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007.穏やかな日常風景

 お弁当箱を開けると、海苔の匂いがぷんと鼻をくすぐった。

 まぁ、自分で作ってるから、今日はなにかな~っていう楽しみはないんだけど、やっぱりお昼ご飯の瞬間は好き。やっぱり人間も動物ってことだ。


 中学校までは給食だったけれど、高校じゃお弁当。

 今までは朝起きるのが面倒くさくて、けっこうコンビニで買ってきたお弁当とサラダとか、学食だったのだけど最近は自分で作るようになった。我ながら良い傾向だ。偏らなくってすむし、何より安く済むのがいい。

 うん。うちは父子家庭だしね。男だから料理ができないでいいとか、そういうのは無かった。自然に覚えちゃったので、料理はそこそこできる。


「ごちそーさまでした」

 お弁当箱を片づけて手を合わせながら言うと、目の前にはご飯を食べ終えて週刊誌に目を通している巧巳の姿が見えた。彼が見るのはもっぱらグルメ雑誌ばっかりだ。

 職業柄気になるのか、スイーツ特集なんてものがあるとめざとく買ってくる。雑誌をほいほい買える経済力があるというのは、ちょぴっと羨ましい。


「やっぱし、こういう特集に載れるのはいいよなぁ……」

 イチゴ牛乳の紙パックをずずっとすすると、巧巳はひとりごちる。

 彼のケーキ屋はやっぱりまだ無名だ。

 何かの系列店や姉妹店ではなく、彼とお父さんの二人で始めた完全なオリジナル店。どこかからのれん分けされた訳じゃないし、支店でもない。

 評判もなにもかもがゼロから始めて、こういう本に載るくらいになったなら、ずいぶんすごいことだろう。


「これだっ! っていうひときわ目立つのがあると、いいんじゃないの?」

 食後のデザートとして取っておいた棒付きのあめ玉を口に放り込みながら、何気ない感想を僕は述べる。

 彼のケーキはとろけそうになるくらいおいしい。ほどよい甘みと、さわやかな酸っぱさがあって、口の中で消えて無くなってく感じとかもう、たまらない。

 でも、オリジナリティがあるか、といわれると、そーでもなかったりする。


 一言で言うと、平凡。見た目は普通のケーキとかわらなくって、食べてみるとすごく食べやすくておいしいっていうパターンだから、インパクトがいまいちなのだ。

 ぱっと見とんでもなく美しいとか、ほぅっとなりそうなくらい芸術性が高いわけではないし、あまりに平凡すぎて面白みがない。フォルトゥーナで和人さんが出してきたケーキに比べるとその美しさは天と地だ。


 きっと巧巳の美術のセンスは平均点だ。器用だけど無難にまとめすぎる癖があるような気がする。これで巧巳が、海外のコンクールで優勝とかしてればいいんだろうけど、そんなのもないし、美の女神に愛されなければやってけないようなスイーツ業界では少し弱いと思う。本当に味だけはとんでもなく美味しいのに、勿体ない。


「親父がな、基本的なのが大好きなんだよ。あんまり突飛なのをやると嫌な顔してさ」

「これだけは他店に絶対負けない! っていうやつ……ないもんかなぁ」

「まぁ、参考にしてみるよ。さんきゅうな」

 彼はいつもみたいにぽんと、僕の頭に手を乗せた。

 ちょっとだけその暖かさにうれしくなる。でも僕はちょこっと不満げな顔を作って抗議の声をあげた。


「だーかーらー。頭撫でるのは止めてよね」

「親愛の証だよ。まっ、俺の睡眠時間を削ってくれた礼でもあるけどな」

 へへ、と彼は笑った。

 新作を出すとしたら、どうしたって睡眠時間を削ることになるわけか。

 普通にお店に出すやつも作らなければいけないから仕方ないのかもしれない。まったく高校生らしくないやつだ。


 未だに彼の手は頭の上に乗っかっているわけだけれど、慣れ親しんだぬくもりでホッとする。

 あ、でもその感触がふいと無くなった。もうちょっとなでてくれても良かったんだけどなぁ。巧巳の手はあんまりごつごつしてなくて、好きなんだけど。内緒だけどね。


「あぁ、そういやさっきの雑誌で、メイド喫茶の特集もやっていたな」

 彼が開いて見せてくれたところには、メイド喫茶チェーン店を開いているオーナーの紹介がされていた。そう、千絵里さんがそこに写っていたのだ。

 驚くことに、動かない写真だとなかなかかっこいい親父さんに見えるからびっくり。


 普段はあんなにくねくねしているのに、記事の内容の方なんて、言葉使いまでちゃんとしている。きっとライターさんががんばって口調を変えたんだろう。話してる最中は、あらぁん、すてきね~、んふっ、とか言ってたに違いない。さすがに慣れたけど一般的にはどうかっていわれたら、修正くらい入ってしまうのだろうね。


「なお、フォルトゥーナという名のお店を新規に開店したみたいだ。って、これだけ!?」

 記事は、多くに渡ってオーナーの持論が展開され、都内にあるメイド喫茶スポットの紹介なんかがされていた。形としては、千絵里オーナーが行くメイド喫茶巡りみたいな感じで、必ずしも自分のお店の宣伝というわけではなかった。


