこの調子で地元のものを片端からけなすのだ。

司馬遼太郎の会津若松の気風に関する話で

「彼らは徹底的に自分たちのものをけなしてかかる」

とあったが、Sさんはその末裔かと思うほどけなしまくる。

三十分ほどで田沢湖に着いた。

満々と、青々とした湖水の大きな湖。

しばし見とれているとSさんが一眼レフを持出してきて我々を撮ってくれた。

「じゃあ今度は山へ登りましょう。てっぺんに温泉があるからそれに入って、私の宿をちょっと見て貰ってから、ラーメン食べましょう」

はるかに秋田駒ケ岳とその向こうに乳頭山を望みながらのドライブ。Sさんは熱心に話し続ける。とても一生懸命だからこちらもこたえなければならない。

四十分ほどで頂上に着くと国民宿舎のような建物があり、Sさんはフロントにチョット声をかけてタオルを三人分借りてきた。(顔だね)

私とSさんは男風呂へ、母さんは女風呂へと。私は母さんに「十分」といった。

中は乳白色の温泉だった。昼の湯はゆったりしてとても気持いい。露天風呂にも入ってみたがこれはぬるくてだめで早々に中の風呂に入りなおす。鈴木さんは私と同じ二十二年生まれだが二月なので学年は一年早かったなどとしゃべる。

十分をすこし過ぎてしまってあがった。母さんはもう出ていた。

「ああ忙しかった」

Sさんも靴下片手に急いで出てきた。

「お客さん、十分ていうもんだから」

Sさんは山の下でラブホテルをやっているがここにも宿を持っている。今日は誰も来ていないそうで無人の宿へ入った。冷たいカンコーヒを出してくれた。ひとしきり宿の話しなどきいていたが

「カバ細工を知っているでしょう」と言って

下駄を出してきた。カバとは桜の皮のことで、みやげ物屋では茶筒にして売っているのが一番多い。

見せてくれたゲタは揃えて置くと虎の後姿がおもて一面に細工してあり、非常によくできている。

「今ではこれを作る人はもういなくなった。私は二十年間役所務めをしたあとあのラブホテルを作ったけど、そのときはいろいろ言われたね、このゲタはその間に手にいれました」私は尋ねた。

「変なこというけど、このゲタいくらだしたら手に入りますかね」

Sさんは暫く黙っていたが

「もう作る人がいないから三万円だろうね」と言った。Sさんが席をはずしたとき母さんが

「欲しいの?」ときいた。

「持ってる?」

「持ってる」という。

鈴木さんが戻ってきたので

「三万円くらい、と言ったね。是非譲ってよ」

と金を出した。Sさんはチョットびっくりしたようだったが口惜しいそうな風で譲ってくれた。このあと娘さんの結婚の絵とかいろいろ見せてくれた。いいものなら家のインテリアにと思ったが特になかった。

となりにあるラーメン屋に入った。

麺がやや伸び気味だがしっかりしたスープで旨いラーメンだ。ビールをコップ一杯ずつ飲んだ。

「じゃあ、鶴の湯でも見てみましょうか」ということで山を降り始めた。道々まだたくさん雪のかたまりがある。

「鶴の湯だかなんだか知らないがよう、あんなのが日本一の名湯だってさ。山の中の誰も来ないところにわざわざ温泉掘って、滝川ゆみかなんか使って宣伝してさ、それで日本一だと。あんなもんがよう」

車はいつのまにか舗道をはずれ砂利道を折れ曲がりながら下っていく。

やがて民家がいくつか集まった場所に出た。

「これが鶴の湯か」

いかにも昔風に、黒色の民家が何軒か上手に作ってある。歩いていくと「これから先は有料」という看板。それを背に、両側を川が(天然だそうだ)流れているところで記念撮影した。電気は自家発電だそうだ。

