008.家でのご飯。お父様と。
2021.10.26 テレビシーンの演出変更、ビデオデッキ→デッキに変更。(最近はビデオなんてないんだぜ!)親父帰宅時の補足説明を追加。
ことことことこと。
渚凪さんじゃないけど、僕は久しぶりにお鍋に火をかけていた。
うちは一般的な家庭なので、お鍋に入ってるのはポトフじゃなくってロールキャベツ。
週に二日しかみっちり料理を作る暇がないから、僕の当番の日はやっぱりそれなりに暖かい物を出したいと思う。一応、食事当番は僕が週四日、親父が三日となっているけれど、残りの二日は、それこそもうお店のお総菜とかになってしまう。
おまけに僕はフォルトゥーナに行ってしまうので、夕飯は親父一人だけ。いちおう家に帰ってこれるくらいの余裕はあるんだけどね。そもそも学ランのままお店にはいけないもんね。
学校が遅くなりそうな日については、シフトを調整するなり着替えをあらかた持ってく口実を考えたりとかした方がいいのかもしれない。
僕達お店で働くメイドはお店の中で時間を見計らって軽い食事をつまむことにしている。もちろん用意してくれるのは、厨房の戸月くんだ。
彼の料理はおいしいから、軽食であってもかなり嬉しい。
とまぁ、そんな時に親父は一人もそもそご飯を食べているわけで、それを考えるとなおさら仕事が休みの二日間はしっかりとしたご飯をつくってあげたい。
親父が帰ってくるのはだいたい午後八時くらい。世間一般では早いほうだろうか? いや朝からでてこれなら十分だと思う。
親父は働く時間を増やすといっていたけれど、さすがにそれをするのはやめさせておいた。
親父はれっきとした勤め人なので、一生懸命働いてもすぐさまお給料があがるというわけでもないのだ。頑張ったってどうせサービス残業になってしまうし、昇級でもしない限りどっと収入が増えるなんてことはない。だったら家のサポートに回って欲しいとお願いしたのだ。
「うん、良い感じ」
軽く味見をして、良さそうになった所で火を止めた。
時間はまだ六時くらい。まだ親父が帰ってくるまでは時間がある。
もうご飯もばっちり準備完了だし、ご飯の準備はこれくらいでいいだろう。
僕は居間に移動して、テレビの電源を入れた。
『いつも、すまないなぁ……』
老父がお茶碗を受け取りながら、力無く頭を下げた。
もう哀愁すら漂ってて、ほんともうそんなことないよっ! と言ってしまいそうになる。
『それは言わない約束でしょう』
『父さんさえ、こんなヘマをしなければ、お前にこんな苦労をさせなくてすんだのに……うううぅ』
『二人で頑張っていきましょう!』
なんていうのはテレビの中の話。七時から始まる、おっとどっこい七三郎の中盤の会話だ。七三郎っていうのが、旅の隠居を出し抜いて、一足先に世にはびこる悪を退治する痛快時代劇。
今日のお話は、借金のカタに娘を取られそうになるところに七三郎が現れて、借金をした相手を問答無用にぼこぼこにして、二人にサクランボの苗木を与えて去っていくという感動巨編。実はその二人の善良そうな農民の方が悪人で、借金を踏み倒した挙げ句、最終的に旅の隠居に正されるあたりがおっとどっこいなのだけれど、僕としてはこの不条理な感じがちょっとツボにはまってしまっている。
七三郎はそれで世直ししたと思ってにこやかに旅立っていくあたりなんてもう……切なすぎて涙がでてしまう。
毎週木曜にやっているので、僕としてはこの日にバイトが休みで良かったなぁなんて思っている。
そりゃ最近のデッキはしっかりとHDDの容量があるし、録画しておけばいいという話もあるけれど、この時間に見るからこそいいというか、見ながら親父を待つのが昔からの習慣になっているので、平穏な日常なんだなーっていう感じが嬉しくなってしまうのだ。
ちょうど今日も終の文字が寒々しく流れるところで、玄関が開く音が聞こえた。
だいたい玄関の近くを歩く音が聞こえてくるから、帰ってきそうだなっていうのはなんとなく肌で感じられる。
「おかえり~」
玄関まで行って出迎えてあげると、やっぱりそこには親父が立っていた。
疲れ果ててぐったりしているものの、いつもみたいに人が良さそうな笑みを浮かべている。もしかしたら良いことでもあったのかもしれない。
「おまえ、表情が優しくなったんじゃないか?」
「まぁ、客商売してるからね」
背広を受け取りながら、わざと仕事をしている時みたいに、にこっと笑ってみせると親父は複雑そうに笑った。メイド喫茶を勧めてきた親父は、一応、息子がどんどん可愛くなっていく姿、というのに心を痛めてくれているみたいだ。
