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 おくり狼さんは葛藤する

「ったく、カギが入ってたからよかったものの……」

 がちゃがちゃ音を立てて、巧巳は玄関のカギを開けた。

 もちろんその背中には灯南が背負わされていて、すーすー寝息を立てている。

 ここまで送ってくれた先生はすでに、あとはよろしくなーと言って帰ってしまっている。

 巧巳を家まで連れてっていてくれないかとも思ったのだが、残念ながらそんなことはなかったようだった。

 家に帰ってお酒だー! なんて言っていたので家で晩酌でもするのだろう。


「……たくみ……ねぇ……ってば」

「まったく、こんな姿ぜったい親父にゃみせらんねぇ……」

 耳元でささやかれると、身体が軽く震えた。

 どんな夢を見ているのかしらないが、いくらなんでもそんな声を出すのは反則だ。

 声変わりしていないまだ高い声。軽すぎる身体。

 おまけに背中の灯南が着ているのはメイド服だ。


「よっ、と」

 靴を器用に足だけで脱いで、カギを閉めてから巧巳は二階に向かう。

 以前にもお邪魔をしたことがあるので、部屋の配置は頭に入っている。実際まだ入ったことはないのだが、二階に自室があるという話をしていた記憶がある。

 ぎしぎしと階段が軋み音を鳴らすけれど、その度に背中に胸のたぷたぷした感触が感じられた。


「作り物のくせに……すごい弾力だ」

 もちろんそれが本物じゃないことなんてわかってる。でも、胸を押しつけられる感触っていうのはなにやら妙なもので、慣れてない感触に戸惑うばかりだ。

 そもそも、本物の感触というものをよくわかっていない身ではあるのだが、きっとこういうような感触なのだろうなぁと想像してしまう。

 地味に、男子高校生には過酷な感触というものである。 


 階段を上がりきった先に灯南という看板が掛かってる部屋があったので、とりあえずそこに入った。

 二階に部屋がある話は聞いていたけど、中に入るのは初めてだ。

「うわ……」

 驚くほど、落ち着いた部屋だった。

 たしかにその予兆はここに来るまでにもあった。灯南の家は父一人子一人のシングルファザーの家である。

 それにもかかわらず、といってしまうとちょっと違うのかもしれないけれど、煩雑さがなくかなり家の中がすっきりしているのである。

 巧巳の家は、家の増築をしたりお店をやっていたりということもあって、少し雑多な感じになってしまっている。


 それに比べれば、灯南の部屋は机とベッドと、テレビと。

 床に雑誌が散乱しているということもなく、きちんと整理されている部屋だった。

 服の類はキレイに整頓されてクローゼットの中に入っているらしく、目に見えるところには無いようだった。

 その中で一つだけ違和感があるとしたら、大きな姿見があるのが印象的だ。たしかに灯南は四月からぐっと可愛らしくなったなと、巧巳も思うところはある。

 でも、普段から自分大好き! というナルシシズムを持っているようなヤツではない。

 みなりをかっちりさせるという部分はあっても、部屋にここまでちゃんとした鏡を入れるのか、といわれると少し不思議に思えた。


 ふむ。

 やはりこれだけカワイイとなると自分の姿をそこに映したりするのだろうか。

 もしかしたら押し入れの中にはひらひらしたスカートとかが入っててそれを試着して姿見の先にほほえんでいるのだろうか。それを隠したいから必要以上に女装を嫌がるんじゃないだろうか。