Sさんは例によってけなしていたが、でもよくできている。

「今度泊まりに来てもいいね。Sさんに内緒で」と母さん。

 角ノ館駅へつくと、駅前でSさんが、

「一番有名な店はまずいからね」

と目立たない小さな店から

「十二時に作ったばかりだって」

と言って郷土菓子を買ってきて手渡してくれた。(後で食べたが米粉の素朴なお菓子だった)

帰ったらわが町の名物、鶴間のもなか“鶴舞の里”を送る約束をして大いにお礼を言ったところで半日ドライブは終わりとなり、私たちは列車に乗り込んだ。


 途中、女子高生が二人乗ってきていつまでも大声出しているので「チョット、うるさいよう」と大声で黙らせたりビールを床にこぼして社内の床に流れたのをポケットティッシュで拭いたりしながら各駅停車のローカル線に二時間乗って、ようやく大鰐温泉に着いた。

近いのは分かっていたが疲れていたのでタクシーに乗った。運ちゃんに

「夕飯に魚を食べたい。旨いところ教えて」

といったら

「宿のすぐ近くにある」ということだった。

「仙遊館」に着いた。玄関を開けたが誰もいない。なんてノンビリしているんだろう。ようやく部屋へ案内して貰い早速宿のハンテンを引っ掛けて教えてもらった店へ向かう。裏手の橋を渡って左手に折れるとすぐにあった。その名も「ありがとう」という店だ。

だいたいいい店というのは入ればすぐわかる。抑制の効いた客たちと元気のいい店員、手のよく動くキリッとした板前。角ノ館の店とは大違いだ。さっそくウニとか頼んだが実にフレッシュでうまい。磯で生きているように新鮮そのものという感じ。

店内禁煙なのでしょっちゅう店から出てタバコを吸ったが、これも店の見識というものだ。ぜんぜん悪い感じがしない。ただ、板さんが母さんに

「よく吸いますね。たいへんだね」

と言っていたそうだが。

二人しておいしいおいしいとひとしきり飲み食いしたところで私は歌が歌いたくなってきた。板さんにきいたら「今、店がいそがしいので後で教えてあげる」と言った。

とたん、母さんの目が険しくなった。また暫く飲み食いしていたがなかなか板さんの手があかないので

「店の名前だけ教えてくれれば自分で探すから」と言ったら

「顔はともかく気のおけないオバチャンの店でいいかね」というから

「それがいい。美人は三日で飽きる」と答えた。母さんに

「チョット一杯やってから宿にかえるから」

といって先に出る。

オヤジが店の外まで出てきて隣の店を指差して

「もしたかいこと言ったら、うちに電話をいれな」と言って見送ってくれた。

一時間ほど騒いで宿に帰ったら母さんはオカンムリだったがかまわず寝た。


五月二日(金)

弘前城、青森空港

翌朝、風呂に入った。透明な気持の良いお湯だった。

出てきて帳場で女将さんとおしゃべりをした。

「昨日は角ノ館でカバ細工のいいゲタをかったよ。三万円で」

と言ったら即座に「高いわね」と言った。

「大鰐って温泉のほかには何もないって聞いたけどホントなの?」

「ほんとです。でも昔は花街だったんですよ。

今のコンパニオンと違って当時の芸者さんはうちへ来るとまず三つ指ついて挨拶してから座敷に行ったものよ。今の子はボーと立ってるだけで挨拶どころか…。そして正月になると連れ立って旅館を順番に回ったものよ。私がここへ来た頃はそんな風だったのにね」

帳場の手前のソファーに座って話をきいているのだが、テーブルの上には古風な木作りの小箱が置いてあって中には箱から出したタバコが豊富に並んでいる。

当時のままなのだろう。

「女将さん、それは今から二、三十年前の話かな」

「そうね」

「その頃来たかったもんだね。そして町中の芸者を集めて大騒ぎしたかったね」

「たしかに、毎日違う芸者を呼んでいたお客さんもいたわ」

朝の散歩から帰ってきた母さんも話しに加わってきた。

「川沿いにずうっと歩いていったらきれいな鳥がいっぱいいた」

どうやら機嫌は直ったようだ。

よく見ると女将さんの表情が違っている。私と話していたときは、男と話しているという気持からかキリッとしたよそ行きの美しい顔だが、母さんと話すときはオバさん同士がくったくなくオシャベリしているという風でうちとけた表情。これも商売柄というものかね、と思う。