 フォルトゥーナの宣伝は、はっきりいって皆無。そりゃここは都内じゃないから、特集からハズされてしまったのかもしれないけれど。なんとなくほっぽり出された気分。

 どうにも僕達はあくまでも口コミで広がっていかないといけないみたいだ。


「フォルトゥーナっていうと、三組の松田が行って、ご奉仕されたみたいなんだよなぁ」

 いいよなぁ~と、巧巳は何回もつぶやいた。

 それは僕も初耳だ。松田っていうのは、巧巳の中学の頃の数少ない友人だそうで、学食でばったり一緒になったりとかして、何回かは話をしたことがある。


 ボクが働いている時には見かけなかったから、多分非番の日にきたのだろう。

 僕の休みは週に二回。フルで働ける人は週三回休みだけれど、学校に行っている僕らは、二回だ。やっぱり五人のメイドでシフトを組むのはちょっときついんだと思う。そのうち二人は高校生だ。


「池波くんもメイド喫茶に行ってみたいんだ?」

「そりゃぁ、なぁ。ご奉仕されてみたいだろ」

 試しに聞いてみると、かなりうっとりとしながら彼は答えた。

 まったく、これだから男ってのは。

 きっとメイドのコスチュームだけをみて、いろいろと想像をたくましくしているのに違いない。


「でもなぁ、しばらくは店の手伝いしないとなぁ……客が増えて増えてやばいんだよ」

 巧巳は一転して落胆しながら、はぁとため息を吐いた。

 それでも、少し恥ずかしそうに笑っているところをみると、彼のケーキが認められて嬉しいんだろう。


「好評なんだ?」

「まぁおかげさんでな。クラスの連中とかおばさんとか。結構買っていってくれてるよ」

「やっぱりねー。あれなら売れると思うよ」

「でも、お前は買ってくれねーのな」

 うぐ。痛いところをつくヤツだ。

 確かに僕は巧巳の店に一度も行ったことがない。味わったことがあるのは、学校でご相伴に与ったものばかり。だってケーキって一個いくらだろう。しかも一個だけなんて買えないし、そうなるとやっぱりちょっと経済的に厳しいのだ。


「今月のお給料がでたら、行くよ」

「って、お前、バイトしてんの?」

「えっ、いや、そーじゃなくて、親父の給料ね」

 やばいやばい。

 うちの学校はアルバイトが禁止だ。巧巳なら学校に告げ口するとかいうことはないだろうけど、メイドをしているなんて恥ずかしくて絶対に言えない。あんな格好を見られたらもう、顔中真っ赤になりそうだ。


「おまえも、苦労してんだな……」

 巧巳はすごく優しい目で僕を見つめた。いや、むしろ憐れみの視線?

 確かにね、ケーキ一個買えないっていうのは、切ないと思います。でも、それが現実なんだから仕方ないじゃん! 今のうちの状況じゃ、庶民のささやかな幸せなんて手にはいらないんですよ。


 でも、それも来月になればなんとかなる。あの仕事についたおかげでウチの家計はとりあえず安泰になったのだ。

 なるべく一気に借金は返したいけど、僕が稼いだお金は親父が受け取ってくれるはずもないので、学費と生活費の足しになる。


 もしかしたら、稼ぎすぎになってしまうかもしれないくらいだ。

 僕の就労時間は、平日の夜の部に四日、土日のかたっぽを丸一日となっている。

 親父は、勉強に差し支えないように、学費がぎりぎり稼げるくらいで働け、と言ったけれどそうも言ってられないのだ。ご存じの通りフォルトゥーナは人材不足。オーナーからもなるべく出てほしいと言われているし、その事を切々と訴えかけたら親父は納得してくれた。


「だから、できれば学校に持ってきて欲しいんだよねぇー」

 珍しく巧巳が同情的なので、ここぞとばかりに潤んだ瞳でおねだりしてみる。斜め上向きの視線はもうお手の物だ。

 彼はびくりとすると、ぎこちなくうつむいた。


「さてと、そろそろ次の時間の準備しなきゃな」

 おまけにそんなまじめくさった台詞を珍しく言って、教科書を出し始める始末だ。

 まったくそんなに僕にケーキを食べさせるのが嫌なのか。

「まぁ、もってきたくなかったら別にいいもんね。僕は飴でガマンするさ……」

 いじけたように()っかを回すと、ちぇりーの味が口いっぱいに広がった。たった30円で幸せになれる世界だって、ここに、ちゃんとある。


「おい、巧巳、お前にお客さんだ」

「ん?」

 そんな拗ね拗ねな僕を尻目に、巧巳の元に伝言が伝わってきた。

 彼が指さす先を見ると、教室の入り口のところに女の人が立っていた。

 上履きの線の色が青いから二年生だ。身長は僕よりちょっと高いくらいで、けっこうスリムな体型をしている。でも残念ながら前髪が顔をおおっちゃってて、暗い感じのする人だった。


「だれだろ。ちょっと行ってくる」

「う、うん」

 巧巳に女の人が訪ねてくるなんて珍しいこともあるもんだ。

 そんなことを思いながら僕は一人、残ったあめ玉を舌の上で転がした。

なんかこっちの更新ペースが異常に遅く感じてしまっている今日この頃ですが、もともと月一回以上更新ということだったので、これで……orz

でも、早く音泉ちゃんと巧巳くんを会わせて上げたいので、一月はもうちょっとスピードアップしようかと思っています。

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