 鏡に向かってポーズをとる灯南の姿を想像して、思わずごくりと巧巳はのどをならせた。

 メイド服以外のあんな服やこんな服な灯南も是非とも見てみたいっ。

 いやっ、別に巧巳が変というわけじゃない。全部灯南が悪いのだ。そんなにかわいらしく。たくみ……とかいってきちゃうこいつが悪いっ。

 ぶんぶんと頭を振って、邪な思いを振り切った。


「うちとは比べものにならないな……」

 とりあえず背中の灯南を起こさないように丁寧にベッドに寝かせると、巧巳は独りごちた。

 そしてこれからどうするか少し考える。

 目の前には寝息を立てる灯南の姿が見える。

 着替えさせるのはともかく、エプロンと胸パットだけはとってやらないとダメだろう。

 いくらなんでもあんなでかくて苦しそうなものをつけて寝させるのは酷だ。


 そう思ってまずはエプロンを脱がすことにする。

 これ自体は、紐で結ばれているだけなので外すのは簡単だ。

 するりと、白い布が離れると黒いワンピース姿があらわになる。

 なんというか、エプロンを着けていたらあんまり気にならなかった胸の膨らみがよりダイレクトに伝わるように思えた。

 人工物だとわかっていても、ごくりと生唾を飲んでしまうほどの力をもっている。

 まったく。煩悩を振り飛ばしたすぐあとにこれだ。こいつは音泉以上に鈍感でどうしようもなく無防備だ。これで男でなかったらすぐさま多くの毒牙にかかっているだろう。


 ぷつっ。

 首を左右に振りながらも、メイド服の黒ワンピのボタンを一つあけるだけで、やはりどんどん胸の鼓動が高くなっていく。

「べ、別に、俺は、着替えをさせようと思っているだけでだな……」

 言い訳がましくそんな事を言って、胸のあたりを見る。

 少しボタンが外れただけで、首元の白い肌が眼に飛び込んでくる。

 そして、軽く上下する胸元である。

 なにカップといっていたか。いや、そんなことを考えている場合ではないかもしれない。

 そのときだ。首を振って気分を変えようと思った瞬間、部屋においてある鏡が眼に入った。


(これ、どうみたって、女子を襲ってる男の図じゃん……)

 そこに映る構図が。そこに映し出される姿が。

 どこからどうみても寝ている女子を襲う男の構図で。

 巧巳はピキっと体を凍らせていた。それこそマンガだったら、ピキっ、と背景に描かれるレベルの硬直である。


「ん……んっ……たくみぃ……」

 さらにそのタイミングで灯南から声があがって、びくりとなった。

「……ケーキもっとつくってぇ……」

 でも、寝息が聞こえる。

 胸がゆっくり上下している。

 ぐっ、これは……これは……あかんやつだ!

 巧巳は、不意に思い切り飛び退くと、顔を手で覆った。

 うう、パッドをとって楽にしてやりたい気持ちもあるけれど、それをやったらなんだか駄目なような気がしてしまうのだ。

 そこはかとない罪悪感というか。

 とはいっても、顔を覆ってる手を少し開いてしまったりするのは、男子高校生のサガというものなのかもしれない。


「本当に男なのかよ……」

 あわわわ、とうっすらした視界に飛び込んでくる白い肌にごくりと息をのんだ。

 絹の様な上質な光沢とうぶ毛一つ無い滑らかな肌。

 これ以上ここに居てはいけないような気持ちと、でも確認作業はしっかりやっておきたいという思いが頭の中で大渋滞を起こしてしまっている。

 家には、ご家族の姿はない。

 周りの目もない。

 そして本人は爆睡中である。時々寝言を漏らしているけど、これほど無防備であれば何をしたところで気づかれないんじゃないか、という思いもふつふつと湧き上がってきてしまっている。


 ダメである。

 あああーと、首を振ると巧巳はとりあえず部屋から出た。

 どうしてこんなに、動悸が激しいのだろうか。

 同級生の男子の部屋に入るだけでこれでは、ろくに遊びに行くこともできないではないか。

 以前、夏休みに勉強会に来たときはこんな風にはならなかったというのに。

 あれか。

 やはり私室に入るというのがいけないことなのだろうか。


「いや、灯南がメイド服着てるのがいけないんじゃないだろうか」

 今日一日、というか昨日から二日間、あんな可愛い格好をしていたから、どうにも頭の中がおかしくなってしまったようだ。

 たしかに自分が見てみたいと願ったものの、それでも実物は自分の予想を超えてすさまじい完成度になっていた。

 あまり人前に出たがらない灯南がしっかり指示を出して、クラスの行事をやり遂げたのは立派だと思ったし、結果的によかったなと思う反面。

 もうちょっとこう、男子っぽさがでるかなと思っていたのに、メイドさんの完成度が高すぎて、破壊力がすさまじかった。

 おまけに打ち上げのときには寝落ちされ、肩を貸すはめになった。

 周りからあの後はさんざんにからかわれたけれども、これはどうしろと? という感じになってしまった。

 

「しかも、なんであんなに良い匂いするかね……」

 巧巳はいつも美味しそうな匂いがするって、灯南に言われたことがあるけど、あいつこそ男臭さが全然無いなと思う。

 美味しそうかどうかといわれたら、お風呂上がりの匂いといった方がいいのだろうが。

 自分もチョコのアルコールにやられたのか、いろんな考えが頭をぐるぐるしている。


 これはもう自分も家に帰って休んだ方が良いのかも知れない。

 若干中途半端ではあるものの、ベッドには寝かせたわけだし。

「いや……布団かけてないか」

 まだ寒いという季節ではないけれど、あのままにしておくと風邪を引くかも知れない。

「直接見なければ……」

 それならば、かまわないだろうか。そう思って扉を開けたときだった。


「ただいまーとなー帰ってるかーー!」

「っええ!?」

 ガラガラと、玄関が開く音が聞こえた。

 おそらく灯南の父親だろう。

 なんだか、頭でも殴られたかのように、それだけで一気に現実に戻されたような気分になった。

 ありがたいけれど、少し残念な気分になる。

 