 朝食を済ませて出発。歩いて駅までゆき今度はワンマン運転のローカル私鉄に乗って三十分、弘前公園駅に着く。実は夕べ母さんとの話合いでもう今日帰ってしまうことになった。

「あんたの酔払い姿なんか見たくない」

と言っていたが、ゲタを買ったために旅費がなくなってしまったらしい。

で、宿は関係ないので駅に荷物を預けようと思ったが

「コインロッカーがないよ」と母さん。

「人間が預かってくれるだろう」

と、荷物札と引き換えに預かってもらった。

道をききながら弘前公園に向かう。駅前から暫くの間はコテコテの繁華街。みな閉まっているが夜はいかほどにという感じで風俗店が一杯だ。

十分ほど歩くとなんとか博物館という一角があるので入ってみると東北の明治維新記念館といったところで、当時の西洋人家庭教師の自宅などが並んでいた。有料のところは入口から覗くだけにした。ネブタ館もあった。ネプタの歴史展示やホコの本物、巨大な和凧が陳列してありなかなか圧巻。

次は産業文化会館に入る。ここもネプタ一色でかなり大きなハリボテが鎮座している。この立体的な作りが不思議だ。ノドが乾いたがリンゴジュースを無料でサービスしていたので何杯も飲んだ。

また別のコーナーにはカラフルで大きなネプタの絵が何枚も飾ってある。骨太でシンプルで逞しい男や妖艶な女が描かれている。きいてみると祭りのダシに載せるものもあればここに飾っておくだけのものもあるという。ちょうどいい。きれいに撮って大きく引き伸ばして、去年建てた家の玄関に飾ろうと何枚もカメラに撮った。外に出ると

「りんご詰め放題五百円!」

と盛んに呼びかけている。

試食したら旨かったが

「旅行者だからそんなにたくさんはいらないんだけど」と言ったら、

「じゃあ、一個五十円でいい」

というので二個買った。そしたら紅玉を二個オマケにくれた。(重いのはいやだと言ったのに)

弘前公園は弘前城を囲んだ比較的こじんまりした公園だが、随所に歴史を感じる。まず、「門」。主要部分は当時(十六世紀?)のままだという。問われるままに守衛のおじさんが語ってくれる。堀の外側や、門の内のしだれ桜が満開だ。ゆっくりと庭をすすむ。

「十万石で大きくはない」といっても歩いてみれば十分に広い。コーヒーでも飲みたいね、ということで案内所のボランティアの人に尋ねると、おじいさんたちが三人がかりで教えてくれるが、弘前なまりというのか意味がまったくわからない。

それで指差されたほうに歩いて行った。堀沿いに咲いている満開の桜の前の茶屋で、ドーナツとコーヒを頼んだ。

母さんが店の兄ちゃんに話しかけている。

「この店は町のどこかから出張してるの?」

「はい、二週間だけ開いています。一年中やっていると思っている人もいますがそうじゃありません」

「若いから、学生さんかと思ったけど」

「いえ、普段は店のほうで働いていています」

「えらいのね」

我々がコーヒを飲んでいる前を、人々が三々五々のんびりと歩いている。東北の春はすがすがしい。仙台の百円ショップでカサを二本買っておいたがどうやら使うチャンスはないようだ。