できそうだ、と提案はしたものの、いざそれによる影響というのを目の当たりにすると、複雑なものがあるらしい。
「最近、学校の方はどうなんだ?」
ネクタイとスラックスを受け取って、それを一通りハンガーにかける。
年頃の娘さんの中には父親の服を触るだけで嫌だ、という子もいるらしいけど、僕は娘じゃないのでまったくへっちゃらだ。週にたった二日しかないお出迎えの日は、なるべく親父にサービスしてあげたい。
「いちおーなんとかやってるよ。そろそろ夏休みに入るし、時間に余裕とれると思う」
「おまえ、大丈夫なのか? こんなに働かせてしまって……」
「だいじょーぶだよ! そりゃ、さ、僕はそんなに頭良くないからクラスでトップとか期待されても元々無理なんだけど、これくらい働いてもちゃーんと留年しないようにするからさっ」
「留年しないって……それじゃぁ、志が低いだろう……」
部屋着に着替えながら、親父は渋い顔をした。こちらとしてはそれだけで十分なのに、どうもお気に召さなかったらしい。
仮にもうちの学校はそこそこの進学校だ。レベルだってけして低くはない。受験の時だって、力一杯ぎりぎりのところをなんとか入ったって感じ。学校そのものには思い入れはあっても、これといってやりたいって勉強もないんだから、やっぱり置いていかれない程度やれるだけで僥倖じゃないかって思う。
「学校に行くだけが勉強じゃないよ。僕ね、フォルトゥーナで働くようになって、いろんなことがわかってきた感じがするの。ご主人様達の姿とか、いろんな世代の人達が来てくれて、なんか人間観察が良くできるっていうかさ」
「メイド喫茶って、いろんなお客さんがくるのか?」
「土地柄だと思うんだけどね。オープンして間がないし、うちのお店の性質はオタクの人ターゲットってわけじゃないから。けっこう会社帰りのサラリーマンとか、おねーさんとか、利用してくれてるよ」
「でもなぁ、やっぱり学業に影響がでるのは父さんは不満だよ」
着替えが終わったなら今度は夕飯の準備。親父の言葉を背後に聞きながら、僕は台所に立ってロールキャベツを火にかけた。そして流れ作業でビールとコップを用意する。もちろん、今月はものの見事に発泡酒だ。来月僕のお給料が入ったらビールへと昇級することになっている。どっちみち苦いんだと思うんだけど、それでも親父は嬉しそうに飲んでいるし、やっぱりビールにしてあげたいところだ。
「巧巳にもわからないところ教わってるし。だいじょぶだよ」
「巧巳くんか……彼も、確か働いてるんだったよな」
「そう。あいつのケーキはすっごい美味しくてさ。お給料日にお祝いで買ってきてあげるから、期待してまっててよ」
くつくつくつ。すぐにあったまったロールキャベツをお皿に盛りつける。
親父もなれたもので、ごはんとかは僕の分までよそってくれる。量までだいたいきちっと把握していて、ちょうどいいくらいだ。
「あいつ、元々すごい頭良いんだと思うんだ。授業聞いただけでするっと全部頭に入ってる感じでさ。国語とかは僕の方ができそうな気がするけど。宿題だって一通り説明すればすぐにできちゃうし、僕が答えられなくて残しておいた問題だって、だいたい朝の短時間でやってくれちゃうし」
いつも置いてある常備菜も並べ終えたら、お茶の準備も始める。
たとえ熱くてもペットボトルよりはお茶だ。こちらのほうが断然経済的。思えば我が家の冷蔵庫はずいぶんとすかすかになったもんだ。
今の僕もそう。今までそこそこ勉強に充ててた時間を家事と仕事に振り替えているので、学校の知識がずいぶんすかすかだ。けれど巧巳は僕と違って、昔からケーキの研究にあけくれてうちの学校に入った。もともとちょっと勉強しただけで理解がおっつくタイプの人間なのだ。かといって、いまさらそれを嘆いたって仕方ない。
僕はそれほど頭のいい人間ではない。だから、その分はちゃんとやればいいだけの話だ。
「まぁ、ご飯が終わったら少しくらい勉強するんだぞ」
「わかってるよー。時間は有意義に使わないとね」
そういいながら、僕はロールキャベツにお箸をつっぷした。
みじかいな! ということで、ちょっとしたら更新、できると、いいな。うん。
い、いやいちおうほら。月一更新以上っていったてまえ。。うう。すみません。仕事忙しい&ストレスでやけ酒な毎日でっす。
でもこっちは、そこそこはなしが……はっ。せいぜい20万字程度なようなきがいたします。
こっちはこっちで、愛も希望もある恋愛系。
しっとりいきましょう。はい。