「って、ボタン一個開けただけならセーフなのかな、俺……」

 くっ、布団を掛けてもらうのは家族にやってもらうべきなのかと思いつつ、あああ、どうしようとまた苦悶が始まってしまった。

 しかも今回は、親父さんがこちらに気づくまでのタイムリミットつきである。 

「となー? まだ帰ってないのかー?」

 下から、困惑した声が聞こえた。

 普段ならきっと、灯南は親父さんを出迎えているのだろう。おかえりなさいませ、とか言う姿を想像するともう、親父さんが羨ましくて堪らない。

「挨拶、しとかないとな」

 けれど、衣を正して巧巳は深呼吸した。

 初めて会う相手だ。灯南の父親。良い印象を与えておくにこしたことはない。

 それに灯南が風邪をひかないように、お願いもしないといけない。

 あれ。でもそれって、メイド服姿をそのままさらすことになるんだろうか。

 うっ、事情説明しないといけないだろうか。


「お邪魔してます、榊原くんの友達で池波巧巳といいます」

 とりあえず、一階に降りて親父さんにご挨拶をすことにする。

「あー、君が巧巳くんか。いつもうちの灯南がお世話になってます。それで今日は……うちの子なにかやっちゃいました?」

「あ、ええと、教師が持ってきたお酒いりのチョコを食べて寝息を立ててます」

「妻に似てお酒に弱いんでしょうね。家まで運んでもらってありがとうございます」

 いやぁ、すまないねと親父さんは言った。巧巳から見ても優しそうな人だなぁと思ってしまう。

 そんな相手にちょっとほっとしながら、今の灯南の姿を思い出した。


「ああ、それで、その……学校ではここ二日間、仮装というか、そういうのをやってまして。着替えずにベッドに移動させたので、驚かないでいただけると。あと布団もお願いします」

「その話は息子から聞いてますよ。二日間メイド服でいろいろやらされるって。ま、あの子も嫌な振りしてますけど、かなり似合うでしょう?」

「……えと、はい」

 え、知ってるの? という感じで巧巳はぽかんとしてしまった。

 家でも隠してるかも、なんていうのは特に気にしなくてよかったようだ。


「あ、でも本人に言うと怒るから内緒ね」

「ははは、たしかに、ものすごくメイドやるの嫌がってましたからね」

「それで巧巳くんは、フォルトゥーナにケーキを卸してるときいたんだけど、うちの子、あっちのメイドさんと比べてどうかね?」

 ふむ、といきなり声音が変わって、空気感が変わった。

 圧迫面接というのはこういうことなのだろうかと思いつつ巧巳は正解をなんとかひねり出そうとする。


「遜色はないと言いたいところですが、プロの仕事と学園祭を比べてもどうしようもないかなと思います。あっちはオーナーさんがメイドさんたちを徹底的にプロデュースしてるわけですし」

「ほう、つまり本職のメイドさんの方が、いいと?」

 君はそういうのかい? と親父さんはにこやかに言った。くぅ、優しそうな人とか思った少し前の自分を殴ってやりたい。絶対目が笑ってないってやつだ。

「オーナーがプロデュースしたら、あいつもすごいことになりそうですけど、本人いやがりますよ、きっと」

「それはそうだね。あの子は普通の男子高校生だし」

 驚かせてごめんね、と、親父さんは巧巳の肩をぽんとたたいた。

 先程までの圧迫感はまるっきり消え失せている。


「車でもあれば家まで送っていけたんだけど」

 残念なことに数年前に手放してしまってねと、親父さんは申し訳なさそうに言った。

「お気持ちだけいただいておきます」

 車で送ってもらうにしても先程のやり取りのあとに一緒の車は正直厳しい。

 今日はいろいろなことがあっていっぱいいっぱいである。


「電車で来たこともありますし、一人でも帰れますんで」

 家に帰ってゆっくり休むようにしますと言うと、また遊びにおいでと気さくに親父さんは言ってくれた。初対面としてはなんとか合格点だろうか。


 合格点ってなんだ? と思いつつ、巧巳は首をかしげながらすっかり暗くなった道を歩きだした。



 

好きな人の家族と会うのってきんちょーしますよねー。

そして、親父さんもどっきどきです。

そして送り狼さんパートは全年齢バージョンに書き換えました! ほとんどとなちゃん脱いでないので、お許しください。どっちかというとドキドキする巧巳くんをたのしんでいただけたらとー。


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― 新着の感想 ―
[一言] きゃー巧巳くんったら、あらあらまあまあ。 となちゃんの場合、パッドを取って胸を見てしまったら、女じゃんってなりそうですね。みーたーなー。 巧巳くんも女装を嫌がっているけど、実はこっそりかわ…
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