「日本一古いそめいよしの」がある。普通は六十年が寿命と言われるが樹齢九十年だと書いてある。(後で分かったことだが京都のある桜守によると、桜の品種はもともと八種類だが、ソメイヨシノはその中に入っていない。二つの品種をかけあわせてつくられた。実を付けることはないのですべてクローン(挿し木、接木)で増えたもので、最初は一本だけだったはず。それ自身が既に樹齢を重ねていたのでソメイヨシノの寿命は短い。山桜などは四百年だが…)

母さんが「桜のトンネルが見たい」と言う。

案内板を見るが要領を得ないので母さんは屋台の綿菓子屋のオバサンに道順を聞きに行った。

「一生懸命説明してくれるんだけど言葉があまりわからなかったわ」 

少し戻らなければならないが、何年もそこには行ってないので花の咲き具合はわからないということだ。

十五時発の飛行機を予約しているのでそろそろ昼にするかということになった。いい和食の店はないかなと、手近にあったパンフレットで探してみる。「さくら亭」で和定食ランチ千二百円というのをやっている。

タクシーを、ユーターンして貰って捉まえた。

「まず、私鉄の弘前駅で一旦止めて。それからプリンスホテルの前へ」

とてもオシャベリのおばちゃん運転手だったが、駅に着いて

「今、荷物を受取ってくるから待ってて」と言って戻ってきたら、

「ああそういうことなの。ここで一人降りてしまって別れ別れになるのかと思ったわ」と笑いながら言った。

「ちがうよ。別れさせないでくれよ」

「そうでなくても別れそうなんだから」

と母さん。

まもなく「さくら亭」に着いた。プリンスホテルのまん前にあってパンフレットのとおりどっしりと大きな店だ。最初に案内された席はオバサンのグループの隣で、あまりにうるさいのでそこから遠く離れた席に変えてもらった。さっそく地酒を注文したがこれがまた旨い。母さんも料理がうまいとぱくぱく食べている。私はこの旅行も最後と、ゆっくり酒を味わう。

仲居さんはおばさんばかりだが結構きれいな人もいる。なんだかんだと用を頼んだりおしゃべりしていた。東北の女性はみな色が白く清潔な顔をしている。気品がある。気位といってもいい。(それを誇張したのがコケシと思う)そして丁寧で親切。

「青森空港へ行くバスはどこから出ますか」と聞いたら、窓のブラインドを上げて

「あそこにイトーヨーカ堂が見えるでしょう。あの一階からです」と教えてくれた。

ご馳走様と、さくら亭を早めに出てイトーヨーカ堂の鮮魚売り場で牛タン(厚さ四ミリに切ってもらった)やら帆立貝やらをお土産に買ってバス亭に向かったが、なんとちょうど出てしまったところだった。最後の飛行機なので、しかたないタクシーで行こうともう少しおみやげを買い足してから乗り込んだ。

「飛行場までどのくらいかかりますか」と確かめたら「約一時間」だという。

大鰐の旅館の亭主はバスで四十分、と言っていたから三十分あればと思っていたのにまたギリギリだ。出発の二十分前にはチェックインしなければ。

「できるだけ急いでね」と言いつつ、飛行場に電話をいれた。

「出発の十分前まで待ちます」という。それならどうにか間に合うだろう。チョット気をもんだが二十分前に着いた。案内板に、「出発が五分遅れる」と出ていた。

やれやれ。ビールを飲みながらタバコをシッカリ喫ってゆっくりと飛行機に乗り込んだ。非常口の脇の、足の伸ばせる席を取りたかったが満員で無理だった。

 東北には深い歴史がある。そこには「東京」などおよびもつかない良い「古さ」や細やかな「京文化」のような気配までもが感じられる。

三泊だけだったけど季節もよく、いい経験だった。

司馬遼太郎が「東北は日本一良いところだ」と、あるところでポツリと書いていたが、本当かもしれないと思う。

日本について確かな、ひとつの知見を得たと思う。とても楽しかった。

今回はポイント巡りだったけどどこかに滞在してもよさそうだ。田沢湖なんか秋もいいだろうな。

  満足満足。        


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